手記3
「しかし、困りましたね……貴方にも、この後で別の部屋にて皆様とご一緒に説明を受けて頂く予定だったのですが……」
予想だにしていなかった出来事で呆然とするオレを他所に、兵士は医者を部屋から退室させた後、困った表情を浮かべつつ口を開く。
「な、何か、問題でも……?」
実際、問題しか無いのは内心分かってはいるのだが、それでも信じたくは無い出来事の為に否定して欲しかったオレは、恐る恐る尋ねる。
「はい。どのような毒なのかが現時点では分からない為、他の方々と同じ部屋に入って頂く訳にはいかないのです。」
だが、返ってきた言葉は先程の言葉を肯定するものだった。
そりゃ当然、そうなるよな。
「現時点でハッキリしているのは、貴方の血が触れた短刀の刃先の部分と、先程の注射器の針がすぐに黒く変色していた事だけですので、恐らくは血液を媒介にしている可能性が高い事ぐらいですね。」
血液を、媒介に?
あれ?そうなると、汗とかの体液はどうなるんだ?
汗の素になっているのって、確か血液だろ?
「よって、検査が完了するまでは申し訳ありませんが、半ば軟禁に近い扱いになってしまうと思われます……尤も、先程片付ける際に血に触れてしまった私が、今もこうして何事も無く立っていますので、毒性自体は然程強くないのかもしれませんね。」
「軟禁、って……」
湧いてきた疑問も、次に兵士から発せられた言葉の衝撃の前ではすっかりと消え失せ、オレはその言葉の持つ不吉さの為か、少しの間頭の中が真っ白になり何も考えられなくなる。
「い、いえ、そんなに深刻なお話では無いので、ご心配なさらないでください!ただ恐らくは一週間程度、お部屋から余り出ないで欲しいというだけです。その後につきましては、結果次第ではありますが……」
「そうですか……」
冷静に見ると、下手したら歩く危険物だからこの措置も仕方ないよなぁ。
「身の回りの世話をする者をこちらで手配致しますので、そこまでの不便は無いと思われますよ。」
「わかりました……」
食事とかも部屋まで運んで貰えるって事かな?
それなら、まぁ……
「それより、最初に聞くべき事柄で話が前後してしまい申し訳無いのですが、貴方のお名前は……?」
「あ、えと、桜井、将門……です。」
正直、この名前はあんまり好きじゃないから名乗りたくはなかった。
読みはマサカドではなく、マサトなのだが………見て字の如く、歴史好きな親父が有名な武将の名前からとって付けたようで、中学で歴史を学ぶ様になってイジられる事が増えたからだ。
余談だが、妹も似たような経緯で名付けられたのだけど、二択で悩んだ末に某国民的アニメのヒロインと同じ読みの名前を付けられたものの、オレと違っていじられる事はあまり無かったらしい。
とはいえ、友達とのやり取りの中でなら冗談で済ませられたから、まだ前の学校は良かったよ。
……大して親しくも無いのにウザ絡みしてくる奴ってのは、何処にだって一定数はいるものなんだな。
「マサト様ですね?私は、この屋敷の警備を任されております、クレイと申します。宜しくお願いします。」
「はい。こちらこそ……」
この人達には伝わらない事だからいいのだけどね。
「ところで、血は止まりましたか?」
「あ、大丈夫……みたい、です。」
あれだけ出血したのだからそんなにすぐ止まるものかよと考えつつ、当てていたガーゼを剥がしてみると、指先から新たに血が溢れてくる事は無かった。
思っていたよりかは傷が浅かったらしい。
「それは良かった……では、マサト様が最後ですので、僭越ながら私から説明をさせて頂いても?」
「お願いします。」
「先ず、改めて何故あなた方をお呼びしたのか……それは、私達人族が獣人達の侵攻に脅かされているからなのです。」
「獣人……?」
亜人種との戦争をしているのか?
