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ある暗殺者の手記 ー崩壊の序曲ー  作者: 眠る人
目覚め ーAwakeningー

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10/28

手記10

 更に夜も更け、アルマが寝ている事も確認したオレは、なるべく物音を立てないようにして部屋を後にする。


 


 ちなみに、この館を見る限り電気は無いようだが、蓄光石と呼ばれる明かりのおかげで一晩中照明を点けておける為か、夜中でも暗がりの中を歩くような事はない。


 同じ名前の石は現代にもあるが、全くの別物かつこちらの物は魔術の産物らしく、その石を専用の液体に投入し反応させる事により、長い時間蛍光灯と同等ぐらいの明るさを生み出せるらしいのだ。


 アルマが夜な夜な、専用の容器らしき物から小さな石を取り出しては毎晩部屋の明かりを点けている事を鑑みて、恐らく石自体が安価に量産が出来るのだと思われるし、日本語が不自由な彼女でもオレに説明出来たぐらいだから、この世界共通の常識なのだろうな。


 漸く見つけた異世界らしい魔法的な要素に、最初教えられた時はテンションが振り切れそうになったものだ。


 まぁ、聞いた時にも思ったが魔術というよりかは、錬金術に近い気がするがね。



 そうして廊下の至るところにある灯りを横目に見ながら、寝るのが遅くなりがちな現代っ子にはありがたい話だと思いつつ歩いている内に、オレは建物を出て庭園に辿り着く。


 外は流石に暗いのかと思っていたけれど月明かりもあるし、どうやら警備の都合なのかは分からないが、そこかしこに街灯のような物も設置されていて、思っていた以上に明るい。


 これならば、彼女をすぐ見つけられるだろうと考えながら、オレは昼間と同じ場所に足を向けた。



 


 そこそこの広さはあるものの、迷ってしまう程ではない程度の敷地を真っ直ぐに進み、丁度庭園中央辺りに辿り着くと、オレは昼間に樋口さんと出会ったのがこの辺りだったと思いつつ辺りを見回してみる。


 すると、少し離れた場所で約束した時間よりもまだ幾分か早い時間にも関わらず彼女は既に来ており、何処かで聴いた覚えのある歌を口ずさみながら、独り佇み夜空を眺めていた。


 かなり待たせてしまったのかな?


「……あら?時間にはまだ早い筈だけど、そんなに私に会いたかった?」


 同意した訳では無かったが、夜中に女の子を一人で待たせていた罪悪感もありやや駆け足気味に近づくと、彼女は足音ですぐに気付いたらしく、こちらに顔を向け昼間同様に不敵な笑みを浮かべ、やや大仰な素振りでそう嘯く。


「こんな時間に呼び出して、オレに何か用なの?」


 オレとしては、現状だと柴田の言っていた事もあるし、彼女の思惑が分からない以上手早く済ませたい所ではあるので、問いかけを無視しつつ手短に尋ねた。


 ……とは言え、樋口さんが人を殺したという部分に関しては、疑ってはいるけどな。


「そんな邪険にしなくても……お昼にも言ったけれど、私は桜井くんとお話がしたいだけなのよ?」


 考えていた事がそのまま口から出てしまったからか、かなり刺々しい言い方になってしまった所為で、彼女は少し寂しそうな表情でオレへ返した。


「話って、いきなり言われてもね……」


 その様子に多少の罪悪感は憶えはするが、かと言って余り話をした事の無い女子を相手に、オレは一体何を話せばいいんだよ?


「うーん、そう言われると確かにそうよねぇ……じゃあ、今日の処は私の話でも聞いてくれる?」


「樋口さんの?」


 身の上話でもするつもりか?


 ってか、今日の処って……今後もオレと関わる気なのかよ?


「ええ、私のよ?最初は、私が何故嫌われているのか……でも、話しましょうか?」


「えぇ?」


 いや、本当に身の上話!?


 しかも、いきなりそんな重そうな話からだし!?


