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【短編】じれ恋なんて望まない!~乙女ゲームに逃げ込んだら、一途な乙女を待ち焦がれる神様が仕組んだ人喰いゲームでした~

作者: 弥生ちえ

お読みくださり、ありがとうございます!


 仄暗い感情に心が侵食される。




 彼の側に居る誰かを見るだけで、ギリギリと胸が締め付けられる。


 引き裂きたい思いに駆られる。





 柚葉 花緒里は、そんな自分が嫌だった。










 花緒里が朝のバス時間をひとつ遅らせたのは、一週間前からだった。


 いつも乗っていたものよりひとつ後の、20分遅く学校最寄りの停留所へ到着するバス。同じ高校の制服を纏う生徒で席がほぼ埋め尽くされているのは同じ。


 ――にも関わらず、車内の雰囲気はどこか違う。


「人喰いゲームがあるらしいよ」

「知ってる! 2年の子が危なかったらしいってね」

「うっそ! そんな近くで!?」


 きゃあ、と、女生徒の楽しげな小さな悲鳴が上がる。僅かに遅い到着を選ぶ生徒たちの乗るバスは、先の便と比べると、どこかのんびりとした緩い雰囲気に包まれている。

 だからか、花緒里がこれまで聞くこともなかった噂話や、人気のソーシャルゲームの話も、自然と多く耳に入った。


(人の気も知らないで、楽しそうに……)


 花緒里は、窓枠に肘をかけて頬杖を突きながら、外を流れる景色に虚ろな視線を向けつつ、溜め息を吐く。


 何の悩みもなく、きゃっきゃと華やいだ声をあげてJKを謳歌する彼女らと、陰鬱な気持ちの晴れない花緒里の不条理なコントラストが胸の靄を濃くする。


(あー、やめやめ! 悩むのも馬鹿馬鹿しいわ。あんなヤツのことでっ)


 グッと顔全体を大きく顰めて、気合いを込めて目を開ける。すると、窓に映り込んだ吊革に掴まる同級生と、目が合った。


(気まずっ!? それもこれも、アイツのせいなんだから!)


 上手くいかないどれもこれもを、ただ一人のせいにして、心のなかで苛立つ気持ちをぶつける。


 花緒里がいつもと違う行動を取らなければならない理由を作ったのは、近所に住む同級生、瀬名 千颯が原因だ。


 色素の薄い茶色がかったサラサラの髪に、怜悧な印象を受ける切れ長の目。親しげな笑みを向けるでもない、無愛想が基本の彼が、今は花緒里の心を酷く波立たせる。


(このままだったらわたし、まるで気にしてないアイツに、憎いとか、消えればいいのにとか、絶対に言ってしまうから)



 ◇



 最近、ことあるごとに瀬名 千颯の側には同級生のとある女生徒が陣取るようになった。


 高校から一緒になった彼女のことは、同グループではないにしても、同じ学年である花緒里も何となくは知っている。

 向こうも、千颯と花緒里のことには何となくは気付いているのだろう。折々に、友人らと意味ありげな視線を向けてくるのだ。牽制とでも言うべきものか。


 なのに、千颯は彼女を側におきながら、花緒里に対してはいつも通りの態度を貫くのだ。そんな彼に何とも言えない気持ちが込み上げてくる。

 付き合っているわけではなかった。親同士の仲が良いわけでもない。家がたまたま近く、ことあるごとに出会うことの多かった、ただの幼馴染み。

 余所余所しい態度を取られたいわけでもないが、いつも通りすぎる彼に何とも言えない気持ちが込み上げるのだ。


(だから、いつも一緒になってしまうバスもずらしたのよ)