「貴方達からすると、獣人という言葉には聞き覚えが無いのかもしれませんが、私達は古代より、獣人達との領土争いをしておりました。とはいえ、常に争っていた訳でもなく、安寧の時代もあったとは言い伝えられております。」
なんか良くありそうな話だなぁ。
「……ところがです!」
「は、はい。」
あまり真面目に話を聞いていなかった事がバレたのかと思い、オレは慌てて居住いを正したのだが、どうやらただ言葉に力が籠ってしまっただけらしい。
「此処近年、獣人達の侵攻が苛烈になり、私達人族は大陸の隅に追いやられ始めたのです。そして、私共が暮らすこの領地は、その最前線……という訳です。」
「なるほど。それで、オレ達に救って欲しい、と……」
「ええ、そうです。マサト様は話が早くて助かりますね。」
こんなの要約するまでも無いと思うけど……
それに、これまでの話ではオレ達である必然性の説明にはなっていない事も気にかかる。
「そ、それは……分かりましたけど、オレ達、訓練もした事が無いガキ、ですよ?」
何故なら、幾らチートがあろうと訓練もしてない奴が戦える訳が無いからだよ。
勿論、ラノベを読みながら妄想した事はあるけれど、格闘技すら習っていないヒョロガリなんだぜ、オレ?
それでどうやって戦えと?
「疑問はごもっともかと思います……ですが、これは即戦力を得る為ではなく長い目で見た際に、ヤツらへ対抗する力を育てる為、なのです。」
「というと?」
あれ?即戦力が必要という話じゃないのか?
「〝祝福〟は、奴らに対抗し得る力です……その力の強弱は確かにありはしますが、それでも〝祝福〟を持たない私達普通の人族では、獣人達の前だと無力なのですよ。」
うーん……?
この言い振りだと、獣人達も〝祝福〟とやらと、同等の力を持っているように聞こえるが?
だから対抗する手段としてオレ達が必要だ、って事か?
「儀式にてお呼びした方は例外無く、その身に〝祝福〟を宿しています。故に、貴方達の力が私達には必要なのです。そして、貴方達の〝祝福〟の力は時間を掛けて成長させる事が可能です。」
……えっ?毒を強化してどうすんのよ?
面倒事以外起きないでしょ、そんなの。
とはいえ……
「話を総合すると、いきなり戦場に放り出すような事はせずに、訓練をする時間はくれる、と?」
「ええ。」
「本当に、そんな時間があるんですか?話を聞く限り、かなり切羽詰まってるような……」
何だろ?なんか、この人の態度は妙に余裕があると言うか……言ってる事の重大さに対して、当事者意識が薄いような違和感があるんだよな。
「はい。幸い、と言っては何ですが奴等は獣ゆえか、気温が高くなる時期は然程、長時間の活動が出来ないようなのですよ。」
へぇ?獣人とやらにも、弱点があるにはあるのか?
その余裕が、この違和感の理由なのかも?
「その分、冬季は活動が活発になるのですが、大陸の南方に拠点を構える事で、最低限人族が維持出来るだけの食料等もなんとか各領地で確保が出来ておりますし、準備期間を設けられるおかげで、侵攻を退ける事も現状では出来ています。」
なるほど、ねぇ……
今はまだ対抗出来るけど、今後はどうなるか分からないから、余力のある間に戦う力を育てたいって話なのか。
まぁ、理由は分かったよ。
納得も、感情部分はさておき出来なくも無い。
事情は誰にだってあるからな。
……だけどね?
「話は分かりました。……で、でも、それだと……オレ達が協力して、終わって帰れたとしてもかなり先の話ですよね……?それに、敵と言っても……獣人って呼ぶぐらいだから、相手だって人の形をしているんでしょう?だったら、正直……」
ゲームに出てくるモンスターなら兎も角、そんな理性のある可能性が高い相手と戦う為の訓練なんか、オレは真っ平ごめんだ。
さっきまではチートがどうこうで興奮していたけど、話を聞いて頭の冷えた今は違う。
これは生きて帰れる保証も無い上に、特殊な力があろうともたかだか二十五人のガキを鍛えた所で戦争に勝てるなら、有史以来誰も軍隊を作るのに苦労しないって話でね?