「私ね……桜井くんは知らないでしょうけれど、去年までは逆の立場だったの。」


 うわー……オレの返事を聞く前に話しはじめちゃったよ、この人。


「逆の?」


 ってか、これってばつまり……


「そう。虐める側だったって事。」


 だからこそ昼間、悪質な嫌がらせをしてきた相手の心理を冷静に分析していたのか。


「それはもう、今から考えると相当酷い事をしたわよ?詳細は容易に想像出来るだろうから省くけれど、気に入らない子を虐めて、飽きたら別の子を虐めて……その繰り返しね。」


 酷くつまらなさそうな表情で、彼女は自らの所業を手短に語る。


 その表情からは、後悔や反省の色は読み取れないが……今、彼女は何を思っているのだろうな?


 まぁ、オレには預かり知らぬ所だから、どうでもいいと言えばどうでもいいか。


「それで?」


 この手の内容なら、さっさと話を終わらせて部屋に帰るとしよう。


「それで、去年の担任が気に入らなくて、今度は皆んなで先生を虐める事にしたの………それが、失敗だった。」


「というと?」


 失敗?


 ……いやいや、興味を持つな。


 話が長引く。


「先生は、強い人だったのよ。若い女の先生だったのだけど、今時珍しいぐらいに暑苦しい人でね?虐めに加担した生徒を一人づつ突止めては、懇々と説得していったの……そして、気付いた時には、私の味方は誰も居なくなっていたわ……」


 彼女はそこで一度区切ると、オレの様子を伺うようにこちらと視線を合わせる。


 恐らくだが、オレが何か言うのを期待しているのだろう。


「そんなの自業自得、だよ。」


 だが、そんな期待に応える気の無いオレは、突き放すように彼女へ告げる。


「そう……私も、そう思うわ。信賞必罰は世の常、ですもの。」


 しかし、何故か彼女はそんなオレの言葉に、微笑みを浮かべて頷いた。


 何なんだよ、調子狂うなぁ……


 とはいえ、それはどうなのだろうか?


 言ったはいいが、オレ自身は因果応報があるだとかは、あんまり信じていない。


 じゃないと……いや、今はやめておこう。


「……でも、状況が更に悪くなったのは、実は三年生になってから。貴方が転校してくる少し前よ。」


「更に悪く?」


 まだ続けるのか。


「ええ。その先生が転任してから、全てがひっくり返ったの。味方が居なくなってからもその先生が居る間は、無視こそされても虐められる事なんて無かったわ。それが………」


「虐められる側になった、と。」


 ……なるほどね。


 まぁ、ありふれていそうな話ではあるな。


「……そう。先生のおかげで、私のしでかした事が両親にもばれて、私の押し付け合いをした挙句に離婚した後だったから……流石の私も、あの時ばかりは堪えたわね。特に父なんてお堅い仕事だからって、評判に関わる、自分の子供じゃない、とまで面と向かって言いきったのよ?」


 自嘲気味に笑いつつ彼女はそこで言葉を区切ると、オレへと視線を向ける。


 多分、またオレの反応を待っているのだろうけど………内容が内容なだけに、今度こそ何て声を掛けていいのかわからんぞ。


「母も母で、以来殆ど口を聞いてくれなくもなったの……他にも、言の葉に乗せるのも憚られるような噂だって、色々と出回ったりもしたわ。あり得ないのに私がパパ活してる、とかね……その後は、桜井くんも知る通りよ。」


 どう返すかを悩むオレの表情を見たからか彼女は、少しの微笑みを浮かべつつそう続けた。


「そうだったんだ……でも、何でそんな話をオレに?」


 何故、親しくも無いオレなんかへ、急にそんな話をする気になったんだ?


 オレもそうだから分かるが普通はそういうのって、他人には触れられたくはないものだろう?


 慰めて欲しいって様子でも無いし、オレはどう受け取ればいい?


「………私ね、貴方が嫌いだったの。」


「随分と、まぁ……」


 本人を前にして、ストレートに言ってくれる。


 多少は遠慮しろよ、流石に傷付くだろ!


