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ある暗殺者の手記 ー崩壊の序曲ー  作者: 眠る人
反転する世界 ーInversionー

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18/29

手記17

 手早くお互いの自己紹介と簡単な現在の状況説明を終え、こちらからはアルマと友達だという事だけを年若い兵士に伝えた後で何故かオレは、無理矢理樋口さんのオニ観察に付き合わされていた。


「へぇ……遠目に見た時はゴブリンかと思ったけれど、よくよく見れば異様なくらい手足や首が細いし、オニと呼ばれるだけあって妖怪の類と言われても納得出来るわね?」


 彼女はそう言うと、眉を顰めながらも興味津々といった様子でじっくりとオニの頭からつま先までを眺める。


 勿論、オレは隣にいながらもオニからは目を逸らしているワケだけど、そんなオレの目線の先でこれ以上荒らされないようにと、あの兵士がオレ達の乗っていた馬車に兵士長の遺体を乗せている所だった。


 ちなみに、若い兵士の名前は聞き間違いではなくツルギと言うそうで、彼の部族ではアルマのように友達や家族しか名前を呼んではいけない等の風習も無いのか、人前で呼んでも構わないのだそうだ。


 ついでに、アルマは死体とはいえオニには近づきたく無いらしく、一度はオレ達を止めようとはしたものの、流石に死体なら大丈夫だろうからと樋口さんに押し切られた後は、離れた所から心配そうにこちらを見守っていたりする。


「えー?そうかなぁ?オレは、ゴブリンだと思うけどなぁ……」


 尤も、きちんと見てないから、遠目での印象だけで言っているのだけどね。


 とはいえ、ゴブリンを小鬼って表記する事もあるぐらいだし、オニと呼ばれていたコイツもゴブリンでいいのでは?


 てか、それよりも何で死体を平気で見ていられるんだよ、この人……


「やっぱり苦手?」


「そりゃあ……寧ろ、樋口さんは何でそんなにじっくり見れるのさ?」


 オレなんて今もちょっと視界に入れるだけで気分が悪くなるというのに、キミのメンタルどうなってんのよ、マジで!?


「だって、作り物みたいじゃない?オニって呼ばれているのに、ツノだって無いし。」


 いや、動いている所を見てさえいなければ、血も全く出ていないからオレもそう思えたかもしれないけどさぁ?


 だからって、ねぇ?


 そうそう、これも先程ツルギさんから聞いて分かった事だけど、アルマが往路でも落ち着かなかったのは、道中でオニの匂いを感じ取っていたから……らしい。


 ……二人が何を話してたのかがどうしても気になってしまい、つい聞いちゃったから教えてもらえたのだけどね?


 何故か樋口さんが爆笑するわ、ツルギさんにも笑われるわで、すっげー恥ずかしかったんだよな……


「それより、貴方も見てご覧なさいよ。コイツ性別が無いわ。やっぱりゴブリンじゃないみたい。ゴブリンと言えば、女の敵なのでしょう?」


「見てみろって……えぇ?」


 彼女に言われたので、オレは嫌々ながらにオニへと視線を向けてみる。


 すると、彼女はつま先で捲ったらしい腰布を押さえつける為か、オニの下腹部の辺りを踏みつけつつ、人間であれば大事なモノがついているであろう箇所をまじまじと観察していた為、オレが思わず困惑してしまうのも仕方がないと言えるだろう。


 女の敵とかは近年の創作であって、元々は妖精の一種だから性別は云々……と、言いたい事は勿論あるのだが……それよりもなによりも、その行動は人によってはご褒美かもだけど、幾ら何でもどうなのよ?


「樋口さん、流石にそれは……」


 美少女の嗜虐性が魅力的どうこうは深い議論をするまでもなくオレも認めはするが、それはあくまで創作物の中の話だから……で、あってだな?


 こうして現実に見せられても、引くだけなんだわ。


「マサトくんがゴブリンだって言うから、こうして確かめてただけよ!……とは言え、生き物としては不自然よね。それに、この傷も……何かが、おかしいわ。」


 寧ろ、ゴブリンなら無くて当然じゃないの?


 いや、それより……おかしな傷って?