 知らず唇を噛み締めて、花緒里は俯いた。


 きゃあ、と一際華やいだ声が一角からあがった。目を向ければ、瞳を輝かせ、頬をピンクに染めた女生徒が、手にしたスマホの画面を、自慢げに周囲の女生徒へ見せている。


「見てみて! じゃーん、水の聖霊王ヴォディム様、ついにゲットしましたぁ」


 嘘でしょ! 凄い、羨ましいっ! と、周囲から声が上がり、一躍主役の座に躍り出た女生徒は、得意気にスマホの画面を見せびらかす。


 画面には、乙女ゲームのスチルらしく怜悧な美貌の男と、庇護欲をそそる美少女が手を取り合う姿が映し出されている。

 その画面のなか、何の脈絡もなく――ただ邪魔をするように――フワリと青い龍が横切った。


「え!?」


 思わず声をあげた花緒里に、幾人かが反応した。思いがけない注目を浴びた彼女は、慌てて口を噤んで窓の外へと顔を背ける。

 花緒里に向けられた視線は、さして面白みもない彼女からあっという間に興味と共に逸れた。


(何? あの龍……。あの子達は何にも気にならなかったの!?)


 何故か花緒里は、一瞬画面を横切っただけの龍の姿にゾクリと背筋が冷えたのだ。自分の奥底に仕舞い込んだ、仄暗い感情を刺激される危機感ともいえる感覚だ。


 けれど、本能的な厭わしさと同時に、シンパシーをも感じてしまった。心が共鳴した。


 これまで、乙女ゲームに興味はなかった。なのに、一瞬姿を見せただけの水龍に、惹き付けられてしまった。

 感情を圧し殺し、起死回生の何かを暗い瞳の奥で狙い続ける姿に。


(あの龍を知れば、自己嫌悪しそうで持て余している、今のわたしの気持ちを、飲み込めるかもしれない)


 ふいにそんな思いが沸き上がり、自分の意思を飛び越えて、誰かに腕を操られ――導かれるように、スマホを操作する。


 手元の小さな画面に、6人の美麗な青年と、華やかなエフェクトで煌めくタイトルが映し出される。


『虹の彼方のダンテフォール ~堕ちる神と滅びる世界で、真実の愛が繋げる奇跡~』


【start】◀️





 女生徒たちの声がバス内で遠く響く。


「そう言えば、二年の子がやってたゲームのタイトル、知りたい?」

「なになに!? 聞かせてよ、それって人喰いゲームのことでしょ! どれか分かってんの!?」

「それがね、同クラの子が聞いたらしいんだけど……


 なんと! 虹ダンだって!!」



 とっておきの秘密を暴露する得意気に張った声に、女生徒たちの非難の声が重なる。


「なにそれー! それだったら、あたしらもヤバイじゃない」

「そんなんじゃ、怖くもなんともないからー」


 キャハハと、女生徒達の口から放たれる笑い声が、耳鳴りのように遠く、煩わしく頭の中で反響する。


(うるさい、うるさい、うるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさいうるさい……

 こんな現実から遠ざかりたい。わたしを苦しめるだけのアイツなんかが見えないところへ!)