「勘違いしないでね?だった、って話よ?今は違うわ。」


「えぇ…?」


 嫌いって言われた後だと、益々どう受け取っていいのか分からんのだが?


「それは何故かって……貴方が、私と同類だって気付いたからなの。」


「は?」


 同類?


 オレと樋口さんが?


 少なくともオレは、誰かを虐めた事なんて一度も無いぞ?


「私、ずっと貴方を偽善者だって思っていたわ。転ばされた私に、他の人には見えないように手を差し出した時、そう思ったのよ。」


「そこは間違ってないかな。」


 皆、そんなもんだろ。


「でも、私の勘違いだったみたいね。今日……いえ、もう昨日かしら?近藤くんの首に手を掛けようとした時の貴方は、とても楽しそうだった。一切の躊躇もせず、真っ直ぐに、笑いながら近藤くんを見下ろしている桜井くんの姿に、私不覚にもゾクゾクしちゃったの!」


 あれは、オレじゃない……


 あんなのは、オレじゃないんだよ!


「ねぇ、桜井くん?」


「な、何?」


「どうやったら、私をあんな目で見てくれるの?」


「何を言って……?」


 その瞬間、ややオレを見上げる彼女の瞳が、街灯の灯に晒された所為か怪しく揺らめいたかと思えば、彼女の虹彩が徐々に真紅へと染まってゆく。


 樋口さんの目が……赤い!?


 急に瞳の色が変わるだなんて、一体何が?


「私の従者みたいに、あの子を殺せばいいのかしら?」


 なんだと?


 あの子って……まさか、アルマ?


 こいつ今、アルマを……殺す、って言ったのか?


 最初は何を言われたのか分からなかったが、その言葉の意味を理解した瞬間、昼間近藤に絡まれた時のように、オレは怒りでは無く何故か高揚するような感覚を覚える。


「そう!その目よ!貴方のその目がいいの!」


 すると、彼女は恍惚としたような笑みを浮かべてオレの手を取った。


 こいつ、オレを敢えて挑発しやがったな!?


 落ち着けよ、オレ!言ってるだけだ!


「…でも、あの子を殺してしまったら、きっと貴方は私をその目で見続けてくれる前に、力に呑まれてしまうのでしょうね……そんなのは、イヤ。」


 衝動のままに、思わず掴みかかってしまいそうになるのを既の所でなんとか堪えると、そんなオレの様子に樋口さんは歪な笑みを浮かべつつ口を開く。


 本当にさっきから、何を言っているんだ!?


 気でも触れているのかよ!?


「だから、別の方法を考える事にするわ……さて、私の話はこれでおしまい。次は、貴方のお話を聞かせて?」


 彼女はそう言いながら一度目を瞑った後で、再びオレをやや見上げながら穏やかに微笑む。


 何なんだよ、本当に……


 目も元に戻ってるし……


「オレの話って言われてもね……」


 それはさておきオレは樋口さんみたいには話せないし、今の話の後じゃあな……正直、もう話を切り上げて部屋に帰りたいのだが。


「なら、私の質問に答えてちょうだい?」


「それぐらいだったら?」


 まぁ、もう少し相手をすれば、樋口さんも満足するだろ。


「あの子とは、もうセックスしたの?」


「え?」


 ……って、もう!さっきっから、ホント何なんだよ!?


「言っている事が分からない?えっちや、性交と言い換えてもいいわ。したの?」


 そのくらい、言われなくてもわかるわ!


「す、する訳ないだろ!オレ達は中学生だぞ!」


 ……しっかし、よく恥ずかしげもなく言えるな?


「そう……だから、なのかしら?何で貴方だけは、理性的なままでいられるの?」


「え?」


 何を言いたい?


 それじゃあまるで、自分も正気じゃないみたいな言い方に聞こえるぞ?

 

 いや?これまでの会話内容を見るに、正気かどうかは疑わしいか。


「ねぇ、桜井くん。貴方、自分の力の使い方はご存知?」


「いや、知らない……」


 次の質問もえらく唐突だな?


