第10話 鋼鉄乙女、3歳児になる。~体育館裏、ぬるま湯に溶けた夜~
夕暮れの校舎裏。
その体育館の一角から、ひとつの泣き声が響いていた。
「やだの……ひっく……ぐす……まほ、まま……」
泥だらけのジャージ。びしょぬれの髪。
泣きじゃくりながら、ハヤはマホの制服の裾にしがみついていた。
その姿は、かつての“鋼鉄乙女”の面影もなく、ただの――ちいさな、こども。
「……もう、我慢しなくていいのよ」
マホは一言だけそう言うと、すっと屈んで、ハヤを抱き上げた。
湯気の立ちのぼる、静かな体育館裏。
そのままマホは、誰にも告げず、シャワー室へと消えていった。
【しばらくして】
体育館の扉の前。残されたリョウとミオとレオが、所在なさげに立っている。
「入ってから、何分たった……?」
リョウが時計を見る。
「もう……45分は経ってる」
空気は妙に湿っていて、遠くの方から湯気の吐息と、柔らかい鼻歌が混ざるような音が、かすかに漂ってくる。
ミオが口を開いた。
「……行こう。確認しないと。マホの乳が、ハヤに吸われきってしまう前に」
【突入。そして10分後】
「……くすぐったいってば、レオ……」
「だって、ミオのが先にさわってきたんじゃん……」
「でも……ほんと、レオのココ……おっきくなったね」
「やだっ、さわらないで……」
妖艶な声だけが、ゆっくりと、空間から漏れ出てくる。
でも、姿は見えない。シャワー音と、何かがふわふわ漂う匂いだけが、空間を支配している。
「……これ、覗くやつじゃない。感じるやつだ……」
リョウは自然と、目を伏せた。
そのまま三人は、何も言わずに、そっとカーテンの外で待った。
【90分後】
シャワー室の扉が、ようやく音を立てて開いた。
湯気の奥から現れたのは、髪を結い直し、制服の第2ボタンが留まっていないマホ。
腕の中では、ふわふわのタオルに包まれたハヤが、目をとろんとさせている。
その後ろから、バスタオル姿のミオとレオも現れた。どちらも頬がわずかに紅潮している。
「……で? どうだったんだ?」
リョウが恐る恐る聞く。
マホは微笑んで、静かに言った。
「……アヒルさん風呂、喜んでた。よかったわ」
「そこぉぉぉおおお!?!?!?」
リョウの絶叫が、静かなシャワー室の余韻を破壊する。
レオがふと、ミオの耳元で囁いた。
「……気持ちよかった、お姉ちゃん……」
「……また一緒に、洗いっこしようね」
その夜以降、「体育館裏シャワーの儀式」と呼ばれる都市伝説が、市立万妖中学校の七不思議を八不思議へと拡張したことを――
知る者は、まだ少ない。