 気付けば、画面をタップする指の感触が――消え去っていた。



 ◇



 (きら)めく黄金の髪は、王族の彼の特徴。思い遣りに満ち、優しく周囲の人間を包み込む。それでいて、凛として隙を見せない孤高の王子様。


 緑の髪は、人間離れした美貌の辺境伯家の特徴。貴公子然として、人を寄せ付けない厳しい雰囲気を纏うが、時折見せる優しさが心に響く貴族令息。


 自信漲る言動をとるが傲慢ではなく、落ち着いた紫紺の輝きの髪そのままの、落ち着きと優しさを持つ大魔導士。


 雄々しい勇者でありながら、心寄せる相手には仔犬のように明るく寄り添う。接する相手を、心の底から暖めてくれる赤髪の青年。


 人でなく、神の眷属である美しき火龍の化身と、水の聖霊王は、絶大な力と深い愛で、ひた向きに想いを寄せるヒロインの愛に応える。


 ◇


「ねぇ、そこに女の子が座ってなかったっけ?」

「なに言ってんの? バス停も無いのに、乗り降りする人間いるわけないでしょ」

「だよね……」


 ◇


 ゲームの中の彼らに、惹かれる女性は多いかもしれない。

 けれど、花緒里には物足りない。

 だからのめり込むように、指を動かし、物語にのめり込む。


 ◇


「あれ? 今日もその席空いてる」

「変だね。こんな混んだバスでそこだけいっつも」

「やっぱそこに誰か居たよね?」


 ◇


 物語の中を、探しに探す。ゲーム世界の隅々までもを見渡すべく、気持ちを2次元の中へ沈める。



 綺羅(きら)びやかな地上の王国から逃れ、花緒里は自分の気持ちと同じく、暗く冷たい海の奥底に沈み込む。


 意識がまるごと吸い込まれて行くにつれ、世界が鮮明に花緒里の中で存在感を増す。


 ◇


「やっぱ3日前から、その窓際の席だけ空き続けてるのっておかしくない?」

「ちょっと気持ち悪いかも」


「ねぇ。ちょっとその話、聞かせてくれない?」


 ◇


 そしてようやく、水底に広がる神殿を見付けた。


 水の聖霊王、ヴォディムの隠された居所を――。



『呆れた、本当にやって来たノネ』


 無表情な爬虫類顔なのに、面倒臭そうに大きく歪むのが妙に人間らしい。

 青い水龍が、神殿に踏み込んだ花緒里の前に現れた。


「わたしは貴方に会いたくて、このゲームをやって来たの」


『嘘をつけ。大抵の者は、世界の主の意図に操られ踊らされているにすぎんノネ。

 取り繕った理由を並べても、お前の思惑なぞ分かっている! 我の目は誤魔化せんノネ』


 猜疑心に満ちた水龍の、鋭い双眸が暗い色を宿して花緒里を捉える。


(思った通り! この龍は、ここに来る者を全力で拒否してる。彼に寄せ付けたくないから)


 水龍の真っ直ぐな敵意が、花緒里には鬱陶しくも心地よく、共感をもって全身に染み入る。


 自然と浮かんだ笑顔を向ければ、水龍は目に見えて狼狽えだした。


「心配しなくても、貴方の大切な水の聖霊王に興味なんて持ってないわよ」


『え?! は? なんっ! 何をいってるノネ!! 我は主のことはなんっ……なんにも言ってなどおらんノネ!?』


 動揺のあまり口ごもる水龍は、自身の駄々漏れる執着心が本当に知られているとは思っていなかったのだろう。


『我は、ここへ招かれるお前たちのように、浮わついて(つがい)を探す愚かしい存在では無いノネ!』


「貴方こそ、取り繕わなくっても良いのに。ここはゲームの中でしょう?」


 クスクスと笑う花緒里は、目の前の鬱陶しくも強い共感を覚える水龍が愛しく思え、そっと手を伸ばして長い鼻先を撫でた。

 やはりこの水龍は、想う気持ちを持て余して苦しんでいるのだ。


(わたしと同じね)


 ゲームの中だと言うのに、水龍の肌は冷たく硬い。しっかりとした質感に、花緒里は大きく目を見開いた。



 ◇



 通学中、隣に座るわけでもないが、顔を会わせれば言葉を交わしてはいた。


 そこに居るのが当然で、視界に入る花緒里を知らず探していた。――そう瀬名(せな) 千颯(ちはや)が思い知ったのは、つい一週間前だ。


 最初は気のせいだと思い、彼女のことを意識の外へ無理矢理追いやった。けれどすぐに、彼女は体調が悪いのかもしれないと、心配で堪らなくなった。だからと言って、何か行動するわけでもなく、悶々と悪い想像だけが積み重なって行く。

 そのうちに、学校内で姿を見付ける機会があった。それでようやく、登校のルーティンが変わったらしいと理解した。


 この頃の千颯は、言い様の無い不安と焦燥感に苛まれている。


(俺、何かした!? いいや、なんもしてない。ってか、これまでそんなしっかり関わっては来なかったけど)


 気付けばそこにいて、話し掛けることができて、答えが返るのが普通だった。

 けれどそれは当然のことではなかったと思い知ったのは、つい最近になってだ。


 朝早い教室内は人の姿も疎らだ。共にばか騒ぎしている友人らが登校するのはもっと後だ。だが千颯は、いつものバスに合わせたこの時間に来ることをやめる気はない。

 一人、教室に居る時間を寂しく思ったことはないが、ここ最近は何か空虚な気持ちに囚われる。


「瀬名くん、何か探し物? ちょっと話があるんだけど」


 いつの間にかフワリと距離を詰めてきたのは、近頃頻繁に千颯に話し掛けてくる同じクラスの女生徒だった。


(確か名前は……小林? 古林? 小早川……そうそう、早川さんだっけ)