 こんな使い道の無い力に、使い方もクソも無いだろ。


「多分それ、貴方だけよ。」


「どういう事?」


「正しくは私を含め、使える人は感覚で理解している、とでも言えばいいのかしらね?」


「その言い方だと…」


「ええ。殆どの人は使えないわ。あるにはあるけれど、小さすぎて力として発現しないのよ。」


「何でそんな事が分かるの?」


 幾らなんでも詳しすぎないか?


 誰かに教えられたとしか思えないのだが?


「それは、見えているからね。見えるようになったのは、此処数日の話だけれど。」


「見えるって、何が?」


 樋口さんも、アルマと一緒って事か?


 だとしても、説明としては不十分な気もするけど。


「私が見えるのは力の強弱……とでも言うのかしら?ちなみに、近藤くんはレアリティで言えば、ノーマル。殆ど力は無いわ。柴田くんはレアって所ね。」


 ……唐突に、ソシャゲみたいな表現をするのはやめてほしい。


 いや、分かりやすいんだけど、柴田がレアって……結構厄介な力だと思っていたけど、違うのか?


 いや?そっちも気にはなるが、樋口さん基準で言った場合の、オレの力って一体どの程度なのかも興味があるな。


「……ちなみに、オレは?」


「SSRかしら?私と一緒よ。これも運命よね。はくしゅー!ぱちぱちぱち!」


 オレが高レア?


 本当に?


 にわかには信じられないのだけど・・・運命とか言ってるのは、無視だ無視。


「でも、オレの力って血が恐怖症を引き起こすだけだって……」


 分かっているのはそのくらいだからなぁ……高レアって言われても、ピンとこないわ。


「少しぐらい乗っかってくれてもいいじゃない……私としては、そんな筈は無いと思うのだけど、何かしらの条件が必要な力なのかもしれないわね?」


「そっか……」


 流石にそこまでの事は、彼女にも判らないらしい。


「まぁいいわ。教えてくれたお礼に、私の力も見せてあげる。」 


 そう言うと、彼女は徐に石畳から欠け落ちた小さな破片を拾い上げ、手のひらに置いてオレに見せた。


「何を……?」


「いいから、この石を見ててね?」


 彼女が石に注目するように言った直後、まるで最初からそこには何もなかったかのように、忽然と石が消え去る。


「石が、消えた!?これは……って!樋口さん!手から血が!?」


 目の前で起きた出来事に驚き、慌てて彼女の手のひらを確認するも石は無く、代わりに石を乗せていた辺りが血で濡れている事に気付く。


「だ、大丈夫よ。黙って見てなさい。」


 だが、当の本人は焦った様子も無く、やや眉を寄せながらも手のひらに付いた血を拭ってから、再びオレに向けて見せる。


 するとーーー


「え!?傷が……無い!?何で!?」


 流石に新手の手品……じゃ、無いよな?


「直後はとっても痛いのだけど、こんな風にすぐ治るのよ。ちなみに、私の力は最初に石を消した方。試したら大体何でも消滅させられたから、私は〝バニシュ〟って名前を付けたの。」


 さっきから薄々気付いてたけど、この人……もしかしなくても、ゲームが好きなのでは?


「呼び方は破壊でも、消滅でも何でもいい、対象を完全に抹消する力よ。見えなくする訳じゃないから、イレイズの方が正しいとは思うのだけど、響きが好みじゃないのよね。」


 ……こういう所は、確かに同類かもしれぬ。


 いや、それよりも……


「だったら、どうして血が?その力で皮膚まで消しちゃったとか?」


 出血を伴うような傷がすぐに消えた事も確かに気になるが、力の説明だけじゃどうして傷が出来たのかが分からないからな。


「違うわ。これは、代償……若しくは、反動よ。何度か試してみた限りだと、恐らく消滅させた物の硬さや大きさによって、変わるみたい……ちなみに、こうしてすぐに治ったのは、私に宿る力の強さのおかげね。強ければ、その分身体能力も向上するらしいの。」