「不自然?何が?それに……」


「お待たせ致し…ました……あ、あの、一体何をされておられるのですか?」


 彼女の言葉の真意を尋ねようとすると、いつの間にかツルギさんがすぐ後ろから顔を引き攣らせつつ、オレ達に声を掛けてきた。


 こんな場面を見せられたら、そりゃ普通そういう反応にもなるわな。


「ち、知的好奇心を満たしているの!!」


 流石の樋口さんも、ツルギさんにまで言われてしまったからか恥ずかしくなったらしく、慌てて足を下ろすと、言い訳にもなっていない弁明をする。


「そ、そうなのですか?……それは大変結構な事ですが、余り近寄らない方がよろしいかと存じますよ?」


「どうして?」


「まだ、そのオニは死んでおりませんので……と言うより、私達ではその方の魂を輪廻へ還す事が出来ないのです。すぐに動き出すという訳ではないそうですけども……取り敢えずは兵士長の遺体を隠し終えましたので、館へ向かいながら続きをお話しましょうか。」


 彼の発した死んでいないという言葉への驚きから、オレは思わずオニへと視線を向けたのだけれど、オニは相も変わらずにピクリともしてはいない。


 これで死んでないって……だから、アルマは近付くのを必死に止めようとしていたのか。


「わ、分かりました。」


「分かったわ。」


 ツルギさんの提案に返事を返してから慌てて彼の後に続くも、樋口さんだけは歩き出してすぐに馬の死骸の側で何かに気づいたらしく、一度立ち止まり確認するかのように軽く覗き込む。


「樋口さん?」


「……いきましょうか。」


 彼女の行動の理由が分からなかったオレが思わず声を掛けると、樋口さんは再び考える素振りを見せつつも漸く歩みを進め始めた。


 どこか気に掛かる事でもあったのかは後でゆっくり聞いてみるとして、今は他にも気になる事があるので、まずはそちらからだ。


「それで、ツルギさん?魂を還すって何ですか?何処に返すというんですか?……いや、それよりもオニをその方と呼んだって事は、まさか……」


 今だけでなく先程までの発言の中でも、ツルギさんはあのオニとやらを人扱いしていた事から、オレはもしかしてと思い彼に問いかける。


「ええ、彼らは何らかの理由により、魂が還るべき場所に帰れなくなってしまった人、若しくは私達の同胞……その成れの果て、です。それで、肝心の彼らを還す方法についてですが……私の生まれた里では既に失われている為、私には分かりません。」


 すると、ツルギさんはオレの考えを肯定するように頷いてから、先程の続きを話した。


「益々妖怪っぽいわね……」


「元は人や獣人……だった?」


 やっぱり。


 これは樋口さんの言うように、最早おばけとか妖怪の類だな……


「はい。マサトくんには先程もお話しましたが、その昔に酷い飢饉で飢えた方や、戦乱の最中に非業の死を遂げてしまわれた方々の魂が、未練や恨みからオニになってしまう事例は頻繁にあったそうで、私達の先祖はそんなオニ達に対抗する為あなた方と同様に彼方より来訪し、戦う術を得る為の儀式を行い獣の魂を取り込んだ……と、言い伝えられています。」


 なるほど、獣人達も実は別の世界から来ていたのか。


 彼らが元は普通の人間だったって話も、既にアルマ自身や彼女の腕を見ているから、納得も出来るな。


 とはいえ、この人……うん、試しにちょっと探ってみよう。


「オニには余り詳しくないって言ってた割に、色々知ってるんですね……ちなみに、その儀式ってどういう儀式なんですか?」


「私は魔術に詳しくありませんので、結果何が起きるか以外は存じ上げませんね……儀式やオニについては一族の成り立ちを教わるついでに、長老達から教えられた程度なのです……お力になれず申し訳ありません。」


 ダメ元で聞いたとはいえ、オレ達を呼び寄せた儀式についても手掛かり無しか……これについては仕方ないか。


 魔術師がどういった扱いをされているのか分からないが、技術職だとしたら普通は前線の警備なんかに回す筈がないもんな。


「こちらこそ、いきなり変な事を聞いてすみません。」


「いえいえ……それで話の続きなのですが、オニに関しては二百年程前まではそれなりにいたと言われてはいるものの、現在では遭遇する事自体が稀になっています。」


「さっき襲われたのは偶然って事ですか?」


「えぇ、恐らくは……」


「あまり嬉しくない偶然ですね……」


 だがまぁ、アルマが柴田に反応していた事からも、彼女が怯えたりする相手は恐らくだがこちらに悪意を持っている人物なのだろうし、そんな彼女が名前を教えている人なのだから、この人はきっと信じても構わないだろう。


 受け答えにも違和感を感じないしね。


「本当に……アルマは幼いのに出会った事があるようですけれど、私はと言えば正直四十になるこの歳まで出会った事が無かった為に、匂いにも気づけませんでした。私が気付いていれば、兵士長も……」

 

「ん?四十歳?誰が?」


 ……などと思った矢先、サラッと信じられない発言が聞こえた気がするのだが、聞き間違えたのかな?


