手記14
何で、到着早々にトラブルが起きるんだよ!?
……なんて事を考える間もなく、その光景を見たオレは反射的にアルマ達の方へと駆け出し、思わず相手に殴りかかりそうになるのを堪えながら、彼女の腕を掴んだ人物の腕を払い除けるだけにとどめて、二人と謎の人物の間に割って入った。
これは勿論、アルマを守るだけでなく、樋口さんに力を使わせない為でもある。
なんせ、フード野郎に伸ばされようとしていた彼女の手を見た瞬間、背中に妙な悪寒が走ったからな……おそらく、力を使おうとしていたのだろう。
もしかしたら威嚇の為だったのかもしれないけど、万が一を考えるとこんな街中では彼女の力を使わせないのが得策だもんね。
「〝何者だ、貴様は!?ヒトの癖に、何でそんな奴を庇うんだ!?〟」
オレが間に挟まると間髪入れずにこちらの言葉で何者かと問われ、そこでオレはようやくアルマと知り合いの可能性がある事に気付き確認の為に彼女へ顔を向けたのだが、アルマは酷く怯えた様子で身を縮こまらせながら、震える手でオレの服の裾を掴んでいた。
夏だというのに深々とフードを被っていたり、手袋をしていたりで、見るからに怪しいし……
ただの暴漢だとしたら排除しないとな……って、ちょっと待てぃ!
昨日と同じ失敗を繰り返そうとしてんじゃねぇ!
アルマの様子に、またしても内側から〝あの〟妙な高揚感が湧き上がるのだが、直近で何度も同じ事を繰り返したおかげか、オレはすぐさま冷静な思考を取り戻す事に成功する。
流石に、今は拙いからな。
とはいえ、このままでは近藤の時のようにまた暴れだしてしまうかもしれないので、此処は出来たら兵士達に任せたいところではある。
どうすっかね……
「何事ですか!?」
「チッ!」
どうしたものかと考えながら対峙している内に、オレが会話の最中にいきなり駆け出したからか、ひと足遅れで兵士がこちらに声を掛けながら駆け寄ってくる。
すると、それに気付いたらしいフード野郎は盛大に舌打ちをしながら、慌てた様子で何処かへ走り去っていった。
舌打ちって、こっちの世界でも変わらないんだなぁ……って、そんな呑気な事を考えてる場合じゃなかったわ!
「二人共、大丈夫?」
「え、えぇ、私は大丈夫よ……でも、アルマちゃんが……」
ヤツを追う兵士の背中を見送ってから慌てて二人に声を掛けると、樋口さんは呆然自失といった様子から我を取り戻したらしく、心配そうに震えるアルマを覗き込む。
「何があったの?」
「見ての通りよ。マサトくんが離れた直後に、さっきの人が現れて……それで……」
「それで?」
「アルマちゃんに話しかけたと思ったら、いきなり腕を掴んだのよ。アルマちゃんはアルマちゃんで、何かを言われてから俯いていたけれど、私には分からなかったからこれ以上は何が何やら……」
樋口さんに話を聞きながら再びアルマへ視線を向けると、相手が立ち去ったというのに余程怖かったのか、彼女がオレの服を掴む手はまだ硬く握り締められている。
落ち着くまで暫くはこのままでいるとしても……困ったな。
何を言われたのかも気になるが、かと言ってこの状態のアルマに聞けるはずもないのは勿論だし、それ以前に……
「ね、ねぇ、それもなのだけど……マサトくん?私達、すっごく見られていない?」
「うん……まぁ、騒ぎを起こしたんだから、そりゃね?」
「やっぱり……」
樋口さんも、オレ達が相当な注目を集めている事に気づいていたようで、居心地が悪そうに耳打ちをする。
これだけの注意を引いてしまっていては、声を掛けても警戒されてしまい、目的だった情報集めをするどころでは無いだろう。
しかも、よくよく見るとこちらを見ながらヒソヒソ話をしている連中も居るし……と、とりあえず、今は視線を避ける為にも一旦馬車の中に避難するべきか?