「詳しいんだね?」


 何度かって言ってるけど、此処まで把握しているとなると、きっとかなりの回数試したのだろう。


 ……でも、今の話が本当ならば昼間の近藤との一件で、オレが尋常じゃない力を発揮した理由も納得は出来たかな。


 オレの力が本当に高レアだったなら、だけど。


「まぁね。だから、もし私がこの力を使って殺人を行うなら、証拠を残さないように全身丸ごとを消すと思うわ。それならば、他人が見つける事も無いでしょう?……とはいえ、今のところは試した事すらないから出来るかもわからないのだけれど……第一、人なんて消したら私自身がどれだけの痛みを味わう事になるか、考えただけで………」


 そこで言葉を区切ると、彼女は顔を伏せ、自らを抱きしめるようにしつつ、微かに震え始める。


 先程、数センチ程の石を消した直後に眉を顰めていた事からも、どうやら彼女の力は相当な痛みを伴うらしい。


 その余りにもな様子に、少しだけ心配になったオレは、樋口さんに声を掛けようとしたのだが……すぐに思い直し、声を掛けるのを止めた。


 ……何故、やめたのかって?


 そんなの、彼女が笑っていたからだよ。


 小石を消しただけで苦痛に顔を歪める程だったのに、人を消した時の痛みを想像して微笑うなんて、異様としか言い様がないだろ!?

 

 しかし、これは……


「という事はつまり……」


「ええ。勿論、私は誰かを殺したりなんてしていない。私が断ったから、最初から従者なんて付いていないだけなの。」


 オレが問い掛けると彼女は顔を上げて、まるで何でもなかったかのように平静な表情で答えた。


 先程の会話といい、今といい、彼女の様子が豹変したのは、一体何だったのだろう?


 まぁいいか。それよりも、気になるのは……


「断ったんだ?」


「当然ね!そもそも、知らない男性を側になんて置いておけるワケないじゃない?私、これでも一応は女なのよ?」


 先程の表情のせいで若干言葉に信憑性が無い事は置いておくとしても、多分だが嘘は言っていないように思う。


 どちらかと言えば、柴田の方が信頼出来ないから、というのもあるのだかね。


 てか、今更なんだけど創作物だと従者って普通、同性だよな?


 アルマもだけど、彼女に提案された従者も男性だったみたいだし、やっぱり何か目的があるんじゃ?


 ……しかし、従者って……別にオレが雇っている訳では無いから、そう呼ぶのには何処か違和感があるな?


 うーん……今後は世話係とでも呼ぶか?


 おっと、今はそんな余計な事よりも……


「……じゃあ、柴田は何で樋口さんが殺した、だなんて嘘を?」


「復讐のつもり、でしょうね。さっき、私は虐めていた側だった……って、言ったでしょう?」


「その中に、柴田と仲の良かった人がいた、と。」


 そういう事か。


 漸く点と点が繋がったよ。


「ええ。尤も、彼の能力が戦う事に向いていないから、面と向かってくる事が怖くて仲間を集めようとしたり、そんな噂を流したりしているのでしょうけれどね。」


 あれ?この言い方は?


「柴田の力を知ってるの?」


「知っているわよ?簡単に言うと、自分に対する相手の感情を都合のいいように書き換える程度の力……かしら?一度操作されてしまうと、離れていても持続するらしいわ。でも、記憶を弄るわけではないようだから、違和感から効果自体は割と簡単に解けるそうよ。」


 そ、それだけ?まさか、オレ……柴田の力を過度に怖がりすぎてたって事?


「名付けるなら〝カリスマ〟って所ね。私としては、カリスマ(笑)とか、草を生やす方がお似合いだと思うけど。気付いた人は食堂に近づかなくなっているし、委員長に自ら立候補したのに空気だった彼には、相応しい力よ。」


 ネタが割れたらなんて事の無い力だったって事ね……いや、それより柴田に対してかなり辛辣だな、この人。


 ……しかし、何だろう?


