手記15
暫くして館へと向けて走り出した馬車の中で、落ち着いたからか眠ってしまったアルマの髪を撫でながら、不意に樋口さんが口を開く。
「せめて、あの串焼きぐらいは兵士に頼めば良かったわね……」
「……ごめん。」
やっぱり、お腹が空いていたのか……
「どうしてマサトくんが謝るの?」
「いや、ほら……オレが騒ぎを大きくしたでしょ?なら、オレの所為かなって……」
「それは無いわ。寧ろ、貴方が制止してくれたから、私は手を出さずに済んだのよ?だから、あの程度の騒ぎで済んだのは、マサトくんのおかげ……どちらかというと、私がありがとう、と……ごめんなさい……」
あまりにも名残惜しそうな呟きだった為、オレは思わず謝罪の言葉を口にしてしまったのだが、彼女に言われそう言えばと、樋口さんが力を使う素振りを見せていた事を思い出した。
……あれ?でも、彼女が人に対して力を使うのって、今更ながらにちょっと違和感があるというか、冷静に考えるとそんな短絡的な事をする人には思えないのだがな?
自分が何をしようとしていたのかをきちんと理解した上で、こうして非を素直に認めるような人だぞ?
「変な風に思われたら嫌だから、敢えて言わなかったのだけど……実は私、此処に来てから時々、自分が自分じゃなくなる事があるの……」
「自分が、って……」
そんなオレの疑問が伝わったように、彼女は馬車の音でギリギリかき消されない程度の声量で、独り言のように零す。
まだこの二日間ではあるけど彼女と色々話をしている中で、強引な面はあるものの思慮深くて理性的なのも分かっているから、昨夜のあの瞬間の出来事や先程の行動が、どうしても異様に思えるんだよ。
正直なところ、オレとしては樋口さんがイジメの主犯だったって話ですらも、本人から聞いたにせよ疑わしく思っているぐらいな訳で……
「その証拠に、マサトくんもさっき見ていたでしょう?私が、人相手に力を使おうとしている所を……」
「うん……でもそれは、アルマを守ろうとしたから、だよね?」
なのに、そんな人の精神にこれほどの影響を与えているのだとしたら、最早祝福などでは無く、呪いや呪詛の類に思える。
これが彼女の言う、おかしくなる……って事か。
「一応、そうなるわね……でも、あの場合は騒ぎを大きくするだけだから、使うべきでは無いわ……そんなのは、私だって充分に分かっているの。」
確かに、通常人が持っている筈の無い、権能とも呼べる力が目の前で行使されたなら、当然大騒ぎになるもんな。
まぁ……だからこそオレはあの時、間に挟まった訳なのだが。
「けれど、私の意思に反して力を使おうとしてしまう時があって……それが、此処何日かで段々と間隔が短くなってきているのよ……実は夜眠れないのも、それが原因の一つ……夜になると、その欲求が強くなってしまうのね……それと、さっきみたいに感情が昂ってもダメらしいわ。」
「そうだったんだ……」
彼女はこう続けると、何かをぐっと堪えるように唇を噛み締めながら、軽く身震いをした。
「えぇ。そんな時は、手近な葉っぱや枝とかを消したりして、気を紛らわせていたのだけど……でも、それもいつまで持つか……」
なるほどな。
それで彼女は衝動を抑えようしている内に、自分の力にも詳しくなっていったのか。
アルマに止められていなかったら、間違いなく取り返しの付かない事をしでかしていたオレとは違い、樋口さんはずっと自分を蝕む何かに抗っていたのだ……しかも、たった独りで。
何というか、凄いな樋口さんは……そんな状況でも自分を保とうとしているなんて。
「そんな不安そうな顔をしなくても、安心して?夜はひとりで外にいるつもりだから、貴方達に近づいたりなんてしないわ……でも、それまでは……」
彼女が言っていた、自分の側にいる事が危険という言葉の意味を今、漸く理解出来たよ。
ストーカー云々ではなく、こういう事だったんだな。
でもさ……
「違うんだ!そんな必要はないんだよ!オレ、樋口さんを本当に友達だって思ってる!だから……」