「私ですよ。」


「えぇ……?」


 この容姿でうちの両親と大きく変わらない、って……マジかよ!?


 この人、どう見ても二十歳そこそこにしか見えないのだけど……


「おや?その子から聞いてはいませんか?」


 アルマから?


「何を?」


「私達獣人は、人に比べて大分成長が遅いのです。だから、私は四十とは言え人に換算すれば二十五程なので、まだまだ若輩の身ですよ。なにせ我々の中には、齢百を優に超えても尚、現役の方達がおられますからね……」


「じゃあ、彼女は……?」


 ツルギさんが二十五程だとしたら、アルマは一体……?


 いや……それも気になるが、今アルマにも視線を向けながら自分達を獣人って言ったよな?


 偽物、とかじゃなくて?


「十八であれば、恐らく人の十二歳ぐらい……でしょうか?個人差や種族差がありますので一概には言えませんけれど、この子は私から見てもまだまだ子供ですし、貴方が心配するような事は何もありません。」


 どうも、最初に妹と同じぐらいだと感じたのは、間違っていなかったらしい。


 よかった……どちらにせよそこまで大きく歳が離れてないのは、変わらないんだな……って、オレは何を安心しているんだ!?


 ……それに、この人は一体、オレが何の心配をしていると言うのか!?


 クソっ!何でまた笑ってるんだよ!!


 まぁいい……今はそれより、アルマについてだ。


「オレ、前に自分は大人だって、かなり怒られたんですけど……」


「確かに、人の基準であれば成人と言えるのですが、なにぶん見た目も中身も幼いので、大人ぶりたいだけでしょうね……確か、警備に当たっている同胞達を含めた中でも、この子が飛び抜けて最年少だった筈です。」


 なるほど、普段から子供扱いされまくってた上に、あの時歳下に見えるオレにまで言われちゃったからキレた、といったトコだろう。


 周りからガキ扱いされて怒るというのは、子供ならよくある事だからな。


 しかし、だとしたら……あの連中、子供のアルマにまであんな事をさせようとしていたのか……全く、度し難いな……って、うん?何か、後ろからすっごい嫌な気配が……?



 質問の直後、ひとり内心で益々クレイ達への怒りを募らせていたのだが、不意にイヤな予感を覚え、チラリと後ろを歩くアルマに視線を向けてみる。


 すると、彼女は赤い顔をしつつも微かに震えながら頬を膨らませて、ツルギさんを睨みつけていた。


 ……よし、見なかった事にしよう。


 しかし、ここまでの話だとアルマ達と普通の獣人達って混ざって暮らしてるように聞こえるけれど、よくよく考えたらそれだとアルマの話と食い違ってないか?


 多分同胞って、獣人も偽物とやらも含めての話だろ?


「今も言ってましたけど、館の警備にも獣人って居るんですよね?ツルギさん達のように、アルマの言う偽物?とかって呼ばれる人達と、普通の獣人って混ざって暮らしているんですか?彼女の話だと、見下されているみたいな言い方だったような?」


 実際、クレイの奴がオレやアルマを扱き下ろしていた事があったしな。


「何処の町でも大体は人も獣人も関係無く暮らしてはいますが……はて、偽物……?」


 あれ?ツルギさんには聞き覚えの無い表現だった?


 だとしたら、あの時彼女は何て言っていたのだろう?


 何か別の言葉を聞き間違えてしまったのだろうかと、オレは必死で今朝のアルマの言葉を思い返す、のだが……


「……もしかして、私達のような者達を〝なりそこない〟と呼ぶ事ですか?……それは彼女達の、白狼の血族の方々の風習ですね……いや、他でも区別する事が無いワケでは無いのですが、その言葉で差別するとなれば大体は白狼の血族と縁のある方でしょう。大抵は、人返りとかなので……」


 どうやら、クレイの奴は偽物ではなく成り損ないと呼んでいたらしい。


 やはり、あの野郎はあの時アルマを蔑んでいたのか……しかしそうなると、奴は白狼の血族とやらの関係者って事になるが……?