 今の話、何か違和感があるような?


「洗脳か、それに近い事してるのかと思ってた……」


「ふぅ〜ん……その様子なら、桜井くんは自力で解いたのね?安心したわ……けれど、あの小心者には無理よ、そんな力。だから、柴田くんはせいぜいがレアって所なの。」


 こういう力って、偏見だけど怪しい事をしている連中とかが欲しがりそう。


 ……とか、どうでもいい事がふと頭に浮かんだ事や違和感は、その辺に置いといてだな?


「さっきっから、やけに詳しいね?」


 自身の力だけなら兎も角、他の人の力にまで詳しいのにはきっと何か理由があるよね?


「それは、ある人物を脅して喋らせたからね……でもその子、私を見ていきなり悲鳴をあげたのよ?失礼だと思わない?」


 なるほど?他の人の祝福を解析するような祝福もある……って事かな?


 なら、樋口さん流で名付けるなら、鑑定ってとこだろう。


 となれば、樋口さんを見て悲鳴をあげるのは無理もないとオレは思うが、一応誰なのかだけは聞いておくか?


「それは誰なの?」


「清水さんね。」


 ……やっぱり、誰だか分からねぇ!


「誰か分からないって顔をしているようだけど、幾ら話さないからとはいえ、最低限クラスメイトの顔と名前ぐらいは覚えておきなさいよ……」


「……善処します。」


 何故バレた!?


 呆れた様子の樋口さんに政治家の常套句で返すと、彼女は短く嘆息してから再び口を開く。


「まぁいいわ……ちなみに、彼女の力はスーパーレアって所かしら?おかげで、桜井くんと同様に姿を見せていない後何人かを除いたクラスメイトの力の概要を知る事が出来たの。私、恨みだけは安売り出来るほど買ってるから、チャンスがあれば調べるのも当然でしょ?」


「その人に会わせて貰う事は出来る?」


 そうすれば、オレの力の事も何か分かるかもしれない。


「私とあの子以外の女は、だぁめ!それより……桜井くん。貴方、このまま力を使えないでいると、危ないわよ?」


「大袈裟な……」


 いや、大袈裟でも無いか?


 オレも、既に恨みは買ってるからな。


 ……ってか、それなら余計に清水さんと会わせて欲しいんですけど!?


「おしゃべりはこれぐらいにして、今日此処に来て貰った本題を話すわ。此処に私達がいる目的について、ね。」


「う、うん……」


 彼女にとって、今までのは本当にただの雑談のつもりだったらしい。


 なんか疲れるな、この人。


 かなり喋るし。


「連中が私達にさせたい事……それは恐らく、殺し合いよ。」


「殺し合いとか、ありえないでしょ。」


 どっかの小説みたいに、皆さんにはこれから殺し合いをして貰います……ってか?


 樋口さん、妄想と現実の区別がつかなくなってるんじゃ?


「近藤くんを笑いながら殺そうとした貴方が、それを言うの?」


「そ、それは……」


 樋口さんは、気付いていたのか!?


「普通なら、私だって有り得ないと思うわよ?でも、私達の中には…祝福がある。その力に呑まれた人から、狂っていくの……あ、レアリティがノーマルの人達はもう大分おかしくなっているわ。だから、始まるのも時間の問題。」


 ……なるほどな。


 近藤はトラブルを既に何度も起こしているようだし、何かが起きるのも時間の問題と言われれば……?


 とはいえ、そうすると今度はわざわざオレ達をこの世界に呼び出した意味が分からなくなる。


 ただ、祝福という字面に反して能力や影響が物騒だったりするから、これまでの話に納得出来る部分も多いのは確かだ。


 ……が、ちょくちょくソシャゲみたいな要素を、会話に入れてくるのだけはやめない?


 内容の重さに反して、緊迫感がまるで無くなってるよ?


「ねぇ、樋口さん。結局、祝福ってなんなの?」


 とはいえ、分かりやすいように言ってくれているのは理解出来るから、そこには敢えては触れないけれど……それより、彼女ならこの疑問にも答えられるんじゃないか?


