手記1
きっと、オレが赦される日は来ないのだろう。
今でも夢に見るのだ。
彼女をこの手にかけた、瞬間の事を。
最期にあの子が何故笑っていたのかを今でもふと疑問に思う時もあるが、そんな事はきっとオレが知る由はないだろうし、今のオレが望んでいい事でも無い。
あの頃のオレとは、違うからな。
……オレ達は、ただの同級生だった。
とはいえ、小学生からずっと同じ学校だったとかではなく、オレ中学が三年生になってから引越してきたからか、顔を知ってはいるけれど何度かしか言葉を交わした事が無いような、顔見知りとも言い難い同じ空間を共有しているだけの他人……って感じかな?
言うなれば、電車の中で毎日同じ車両に乗り合わせていただけ……みたいな?
ちょっと違うか……まぁ、少なくとも友達では無かったよ。
だが、接点が無いながらも何故だか彼女とは、多少なりと共通点ってモンはあったらしい。
どういう事かと言うと、彼女もオレ同様に何かをしてしまったらしく、同じクラスだけで無く他のクラスの奴らにまで遠巻きにされていたのだ。
でも、オレは彼女が何をしでかしたのかを知りたいとは思わなかったな。
興味が無かった訳ではないけれど、だからといって聞いて回る程の事ではないと思っていたし、オレ自身がある事件を起こしてから人と関わるのが怖くなってしまっていて、転校してからは学校では殆ど誰とも話さず、家ですら母親と少し会話をする程度だったってのもある。
まぁ、それはオレの所為でたった四人と一匹だけの家族が、バラバラになってしまったという負目があったからではあるのだが……そんな自分語りより、彼女の話を続けよう。
実際の所、彼女の噂程度であればオレも至る所で耳にはしていた。
良くも悪くも目立つ人だからか、彼女が通りかかる度にあちらこちらから聞こえてくるので、聞きたく無くても聞いてしまうってのがホントのトコロだけどな。
曰く複数の男と付き合っているだの、男とホテルに入っていく所を見ただなどと、真偽も不明な下世話な話ばかりで聞くに耐えなかった為、オレは聞き流す事が殆どだったけどね。
無論、オレはそんな風説を広める事に加担なんてしてはいないし、多少の親近感は覚えはすれど彼女と関わる事もしてはいない。
そんなオレが、彼女と友達になれた経緯と事の顛末を、此処に遺しておこうと思う。
ーーー〝隻腕の魔王〟の手記より、意訳
始まりは、通っていた中学校の一学期の終業式の日に、何の前触れもなく突然起きたんだ。
その時のオレは家に持って帰る教材を鞄に詰めつつ、嫌なモノを夏休みの間は見なくて済むから勉強も捗る、などと考えていた。
じきにもっと嫌なモノを見る事になるとは、つゆ知らずに、な。
「ねぇねぇ、夏休み何処か行くの?」
「ウチは、家族で海外旅行に行く予定ー!」
「海外かぁ……いいなぁー……」
「えー?親とだから、そんないいものじゃ無いってー!そっちはー?」
「あたしは……」
本来であれば受験生であるにも関わらず、大半の級友は近場の大きな私立高校へ行く事が慣例な所為か、席の少ない公立狙いで最後の追い込みを始めなくちゃならないオレを他所に、これから迎える長期休暇目前の浮ついた空気感に包まれる中、ホームルームの為に担任が教室へと足を踏み入れた直後だったように思う。
「お前らに……」
近くの席にいた誰かが何かを呟いた次の瞬間、教室の中が光に包まれれると、皆の悲鳴が遠くから響くと共にオレの意識は途絶えた。
どれくらい気を失っていたのかは分からないが、反響する誰かの声と頬の冷たさを感じたオレは目を覚まして地面から身体を起こす。
ついさっきまで間違いなく教室で席についていた筈なのに、いつの間に地面に寝かされたのだろう?