 まぁ、それはとりあえず置いておくとして、だ。


 見下す云々が部族の価値観の所為だったと理解出来るとして、通常は差別無く混ざって暮らしているとなると今度は、街で彼女に向けられていた悪意の理由が分からないぞ?


「じゃあ、街でアルマがジロジロ見られていたのは何故です?」


「この辺りの領地では、比較的近代まで白狼の血族と争っていた所為かと思います。彼女も血族の特徴としての白銀の体毛を持っていますので、それが理由かと。」


 なるほど、ね……確かにアルマの髪や体毛の色は白銀だけれど、実はそれは彼女だけでなく白狼の血族自体の特徴であり、その特徴が原因であの時悪意の籠った視線を向けられてしまった、と……だとしたら、あのフード野郎ってあの町の住人だっただけの可能性があるな。


 町での出来事の経緯については、納得したくはないが今の話で理解そのものは出来る。


 これが町に行くと話した際に、彼女が表情を曇らせてしまった本当の理由だったのだな。


 他にも、オレ達が最初に受けていた説明が全くの嘘ってほどでも無かった事も分かったよ。


 ……でもさぁ?


「ちなみに、その争いってオレ達が聞かされていた領地争いの事ですか?なのに、戦争が無い?」


 オレ達が習ってきた歴史だと、領土絡みって普通なら結構血生臭い事になりやすいと思うのだけど、それでも戦争が起きていなかったってのは、幾ら世界が違うとしてもおかしくないか?


 聞く限りでは、オレ達の世界と比べてもそこまで人の本質が違うと思えないし……


「えぇ……ある存在の為に、人も獣人もお互い安易に戦争を仕掛ける事が出来ないのです……人は勿論、武勇に優れる彼の部族総出でも、戦場にてあい見えると太刀打ちが出来ないもので……」


 白狼の血族とやらも、ツルギさんの話から武闘集団なのは何となく察せるけど、そんな連中よりよくわからん人物一人の方が強いって事?


 ……なんだそりゃ、どこぞの戦闘民族かよ!?


「故に、人死にが出るような闘争はあまり起きず、諍いに近い形での争いに……という訳です。その存在はいざ戦争ともなると、必ずでは無いそうですがどこからともなく現れ、勢力に関係無く甚大な被害を巻き起こすと言い伝えられています。」


 確かに、そんな災害みたいな奴の相手なんてしてられないから、そうもなるわな。


 しかし、だとすると何で最初の説明でソイツの事を明かさなかったのだろう?


 伝え忘れるような話でも無いような気がするのだけれど……まぁいい、今は取り敢えず先にお礼を伝えなければ。


「なるほど……色々ありがとうございます。それにしても、ツルギさんは日本語がお上手ですね。」


 こういう暈した言い方をするって事は、この人も深くは知らないから、余り言える事は無いって事なのだろうし。

 

 クレイの奴も、人のはずなのに白狼の血族との関連があるようだったりで、情報を聞くつもりが分からん事ばかり余計に増えてしまったけれど、後で樋口さんと話して纏めるとしようか。


 ……あれ?そういや樋口さん、さっきっからずっと黙ってるような?


 ツルギさんがかなり年上だから、話しかけにくいのか?


「いえ、寧ろこの辺りの土地で暮らす私達の同胞達のうちの大半は、日本語で話していますよ。先程も言いましたが、我々の祖先はあなた方と同じ所から来ましたからね。」


 彼女が沈黙を貫いている事に気付き、どうかしたのだろうかと視線を向けようとすると、先にツルギさんが気になる言葉を口にした為、オレは再び彼に顔を向けてから問いかける。


「んー?でも、ツルギさんが教えたって事は、アルマは話せなかったんですよね?」


 この辺りに住む獣人の大半は話せるのに、アルマは後から学んだってのは引っかかるもんな。


 彼女の一族も、この辺りに住んでいたのだろう?