「これは私の想像だけど、その人の欲望や、抑圧された願望が形になったモノ、かしら?それで言うと柴田くんが分かりやすいわね。纏まらないクラスを自分が纏めたい、自分を認めさせたいって望みが、恐らくそのまま形になったのでしょうし。」


「なるほど……って、そうなるとオレの毒って……?」


 何が形になったモノなんだ?


「毒、ねぇ……きっと、そんな生優しいモノじゃないわよ?私には見えるの。昏くて深い、貴方の深淵が……でも、それは誰かへの恨みとかじゃない。もっと、根本的な……」 


 彼女は一体何を言っている?


 オレも罹患しているが、アレか?


 樋口さんも、この年代特有の不治の病が発症しているのか?


「ふふ、冗談もこれくらいにしましょうか。それよりも、何故そんな事をさせようとしているかなのだけど、これは正直、私にもまだわからないの。何かしら理由があるのは確かだけどね。今は調べている最中だから、分かったら教えるわ。」


「そっか……色々腑に落ちた部分も多かったよ、ありがとう……でも、何でこんな話をオレに?」


 話を聞く限りだと時間はあまり無い気もするが、分からないものは仕方ないか……いや、そこもだけど、昼間の近藤との一件を見た上でオレに近付く理由って何よ?


「お礼はいいわ……桜井くんに話した理由、ねぇ?そうやってわざわざ聞いてくる辺り、貴方がまだ正常たから……かしら?」


「えぇ?」


 どういうこっちゃ?


「そんな事より、折角私が調べた事を教えたのだから、何かご褒美をくれない?」


「ご褒美?」


 そんな事……で、済ませないで欲しいのだが?


 ……もう答える気が無さそうだから聞かないけど、これってもしかして情報提供の見返りとして、協力しろって話なのかな?


 少なくとも柴田よりは信頼出来るから協力そのものはやぶさかでは無いけれど、彼女にオレの助けがいるとはとても思えないぞ……?


「そんなに身構えないで?……簡単な事よ、こっちにきてくれるかしら?」


「えっ?えっ?」


 先程までの真面目な表情からは打って変わって、彼女は楽しそうに告げてからオレの手を取ると、芝生のある場所へ行き、徐に膝を伸ばして地面へ座り込む。


「よいしょ…っと、準備が出来たわ。それじゃあ……はい!」


「……まさか?」 


 いや、ちょっとそれは……


「はい!!」


「やっぱり、見られてたのね……」


 あの時樋口さんはかなり近くにいたから、見られてたんじゃないかとは思ってたけどさぁ?


