プロローグ
「諸葛亮よ。貴殿の才能は曹丕の10倍はある。きっと国を安定させ、大事を果たすであろう。もしも我が子が仕えるに値するなら、補佐してやってくれ。しかしそうでないなら、貴殿が国を治めるがよい」
「とんでもありません。臣は劉禅さまを支え、国を守ってまいります」
「……ならば貴殿の好きなようにせよ。後のことは、任せた、ぞ……」
「劉備さま~っ!」
劉備さまの今際の際に、私はこの国とご家族を託された。
それは事実上の国主になれと言うに等しく、あまりに重い責任を負わされたことに、しばし呆然としたものだ。
しかし私は歯を食いしばって国を立て直し、再び兵を出せるようになった。
「臣 亮が申し上げます。先帝におかれては、天下統一の大事業の半ばでお隠れになりました。今、天下は漢・魏・呉の3国に分裂する中で、我が国の力は衰えはて、存続の瀬戸際にあると申せます――」
私は北伐に際し、その意気込みを知らしめるため、出師の表を奏上した。
それはまさに一命を賭した決意の表れであったのだが、北伐は無惨にも失敗し、おめおめと戻るはめに陥った。
いくら馬謖の失態が大きかったとはいえ、彼を将に任じた責任は私にある。
私は自ら将軍職を降格し、再度の北伐の準備に取り組んだ。
そうして何度か北伐を試みたものの、どうにも上手くいかない。
一時は良いところまで行っても、補給が続かないからだ。
ならば食料を自給しようと、この五丈原に兵を屯田させ、長期の対陣に臨んでみた。
しかしどうやら、天は私を見放したようだ。
「コフッ」
「大丈夫ですか? 丞相閣下」
「……いかぬな。もう私の命は長くないであろう」
「気弱なことをおっしゃいますな。閣下にはまだまだ、我らを導いてもらわねばなりません」
配下の楊儀が冗談めかして言うが、それに付き合う気力すらない。
「私が亡き後は、益州へ退却するがよい。くれぐれも兵を損なわぬよう、慎重にな」
「丞相閣下!」
いくら配下に望まれようと、この体ではどうにもならぬ。
私はますます衰弱していき、やがて意識が混濁してきた。
最後に思い浮かべたのは、懐かしき主君の姿であった。
「申し訳ありません、劉備さま。臣は平原を取り返し、漢王朝を復興させることができませんでした。不甲斐なき臣を、お許し、くだ、さい……」