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ある暗殺者の手記 ー崩壊の序曲ー  作者: 眠る人
反転する世界 ーInversionー

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手記29

※一部に流血や、暴力的、もしくは生理的嫌悪感を伴う描写がある場合がございます。

苦手な方はご注意ください。

 近藤くんに案内されるがまま彼の部屋を訪れると、中ではナギさんが寛いでいた。


「ただいまー……」


 彼が帰宅を告げた瞬間、一緒に部屋へ入ってきたオレを確認したらしいナギさんは、一瞬の間に澱みない動作で淑女然とした様相となり、深々と頭を下げる。


 だが次に顔をあげた直後、彼女はオレの相貌を確かめたのか、こちらを見つつ僅かに口元に笑みを浮かべた。


 ……今のは何だろう?


「おかえり、ヒロト。友達には謝れた?……あら、アンタは……」


 彼女が微笑んだ理由が分からなかったオレを他所に、ナギさんは近藤くんに視線を向けた後で、少しわざとらしくオレへと声をかける。


「うん、ただいま……大体は会えたよ。それより、ナギは桜井を知ってるの?」


「ええ。昨日少しね。」


 どうやら、彼女は昨夜の事を近藤くんに話していなかったらしい。


 いや?だとしても何でオレを見て笑った?


 ……まぁいいか。


「そっか。桜井、紹介するよ。この人はナギ……ネコの獣人だ。猫又って呼ばれたりもするらしい。」


「え?猫?……猫又?」


「改めて、よろしくね?」


 彼女はそう言うと、まるで何処かのお店で見かけるような、やり慣れた様子の猫の仕草を真似た格好をしてみせる。


 その動作は、彼女の服装や凛々しい容姿も相まって、下手なアイドルよりも余程様になっているようにも思えた。


 しかし、なるほど……匂いでアルマに気付いたりしたのも、彼女が猫獣人であるならば納得かな。


「よ、よろしくお願いします……」


「そう……桜井は知らないかもしれないけど、メイドさん達は……」


「大丈夫よヒロト、そいつアタシたちを知ってるわ。」


「ナギ、それはどういう事?」


 近藤くんが言い淀む中、ナギさんは少し笑みを浮かべつつ彼へ向け口を開く。


「そいつ、昨日アタシが人返りだって言ったら、驚きもしなかったの。だから、多分あのガキから聞いているんじゃない?」


 ……あっ!?言われてみれば言ってたな!?


 知っている話だから流してたけど、よくよく考えたら驚くところだったよ……


 というか、昨日たったあれだけの会話でオレが何を知っているかを確かめてたのか、この人……敵に回したらヤバいかもな。


「そうなの?」


「うん……実は……」


「なんだよ……大丈夫だとは思ってたけど、もし桜井がアキトみたいにナギを敵だって言ったらどうしようって、ちょっとドキドキしてたんだぞ?」


 ……なら、言わなければいいのでは?とは思いつつも、彼のこういう所が信用できる所以なのだろうと考えながら、オレは疑問を口にする。


「ご、ごめん……ところで、アキトって誰?」


「あー……柴田の事だよ……」


「……そっか。」


 オレの問いかけに、近藤くんは表情を曇らせながらも応えると、その様子からオレは彼が柴田に対して複雑な思いを抱いている事を悟った。



「それより、聞かせてくれないか?どうして、犯人が近くにいると考えたんだ?それに、アレを人間がやったって、どうして言い切れる?」


「……分かった。でもこれから言う事は、信じられないかもしれないけど……いいかな?」


「ん?ああ……」


 近藤くんに問われたオレは、前置きをした上で説明を始める。


 これは彼が信じないだろうと考えたからではなく、現実味の無い話だからという意味ではあったが、そんな心配は杞憂だったらしく、近藤くんは真剣に話を聞いてくれて、知り得る限りを伝えた後、神妙な面持ちで頷いてから口を開いた。


「なるほどな……アキトが、そんな事を……」


「うん。あくまで状況と、その後を考えたら……だけど。」


 普通に考えれば、俄には信じがたい話だよな。獣人達をヒトモドキと呼んで、殺害するだなんて……


「アイツは思い込みが激しいから、納得は出来るかな。それに、身体能力もオレ達にある力で説明がつくって話も、分かったよ。兵士に囲まれてるから外部から入って来づらいってのも、そうだろうなって思える。」


「信じてくれるの?」


 柴田の件に関しては、彼自身も被害者だから聞いてくれるとは思っていたが、清水さん殺害の犯人が人間である件や、その犯人が近くにいると思われる理由にまで理解を示すとは思わなかったよ。


「今更だぜ?だって、俺……それで痛い目に遭ってるじゃん?」


「あ……そっか、そうだよね……ごめん……」


 そう言って近藤くんは包帯を巻いた腕をヒラヒラと振ってみせる。


 なるほど……言われてみれば、身体能力が上がっている事に関しては、オレが彼にやろうとした事を考えたら……


「いや、そんな顔すんなって!別に怒ってるとかじゃないんだから!……それより、ナギ。今の話はどうなの?」


「何でアタシに聞くの!?アタシが分かるわけ無いでしょ!……でも、そうね?アタシ達の言い伝えだと、人を殺すと穢れが溜まって、おかしくなった……みたいな話はどこにでもあるわね?」


 ……ケガレが溜まる?力を奪う、ではなくて?