 気付かれないように、そっと首を傾げつつ「早川さん?」と応えれば、眉を寄せる微妙な反応が返ってきた。


「この前から相談してる、私の、友達のことなんだけど」


「ん? あれ、相談だったの? 面白い話してんなぁと思って聞いてたよ」


「え。……親身に聞いてくれてたじゃない」


「俺の幼馴染みに、話を聞いてくれるのが上手いコがいてさ。アイツのお陰かもな」


「つっ……」


 最近話せていない花緒里を思い浮かべて、僅かに表情を曇らせた千颯に、早川が言葉を詰まらせる。


 だが、グッと唇を引き結んで、次の瞬間には笑顔を浮かべた彼女は、縋るような真っ直ぐな瞳を千颯に向ける。


「その、友達のことで……相談があるの。また放課後、付き合ってくれる?」


「部活の後になるけど」


「私も同じくらいの帰りになるから、良いの」


「ふぅん? わかったよ」


 了承の返事を受けた早川は、緊張の糸が解けた様に安堵の笑みを浮かべると「じゃあ、放課後ね」と口早に告げて離れていく。


「お前……解ってないだろ」


 苦々しさと、呆れが入り交じった表情で近付いてきたのは、いつものばか騒ぎ仲間の一人の西田だ。


「おは、ニッシー。ん? なにが?」


「おは、チハ。で、おま……、ホントに友達の話だと思ってんの?」


「違うの?」


「全く眼中に無いのな」


 友人は、コントの様に大仰に、肩を竦めて溜め息を吐いてみせる。


「それに、アイツの名前は花沢な」


「えっ!?」


「本当に興味がないんだなぁ……。なら、お兄さんがちょっとお節介を言ってやろう。今日、花沢からの相談に乗りに行けば、ハヤは告白されるぞ。間違いない」


「はぁ!? そんな気無いぞ」


「あぁ、俺も今初めて知ったよ。けど俺らはそう思って見てたからな。お前も気があると思ってたんだ」


「だから、最近みんな朝が遅くなってたのか!? 早川……花沢が俺に近付くから!」


「いや、それは、ちょっとはあるが、たまたまだ。何故ならあいつらも、そこでこっそり眺めてたからな」


 西田が言えば「ばらすなよ」「お前本気で鈍感すぎぃ」などと多様な文句を口々にした、いつもの仲間が教室に入ってくる。


「大体のやつらはそう思って見てたぞ」


 断言する西田に、千颯はふと引っ掛かりを覚えた。


(大体って……じゃあ、花緒里は!?)



 ◇



 その日の放課後、千颯(ちはや)は謝りに謝った。


 西田らの言う通り、やはり花沢は千颯に好意を寄せており、彼女の言う不器用な「友人」も彼女自身のことであったようだった。


 今になって花緒里への想いを自覚した千颯も、不器用である自覚はある。だから、彼女の遠回しなアプローチには共感すら覚える。


 けれど心を占めるのは、昔から当然のように視界に入り、穏やかに彼の話を聞いてくれる花緒里だけなのだ。


「分かってたけど、ちょっとは期待もしてた」


 そう言った花沢に、再び大きく頭を下げた千颯だった。



 まさかの行き違いに漸く気付いた千颯は、それから積極的に花緒里を探した。けれど、登校しているはずの彼女を見付けることが叶わないまま、日々が過ぎていく。



「柚葉さんなら、この前、同じバスに乗ってんの見かけたよ? なんか窓に向かって、顔顰めてたな」


 いつもの仲間とは別グループのクラスメイトから、そんな情報が千颯の元へ回ってきた。それは、花緒里を見掛けなくなって13日目のことだった。


 彼は、千颯よりも一本遅いバスで通学している。その線も考え、この数日の間乗り込むこともあったが、花緒里を見付けることは出来なかった。


「見間違えじゃないよ。ばっちし目があったし」


 その時のことを思い出してか、顔を綻ばせる彼に、千颯は何とも言えない苛立ちが沸き起こる。だが、貴重な情報だ。ここで、感情のまま言葉を荒立て、折角の彼女を見付ける切っ掛けを失うわけには行かない。