こんな言葉じゃ、気休めにすらならないだろう。
でも、寄る辺も無く寂しそうに笑う彼女を見ていると、どうしても伝えないといけないような、そんな気がしてしまい……気付けばオレらしくもないセリフを口にしていた。
「やっぱり、貴方だけは優しいままなのね……でも、いいのよ……それで……」
すると、彼女は突然膝を抱えて顔を伏せ、最早聞き取れない程に小さな声で、何かを呟き始める。
「私ね?私、あのお庭で見た貴方達二人が、本当に……本当に、羨ましかったの……でもね、微笑ましいとは思っても、妬ましいとまでは思わなかったわ……なのに、たった一日で……」
「え?何?何て言ってるの?」
馬車の走行音もあって、全く聞き取れなかった為に聞き返すと、彼女は顔を上げてから思い詰めたような表情でオレを見つめながら、今度はきちんと聞き取れる声の大きさで問い掛けてきた。
「ねぇ……マサトくん?」
「どうかしたの、樋口さん?」
オレの名前を呼んだ後で、彼女が何故か少し言い淀むような仕草をした為に続きを促すも、それからまた少し逡巡した後で樋口さんは、意を決したかのように再び真剣な表情で口を開く。
「……さっき、アルマちゃんが腕を掴まれていたでしょう?」
「うん?」
「もしね……?もしも、だけど……それが、アルマちゃんじゃなくて私だったとしたら、貴方はその時ーーー」
ーーー同じように、助けてくれた?
「樋口さん?」
最後、音には出していないのに彼女が微かにそんな言葉を呟いたように見えたので、つい真意を確かめるように彼女を呼んでしまう。
「………いえ、何でも無いわ……今のは、忘れて頂戴。」
すると、樋口さんは少しだけ顔を顰めてから瞳を閉じた。
「ごめんなさい、私まだ……疲れているみたい。着くまでもう少し休ませて貰うわね。」
「う、うん……」
これ以上は聞くな……って事、なのだろうな。
彼女はきっと、ただ勿論だと言って欲しかっただけのようにも思うが、オレは何で彼女が求めていた言葉が分かっていたのに、応えられ無かったのだろうか?
そんなの問われるまでもなく、友達だから当たり前だろうに……
それから、本当に疲れていたらしくすぐに樋口さんも寝息をたて始め、オレは何故即答出来なかったのかを考えつつ、二人が並んで眠る姿を眺めている内に、規則的な揺れも相まってか、ついついウトウトとし始める………
……のだが、ふと気付けば馬車が停止していたようで、いつの間にか走行音が聞こえないだけでなく、振動までもが感じられなくなっていた。
もう着いたのかな?
そう考えて、立ち上がりつつ軽く扉を押してみるのだが、全く開きそうにはなく、未だに外から鍵をかけられたままだと分かる。
おかしいぞ?
行きは到着してすぐ、開けてくれていた筈なのだがな?
……それに、幾ら眠りこけていたとはいえ、明らかに往路よりも止まるのが早い気もする。
多分、うたた寝をした時間を考えても、体感だと道のりの半分ちょいぐらい……か?
そんな事を考えつつ、付近にいるであろう兵士を呼ぶ為に、オレは少しの間扉をノックし続けた。
「あれ……?もう着いたの?」
暫くして、外の様子を伺いながら繰り返し扉を叩いている内に、後ろから樋口さんに声を掛けられる。
どうやら五月蝿くしすぎて、起こしてしまったようだ。
「ごめん、騒がしかった?」
アルマは……まだ起きていないらしいな。
「大丈夫よ。それよりも、何をしているの?」
「いや、止まったのに開けて貰えないからさ。こうしてたら気付くかなーって……」
「えぇ?開かないの?……あら、本当。」
扉の前に居たオレへ少し前のめりに寄りかかりながら、樋口さんも同様に手を伸ばしてみるものの、やはり入り口は多少軋む程度で開きそうには無い。
……いや!それよりも、近いってば!!
「確かに馬車も止まっているようだし、おかしいわね?」
そう言いながら、樋口さんは再び寝ているアルマの横に腰掛けた。
背中に感じた温かさが離れた為、少し名残惜しさのようなモノも感じるのだが、それにしたっていきなりは心臓に悪いって!