「そうですね……まぁ……それには、出自も関係していますが……」


「アルマの出自?何処かで隠れて暮らしていた、みたいな話は聞きましたけど……」


「気になりますか?」


「そりゃ、まぁ……」


 他人にこんなに興味が湧くなんて、正直自分でも驚いてるけどね。


「ふーむ……少々お待ちくださいね?」


 ツルギさんはオレの真意を確かめるかのように一度オレと視線を合わせた後、アルマへと顔を向けて口を開く。


「〝マサトくんが貴方の事情を知りたがっているようですが、以前貴女から伺ったお話を、改めて私から話しても構いませんか?〟」


「〝……うん。私も少し話した事があるけど、上手く伝えられているか分からないから、ツルギからも話してくれないかな?〟」


 この世界の言葉で二人が何か言葉を交わした後、ツルギさんはアルマに頷いて見せてから再びオレへ視線を戻す。


「この子が、どれだけあなた方に伝えられているかわからないと言っている為、私が聞いている範囲でお話致しますね……アルマは白狼の血族の中でも特別な生まれでして、言わば純血のお姫様です。ただ、何故かこの子だけ人の因子が強く出てしまい、ご両親は生まれたばかりのこの子を連れて出奔した、という訳です。」


「お、お姫様って……でも、その辺り大体は聞いています。」


 お姫様と言われてちょっと驚いたけど多分、彼女もどう伝えていいのか分からなかった部分は、敢えて口に出してはいなかったからなのだろう。


「そうでしたか。本人が思っているよりかは、伝えられていたようで何よりです……これは彼女から聞いた訳では無く私の推測となりますが、ご両親はこの子に排他的な同族よりも、人に混じって暮らして欲しかったのだと思います。故に、人の言葉しか教えていなかったのでしょう。」


「なるほど……」


「他の地域では、私達の同胞も日本語以外の言語を使っていますが、都市国家連合の公用語……我々が共通語やオルヴァス語と呼ぶ言葉に関しては方言こそあれど、この大陸の人の国であれば何処でも然程変わりませんからね……だから、恐らくはそういう事かと。」


「お……おる……?」


「共通語で通じますから、そちらは覚えなくとも大丈夫ですよ。」


 言葉については置いとくとしても確かに、アルマは髪の色や体毛があるにしても、殆どオレ達とは変わらない。


 だから、祝福を奪いにくるような危ない同族よりは、人に混じって……と考え、ご両親が広く使われている言葉を教えたという気持ちは、なんとなくだけど理解は出来る。


 ……そんな彼女が、血族にとって敵地とも呼べる場所にわざわざ連れて来られて強制的に働かされているのは、どんな皮肉だよ。


 さて、ちょっとモヤモヤする話だったが、強制と言えばついでにこれも聞いておくか。


「ツルギさん達は皆、無理矢理連れてこられたんですか?」


 彼はアルマとは違って否応なく働かされてるって感じがしないから、ちょっと気になっていたのだよね。


「いえ、事情はそれぞれですよ。この子は無理矢理なので、きちんとお給金を頂いているかどうかまでは、知りませんけれど……」


 やはり全員が強制って訳では無い?


 それに、給料も貰ってる?


 うーん、馬車での話は樋口さんの考えすぎだったのかな……?


「おかげで、数ヶ月前のアルマに言葉を教えている時は随分と苦労しました。今は大分マシになってはいますが、最初は私達が幾ら話しかけても、無言で睨みつけてくるばかりでしたから……殆どの同胞は、そんなこの子を見捨てようとしましてね……」


 オレが出会った時でさえ取りつく島も無いと思っていたけれど、どうやら最初はアレより酷かったらしい。


「あー……分かります……オレも、初めて会った時はどうしようかと……」


 そう考えると、今はこちらに笑顔を向けてくれる事があるのは、むず痒いけれど嬉しいよな。


「やはりですか……まぁ、彼女の血族の特徴ゆえなのかもしれませんが……」


「というと?」


「白狼の血族は、人だけでなく他の種族に対しても閉鎖的だからですよ。だから私も、彼女から聞いた以外は知りません。正直その子以外の血族の方とは、会った事すらありませんので……」


 話通りなら、白狼の血族とやらは他との交流を持たない種族のようだが……とすると、彼との街での話は一体?


「あれ?でも、ツルギさんはアルマと近しい氏族だと言って……って、そうか!」


 疑問を全て口にしかけて、オレは狼と近い生き物が居る事を漸く思い出す。


 というより、現代日本に居ないから実感が無くて中々結びつかなかったというか……


「はい。お察しの通り、私はイヌの獣人の血を引いています。私達の一族は古来より人と共に暮らしている分、人族の共通語も日本語も両方出来るので、彼女の教育係になりました。」


 オレの驚く様子に、彼は笑みを浮かべながらずっと被っていた革製の帽子を外してみせた。


 すると、帽子の下から薄茶色い髪と、柴犬のソレと良く似た形状の耳が顕になる。


「どうりで……」


 髪の色だけでなく彼自身の凛々しさも相まって、どことなくキツネ柴っぽいな……


「私はこの通り、そのままですと一目で人返りと分かってしまう見た目ですから、アルマと違い館の警備に回された……というワケです。」


 オレの視線が頭頂部の耳に釘付けになっている所為か、困ったような表情でそう言い終えてから、彼は再び革製らしき帽子を深々と被ってしまうのだが……窮屈じゃないのかな?


