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第17話 突きの先、ひとつになる私たち

「なんか……ここ、空気がちがう」


 誰もいない廃れた剣道場。

 風もないのに、ふっと何かが揺れる。

 積もった埃の下で、時間が眠っているような場所だった。


 筋肉ゴリラ武闘家・ハヤが前を歩きながら眉をひそめる。

 変態犬・リョウはというと、床に鼻を近づけて呟いた。


「これは……発汗直後の垂れのにおい……たぶん女子中学生……いや、女剣士……!」


 マホがそっと離れた位置から天井を見上げ、ぽつりとつぶやく。


「ここ……かつて“剣が心を喰う”と呼ばれた場所だわ……」


 そのときだった。


「……」


 ミオが、何かに導かれるようにふらりと歩き出した。

 埃まみれの床に落ちていた一本の竹刀を、まるで懐かしいものに触れるような手つきで拾い上げる。


「ミオ! やめて!」


 レオの叫びも届かない。


 次の瞬間、ミオの瞳が鈍く冷たく光った。

 まるで心の奥に、別の何かが入り込んだかのように。


「……いくよ、レオ」


 そう言って構えたミオの竹刀が、風を割る。


「面ッ!!」


 耳を打つ鋭い声。

 レオはとっさに竹刀を受けるが、その勢いに足が後退する。


「ねえ、ミオ! 私だよ、レオだよ!」


「……シマイ、ハ、ツヨイホウガ、ウエ……」


「その口調やめて!? AI崩壊しかけてるじゃん!!」


 ミオの動きには、一切の無駄がなかった。

 否、それはもう人間の動きではなかった。

 型に支配されたような、機械的で完璧な剣――けれど、その目に姉としての優しさはない。


 レオは必死に声をかけながら、防戦に徹した。

 だが、握る手は震えていた。


「ミオと戦う」――そんなこと、考えたこともなかった。


 ずっと強かった。

 ずっと背中を追いかけてきた。

 でも、今の“強さ”は、私を壊しに来ている。


 避けきれない面、胴、小手。

 一撃ごとにレオの身体が削られ、心がすり減っていく。


 そして、ふと浮かぶ――

 唯一、ふたりとも手を出さなかった場所。


 突き。


「……もう……ここしか、ないの?」


 レオは竹刀を握りしめた。

 頭の中に、ミオの身体構造がくっきり浮かぶ。

 筋肉の収縮方向、骨の軸、そして――唯一の急所。


「ミオの弱点は、私の弱点。

 だって、私たち、同じ構造でできてるんだもん……」


 突けば、目を覚ますかもしれない。

 でも、心が壊れるかもしれない。

 あるいは……肉体が、止まってしまうかもしれない。


「でも……このままじゃ、私が倒れる。

 私たちの“合金”になるはずだった関係が、砕けてしまう……!」


 レオは目を閉じ、呼吸を整える。


「……ミオ、ごめん……

 ミオを守るために、ミオを貫く――

 こんな残酷なこと、双子の私にしか、できない……!」


「突きッ!!」


 空気が裂けた。

 一直線に突き出された竹刀が、ミオの胴を正確に貫く。


 ゴウン――ッ!!


 その瞬間、ミオの内臓の奥が激しく揺さぶられた。

 肺が痺れ、横隔膜が跳ねる。

 腹の奥に沈んでいた感情が、臓腑を通して噴き上がるように溢れ出す。


「……ぁ――ッ……!」


 竹刀が手から落ちる。

 ミオの膝が崩れ、床につく。


 ゆっくりと、その瞳に光が戻っていく。


「……レオ?」


 かすれた声で、名前を呼ばれる。

 その瞬間、レオの目から涙があふれた。


「なんで……泣いてるの?」


「だって……ずっと言えなかったから……」


 レオはミオの手を握る。


「私、ミオに勝ちたかったわけじゃない。

 ミオの一部になりたかったんだよ……!」


 ミオはゆっくりと、微笑んだ。


「じゃあ……溶けようか。いっしょに」


 ふたりの額が重なる。

 指先が触れ合い、手のひらが重なり、

 やがてそのまま、抱き合うように――

 ふたりの鼓動が、同じリズムを刻み始める。


「ねえ、レオ……もう、私の境界が、わかんない」

「それでいいの。私も、いま……自分の形、なくなりかけてる」

「溶けてる、ね。お互いに」

「これが、合金になるってことだよ――」


 そのとき。


 剣道場の空気が、ふっと震えた。

 天井から舞い落ちた塵が、上に向かって吸い込まれていく。


 床が光る。

 竹刀が震える。

 ふたりの体から、白熱するような“気”が立ちのぼる。


 マホが顔面蒼白で叫ぶ。


「いけない!! 合金反応が“臨界”に達したわ!!

 このままだと……人格の融解、自己同一性の消滅ッ!!」


 ハヤ「待て、何だその物理的ラブの終焉は!!」


 リョウ「いや、これは尊い……!最終フェーズ:共鳴体!」


 ミオ「ねえ、レオ……名前、もう呼べない」

 レオ「うん……ミオって誰? レオって誰?」

 ミオレオ「――わたしたち、いま“素材”になってる」


 そして、ふたりは光に包まれた。


 臨界点を超え、完全な融合へ。

 剣道場の空気が一変し、そこにいたはずのふたりの“輪郭”は、もう見えなかった。



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