第9話 技術室の火花と、溶け合う姉妹。〜午後三時の密接合〜
午後の校舎、誰もいない旧棟の一角――技術室の扉が軋んだ音を立てて開いた。
「うわっ、鉄の匂い……」
マホが顔をしかめた瞬間、双子のうち姉のミオが、すっと前へ出た。
錆びた金属の匂い、溶接用マスクの残り香、油のしみた革手袋。
――それらすべてが、彼女たちを“過去”へ引き戻す。
レオも、無言でそっと隣に並ぶ。
無言のまま、2人の指が――溶接機のハンドルの上で、ぴたりと重なった。
「ミオ……」
「レオ……」
短く呼び合っただけなのに、空気の密度が変わる。
技術室の空間が、熱と静寂に包まれた。
この2人、ハヤが3歳児に退化し、マホが授乳を始めてから、何か様子がおかしい。
「……覚えてる? あのとき、初めて溶け合った夜」
「うん。火花が散った。
鉄が柔らかくなって、まるで、あなたの中に溶け込んでいくみたいだった」
「私ね……あれ以来ずっと、感じてたの。
ミオの熱が、私の中で、冷めないの」
「レオ……それ、TIG溶接と一緒だよ。
ゆっくり、やさしく。
でも確かに、溶けて――二度と、離れられなくなるの」
2人の距離が、呼吸の音が聞こえるほどに近づく。
そして――ほんの数秒、見つめ合い、目を閉じた。
(じぃぃ……)
――遠くで、なにかが溶けてる音が、した気がした。
「……ちょっ……何してんのあの双子……」
リョウが口をあんぐり開ける。
「なんか空気……重くない?圧力というか、湿度というか……」
マホがシャツの襟を引っ張る。
「……ミオの手、やわらかくなったね」
「レオの指先、震えてる。……でも、火花は止まらないね」
「うん、もう止められない。溶けるまで、ふたりでいたい」
「……ふふ、じゃあ溶けちゃおっか」
「ひいぃぃいいいいぃぃ!?!?!?」
リョウが悲鳴を上げて、壁にぶつかる。
「なんか聞こえるの!?火花以外の音も聞こえるの!?!?!?」
「火じゃないんだよ!何かもっとヤバいもんが散ってる!!」
「ちょ、落ち着け!今の“溶けちゃおっか”って何のメタファーなの!?!?」
双子はそんな混乱には一切目もくれず――
ただ、指を絡ませたまま、溶接面をそっと下ろした。
その瞬間、空間の密度が最大化した。
「このまま、ミオと混ざりたい……」
「レオも、ミオの中に流れこんできて……」
「混ざって、冷えて、固まって――一つの金属になるの」
「もう、誰にも切り離せないように……」
\バタンッ!!/
マホが限界でドアを閉めた。
「ムリムリムリ!!いま誰か“冷えて固まって”って言ったよね!? それ“溶接完了”ってことだよね!?!?」
「いやあああああ!!!」
「くそぉぉおお……なんて尊いんだ……」
リョウ、鼻血で昇天。
――それが、市立万妖中学校・技術室の七不思議:
「午後三時、鉄と姉妹は交わる」のはじまりだった。