此処までの説明を聞く限りだと正直、オレには既に詰んでいるようにも思える。
第一、オレの力が〝毒〟なのだとしたら、下手すりゃ味方からも煙たがられる可能性があるもんな。
だから、断るしか無いのだけども……
「そう、なりますね。そこについては、誠に申し訳なくは思っています。故に、此処までのお話も強制ではありません。報酬の金に関しては、ご協力頂ける場合に限りという条件は付きますが、ご協力頂けない場合でもなるべくご不便をお掛けしないように、取り計らせては頂きます。」
あれ?
てっきり今すぐ出て行けって言われるかと思って、心臓がバクバクだったんだけど……随分と優しいな?
もしかして、断られるのは想定しているのか?
「勿論、気が変わった場合は歓迎いたしますよ?」
「それは、そのうち考えます……」
しかし、そうなると親とも暫く会えないのは、確定か。
此処に来てもう一日経っちゃったから、今頃母親が凄く心配してるだろうし、何とかして帰る方法を探さないと。
アテは無いけども。
「そうですか……残念ですが、仕方ありませんね。どの道、暫くは此処での暮らしに慣れて頂く為の期間を設けておりますので、その間にご一考頂けると助かります。……他に、何かお聞きになられたい事はありますか?」
どうやら本当に無理強いはしないらしいが、一日とはいえ世話になったから少々心苦しくはある。
……が、まぁ?それはそれとして、これだけは確認しておかないと、だな?
「あ、あの……」
「なんでしょう?」
「その、オレ達の能力って、何処かで見れたりするんですか?」
ステータスという言葉を口に出すのが恥ずかしくて、少しボヤけた言い方になってしまったのだが……
「見る、とは?どのようにですか?……もしかして、紙に書いておくという事でしょうか?私個人としては、マサト様の〝祝福〟は、余り衆人の目に晒さない方が宜しいかと存じますので、記録を残しておかない事をお勧め致しますが……」
……あぁ、うん。
オレだって、薄々は分かっていたよ?
ステータスなんてものは、この世界には存在しないんだ、ってさ。
昨日の夜に、何回も何回も試したんだもん!
そんなの、ちゃんと分かってたさ!
「いえ、気にしないでください……」
他にも気になる事があるにはあるけど、この人達に言っても仕方がないしな。
持ち物が無くなった、なんていつ帰れるかも分からないのに、今更スマホとか財布の心配したところで、って話よ。
「そうですか?では、お部屋までご案内させますので、少々お待ちください。ついでに包帯も用意させましょう。」
「分かりました。お願いします。」
……でも、協力はしないって言ったのに、本当に此処に残っていていいのかな?
いや、此処の人達に連れてこられたのだから、此処の人間がオレ達の面倒を見るのが当たり前って言えば当たり前……な訳は、勿論無い。
だから、この対応も何か理由があるとしか思えないのだけど、その見当が全く付かなくてモヤモヤする。
「……おまたせ、いたしました。」
なんて事を考えていたら、気付くと朝食の際にオレを呼びに来た少女が、クレイさんと一緒に部屋の中へ入ってきた。
「今後は何かご用命がありましたら、この者を常に控えさせておきますので、この者を通してお伝えください。」
「え……?」
常に?
「では……ごあんない、します。」
少女はオレとは目も合わさずにそう告げると、またしても深々と頭を下げる。
有無を言わさず、って感じだな。
まぁ、本当に常に一緒に居るって訳でも無いだろうし……いいか。
……と、最初は考えていましたが、正直考えが甘かったとです。
現在、説明を受けてから数時間が経ち、そろそろ昼食の時間になるのだけど、傷口の治療をしてもらった後から部屋の入り口辺りに、ずーーっと立ちながらこちらを見てるんです。
彼女が。
しかも、困った事にーーー
「あ、あの、そこに立ってるのも何だから、椅子にでも座ったらどう……?」
「いえ……」
ーーーこんな感じに返事を返してくれるならまだ良い方で、何も言わずに首を横に振るだけとか、無言で返事もしないとかで、非常に居心地が悪いったらありゃしない。
でも、最初は監視されてんのかとも思ったのだけど、これは監視というよりどちらかと言うと、怯えているようにも見えるのは気のせいか?
オレ……この子に何か悪い事でもしちゃった?