手記31
※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。
苦手な方はご注意ください。
真っ赤な目でこちらを見る樋口さんにどう返すか迷った挙句、オレは素直に返す。
「た、ただいま……」
「……どこ、行ってたの?」
すると少し不貞腐れたような様子で、樋口さんは伏目がちにオレへ尋ねてきた。
「あ、えっと……森田くんにまた話を聞こうとしたら、近藤くんがいたから……それで……」
「それで?」
「近藤くんと話してたんだ。昨日のナギさんって人とも、また会ったよ。」
「そう……その様子だと、やはり近藤くんの洗脳は解けていたのね。」
少しいつもの調子に戻ってきたみたいだな。
「うん……いきなり謝られたから、驚いた。」
「彼、学校で貴方の悪い噂が出回っているのを、一人で止めようとしていたのよ。だから、悪い人ではないわ。」
どうやら、近藤くんの行動は樋口さんの知るところでもあったらしい。
「そうらしいね……」
彼がいい人なのは間違いないが、だとしても何故……?
「……ねぇ、それより聞いてもいいかしら?」
「どうしたの?」
そんな疑問が再び湧き出したオレを他所に、樋口さんがやや険しい表情で口を開く。
「私、ずっと不思議だったのよ。」
「何が?」
不思議?何か疑問を持たれるような事をしたかな?
「マサトくん……貴方、どうして学校では自分から一人になろうとしていたの?恐らくだけど、転校前は普通に友達も居たのでしょう?」
「それは……」
樋口さんはよく気付いたな……確かに、友達はいたよ。
「それに貴方は森田くんとは違い、私とも普通に話せているわ。だから、女の子の友達も居たのよね?」
「……うん。」
そこまでお見通しなのか……凄いな、樋口さんは。
「やっぱり。私と話す時も、私の目を見て話していたもの。いわゆる女慣れしているように見えていたのよ……だったら、何故?どうして?」
「オレ……」
……これ、話していいものなのか?
話を聞いてしまったら、樋口さんも幼馴染達と同じように、オレを遠ざけるようになるのでは?
そんな不安が頭をよぎり、どうしても真相を話せないオレを彼女は真っ直ぐに見つめた直後……
「仕方ないわね……私、実は許嫁がいたの。」
「樋口さん?」
……樋口さんは大きなため息をひとつ吐きだしてから、やや視線を下げながら唐突に語り始めた。
「私の父親は、県議をしている叔父様の秘書をしていたわ。いずれ跡を継ぐ為にね……あ、私の叔父様ではないわよ?父にとっての叔父様ね?だからその関連で、私にも許嫁がいたの……ただ、勘違いしてほしくないのは、あくまで両親の離婚までの話であって、現在はいないわ……分かった?」
「どうしたの?急に……?」
しかも〝居た〟って部分をそんなに強調しなくても、そのぐらいは流れで分かるよ……?
「いいから、黙って聞いて!その所為で、私はずっと男の子と仲良くなる事を制限されていたの。周りに集まる友達も、幼稚園の頃から父や叔父様絡みの子ばかりだったのね?」
「うん……」
やっぱりお嬢様じゃん!
……って、よく考えたら昨晩、お嬢様って部分は否定してなかったな。
「でも、そんな私が小学生になってすぐの頃、生まれて初めて誰かに紹介された訳ではない友達が出来たのよ。」
「……もしかして、それが清水さん?」
「ええ……それからも父関係ではない友達は、ずっと彼女一人だった……確か、きっかけは同じ班になった事だったかしら?」
「そうだったんだ……あれ?でも、もう一人幼馴染が居るって言ってなかった?」
たしか、こっちには居ないとかなんとか……
「覚えていたのね……」
「そりゃ……まぁ……」
数時間前の話だから、流石に?
「その子は……私を友達だとは思っていなかったのよ。利用する為に私に近付いたんだってはっきり言われたから、私も友達だったとは思わなかった事にしているの。」
「随分と酷い宣言をされたんだ……?」
「でしょう!?流石の私も、そこまで寛容にはなれなかったわよ!しかもその理由が、私と一緒にいれば美味しい思いが出来ると思っていたのに、男が全く寄りつかないから……ですって!?本当に人を馬鹿にしてるわよね!」
確かに、酷い話ではあるな。
でもまぁ、樋口さんの証言のみだから、相手が実際はどう考えていたかまでは分からないか……共感出来るかは置いておくとしても、何か理由があるのかもしれないし。
とはいえ……
「でも、何でそんな事に?」
……幾ら仲違いしたからって、面と向かってそこまで言うものかね?