あー、もうっ!すっごいドキドキした!
樋口さんが屈んだからか、頭が丁度オレの脇腹辺りにくっついてきてたので、もしかしたら心臓の音が聞こえちゃってたんじゃないか?
……なーんて、幾ら物音もしないとはいえ、んな事ありえないよな……って、そういや何か異様なぐらい静か過ぎるぞ?
ふと、外の様子がおかしい事に今更気付き聞き耳を立ててみたのだが、出発の際や街から出る時には確かに聞こえていた筈の馬の嘶きも含め、一切の音が聞こえては来ない。
どういう事だ?
外の様子を確認……してみようにも、窓はこんなだし、鍵は掛かったままで出られないし……どうしようか?
異様な程の静寂の為に、この空間だけが世界から切り離されているように思え、言いようの無い不安感を覚えながらも、オレは改めて入り口の扉を押してみる。
しかし、やはりというべきか全く開きそうには無かった。
……こうなったら、余り気乗りはしないけれどーー
「樋口さん、悪いんだけどさ………」
ーー彼女の力を借りる他にない。
「仕方ないわねぇ……でも、扉全部は無理よ?そんな事をすると暫くの間動けなくなっちゃうから、取っ手の部分だけね?」
樋口さんも同じ結論に至っていたらしく、オレが言い終える前に彼女はこちらへ視線を向けながらそう告げる。
「充分だよ。」
彼女にとってはかなりの苦痛を伴う筈なので、これでも正直申し訳ないぐらいだ。
……って、あれ?
取っ手の辺りだけって……彼女の力は対象を指定して発動させるのではないの?
「私も一緒に行くから、開けても回復するまでは少し待ってて頂戴?そのくらいなら多分、数分もあれば動けるようになるはずよ。」
取っ手だけって言葉も気にはなるけど、これって逆に言えば、少なくとも数分間は動けないって事か?
小さかったとはいえ、石を消した時の傷は殆ど一瞬で治った事を考えると、やはりかなりの無理をさせてしまうのだな……
「いや、後はオレが様子を見てくるから、二人は此処で待っていて欲しい。」
……なら、せめて外にはオレ一人で行くべきだ。
無理をさせてしまう分、彼女にはその後ゆっくり休んで貰うとしよう。
「ひとりで大丈夫なの?」
心配そうな表情で樋口さんがオレを見るけれど、オレはキミの方が心配なんだよ。
……なんて言うと、また虚勢を張って無理をするだろうから、此処はーーー
「大丈夫大丈夫!それに、オレより樋口さんの方が、何があってもアルマを守れそうだもん。」
「……女の子の前なんだから、任せろとか、もうちょっとカッコつけるぐらいはしなさいよ!」
こうして軽口を叩いている方が、樋口さんらしくてやはり安心するな。
お互いに顔を見合わせながらの戯れ合いの後で、オレは申し訳の無い気持ちを抱えながらも鍵の破壊を彼女に託した。
「じゃあ、壊すわね?」
「うん、お願い。」
樋口さんと場所を入れ替わった後で、改めて訊かれた為オレが同意を返すと、彼女は軽く頷いてからひとつ深呼吸をして、ゆっくりと取っ手の辺りへと手を伸ばす。
鍵だけ器用に消滅させるのかな?
なんてな事を考えながら彼女の手の動きを観察していると、次の瞬間彼女が触れた箇所にはまるで最初からそこに何も無かったかの如く、ぽっかりと手の形の穴が空いていた。
「すげぇ……」
昨日は対象を指定して消滅させる力みたいに言っていたけど、こんな風に触れた物も消し去れるとなると、オレが考えていたより遥かに融通の効く力らしい。
流石、最高レアを自称するだけはあるわ。
「わたしの、すきな……漫画のキャラの、真似、よ……練習、したの……空間、までは、無理……だけど……」
漫画?空間?……それってもしかして、某奇妙な冒険ですかね?
昔から人気の作品らしくて、オレも親父の本棚にあったのを読んでたから……って、んな事呑気に考えてる場合じゃねぇ!
