第16話 合わないはずがない~技術室の夕刻、嵌合の祈り~
誰にも合わなかった“穴”に、
ぴたりと噛み合う“ねじ”が存在したとき、
それを運命と呼ぶ――
廃校となった市立万妖中学校の技術室。誰もいない空間に、赤錆びた空気と油の匂いが沈んでいる。
窓から差し込む夕日が、作業台の金属面をじんわりと染めていた。
レオは、床に膝をついていた。
目の前には、小さな一本のネジ。
拾い上げたそれを手のひらで包むようにして、そっと呟く。
「……このネジが、どのナットにもはまらないなんて……
そんなの、おかしい……おかしいよ……」
声が震えていた。
目にじわりと涙が浮かび、そのままぽたりと、床に落ちる。
かつん。
ネジが落ちる音が、技術室に響いた。
「レオ……」
背後から、ミオの声がした。
「そのネジが合わないんじゃない。
あなたのナットが、特別すぎるのよ」
レオは振り向かない。
ミオはそっと歩み寄り、レオの手に触れた。
「ねえ……わたしのネジ、あなたにしか嵌らないって……知ってた?」
レオの肩が、びくりと揺れる。
「ピッチも、径も、トルクも……
ぜんぶ、レオに合わせて、わたしが削り出したの」
「……でも、わたし……うまく嵌められる自信が……」
「大丈夫。わたしがそっと、回してあげる」
ふたりの距離が近づく。
レオは、手のひらのネジを見つめ、震える声で答えた。
「……わかったわ……嵌めるわよ……ミオのネジ……」
その瞬間だった。
作業台の隙間から、一滴の潤滑油がこぼれ落ちた。
それは、夕日の光を浴びて、琥珀色の雫となって床に滴る。
かすかに粘度を感じさせるその光の粒が、音もなく、ふたりの交わりを祝福するように輝いていた。
「ミオ……熱くならないで、ゆっくり……」
「うん……あなたを壊したくないから……」
こうして、技術室という名の密室で、
JISを超えた“愛の嵌合”が静かに、始まった――。
#姉が万力で固定される
#JIS規格から外れた関係性
#脱JIS宣言百合姉妹
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#トルクで語る愛
#潤滑油の輝きは罪の色