「はい!!!」


「揶揄うのは、やめてくれない?」


 何も、アルマの真似までしなくても……


「揶揄ってなんかいないわよ?私がしてみたいだけ。貴方とあの子を見ていて、ただ羨ましくなったの。だから……ね?」


「いや、それを揶揄っていると………」


「私じゃ、ダメ?」


「ダメって訳じゃ……」


 別にアルマに義理立てる必要は無いと思うが、なんだかなぁ。


「じゃあ、お願いよ……私、一度でいいから膝枕ってやってみたかったの。」


 先程までの余裕たっぷりといった様子と違い急にしおらしくなった為、オレは渋々樋口さんの膝の上に頭を乗せる。


 すると、彼女はすぐに満足そうな笑みを浮かべて、オレの額に手を当ててきた。


「……演技かよ。」


「あの子を守ろうとする貴方を見て、本当に……ドキドキしていたのよ?……だって私、燃えるような素敵な恋や、白馬の王子様に……小さな頃から憧れていたのだから。」


 オレの抗議の声に、彼女は寂しそうな表情で小さく返す。


 案外、可愛げのある事を思ってたんだな、この人。


 化粧はしていないけど華があるように見えたから、女王様タイプかと決め付けてたわ。


「意外、って顔ね?いいじゃない、私が少女趣味でも!……でもね、それは……叶わなくなったって、思ってた。やってきた事の報いを受けただけなのにね……」


 そう告げる彼女の表情はどこか諦めているようで、悲哀ともつかない色を含んだ呟きだった為、オレは思わず声を掛けてしまう。


「それは、どういう……?」


「ナ・イ・ショ!」


 オレの問い掛けにそう返しながら、彼女は突然オレの額に口付けをした。


「ふふふ……いきなりで驚いた?」


「そりゃ、まぁ……」


 あまりにも予想外の行動に少しの間呆然とした後で、オレは慌てて飛び起き彼女から視線を逸らす。


 平静を装ってはいるが、額にとはいえ生まれて初めて女の子にキスをされたからか、正直心拍数がやばい!


「誰かとこんなにも話すなんて、久しぶりで……すっごく楽しかったから、そのお礼よ?……じゃあ私、そろそろ行くわね。」


 そう言いながら彼女は立ち上がると、館には向かわずに何処かへ立ち去ろうとする。


 ……あれ?何でオレに?さっきまで彼女へお礼をするって流れだったような?


「あっ!そうそう、大事な事を伝え忘れていたわ。」


「大事な事?」


 混乱しているオレを他所に彼女は少し歩いてから、何かを思い出したかのようにこちらへ振り向き、イタズラっぽい笑みを浮かべつつ再び口を開く。


「ええ……私ね?男の子にキスをしたのって、今のが生まれて初めてだったの。」


「え?」


 これは、揶揄ってる……んだよな?


 ってか、わざわざ男の子って言ったって事は、女の子同士ならあるって事か?


 ……いやいや!なんつーアホな事考えてんだよ、オレ!落ち着けって!


「私にまた会いたくなったら、夜に此処へ来て頂戴?待ってるわ。」


 自室じゃなくて、此処に……?


 しかもまた夜に、って……理由を聞く前に行っちゃったし。


 だが、あの豹変した瞬間を除き、彼女との会話自体は有意義だったと思うから、また話をするくらいならいいかもな……殺し合い云々は、頭の片隅に置いとく程度にしても。


 ……それはそれとして、今はちょ〜〜〜っとばかり寝れる気がしないので、もう少し此処に居るとしようか。



 彼女の背中を見送ってからも、暫くその場に佇みながら夜風で熱を冷ました後、オレはひとり部屋へと戻りベッドに潜り込んで、先程の会話を思い返しながら目を閉じる。


 いやぁそれにしても、今日一日で印象が変わってしまう程度には、よく喋る騒がしい人だったな……




 翌朝、目を覚ますと何故か、アルマがベッドの脇からオレの手の辺りに顔を近づけていた。


 彼女は、一体何を?


「お、おはよう……?何、してるの……?」


 起きてから横を向いた瞬間に、彼女の顔が隣にあったから、かなりびっくりしたわ!


 しかし、オレに声も掛けないで床に膝をつきながら何をやっていたのだろう?


「マサト、におい、する。」


 ……なんてオレが呑気に考えていると、今までにない程に不機嫌な表情と声色で、益々鼻をオレに近付けながらそんな事を言ってくる。


「え?」


 匂い、って……


 ……はぁ!?まさか、残り香で誰かと会っていたのが、バレたってのか!?


 嘘だろ!?一体どんな嗅覚をしているんだよ!?


「〝ねぇ、何処かで嗅いだ事がある匂いだけど、これは誰の匂いなの?〟」


 焦るオレを尻目に、今度はこちらの言葉で何かを言いながら、アルマはしきりにオレが着ている服の匂いを確かめたり、手の匂いを嗅いだりを繰り返し続ける。


 ……コレ、なんかオレが他所の犬や猫を触って帰ってきた時に見せる、うちの犬の反応と似てるな?


 い、いや、それよりも昨晩の事を正直に言ってしまった方がいいのか?


「……夜中に、昨日の女の子と会ってました。」


「〝バカ!〟」


 うん、言葉は分からないけれど、今のは絶対にバカって言われたわ。


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