「樋口さん、今は……」
「……そうね。此処まで来て残念だけど、そうしましょう。」
オレが馬車に視線を向けながら短く声を掛けると、樋口さんも同意を返してくれたので、震えるアルマを二人で支えながら再び馬車に乗り込む事にした。
しかし、この至る所から向けられている眼差しは……言われずとも何となく感じるのだが、あまり気持ちのいい感情は込められていないな?
それに、視線の大半がアルマに向いているのも気にかかる。
今更かもしれないがやはり、連れてくるべきでは無かったのか?
……とは言え、訳もなく虐げられているとは思えないから、落ち着いたら聞いてみるとしよう。
暫くして、外の様子を伺う為に開けていた扉の隙間から戻ってくる兵士が見えたので、まだ震えているアルマは一旦樋口さんに任せ、オレは馬車を降りる。
「も、申し訳ありません。私では、追いつく事も……」
そうすると、こちらに気付いた兵士がオレを見るなり申し訳無さそうに頭を下げてきた。
「い、いえ、追い払って貰っただけで、助かりました。」
オレとしては現状の確認の為であって、頭を下げられるのは予想外だったから驚いたけど、この兵士には悪いが手ぶらで帰ってきてくれて良かったようにも思う。
あのフード野郎を許せない気持ちは勿論あるものの、それよりもこれ以上此処に長居したくないという気持ちの方が遥かに強いからな。
今だって、オレがほんの少し姿を晒しただけで、またジロジロと見られてるし……
「そうでしたか。お役に立てて何よりです。では、私は報告がありますので……」
「あ!ちょっと待ってください!実は……」
この兵士が戻ってくるのを待っている間に樋口さんと相談していたのだけど、このまま館に帰るべきという意見で話がまとまっていたので、その旨をオレは若い兵士にそのまま伝えた。
「………という訳で、申し訳ありませんが、このまま館に戻って貰えますか?」
「畏まりました、伝えて参ります……ところで、あ、あの……お連れの方は、大丈夫ですか?」
事情を説明し終えオレが馬車に戻ろうとした所、話を聞いてくれた兵士は敬礼らしき所作の後で、もう一人の兵士が側に居ない事を確認しつつ声を潜めながら尋ねてくる。
「えっ?……えぇ、怪我とかはしていないみたいですが……?」
余りにも予想外過ぎて、思わず声に出しちゃったよ!
「そうですか……あ、いや……実は私、彼女と知り合いなもので……」
………顔見知り?アルマと?
それとも樋口さん……が、兵士に近づくのはありえないから、やっぱりアルマだな。
しかし、何でいきなりそんな事を尋ねてくるんだ、コイツは?
「同郷……という訳では無いのですが、近しい部族と言いますか、氏族とでも言いますか……お互いそういった出自だった事もあり、最近まで私ともう一人で彼女に言葉を教えていたのです。」
どうやら、ついオレが訝しむ表情をしてしまったからか、兵士の様子に段々と焦りの色が見え始め、聞いてもいない事をひとりでに話し始めた。
なるほど……この兵士が、アルマの話に出てきたヤツだったのか。
……ん?って事は、コイツも彼女の言う〝偽物〟って事?
へぇー……兵士の中にも居たのだな?
いや?そんなのは今更か……でも、館の中では見た事の無い顔だから、多分樋口さんの言う、外の警備をしている兵士の一人なのだろう。
「で、では!私は報告して参りますので!失礼致します!」
そんな事を考えながらつい兵士の顔をマジマジと見つめていると、オレの不躾な視線の所為か相当居心地が悪かったらしく、逃げるように馬の世話を続けていたもう一人の方へと駆け出してしまう。
ありゃ?まだ、名前も聞いてなかったのに失礼すぎたか……分かっては居たのだけれど、何だかちょっとモヤモヤしちまって、ついつい……何でだろ?
……まぁいいや、それはそれとして、〝偽物〟と呼ばれる人達って何で美形ばかりなんだ?