「それとアタシは実際に見た事無いけど、兵士とかに時々妙な力を使う奴が現れる事があるらしいわ。だから、ヒロトの友達がヒロトに何かをしたって話は、アタシからすると納得出来るよ。」


「そっか……」


 この話は……だとしたらやはり、オレ達のこの力はとてもではないが祝福と呼べるような代物ではないな……しかし、力を奪うではなく、穢れが溜まるとは一体?


「ま、詳しい話はわかんないけど、一つだけ言える事があるわ……ヒロトにはあの胡散臭いやつより、そいつの方がピッタリって事ね。」


「うん。俺もそう思う。」


「え?何?何て言ったの?」


 オレが考え事をしていると、二人が顔を見合わせて何かを話したのだが、気になって問いかけるも近藤は笑みを浮かべてはぐらかした後、真剣な表情になる。


「こっちの話だ……なぁ、桜井?提案なんだけど……」


「どうしたの?」


「俺達で、協力しないか?」


「協力?」


 唐突な近藤くんからの提案に、オレが思わず聞き返すと彼は頷いてから言葉を続ける。


「ああ、具体的に何をしていいのかまでは分からないけど、お互いに情報交換とかしたりさ?」


「それは……」


 ……だが、オレの脳裏につい先日柴田に騙された事が去来した為、思わず否定の言葉が口をついて出そうになる。


「アキトに騙されていた所為で信じられないのは分かるよ。でも、少なくとも俺は……桜井を信じている。」


 しかし、近藤くんはそんなオレの心情を察したらしく、真っ直ぐにオレの目を見据えながら言葉を続けた。


「近藤くん……」


「駄目かな?」


 柴田とは違い、近藤くんは信じられるようにも思えるが、ちょっと自信が無いな……


 でも、不安そうにしながらもオレを真っ直ぐに見据えている彼を、オレは信じたい。


 ただ実際に協力するかどうかについては、現状だと一人で行動しているだけだから、樋口さんと相談してから……かな?


「分かった……でも、正式に答えるのは樋口さん達と話した後でもいい?」


「それは構わないよ……でも、ありがとう。」


 オレがそう告げると、彼は再び手を差し出してきたので、なるべく笑顔で応える。




「やっぱ、アンタ達似てるわ。青臭いとことかね。」


「別にいいじゃん!!」


「……そんなアンタ達に、いい事を教えてあげる。アンタ達には話すなって言われてたんだけど、アタシらがアンタ達の側にずっと居るのは、アンタらと仲良くなれって言われてるからよ。理由までは知らないけどね。」


 やはり、彼女達には特別な仕事等は無く、恐らくさっき考えた目的の為に用意された……生き餌なのだろう。


 いい趣味してやがるよ、全く。


 無論、悪い意味でだがな。


「え?そうなの?じゃあ、俺と仲良くなったのって……演技?」


 彼女の言葉に、酷く落ち着かない様子の近藤くんが尋ねると、蠱惑的な笑みを浮かべたナギさんは真っ直ぐに彼を見つめ口を開く。


「ヒロトはアタシを疑うの?あんなに激しく愛し合ったのに?」


 明け透けな物言いだなぁ……近藤くん耳まで真っ赤にしちゃってるじゃん?


 しかしこの反応は……彼は、ナギさんの事が好きなのだろうな。


 ……にしても、分かりやすすぎるだろ。


「ヒロトをからかうのはこれぐらいにして、続きだけど……方法はアタシらに任されてたわ……だから、あのガキに男の操り方を教えてやったのよ。」


 やっぱり勘違いじゃなくて、この人がアルマに吹き込んだのか……近藤くんも驚いてるよ。


「ナ、ナギ……流石の俺でも、あんな小さな子にそういうのを教えるのは、ちょっとどうかなって思う……」


「ガキだからって優しくされてるのに、周りに噛み付いて回った罰ね!あーもうっ!思い出しただけで腹が立つ!」


「まあまあ……」


 オレとしては、ナギさんのおかげで仲良くなれた側面もある訳だから複雑な気持ちだが、アルマの態度の理由も知っている今となっては、アルマも責められないのよね。


「……アタシが知ってるのは、こんな所よ。」


「あの……一つ聞いていいですか?」


「何?」


「ナギさんは昨日街から来たって言ってましたけど、他の人もそうなんですか?」


 それはそれとして……なんとなくだけど、ナギさんがちょっと特殊な事例な気がするから、一応聞いておこうかな?