「何が起きたんだ!?」
「私達、教室にいた筈でしょ!?一体何処なのよ、此処は!?」
……まぁいいや。
それよりもどうやら、全員が同じようなタイミングで目を覚ましたらしく、少しだけ先に起きた奴らがテンプレの様な事を騒ぎ立てていたらしい。
何処かで見たような流れだが、まさか……これってもしかして、異世界転生ってヤツ?
……いや、これは転生じゃねぇな。
ちょっと気になる事はあるが、慣れ親しんだオレの手足があるから、転移の方だわ。
うーん……でも、どうせなら赤ん坊からやり直して、知識無双とか、魔法無双だとかの方が好みだったのだけどね……おっと、それよりも先ずは状況を把握しないと。
そんな事を考えながら周りを見渡すと、この後の展開について恐らくオレ同様に考えているらしく、ニヤケツラを晒している奴らが目に入る。
まぁ、その気持ちはわかるけれどね?
でも、まずは何が起きてるか調べる方が先じゃないか?
きっと周りから見たらオレも似たような表情なのだろうとは思いつつ、改めて部屋の中を見渡すもどうやら此処は石室のような場所で、扉があるにはあるものの到底独りでは開けられそうにはない程に重厚だったので、そちらへ近づくのは止め更に周囲を確認する。
だが、見た事の無い形をした照明が煌々と部屋の中を照らしている以外は、辺りには全く何も無い。
こういう時、俺たちを召喚した外套を纏った胡散臭そうな奴らとか、偉そうな奴らとか、お姫様みたいな人が居合わせるのが定番だと思っていたのに、そういった人物ですら見当たらないし、地面にも何か紋様が描かれているといった事もなかったので、オレは今がどういう状況なのかを計りかねていた。
「お、おい、これって……」
「まさか……」
そうして周囲の観察を続けているうちに、スクールカースト上位に紛れていた御同輩が教えたらしく、幾つかの塊が何時の間にか部屋のあちらこちらに出来ているのが確認出来る。
尤も、俺同様に集団に属さない奴らも何人か居たがね。
それから殆ど間を置かず部屋が静かになると、重厚な扉の外から微かに足音が聞こえた。
どうやら、いよいよ御対面らしい。
オレ達は一体どんな理由で連れてこられたのかとオレは期待半分、不安半分の心持ちで扉が開かれるのを待つ。
こういう時の定番と言えば、人類の脅威である魔王を倒す、などであろう。
しかし、そんな妄想は重々しい金属音をたてながら開いた扉から現れた人物が口を開いた瞬間には、否が応でも高まる興奮の所為ですっかりと頭の中から消え失せた。
「おぉ、勇者達よ!此度のお招きにお応え頂き、感謝致します!」
扉から現れたのは一人では無かったのだが、その中でも一際偉そうな奴が周りに居る人間と聞いた事も無い言語で何かを話した後、オレ達に向けて仰々しく頭を下げる。
その瞬間、待ってましたとつい叫んでしまいそうになるのを何とか堪えているオレとは対象的に、クラスの誰かが即座に言葉を返す。
「お招きって……私達、そんなの知りません!気づいたら此処に居たんです!これは、どういう事ですか!?」
「やっぱり!」
「どういう事なんだよ!こんなの誘拐じゃねーかよ!ふざけんなよ!」
最初にあがった抗議の声を皮切りに、至る所から様々な反応の声が上がる中、今から思えばこの時点でオレは微かな違和感を感じていた。
何故なら、現れた人物が明らかな日本語でオレ達に話しかけてきたからだ。
この時は違和感を覚えたのみで、冷静さを欠いていた事もありその答えにまでは辿り着けなかったのだが、創作物の中では製作時の面倒事を省く為か、転移の特典で異世界の言語を理解出来るようになっているのが定番と言えば定番だからな。
なのに、ヤツらは最初に全く違う言語を話していた。