決して僻みでは無いが、柴田の部屋に居たメイドさん然り、今の彼も然りだし、これもひょっとすると祝福の成せる業……いや、待てよ?
アルマですらオレを押さえつけられる程度には力が強いから、多分他の偽物と呼ばれる人達も、例外なく普通の人間よりは身体能力が高いのだよな?
なのに、彼女の腕を掴んだ奴は兵士の彼から難なく逃げ切れた……
となるとつまり、あの兵士がどれだけ身体能力が高いのかは分からないが、少なくともあの暴漢自体が普通の人間では無かった事にならないか?
だとしたら、さっきの奴ってまさか……獣人?
「マサトくん?どうしたの?さっきからボーっとして……」
考え事をしていると、中からこちらを伺っていたらしい樋口さんが怪訝そうな表情で、いつの間にか隣に立ってオレを横から覗き込んでいた。
どうやら、会話を終えたのにその場に立ち尽くしていたのが気になったらしい。
「あ、樋口さん……いや、何でもないよ。とりあえず伝えたから、もう暫く馬車で待とう。」
まぁ、強い力を持つ樋口さんが居たにも関わらずアルマに絡んだって事は獣人絡みなのは間違い無い訳だし、これ以上は考えても仕方ないから、さっさと馬車へ戻るとしよう。
「えぇ……それにしても、今マサトくんが話していた兵士……よく見たら、アルマちゃんより強い力を持っているみたいね?」
「は?」
そう考えて踵を返した直後、上官と思しきもう一人の兵士に怒鳴られている先程の兵士を凝視していた樋口さんが発した言葉で、オレは驚きを隠しきれずに思わず彼女へと顔を向ける。
アルマより……って、マジか!?
「私やマサトくんには大分及ばないけれど……多分、SRって所かしら?あんな兵士が居るともなれば、私達と言えどやっぱり簡単には逃げられないわね……私じゃ、どんな力かまでは分からないし……」
あの暴漢は、そんな兵士から逃げ切った?
アルマでもオレを抑えつけられるぐらいには身体能力が高いというのに、それ以上ともなると……
「ねぇ、本当にどうしたの?またボーっとして……」
……あれ?
だとしたら、真っ先に樋口さんが気付いてる筈だよな?
よし、聞いてみるか。
「樋口さん、あの逃げたヤツってオレ達より強い力でも持っていたのかな?」
「さぁ……?私には、そんな大した力があるように見えなかったけれど……それが、どうかしたの?」
やっぱり……樋口さんも相手が獣人だと気付いていたらしい。
でも、彼女がこんな言い方をするって事は、本当に強い力を持っているようには見えなかったのだろう。
「いや、今の兵士の追跡からアイツは逃れたらしくって……そんな事が出来るもんなのか、ちょっと気になってね。」
「そうねぇ……逃げる事に特化した能力であれば、出来るのではないかしら?人の街に紛れていたのだから、寧ろそういう力だった可能性の方が高そうだわ。ええと……例えば、自分を認識出来なくさせる……とか?」
なるほど、言われてみれば確かに。
「そっか……にしても、こうなるとラノベみたいに鑑定スキルが欲しくなるよね……」
それだったら、館からの脱出とかもやりやすくなるかもしれないもんね。
……いや、よくラノベで見るけど、実際にどう使えばいいとかは想像すら出来んがな。
「言わんとしている事は分かるけれど、現状では似た力を持っている人を探す他に無いわね……そんな事より居心地も悪い上に、ああしてあの子も不安がっているから、早く馬車に戻りましょう?貴方が降りてから、ずっとなのよ。」
「あ、うん……」
樋口さんが周囲を一瞥しつつ顔顰めながら馬車に視線を向けたので、オレも釣られてそちらを見ると、微かに開いた扉からアルマがオレ達を見ているのが確認出来た為、オレと樋口さんは慌てて再び馬車へと乗り込む。
……隙間から覗く、アルマの青白い顔にちょっと驚いたのは、内緒だ。
あれ?ひょっとすると、あの兵士が逃げたのって、オレと同じく彼女にびっくりした所為なのでは……?