「さぁ?知らない……少なくとも、アタシと顔見知りはいないね。そもそも、アタシは街で足抜けの為の割りのいい仕事があると聞いて来ただけ。」


 足抜けって、何かから逃げて抜ける事じゃなかった?


 ……此処に突っ込むのはやめとこ。


「……多分、この近くのフソウの森林に住む少数部族の連中が大半じゃない?殆どは共通語が分からない連中だし、それに街でもまだ珍しいから仕方ないけど、蓄熱石の使い方を知ってたのもアタシだけだったから間違いないと思う。」


 フソウ……って、もしかして扶桑?


 ええと確か、中国から東にある伝説上のでっかい木の事……だったか?


 転じて日本そのものを指す言葉でもあるが、だとしたら森に御神木みたいなのでもあるのかね?


 ……にしても、そのまんま日本語で呼ばれているだなんて……まぁいいや、それよりもだな?


「ああ、石炭みたいなあの石ですか。」


「そうよ。ついこの間あのガキに使い方を教えたのもアタシね。濡れた布巾を用意するのにウロウロしてて、邪魔だったの。」


 ……なるほどね。


 これで、アルマがシャワー室を知っているのに、シャワーを知らなかった謎が解けたよ。


 それに、よく考えたら外界とほぼ隔離された環境にいたと思しきアルマが、蓄熱石や蓄光石の使い方を知っているのは、誰かに教えられた以外に考えられないものな。


 しかし、言ったら怒りそうだけど、この人昨日あんな事言ってた割に、かなり優しいのね。


「蓄熱石?」


「水を暖める道具よ、別のお風呂場に置いてあるわ……仕方ない、ヒロトにも後で教えたげる……なんなら、一緒に入ってもいいよ?洗髪剤も無いから流すだけだけどね。」


「一緒には入らないよ!」


「そう?残念。」


 そいや、近藤くんもシャワー室使ってないが、この人わざと近藤くんに黙っていたのかよ。


 ……その辺は、ナギさんの自由だしな。


 それよりも、話の続きだ。


「だとしたら、誘拐された……とか?」


「まぁ、有り得なくはないね。此処の連中は主義者達ばかりだもん。おかげでアンタらが来るまでは、数ヶ月も小遣い稼ぎが出来なくて暇だったわ……」


「小遣い稼ぎって……」


「もう!そんな顔しなくても、今はヒロト以外に触らせる気はないって。」


 ……おい!?黙って聞いてりゃ、そこのバカップルよ!?


 さっきから、ヒトの目の前でいちゃつくんじゃねぇぞ!?羨ましいだろうが!


 ……おっと、危ない危ない。


 そんな事より、今のうちに聞かないと。


「……主義者?何ですか?それ?」


「主義者を知らないって……薄々疑問だったけど、アンタ達何処から来たの?人だけの街にいたとしても、そこら中にビラが撒かれてたりするから知らないはずが無いでしょ。」


 やはり、人返りの世話係達はオレ達がどこから来たのかは知らされていないようだ。


 となれば、ますますツルギさんが何者なのか気になる所ではあるが、今はとりあえず……


「……多分、此処とは違う世界から……」


「……何?アンタもヒロトみたいに、アタシらの先祖と一緒って言いたいの?」


 近藤も既に話していたらしいが、この様子だと彼女は信じていないようだ。


「はい……」


 無理もないか……


「そんな与太話誰が信じるってのよ!アンタ達二人してアタシをからかってんでしょ!?……まぁいいわ、そういう事にしといたげるわ……で?主義者がどんな連中か……だっけ?」


 オレが肯定すると、ナギさんはオレ達が悪戯でもしているのだと思ったらしく、一度は声を荒げるのだが、すぐに話が進まないと考えたようで、諦めたような表情で確認をしてきた。


「お願いします。」


「アタシらは、人間至上主義者って呼んでる。よーするに、アタシらを獣だって見下してるクソッタレな連中の事よ。」


「そんな連中が……?」


 オレの問いに、心底嫌そうな表情になりながらもナギさんは頷き、言葉を続ける。


「都市国家連合って、この大陸で一番大きな国があるんだけど、そこの領主や議会の連中に多いのよ。だから、アタシらは苦労してるってワケ。アタシの生まれた街も、そうよ。」

よろしければ、ご意見、ご感想をお待ちしております。

批判などでも構いません。物語をよくする為の貴重なご意見は、真摯に受け止めさせて頂きます。


ブックマークや、評価、コメントは大変励みになりますので、是非よろしくお願いします。


次回更新予定は 12月7日(日)18時となります

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