 ……いやそれよりも、あの耳……正直触ってみたかった。


 どういう造りになっているのかも、気になるし。


「確かに、アルマ以外の館にいる人もオレ達と見た目に差が無かったような……」


 オレが直接会った事があるのは、アルマ以外だと柴田のトコにいた人だけだけどね。


 名前は、確かアズサさん……だったかな?


「館の中に残っている同胞は、殆ど人と見分けがつきませんよ……まぁ、人返りを起こしたとしても尾だけが残っていたり、身体の半分以上に体毛があったりと、人によって程度は様々ではありますね……私はこの通り、耳ですが。」


「へぇ……」


 人返りを起こしたとしても、人によってケモ度が異なるのか……それは、いい事を聞いたかもしれん。


 ……なんてな事を呑気に考えていると、いつの間にか後ろにいたはずのアルマがオレの隣に来ており、更には何故か袖をクイクイと引っ張ってくる。


 何か言いたいのだろうか?


 そう考えて視線だけでなく顔も彼女に向けると、アルマは自身を指差しながら笑みを浮かべ口を開いた。


「わたし、は、しっぽ、あった、きいた!」


「尻尾?アルマに?今は無いよね?」


「はい!」


 昔はあった、って……?


「それは私も初耳ですが……さっきの言葉の話に繋がるのだと思いますよ。恐らく、赤子のうちにご両親が切ったのでしょう。」


 アルマの発言の意図がイマイチ分からずに首を傾げていると、ツルギさんが顎を摩りながら少し考える素振りを見せた後で、推測を口にする。


 あぁ、なるほど。


 実は、狼じゃなくてコーギーだったって事ね。


 ……冗談は置いといて、確かにそれであればパッと見で人と変わらなくはなるだろうが、背景があるにしてもあんまり気持ちのいい話ではないけど、本当にそんな事をするものなのか?


「尾を切り落とすなんて事、あるんですか?」


「人返りであれば、全く聞かない話という訳ではありませんね。とはいえ、かく言う私も実例を見たのは初めてですが……」


 オレの質問に彼も思うところがあるらしく、ツルギさんは悲痛な面持ちでアルマに視線を送る。


 釣られてオレも再び彼女へ顔を向けてみれば、当のアルマはオレ達二人がどうして自分を見ているのかを理解していないようで、不思議そうにこちらを見返しながら首を傾げていた。



 内容が内容だっただけに、少しの間樋口さんは勿論、オレやツルギさんまでも無言のまま地面を踏み締める音だけが響いていたのだが、不意にツルギさんが何かに気づいたらしく、含み笑いを浮かべてからアルマに何かを話しかける。


「〝それにしても、アルマ?貴女、マサトくんとは日本語で話そうとしているのですね?しかも、嬉しそうに……私が教えた時は、かなり嫌々やっていませんでしたか?〟」


 多分ツルギさんは、この湿っぽい雰囲気を変えようとして、こっちの言葉で何かを言ったのだと思うのだけど、何でオレの名前が出てきた?


「〝ツルギ、うるさい!〟」


 どうやら、そんな彼の言葉が余程気に障ったのか、アルマは真っ赤な顔になりながら怒るとオレの隣から離れ、少し後ろで沈黙を貫いている樋口さんの横に再び並んで歩きだす。


「貴女も貴女で、随分と分かりやすいですねぇ……」


 幾ら彼女が短気だからとはいえあんなに怒らせるだなんて、この人何を言ったのだろう……



 そこからは館に着くまでの間、時間にすれば三十分程だったけれど、オレは獣人達がどんな暮らしをしているか等の他愛もない質問を続けながら、森の中を歩き続けた。


よろしければ、ご意見、ご感想をお待ちしております。

批判などでも構いません。物語をよくする為の貴重なご意見は、真摯に受け止めさせて頂きます。


ブックマークや、評価、コメントは大変励みになりますので、是非よろしくお願いします。


次回更新予定は 9月14日(日)18時となります。

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