 千颯は、鉄の忍耐力を発揮して、彼から花緒里の乗り込んだ当時のこと――乗り込んだ場所、座った場所、彼女の行動、居合わせた者、周囲で交わされていた会話など、思い付く限りの詳細を聞き出した。


「お前……ただの鈍感かと思ったら、ひたすら重いよ」


 聞き取りの最後には、うんざりした視線を向けられたが、彼しか手懸かりがないのだから仕方がない。重いなどと言われても、全く自覚は無いから、微塵も気にはならない千颯だった。



 翌朝、千颯はいつものバスを、停留所に立ったまま見送り、ひとつ遅いバスに乗り込んだ。

 幼い頃から近所に住む花緒里が利用するバス停は千颯と同じだ。その彼女の姿は、やはり見当たらない。


 けれど、昨日得た唯一の有力情報に縋る思いで――


 そのバスへ乗り込んだ。



 車内は、いつもの早いバスよりも、どこかのんびりしていて、常に誰かの雑談が耳に入ってくる。


「今日も……だね」


 幾重にも重なったさざめきの中、その声が言葉となって聞こえたのは、花緒里を思う千颯に特別な力が働いたのか、たまたまか。


「窓際空気の特別席ね。そんなことよりさ、虹ダンの王子の試練って誰か攻略出来た!?」

「あれだけ、ゲームの毛色違いすぎだよね」


 女生徒たちの会話は次々に移り変わって行く。だが、千颯は一瞬彼女らが言葉にした「窓際空気の特別席」が、やけに引っ掛かった。


 バスの後方に立つ千颯にも、その席は目に入っていたはずだ。けれど、彼女らが言葉にするまで、全く気にも留まらなかった。


(なんだ、これ? 凄く変だ……。居るのに会えない花緒里と真逆で、居ないのに誰も座らない席って)


 目では存在を認識出来ない何かが、確かにそこに居る。それを皆が本能で理解しているような、不可思議な現象が間近で起こっているらしい。


 意図してよくよく見なければ目にも入らなかった空席に、じっと目を凝らしていた千颯は、ハッと何かに気付いて息を飲む。


(花緒里と逆なんじゃない……! 同じなんだ!!)


 確信するや、逸る気持ちを抑えきれずに、揺れるバス内を真っ直ぐ「窓際空気の特別席」へ向かって突き進んだ。



 ◇



 自分によく似た水龍に、ようやく逢うことの出来た花緒里は、嬉々としてこの龍との会話を楽しんでいた。


 深く静かな海底に、ポツンと建った広大な神殿には、目の前の水龍の他は誰もいない。いや、攻略対象の水の聖霊王も神殿内には居る。

 だが、花緒里は敢えて会いにはいかないし、彼に心酔し執着する水龍も、彼に誰かを寄せ付けるつもりは微塵もない。だから、必然的に一人と一柱が延々会話することになっている。