その光景を眺めながら、呑気にも現実にはそんな都合よくはいかないって事なのかと納得していたオレに、言ってやりたい。
異世界転移が起こったとして、別の言語を話している人間が何故、異世界の言語である日本語を知っているのか、と。
これも、少し考えたら判る事だ。
日本語を話す奴らが、過去にも此処に存在していたって証拠なのだからな。
……いや?まぁ、それが分かった所でその後に何が変わったとも思えないから、今となってはどうでもいい事か。
「皆様のお怒りはごもっともです。……ですが、私達の国は今、未曾有の危機に晒されております。どうか、皆様のお力で私達の国をお救い頂けないでしょうか?」
クラスの誰かから投げかけられた質問には答えないままに、身なりの整った人物は深々と頭を下げながら定型文のような言葉を口にすると、現れた兵士と思しき鎧を纏った人達に囲まれた最も位の高そうな男の恭しい態度に、怒りに満ちた抗議は次第に収まっていき啜り泣く何人かの声だけが石室に響いた。
「おうちに返して……」
それから暫くの後、クラスの女子の誰かがそう呟くと身なりのいい男は頭を上げ、微かに笑みを浮かべながら再び口を開く。
「勿論、私達の願いを叶えて頂けましたら、あなた方を元いた場所へお返しする事を誓います。」
「そんな事、本当に可能なんですか?」
こんな時は帰れないのが鉄板だからか、それを知っているらしき誰かの質問が再び投げかけられる。
「はい。無論です。私達の願いを叶えて頂けましたら必ずや、元いた場所へとお返しいたします……その際、謝礼として幾許かの報酬もご用意致しましょう。」
……突然だが、他人を動かすのに手っ取り早い方法が二つあると、オレは考えている。
ひとつは、抗いようの無い恐怖を与える事……例えば、死とか。
そして、もうひとつが……目先の利益で釣る事。
こちらも情報収集の際に、金銭をチラつかせるなんて事を創作物ではしばしば見かけたりする。
「報酬?」
しかし、実際のところそれも簡単な話ではない。
何せ、大抵の場合は根拠を示さなければ与太話でしかないし、金銭では動かない奴も確実に存在するからだ。
しかし……
「はい。私どもの貨幣は意味をなさないでしょうから、金をご用意する準備がございます。無論、他にご希望があればそちらをご用意するとお約束致します。」
身なりの良い初老と思しき人物が随伴していた武器を携えた兵士に合図を送ると、兵士は懐から包みを取り出しオレ達の前でゆっくりと広げてみせる。
「金……?」
「ほ、ホンモノ……?」
すると、中から金色に輝いて見える金属のインゴットらしき物が露わになると共に、部屋の中に再び騒めきが起きた。
……幾ら疑念を持っていたとしても、こうして根拠を示されてしまえば実感が伴ってしまい、簡単に釣られてしまう奴が増えてくるのもまた、道理だろう。
とは言え、例えオレ達が金を貰えていたとしても持って帰れるのかの保証も無ければ、元の世界でガキがそんな物を簡単に換金出来るはずの無い事や、ソレが本物かどうかの判断が出来ない事だって、少し考えたら判るのにな。
目先の餌に釣られるなんて、バカなものだよ。
……まぁ、更に愚鈍であるその時のオレは、金をくれると言われた所でイマイチピンと来てはいなかったから、何も考えずにただ偉そうな人の話を聞いているだけだったのだがね。
「す、救ってくれと言われても、俺たち何をしたら!?」
「そうよ!ゲームじゃないんだから!」
そうだ、ゲームじゃない。
これは現実。
だから、兵士として鍛錬した訳でもないガキに何が出来るのかって話なんだよ。
……だが、その時の俺はそんな言葉を口にしたヤツらを馬鹿にしていた。
戦う力である〝チート〟をもらっている筈だと、意味もなく思い込んでいたからな。
この時は俺自身も、ゲームなのだと勘違いしていたんだ。