「そ、それは……」
「それは?」
「……私があの子達を止めようとしたら、先生を利用して……」
「止める?もしかして、いじめを?」
オレが問いかけると小さな声で樋口さんが呟き始めるものの、その中から何とか聞こえてきた単語で、以前からの疑問が氷解したオレは思わず彼女の発言を遮りながら返す。
なるほど、そういう事だったか。
やっぱり、キミはオレが考えているような人だったってワケだ。
「な、何でいじめの話だって思ったの!?」
「いや、だって樋口さんはいじめなんてしてないでしょ。むしろ止める側だもの。」
「え……?」
続くオレの言葉に、樋口さんは驚きを隠しきれない様子でこちらに視線を向けた。
やっぱりな。
「樋口さんが誰かをいじめる事なんて、出来るはずない……話していれば分かるって、そのぐらいは。」
「な、なんでよ……」
「だって樋口さんは優しいからね。キミには無理だよ。」
初対面だったアルマが泣いているのにすぐ気付いて心配するような配慮の人に、いじめなんて真似が出来るはずはない。
それは確信していたから。
だからこそ、オレはキミを放っておけないのだもの。
「な……何で今……そんな事、言うのよぉーーバカぁーー……」
オレがそう告げた直後、彼女は突然顔を伏せたかと思えば、次の瞬間にはしゃくりあげるようにして泣き始める。
「ミオ、だいじょぶ?」
すると、そんな樋口さんをアルマは再び抱き寄せて撫で始めるのだが、何故だかアルマは樋口さんの肩越しに非難するような視線をオレに向けてきた為、思わずたじろいでしまう。
……えっ?オレが悪いの……これ?
「……ごめんね、アルマちゃん。マサトくんも、ごめんなさい。」
暫くして、泣き止んだ樋口さんはオレやアルマへの謝罪を口にした。
「落ち着いた?……オレこそごめん。」
泣かせたのは多分オレだから謝るけど、変な事は言ってない筈だよね?
「だ、誰のせいだと思ってるの!?」
「いや、オレ別に変な事は言ってないと思うけど……」
「言ったわよ!」
「言ってないって……それよりいじめたって嘘つくなら、もっと上手に嘘つかなきゃ。樋口さん真面目すぎるから、信憑性が全くないんだよ。」
「……貴方、絶対他にも泣かせてる女の子いるでしょ?」
失礼な!オレはむしろ、友達が被害にあった時、率先して止めに行った側だぞ!?
「いや、女の子を泣かせるような事はした事ないよ?いじめたりとか、スカートめくりとか、絶対にした事無いって誓ってもいいよ?」
……しまった!
オレ、つい最近アルマも泣かせてるじゃん!?
女の子を泣かせた事が無いのが、密かな自慢だったのに……まぁ、オレの周りの友達もそんなものだったのだけどさ?
「そういう意味ではないわね……まぁいいわ。そんな所も貴方らしいし。」
「じゃあ、どういう意味?」
「気にしなくていいのよ、こっちの話だから。」
「えぇ?」
何だよそれ、訳が分からないのだけど?
困惑するオレをよそに、苦笑いを浮かべつつも彼女は話題を戻す事にしたらしく、何度目かの溜息をついてから再び口を開く。
「それよりも続きだけれど、清水さんは確かにもう一人の子に従って、いじめに加担していたわ……でもね?だからって、どうしてあんな殺され方をされなくちゃいけないの!?あれ程までに惨いやり方は、あんまりよ……」
清水さんの遺体の損傷具合から、獣やオニでないとするならば相当な恨みを持って行動に及んだ事は明白だからな。
樋口さんが顔を伏せてしまうのも無理はない。
泣きたいなら、気の済むまで彼女の好きにさせようーー
「樋口さん……」
「ミオ……」
「大丈夫、二人ともそんなに心配しないで。私はこの事で、もう泣いたりなんてしないから。」
ーーそう考えた直後、顔をあげた樋口さんの瞳には、はっきりと理性の光が宿っているように思え、オレは思わず感嘆の声をあげる。
「……樋口さんは凄いよ。」
「私が?」
「うん。普通はもっと取り乱していても不思議じゃないから。」
「……泣き喚いても何かが変わったり、ましてや状況が良くなる訳でもないもの。むしろ、足を止めた分だけ犯人から遠ざかるのよ。なら、私はこんな所で立ち止まる訳にはいかないわ。」
そう告げる彼女の瞳には怒りの色も見ては取れたのだが、それは激情とも違う、静かな怒りのように思えた。
これなら多分、再び酷く取り乱すような事はしないだろう。
「そっか……」
「それにね……それまでにも私は、彼女達の行いをすぐ側で傍観していたのよ。だから、私は彼女達と同罪……私に、泣いたり喚いたりする資格は無いの。」
いじめを黙認していたって事なのか……だから主犯に仕立て上げられても、自らの罪を認めて何も言わずに……?
