手記16
馬車の外に出たオレは、声の聞こえた方向へと導かれるように真っ直ぐ歩いていく。
誰かがそこにいて、何故かは分からないけれど悲しんでいるような……
そんな根拠の無い確信に支配された為か、取り憑かれたかのように歩みを進めると、馬車から少しだけ離れた場所で、暗い森の中にも関わらずその何者かの背中がハッキリと見えた。
……が、次の瞬間オレはいきなり腕を引っ張られ、薮の中へと引き摺り込まれてしまう。
「いってぇ……誰だよ、こんなことをするのは……っ!!!」
思わず口をついて抗議の言葉が出てくるのだが、オレを引き倒した人影は片手でオレの口を塞いでから、自らの口元に指を当てた。
静かにしろと言いたいらしい……って、よくよく見たら、オレと話していたあの若い兵士じゃねぇか!?
こんな所で何をしているんだ?
すると、思わず不信感の籠った視線を向けたからか、兵士はかなり声を抑えながら、オレに話しかけてくる。
「お願いですから、大きな声は出さないで……私まで〝アイツ〟に気付かれてしまいます。」
……アイツ?
アイツって、誰の事?
そんな疑問を抱えながらも了承の意を示すと、オレの口から手を離した後で、年若い兵士は藪の向こうを腕輪をつけた手で指差す。
どうやら、見ろと言いたいようだ。
「なるべく、物音も立てないでください。」
追加で忠告をされた為、無言で頷いて彼が指差した方向を茂みの中から覗くと、丁度オレが歩いて行こうとしていた先で、先程オレを呼んだと思われる存在の背中がそこには見える。
いや、それがどうかしたのだろうか……って、ちょっと待てよ……オレ、何でアイツに近づこうとしていたんだ?
それに、よくよく見ればなんなんだよ……アレは……
ようやく自らに起きている異変に気付き、混乱して思わず声を出してしまいそうになるのを何とか堪えつつ、オレはその背中の観察を続けた。
鬱蒼とした森の中の為に薄暗くハッキリとは分からないのだが、此処からでも確認出来る部分の内、腰布らしきモノを巻いている箇所以外は皮膚が顕になっているらしい。
……だが、その見えている皮膚の色が実は問題で、いわゆる土気色と形容出来るような色合いをしており、とてもでは無いが遠巻きに見てもアレが人間であるとは思えない。
それに、しゃがんで何か手を動かしている以外に、何をしているのかも分かりそうにないな。
なにより、先程から辺りに漂っているこの不快な匂いは一体……?
そんな事を考えながら、オレは説明を求める為に兵士へ視線を戻す。
するとーーー
「アイツは今、兵士長を……食らおうとしているんです……さっきの叫び声は、馬を喰えなかったから、ですね。」
端正な顔立ちを苦々しく歪ませながら、兵士はオレにそう告げる。
はっ?人を……食う?
馬を喰えなかった?
益々意味が分からないのだが?
「……今すぐに耳を塞いでください。そして、何があっても此処からは動かない事……いいですね?」
混乱するオレを他所に、藪の向こうに視線を向けていた兵士が真剣な表情でそう告げた為、言われるがままに耳を塞いでから頷いて、オレは再び謎の背中へと視線を向けた。
直後、〝アイツ〟の手の中で何かが燃え上がったかと思えば、先程馬車の中で聞いたあの大音量の叫び声が、再び周囲に響き渡る。
やはり、この声を聞いていると、何故か分からないけれどすぐに駆けつけないといけないような、そんな気分にさせられるが……此処は我慢だ。
先程より近くで聞いた所為か、耳を塞いでいたにも関わらず再び強烈に惹きつけられ、今にも飛び出してしまいそうになるのを言われた通りにオレは何とか堪える……
……すると、オレの横で様子を伺っていた兵士が突如として腰に下げていた剣を抜き放ちつつ藪から飛び出し、燃え盛る何かを両手で掲げ叫び声をあげるヤツを背後から蹴りつけた後、少し水気を帯びた生々しい音と共に、その白刃を倒れたヤツの背に繰り返し突き立てた。
そんな目の前で起きている惨劇と形容する他に無い光景が、あまりにも現実離れしすぎていた為にオレは呆気に取られていたのだが、暫くしてヤツが動かなくなったのを確認し終えたらしく、火を踏み消した後で年若い兵士が剣を布で拭いつつこちらへと戻ってくる。
「驚かせてしまい、申し訳ありません。ご無事ですか?」
「なんとか……」
兵士にそう返事を返したものの、彼の後ろで力無く横たわるヤツの背中だけでなく、兵士長らしき人物の青痣と血に塗れた腕をうっかり一緒に見てしまい、強烈な吐き気を催したオレは兵士の目の前だというのに堪えきれず嘔吐してしまうと、そんなオレを見て彼は慌てた様子で駆け寄ってきた。
「もう、大丈夫です……」
「本当に大丈夫ですか?」
暫くの間こちらが落ち着くまで背中を摩ってくれた後で、息を整えて返事を返したオレへ布巾を手渡してから、周囲に視線を向けつつ彼が口を開く。
「奴等の放つ気配に当てられたのでしょう。本当に危ないところでしたね……それにしても、こんな人里からほど近い場所で〝オニ〟が出るだなんて一体……?」
「お、おに……?」
兵士が何気なく発した単語がどうしても気になったオレは、思わず顔を上げて問い掛ける。
アレって、ゴブリンか何かじゃないの?
「先程のヤツの事です。私達は彼らをオニと呼び、古い時代から戦い続けているのですよ。」
私達……って、もしかして獣人の事かな?
