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ある暗殺者の手記 ー崩壊の序曲ー  作者: 眠る人
目覚め ーAwakeningー

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手記4

「では、御用……ございましたら、お呼び、ください。」


 夜も更けた頃、彼女は恭しく頭を下げながらそう告げると、簡素なベッドだけが置いてある奥の小部屋へとひとり入っていった。


 あー……アレって、部屋付の従者が休む部屋だったのか。


 最初、一人でふた部屋を使うのは何かの間違いかとは思ったんだけど、そういう事ね。


 ……それは、まぁいい。今はそれよりも、だ。


 もっと他に考えなければならない事がある。


「結局……名前すら、聞けなかったな。」


 クレイさんの話から、一週間は彼女と二人きりで過ごす事になるというのに、今日一日頑張って話しかけてマトモに返事があったのは、両手で数えられる程しか無かったのだ。


 ちなみに、彼女から話しかけられたのは、彼女が食事やトイレへ行く為に席を立つ時と、さっきの就寝前の挨拶だけだった。


 更に驚いたのが、何故か表情すらも変えずにオレがトイレに行く時にまで付いて来ようとした事だよ。


 最初余りにも自然に中へ入ってきたから、一瞬何が起きているのか理解出来なかったのだけど、これに関しては伝えれば済む話だったみたいで、二回目以降も付いて来ようとはするものの手で制止出来るようにはなったんだ。


 制止しなければ多分付いてくるから、気をつけないといけないが……まぁ、このぐらいは大した問題じゃない。




 ……そう。実は、正直これ以上に由々しき問題が存在する。



 それは、彼女がとんでもなく可愛いって事。


 いや、顔がどうこうじゃなくて、どちらかというと仕草が……かな?


 その所為か、今日一日だけで新しい扉を開いた気分になったんだわ。


 どういう事かと言うと、彼女の背は身長が平均ぐらいのオレより大分小さくて、多分150センチも無いから三つ下の妹と大体同じだと思うのだけど、オレに向ける視線の中に混じる怯えが、彼女の低身長と相まって小動物を連想させるのよ。



 その所為で虐めたくなるというか、泣かせてみたくなるというか、生まれて初めて好きな子に悪戯する男児の気持ちが理解出来ちゃった……


 妹相手には、一度だってそんな事思った事が無いのにな。


 これって、キュートアグレッションって言うんだっけ?


 なんか違う気もするが、まぁいいか。


 それよりも、まずはーーー


「明日は、名前ぐらい教えて貰えるといいな……」


 明日こそ、打ち解けられるように頑張るぞ!


 ……じゃないと、間がもたないんだよ!




「おはよう、ございます……朝食、おもち……しました。」


「お、おはようー……」


 母親以外の女性と面と向かって朝の挨拶をするなんて、どれぐらい振りだろうと考えつつ朝食を摂った後で、オレは特にやる事も無い為ベッドで横になる。



 そうして暫くすると彼女は食器を片付け始め、一言暫く部屋を離れるとオレに告げてから、空いた皿を持って部屋を後にした。


 ……うん。


 これじゃ、昨日と何も変わってなくね?


 頑張って名前を聞くのだろう?


 しかし、正直な所話すキッカケが全く無いから、どう話しかけるべきなのか……そうだ!彼女も朝食を摂ってくるのだろうから、今の内に脳内シミュレーションをして、戻ってきたら頑張って話すぞ!


 朝食に何を食べたかだとかで、戻ってくるタイミングでなら話せる事もあるもんな!





 まず、結論から言おう。


 ……ダメでした。


 そりゃあ、そうよね。


 転校した後のぼっち生活の所為で、脳内シミュレーションをしたぐらいじゃ、まともに話しかけられなくなってても不思議ではないよね!