「やっぱり凄いよ……話は戻るけれど、実は近藤くんのところで少し気になる話を聞いたんだよね。」
……それなのにオレは、キミに比べて自分の過去とまだ向き合いきれていないんだ。
多分そのうち誤魔化せなくなるけど、心の準備が出来るまでの間だけでも……と、反射的に時間稼ぎをしたくてこんな事を言い出す自分が情けないよ。
「気になる話?」
「まずは……トーマ達の正体が少し分かったかもしれない。」
「どういう事?」
食いついたか……オレから話を振ったのだから、当然だけどさ?
「どうもトーマ達は、獣人達からは主義者って呼ばれてるらしい。」
「主義者?」
「人間至上主義者……だったかな?でも、ナギさんの話だと、獣人の排斥運動みたいなのとは違うんだってさ。」
「そうなると、益々目的が分からなくなるわね。奴ら、デスゲームみたいな事をしてまで、私達に何をさせるつもりなのよ……」
オレもそこを知りたいのだよなぁ。
さて、すぐに話が一段落してしまったけど、他に話せる事といえば……
「さぁ……?それとこれはオマケだけど、どうやらオレ達のご飯を用意してくれてる人が居るみたいだよ。」
今口に出している間に気付いたけれど、もしかしたらその人がツルギさんの協力者じゃないのか?
アルマの食事まで用意しているとなれば、恐らくアルマが信用している人物……だとしたら、ツルギさん同様に彼女へ近付いた人という事になるものな。充分にあり得る話だ。
「え?今更?」
おや?
「今更って、樋口さん知ってたの?」
「私、炊事場に毎日パンを貰いに行ってたのよ?知らない筈がないじゃない。ここ何日かは、いつも用意してくれていたお姉さんには会えずじまいだったけれど、パンだけは置いておいてくれていたわ。」
「そうだったんだ……」
そういえば言ってたな?つまり、知らなかったのはオレだけかよ……そうなると、ひょっとしたらただお世話が好きなだけの人である可能性も……
「確か、名前はアズサさん……だったかしら?」
「アズサ!」
急にアルマが大声出すから、びっくりした。
……アズサさんって、柴田のとこにいた世話係の美人なお姉さんだよな?
でも、他人の名前に此処まで嬉しそうに反応しているアルマを見るのは初めてだから、アズサさんに懐いているのは間違いなさそうだ。
だとしたら、やはり彼女が協力者である可能性が高いように思えるな……そう言えば、ツルギさんが言ってた〝言葉を教えたもう一人〟って、アズサさんかも?
ならこの反応も頷けるか。
何日か前にアルマと一緒に柴田の部屋で会った時は反応しなかったが、あの時のアルマはそれどころじゃ無さそうだったから、多分間違いないだろう。
「あら、アルマちゃんも知り合いなの?」
「はい!おねえさん!」
……お姉さん?まぁいいや。
それより、あの人が給仕係もしてくれていたのか、ありがたいな……ん?あれ?柴田の所……?
柴田は確か、前の世話係が人返りの獣人だと知って殺している筈だ。
なのに、何故アズサさんは無事なの……?
「それよりマサトくん!さっきから分かりやすく話を逸らさないで!そんな事はどうだっていいわ!私の事を話したのだから、そろそろ観念してマサトくんも話しなさい!」
正直どうでもいい話ではないのだが、そりゃあバレちゃうよね。だとしたら此処は……
「……前の学校に居る時に、逮捕された。」
オレが渋々ながら端的に告げると、樋口さんは一つ盛大に息を吐き出してからこちらを見据える。
「それは皆知っている話だから、きちんと全て話して。誤魔化さないで。」
やっぱり、コレが噂の原因だったか。
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批判などでも構いません。物語をよくする為の貴重なご意見は、真摯に受け止めさせて頂きます。
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次回更新予定は 12月21日(日)18時となります