じゃあ、さっきのオニとやらがこの世界における本当の敵?
「えっと……あんなのが、その辺りにいるんですか?」
「いえ、現在では大きな飢饉や戦乱が起きていない限りは、そこまで人里近くに現れる事は無い筈なのですが……」
どうやら違ったらしい。
しかも、この言い方だと現在はこの辺りで戦争等も特に起きては居ないようだ。
やっぱりな……
「それよりも、何故馬車から降りてしまわれたのですか?私はまだ開けてはおりませんが……?」
「あ、いや……」
兵士の返答を聞き、やはりクレイ達は信用が出来ない事を改めて確認していると、ハッとした表情になった年若い兵士にオレは問い詰められる。
やっべ……言い逃れのしようもねぇ!
「無鉄砲なのは若さ故かもしれませんが、状況が分からないのに飛び出すのは感心致しませんね?もう少しで、貴方もあのようになるかもしれなかったのですよ?」
「あのように……?」
彼がそう言いながら、オニと呼んだモノの死体とは別の方向を指差したので、オレは釣られてそちらへ視線を向ける。
すると、芦毛の馬だったと思しき肉塊がそこにはあったのだが、皮膚や体毛のあちこちが焼け焦げている上に、ヤツによって切り裂かれたであろう皮膚の所々からは真っ赤な肉も覗いており、絶命しているのだと一目で分かる状態だった為、オレは思わず目を背けてしまう。
辺りに漂っている異臭の正体は、あの馬の焦げた匂いだったのかも……あ、ヤバい……余計な事を考えたらまた吐き気が……
「オニは常に飢えている為、生きている人だろうが獣だろうが、食べ物と見なして構わずに襲いかかります……だから、兵士長達のようになりたくなければ、忘れないでください。」
釘を刺されるまでもなく、あんなのにはもう二度と近づいたりしません!
だって、死にたくないもん!
上官だった人物の方を一瞥した後、オレの目を真っ直ぐに見ながらしてくれた忠告に、勢いよく頷いて応えた。
「でも、本当に無事で良かった……君達のような子供が犠牲になる姿なんて、私はもう見たくないのですよ。」
「はい、すみません……」
すると、オレの両肩に手を置いてから、本気で心配していたのか大きく息を吐き出しつつ、年若い兵士が笑いかけてくれため、オレは思わず謝罪の言葉を返す。
館の奴等と違ってこの人は、何となくだけど信じられそうな気がするな。
……って、いかんいかん!何でオレはこうも、すぐに人を信じてしまうのだろうか?
幾ら何でもチョロすぎるんだって!
それより、さっき何も無さそうな所から出火したように見えたのは何だ?
「と、ところで……さっきいきなり何かが燃えだしたように見えたんですけど、アレは一体何ですか?」
「……あぁ、アレですか。私も詳しくは知りませんが、アレは彼ら自身の〝業〟が成せる現象だそうで、彼らが何かを食べようとすると、必ず燃え尽きてしまうようなのです。」
気を取り直して気になった事を尋ねたのだが、彼も少し困ったような表情で答える。
今の説明ではよくは分からなかったのだが、何か理由があって奴らが物を食べようとすると、ああして燃えてしまうという事のようだ。
……なるほど、となればあの叫び声も、食べ物を前にしながらも食べられなかった悲しみ、ってところか。
いや、食おうとしていたのは人や精肉すらしてない動物の死体そのものだから、食い物って言っちゃ拙いな……
「マサトくん!!大丈夫!?」
「マサト!」
などと考えていると、樋口さんとアルマが馬車から降りてこちらに駆け寄りながら、オレに声を掛けてくる。
よかった……どうやら当人の言葉通り、すぐに動けるようになったらしいな。
「……どの道馬が無くては、館へ戻る為に降りてもらうしかありませんでしたので、此処は見なかった事としましょうか。」
その様子をオレと並んで見ていた兵士が、二人も降りてきた事で鍵を壊したのだと気付いたらしく、短く嘆息しながら諦めたように呟いた。
オレが壊させた張本人だから、此処は黙っとこ……
「〝ツルギ?何で此処に居るの?〟」
二人が駆け寄って来るのを眺めていると、アルマはオレの隣に居る人物に漸く気付いたのか、彼女は立ち止まってから不思議そうな表情で兵士に何かを話しかける。
「〝アルマ、貴女まさか……私が居る事に気付いて無かったのですか?〟」
最初の言葉……ツルギ?って聞こえたけどもしかして、それがこの人の名前なのかな?
……それより、お互いに名前で呼び合う仲なのね?
ふぅ〜ん……?
「〝こんなにオニ臭かったら、気付けないよ……〟」
「〝そうやって、血族の力に頼り切っているからです……いや、ソレを差しひいても、私は街で貴女の目の前にいましたけれどね?〟」
まぁ、知り合いだって言ってたから当然だろうし、余り顔も合わせていないみたいだから、積もる話もあるのだろうな、うん。
「〝本当に?気付かなかった。〟」
……いや、しかし何でだ?
知り合いなら話をしてもおかしくは無いことぐらい分かっているのに、仲良さげに会話しているのを見ていると、なんかすっげぇイライラする……
「〝……もういいです。〟」
おまけに樋口さんは樋口さんで、そんなオレを見ながらニヤニヤしてるし……
何なんだよ、もうっ!
「マサトくんって、本当に分かりやすいわね?」
「何がっ!?」
「そういうところよ……ねぇ、兵士さん?そろそろ、私にも状況を説明してくれないかしら?」
「ええ。分かりました。」
そういうところって何だよ!
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