 

 結局、今日もまともに話せないまま夜になっちゃったよ……



「はぁ……」


 夕飯の後で、部屋の明かりを付ける彼女の背を眺めながら、今日の一日を振り返りつつ己のヘタレ具合に自己嫌悪していると、そう言えばと此処数日はお風呂に入っていない事に気付く。


 普段は入ってた所でシャワーだけで済ますし、汗をかかなければ毎日は入らないのだが、流石に二日も続けて入らないってのはちょっと気持ちが悪い。


 気まずいけど、勇気を出して聞いてみるか。


「あ、あの……」


「いかが、されましたか?」


「此処って、お風呂はあるんですか?」


「はい。お客様用、あります。でも……」


 オレの問い掛けに、彼女は言いづらそうな様子で顔を伏せる。


 あー……オレはダメって事ね?


 この分だと、少なくとも検査の結果が出るまでは、浴場を使うのは無理なのだろうな。


「じゃ、じゃあ、代わりに濡れた布を用意してもらう事は……?」


 そう彼女に問い掛けると、少し考える素振りを見せてから彼女は軽く頷き、部屋を後にした。


 流石に濡れたタオルぐらいなら、貸してくれるようだ。


 そういや忘れてたけど、汗もダメだったとしたらタオルも余り良くは無いのか?


 いや、待てよ?


 丸二日近く一緒にいるあの子が体調を崩した様子も無いから、汗とかは問題が無いようにも思える。


 外の陽気からして、此処も日本と同じで汗をかきやすい時期だろうからな。


 それに、クレイさんも血に触れたらしいし、本当に毒性は強くないのかもしれない。


「おまたせ、しました。」


 なんて事を考えている間に、いつの間にか濡れタオルらしき物を持った彼女が戻ってきた。


「あ、ありがとう……」


 仕事が早いな。


 お礼を言ってタオルを受け取ろうとすると、何故か彼女が赤い顔をしてモジモジしている事に気付く。


 なんだろう?


 初めて彼女の表情が変わるのを見たかもしれんが……あぁ、トイレと同じでこちらから退室を促してあげないと、彼女も役目上困るのか。


「あ、あの……これから身体を拭くから、終わるまで隣の部屋で待っててくれませんか?」


 気付くのが遅れて申し訳無いと思いつつ、オレがそう言うと何故か彼女は益々赤い顔をしながら首を横に振った。


 違うの?


「わたし、ふきます。」


 ……えーと?


 それはちょっと、オレには刺激が強すぎるというか……


「自分で出来るから、席を外してもらえますか?」


 茹蛸と形容しても差し支え無い程に、真っ赤な顔をしながら恥ずかしそうに拭くと告げる彼女の表情が、またしてもオレの嗜虐心をかなり刺激してしまい虐めたくなる衝動に駆られるものの、何とか堪えつつオレは再度退出を促す。


 すると、何故か彼女は涙を浮かべると深々と頭を下げて、一言オレには分からない言語で何かを呟いてから、隣の部屋へと入って行った。


 オレとしては気を遣ったつもり、だったのだけどなぁ……



 暫くして身体を拭き終えた直後に、どうやら隣からこちらの様子を伺っていた様子の彼女が、呼ぶ前に再び姿を見せる。


 だが、その表情はいつもとは違い無表情ではなく、何処か昏く沈んだような表情をしていた。


 やはり、オレは彼女の気に障る事をしでかしてしまったらしい。


「あ、あのさ!オレ、何かキミに悪い事してしまったのかな?」


 何か彼女に悪い事をしてしまったのなら、それを確かめた上できちんと謝りたい。


 彼女の表情を見た直後にそんな思いが沸き、居ても立っても居られなくなったオレは、真っ直ぐな言葉で彼女に問い掛けた。


 すると、彼女は顔を伏せながらも首を横に振って見せる。


 ……あれ?何もしてない、って事なのか?


「じゃあ、何かあったの?」


「い、いえ……」


 何故またモジモジする?


「言ってくれないと、分からないよ。」


 オレもよく吃ったり、キョドったりするけど、此処までビクビクされると、逆に落ち着くよね。


「わ、わたし……」


「うん?」


「・・・無い………」


 何て言ったんだ?


「ごめん、良く聞こえないんだけど?」


「わたし、よ、よとぎ、ない……」


 よとぎ……?よとぎ、ねぇ?


 ……ん?


 夜伽!?