 それまで、一方的に千颯(ちはや)への苛立ちを捲し立てる花緒里に、生暖かい表情を向けて、聞き役に徹していた水龍が、不意にピクリと何かに反応して顔を上げた。


『モノ好きな人の娘よ、我にいつまでも構っている間は無いようだぞ。お前の(つがい)がついに、見付け出したノネ』


「は? ツガイって何よ。わたしはこのゲームの攻略対象に興味なんて無いのよ」


『我が主の尊ぶ最高神様が、久方ぶりに浮き立っているのが伝わってきたからな……それは分かってるノネ』


「最高神? なんのこと?」


『この世界の話だ。お前が既に、最高神様に目を付けられていると云う話だノネ』


「最高神が目を付けるって……。このゲームの隠しキャラか何か? って言うか、ゲームでしょ、ここは」


『お前、自分でおかしなことを言っている自覚が無いな。我とお前の会話は成り立っているだろう?』


「え……あ、確かに」


『それこそが、既に最高神様の手の中ということだノネ。このままだと、お前はここに囚われるぞ。その気がないなら良い頃合いだ、番の手を取るノネ』


 花緒里が「番」などと認識している人間は居ない。けれど、目を逸らそうとしても、気持ちに蓋をしようとしても、無視しきれない者は居る。


「まさか、千颯……」


 呟きに呼応して、周囲を取り巻いていた海水が、激しい潮流を作り出して渦巻き始める。


『素直でなく、執着ばかり強くて、けど束縛する気概もない……。そんな中途半端なお前のことはあまり好きではないが、我が主に色目を使わなかった誼で、手助けしてやるノネ』


 爬虫類顔の口角が吊り上がり、嘲笑の形をとる。軽く目を見開いた花緒里は、同じく意地の悪い笑みを浮かべて水龍に言葉を返す。


「遠回しに牽制ばかりして、真っ直ぐに当たってみせる素直さの無い、貴方のことは、わたしだってそんなに好きじゃないわ。

 結局、わたしたちってよく似てる。同族嫌悪ってやつね」


『そのようだ。お前がここ以外の場所で上手くやれるよう、願っているノネ』


「貴方もね」


 花緒里が言い終わらぬうちに、轟々と音をたてた水流が神殿に流れ込み、彼女を拐って右へ左へと押し流して、揉みくちゃにする。


『誰よりも望み、望まれる相手が居るのなら、その者を呼ぶノネ』


 轟音が四方から響く中、水龍の声が掻き消されそうになりながらも、何とか花緒里に届いた。


「あれー? 水龍(ゾイヤ)ったら、僕の邪魔をするんだ。けど僕もすっごく苦労して、理想の子が来てくれるのを待ちわびてるんだ。だから、簡単には出してあげられないなぁ」


 何処からともなく、軽薄な調子に似つかわしくない、仄暗い声が響いた。と、同時に、周囲を渦巻く水流が勢いを失い始める。


(これって、もしかして水龍の言ってた、わたしを囚えようとしてる何か!?)


 最高神だと水龍は言っていたが、声と、周囲に満ちはじめた気配は、言葉が示す神々しいものとは掛け離れた、禍々しいものだ。


「捕まらない! わたしは千颯のとこに戻る! 千颯にちゃんと言ってやるの、わたしは何、って。気ばかり持たせないで、ちゃんと好きにならせてって!! 千颯の側に居るのは、わたしなの!」


 想いの限り、叫んだ。



 ◇



「あーあ、そんなんじゃあ僕の試験には不合格かなぁ」


 水流が消え去った、何もない真っ白い空間に青年の声が響く。

 地面が在るのかも分からない、ただひたすらに仄明るい光に包まれた空間。そこに花緒里は呆然と佇んでいた。


「あいつらに目を向けないから、やっと合格になる子が現れたと思ったのに。とんだ期待外れだった。

 もぉいーや、君。僕以外の奴に想いを寄せる子なんて、僕の世界には相応しくない。君は要らないや」


 とてもではないが、人を人として見ていない、傲慢な声だった。最高神と呼ばれるだけあって、人では及ばない凄い力を持つ存在なのかもしれない。


 けれど花緒里は、この声の主に見初められるよりも、ただ一人にしっかりと自分を見て欲しいと願い、再び大きく声をあげる。




「千颯!!」

「花緒里!!」



 即座に呼び返されて、ぎょっと目を見開けば、花緒里のスマホを上から押さえ、顔を覗き込む千颯の安堵の表情が飛び込んだ。






「人喰いゲームがあるらしいよ」


 バスの中、件のゲームに興じる女生徒たちが今日も他人事で噂を持ち出す。


「今度は3年の子が危なかったって!」

「えぇ!? また、そんな近くで!?」


 そんな彼女たちの側にはまた「窓際空気の特別席」が生まれている。


 かの最高神の試験に合格した暁に、そこに座っていた者がどうなるのか……。




 それこそ、()の執着心の強い――





 神のみぞ知る。

もしも、面白いと思っていただけましたら、是非とも星評価をお願いいたします(。-人-。)

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