旧主との再会
興平元年(194年)7月 徐州 琅邪国 陽都
「ハッ」
「おお、気がついたか、亮よ。急に倒れて、心配したぞ」
「ッ! お、叔父上?!」
ふいに目が覚めたと思ったら、信じられないものが目に入ってきた。
それは何十年も前に死んだはずの、叔父上の姿だったのだから。
これはなんだ?
夢か?
「これ、何をそんなに驚いておる。何か怖い夢でも見たか?」
「……夢? いや、ハハハ……どうやら、そのようです」
「……そうか。医者の見立てでは、特に悪いところはないそうだ。おそらく疲れが溜まっていたのであろう。今日はゆっくり休みなさい」
「……はい、そうさせてもらいます」
「うむ、それではな」
そう言って叔父上が去ると、私は気持ちを切り替え、考えを巡らせた。
たしか私は、五丈原で曹魏の軍と対峙していたはずだ。
しかし体調を崩してしまい、立つこともままならないようになって、後事を楊儀に任せたところまでは覚えている。
そのまま死ぬものと思っていたのに、目が覚めれば叔父上と再会した。
とっくの昔に亡くなったはずの、叔父上にだ。
そこで私はおかしなことに気がついた。
「待てよ。この肌の艶はなんということだ。しかも体は貧弱で、まるで子供のようではないか。まさか! 私は若返ったというのか?」
その突拍子もない思いつきを口にして、呆然としてしまう。
やがて気分が落ち着いてくると、さらに状況を分析する。
「突拍子もない話だが、私は40年もの時をさかのぼったのだろう。あの五丈原で果てるまでの記憶が、夢のはずがない。何か大いなる存在が、私を過去に戻してくれた。そういうことなのだろうな」
分かることを口にしてみて、いくらか落ち着くことができた。
そのうえでどうするべきか考えているうちに、いつしか眠りについていた。
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興平元年(194年)12月 徐州 琅邪国 陽都
過去に戻ったとおぼしき日から、5ヶ月が経った。
その間に私は周囲の状況を確認し、今後どうするかを考えていた。
まずはっきりしたのは、やはり私が過去に戻っているということだ。
周囲の状況は記憶とほぼ一致しており、私は二度目の生を送っている。
ちなみにその間に、袁術が叔父上(諸葛玄)を豫章太守に任命するという騒動も起きていたが、固辞するよう全力で説得した。
何の権限も持たない袁術の命令で、死地に赴くなど言語道断である。
大人の事情に口出しをする私に、叔父上も驚いていたが、最後には納得してくれた。
それ以外にも、記憶の中にある人生(前生と呼ぶことにした)と異なる事はあった。
それは劉備さまの動向だ。
前の徐州牧であった陶謙が逝去し、劉備さまはその跡を継いでいる。
それ自体は前生と変わらないのだが、その後の統治が巧みなのだ。
この徐州は曹操の侵攻で荒らされており、さらに不作で食料が不足している。
おかげで州内の治安は乱れ、多くの民が塗炭の苦しみを味わう状況だ。
そこで劉備さまは治安回復の兵を出し、さらに貧民への救済も行いはじめた。
最初は本拠地である下邳の周辺だけだったが、徐々にその範囲が拡大している。
その裏では各地の豪族に協力を要請し、実際にその多くを味方につけているとも聞く。
おかげで徐州の治安は急速に回復し、最近はこの琅邪国にも波及してきていた。
さすがは劉備さま、と言いたいところだが、これは明らかにおかしい。
前生ではこんなに早く徐州は、安定していなかったのだから。
よほど有能な家臣を雇ったのか、それとも劉備さまに大きな変化が起きたとしか思えない。
例えば私のように、前生の記憶を持って蘇ったとすれば、どうだろうか?
それは実に馬鹿馬鹿しい考えではあったが、すでに私という実例がある。
劉備さまにそれが起こらないなどと、誰が断言できよう。
そんな状況を確認した私は、叔父上のつてで劉備さまに手紙を送ってみた。
内容は前生の記憶を臭わせつつ、私が劉備さまと共に戦う夢を見たというものだ。
そのうえでもし信じてもらえるなら、一度お会いしたいとお願いした。
劉備さまにも前生の記憶があるのなら、これに反応しないはずがないだろう。
もしダメであったとしても、また別の手を考えればよい。
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興平2年(195年)2月 徐州 下邳国 下邳
結果的に言えば、私の目論見は成功した。
それどころか劉備さまは護衛の一隊を送ってきて、一家丸ごと下邳へ招聘してくれたのだ。
叔父上や家族は驚いていたが、わりと素直に従ってくれた。
徐州の統治に協力してくれと言われれば、叔父上も張り切らざるを得ないからな。
そうして下邳へ到着して少し落ち着くと、さっそく劉備さまからお召しがあった。
とある部屋に通されてしばらく待っていると、劉備さまが関羽、張飛をつれて現れる。
その懐かしきお姿に、思わず私の息が止まる。
しかしそんなことは知らぬげに、彼は私の様子を伺うように近寄ると、声をひそめて訊ねた。
「おい、諸葛亮。お前が俺と一緒に戦う夢を見たってのは、本当か?」
「はい、劉備さま。その夢の中で私は、襄陽であなたに誘われ、荊州の一部と益州を治めるようになりました。しかし残念ながら劉備さまは孫呉に破れ、失意のうちに亡くなられてしまいます。その後、私はあなたさまの意志を継いで曹魏と戦いますが、力およばず私も果てるという夢でした」
そう言ってのけると、劉備さまはさらに探りを入れてくる。
「ふうむ、その夢ってのは、ぼんやりとしたものなのか? それとも妙に生々しくて、まるで自分が体験したような感覚か?」
「はい、おっしゃるように、まるで自身が体験したような、妙に生々しい記憶がございます」
そう正直に答えれば、劉備さまは”なるほどな”と言って、関羽・張飛に視線を向ける。
「これは間違いないだろう」
「うむ、我らと似た状況らしいな」
「ああ、諸葛亮まで居るんなら、心強いってもんだぜ」
そんなやり取りの後、劉備さまがニカッと笑った。
「よし、そんなら話は早い。察しはついてるだろうが、俺たちも過去、いやこの場合は未来って言うのかな。この先を生きて、漢王朝の跡を継いだ記憶がある。お前さんも同じだろ?」
「……はい。やはり劉備さまもそうでしたか」
どうやら事態は、私が予想したとおりのようだ。
ならばここから目指すものは、ただひとつ。
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