「お相手、するよう、申しつけられてる、ですが……」


 しかも相手って!?


「ちょっと!ま、待って!?」


 最初聞き間違いかと思ったが、この子がオレにずっと怯えたような視線を送っていたのって、その所為か!


「いかが、されましたか?」


「キミ、子供でしょ!?そんな事出来るはずが無いよ!?」


 どう見ても妹と同じぐらいにしか見えないんだって!


 尤も、知識はあるがオレも子供だけどね!


「わたし、大人、です。」


「え?」


 全く想定もしていなかった言葉に思わず強く返してしまうのだが、さらに予想もしていなかった返事が返ってきた為に、思わず逸らしていた視線を彼女へ向けると、彼女は酷く不機嫌そうな表情でオレを睨んでいた。


「わたし、大人、です!」


「ええ……?」


 本当に大人なら、普通そんな怒り方するかね?


 ……と、そんなオレの心の声が伝わってしまったのか、次の瞬間にはまたもオレには分からない言語で、彼女は捲し立ててくる。



 後で本人から聞いた話だがこの時言っていうたのは、そんな事したくないみたいな事を言っていたらしい。


 まぁ、多分それは半分嘘だろうけどな。


 何かめっちゃ長い時間、オカンが文句言う時みたいな勢いで喋ってたから、多分子供扱いした事を抗議してたのだと思う。



 暫くして、感情を吐き出し終えたのか、彼女は目に涙を溜めつつ肩で息をしながら微かに震え始めた。


 どうやら、まだまだ怒りが収まらないようだ。


「……ごめんなさい。」


 バカにしたつもりは微塵も無かったんだけど、大人かどうかは兎も角、彼女は幼く見える事に劣等感を抱えていたのかもしれない。


 そう考えたオレは、素直に彼女へ頭を下げた。


「どうして?」


 すると、何故か困惑したような彼女の言葉が聞こえた為、オレは頭をあげる。


「どうしても何も、オレが……失礼な事を言ったんだから、謝るのは当たり前、です。」


「違い、ます。わたし、しごと、出来ない、悪い……」


「そんなの、仕事じゃないからオレにはしなくていいよ!食事を運んでもらえてるだけで、オレは充分だよ!」


 いや、それはちょーっと勢いで言っちゃっただけで、全くそんな気持ちが無いかと問われると怪しいけど、泣くほど嫌がってる子にそんな事させられる訳がないよ。


 この先も、オレに彼女が出来る事なんて無いだろうから、勿体無かったとは思うけどね。


「わ、わかり、ました……」


 矢継ぎ早に必要無いと伝えると、分かったと返す彼女の表情が、少しだけど柔らかくなったような気がした。


 やっぱり、強要されていたから怯えていたのか。




 その後、オレは寝る事を彼女に伝えてから、ベッドに横たわりながら考える。


 彼女は夜伽が仕事だって言ってたから、それらをクレイさん達がやらせようとしてたって事だよな?


 一体、何故?


 協力をすると申し出たならまだ、カケラぐらいは分からなくはないが、少なくともオレは協力する事を拒絶したんだぞ?


 それなのに、何故彼女にそんな命令をしたんだ?


 ……明日、彼女に聞いてみるか。


 現状だとこの部屋から出ても、見張りがいてトイレ以外には行けないから、今出来るのはそれだけだ。




「おはよう、ございます。朝食……おもち、しました。」


「おはようー……」


 さて、昨日あんな事があったから正直ちょっと気まずいんだけど、疑問を疑問のままにしておくのも気持ち悪いから、夜伽をするように言われた時期だけでも彼女に聞いてみようか。


 それが分かれば色々と判断出来るし、多分だけど詳しい話までは末端に話さないだろうからな。


「ね、ねぇ……キミに、ちょっと聞きたいんだけどさ?」


「……〝キミ〟ちがい、ます。」


「え?」


「わたし、名前、アルマ……です。」


 

 頬をうっすらと染めつつ自らの名前を告げながらこちらに微笑む彼女が、とてもとても可愛くて……オレは思わず彼女に見惚れてしまったんだ。

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