「いいから喋らないで!!」
息も絶え絶えに、オレへ向かって口元だけに笑みを浮かべつつも、痛みの所為か眉間に皺を寄せながら脂汗を浮かべている彼女を、オレは慌てて抱き抱える。
するとーーー
「〜〜〜〜っ!!」
「ご、ごめん!でも少しだけ我慢して!」
ーーー乱暴にしたって訳でも無かったのに、彼女は身体を仰け反らせながら苦悶の表情で身体を捩った。
しまった、触れるのすら不味かったのか!?
だけど、あのままだと下手をすれば外へ転げ落ちて怪我をしてしまいそうだったから、悪いけど今は我慢してもらうしかないな。
痛みを訴える彼女をオレはなるべくゆっくりと、揺らしたりぶつけたりしないよう、空いている方の座席へ丁寧に寝かせてから、益々噴き出してきた彼女の額の汗を自分の袖口で拭う。
しっかし、樋口さんは数分で治るって言っていたけど、本当かよ?
幸い、石を消した時とは違い傷が出来たりとか、骨が折れたりとかまではしていないようだが……幾ら何でもほっとけるような状態じゃないぞ?
「ひどい、じゃ、ない……それより、いま……お、お、お、おひめ、さま、だっこ……」
「え……?あっ、うん。ごめん、そうするしか無かったんだけど、嫌だったよね。」
どうやら、こんな状態でも自分が抱き抱えられてたってのは、理解しているらしい。
うわごとの様に抗議の声をあげた彼女を見て、謝罪をしつつもほんの少しだけ安堵したと同時にオレは、この後どうするかについて思考を巡らせる。
やっぱり、樋口さんの回復まで待って、二人ないしは三人で外に出るべきか?
でも、兵士がただ休憩していただけだとしたら、外に出ているのを見られるのは拙いよなぁ……
咎められるにしてもオレ一人だけの方がいいから、もう少し彼女が落ちついたらにしようかな?
「マサト?」
そんな事を考えながら樋口さんの様子を見ている内に、今度はアルマが目を覚まし、背中を向けているオレに不思議そうな様子で呼びかけてきた。
「あ、アルマも起きたんだね?」
彼女は寝ぼけ眼のままではあったが、少しして寝かせられている樋口さんに気付いたのか、オレ越しにそちらへと視線を向ける。
「ミオ!?」
すると、樋口さんの表情が苦痛に歪んでいる事にすぐ気付いたらしく、アルマは心配そうな表情で慌てて身体を起こした。
「そうだ……アルマ、悪いけど樋口さんの側にいてくれるかな?オレは外の様子を見てくるから。」
「そと……?」
オレがそう告げると、今度はハッとした表情になったかと思えば、今朝のように何度か匂いを嗅いだ後で、彼女はオレの腕を両手でガッチリと掴む。
「アルマ?」
「いくの、だめ!」
柴田に会いに行こうとしていた時よりも、遥かに必死な表情でオレを引き止めていたのだが、どうしても外が気になってしまっているオレは、何とか離して貰おうと軽く掴まれている腕を引いてみた。
……のだが、かなりの力を込めているらしく少し痛みを感じる程で、とてもではないが離してくれそうには無い。
「ちょっと見てくるだけだよ?すぐに戻るから……」
「ダメ!!」
こんなに必死になるって事は、外に何かあるのか?
そのあまりにも切羽詰まった様子にそれほど危ないのかと、そうアルマに問い掛けようとした時だった。
『あぁぁぁぁぁ!!!』
突然馬車の外から、金切り声とも叫び声ともつかない正体不明の声が、静寂を破るように大音量で聞こえてくる。
「………誰かが、オレを呼んでる?」
……と、同時にオレは、その声に呼ばれているような感覚を覚え、両耳を塞いで硬く目を閉じているアルマや痛みで顔を歪ませたままの樋口さんを置いて、一人馬車を降りた。
そのまま乗っていたら良かったのに何故か外へ出ようとしていたのもきっと、この時のオレは無意識のうちに〝奴〟を感じ取っていたから……なのかもな。
よろしければ、ご意見、ご感想をお待ちしております。
批判などでも構いません。物語をよくする為の貴重なご意見は、真摯に受け止めさせて頂きます。
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次回更新予定は 8月31日(日)18時となります。




