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この作品には 〔ガールズラブ要素〕〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

転生する前は親に虐待される最低な人生だったけど、今は幼女の妹に溺愛され唇まで奪われて困ってる話

作者: 中毒のRemi

 祭りの賑やかな雰囲気に身を委ね、周りの笑顔が絶えない中、心が満たされるようなひとときを過ごしていた。


「お姉ちゃん! 星が綺麗だね!」


 私の横からそんな声が聞こえてくる。

 隣にいたのは、私よりも幼く見える1人の少女だった。


 5、6歳くらいに見える小さな子、

 いつの間にいたのだろうか。


 女の子が指した方に視線を向けると、巨大な彗星が光り輝く尾を引きながら、夜空を飾りつけていた。

 この世の物とは思えない、夢そのものを映し出しているような星空だ。

 

 ふと、眺めるのをやめて、私のことを姉と呼んでいた子供の顔を、もう一度よく見てみた。

 

 表情が見えない、分からない。まるでモザイクが掛かっているかのようだ。

 何故気付かなかったのか。


 当たり前か、これは夢なのだ。


 祭りへ参加するなんてしないし、あんなに大きな彗星を見ることが出来るなんて、現実的ではない。


 

 そして私に妹はいない。



「お姉ちゃん!あそこ、お父さんとお母さんだよ!」

「あっ……」 

 

 繋いでいた右手を離し、遠くを歩いていた両親の元へ、駆け出してしまった。

 何も考えずにもう一度、綺麗だった夜空を眺めようとした。すると、さっきの小さな女の子が『お姉ちゃん!早く来て!』などとこっちに向かって叫んでいるのが聞こえる。


 だから私に妹はいないって。


 そんな事を思いつつ、声のする方へ視線を向けると、女の子とその両親らしき人達が、私を呼ぶかのように手を振っていた。


 あの子について行きたい。

 目の前にいる3人から、今の自分に足りないもの……家族の温かさを感じた。



 でも、行ってはいけないと理性が告げている。


 

 あぁ……なんで――――――

 



 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇


 


 バシッ!



「氷雨さん、お目覚めですか? 熟睡できるほど貴方の成績は良かったでしょうか?」

「すみません、気をつけます」

 

 どうやら授業中に寝てしまっていたみたいだ。

 大きな物音は、先生が教科書で机の角を叩いた音だった。談笑しているクラスメイト達より居眠りの私か……

 寝てるだけ何だから、いちいち起こしに来ないでほしい。


 なんだろう、何か幸せな夢を見ていた気がするんだけど、上手く思い出せない。



 

 そのままいつも通り授業が終了し、下校の時刻になった。今の季節は冬の真っ最中、外には絶え間なく雪が降り続けている。


 普通の14歳ならば家に帰るなり、友人とあそびに行くなりするはず、でも私の帰宅先は廃病院。

 最近はそこで布団を敷いて寝泊まりしている。ご飯はコンビニで、シャワーはネットカフェで、お金は家から少しずつ盗んでいる、多少の問題は気にならない。

 でも、もう少しで財布の中身が空だ。


「はぁ……」


 うん、マネーが足りてない。

 お金を盗みに、あの家に戻らないと考えるだけで憂鬱になる。ため息も出るというもの。

 仕方なく私は一度家に帰ることにした。


 ---

 

 夕日が半分ほど沈んだ頃、重い足取りながらも家にたどり着く。

 どうせ怒られるというのが分かっていても、進まない事には何も始まらない、中に入らないと盗めないし。


 腕に力が入らないまま扉を開け、小さな声で帰宅の挨拶をした。


「ただいま......」

「あんた! いったいいつもどこへほっつき歩いてんの! どうせ男の家にでも転がり込んでるんでしょ!このマセガキが!!」


 帰って早々、怒鳴られ義母に顔を殴られてしまった。

 すごく痛い。

 これだから帰るのは嫌になる。


 私は小さい時から義母に虐待を受けて育った。

 虐待を受ける理由は分からない。

 実母はまだ私が3歳の時に死んでしまって記憶に残ってない。母が死んだ後にすぐに再婚したのがこれだったという。


 虐待について父親に訴え掛けても「それは虐待じゃなくて教育」「お母さんは疲れてるんだよ、許すことも大事さ」などと言うばかり、イカれた家族だ。


「ごめんなさい」


 今日は先生に謝って親にも謝り、そして殴られている、ごく普通の日々。


「さっさと飯を作りなさいよ!あんたの仕事でしょ!」

「はい、お義母さん」


 炊事洗濯風呂洗いはもちろん全部、私の仕事。



 

 ◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇



 

 そしてやるべき家事が終わり、時計を確認すると22時が過ぎた頃だった。 父は帰ってすぐご飯を食べて寝るだけ。

 私に特に言うことも、興味もないのかすぐ寝てしまった。母もこっちに大量の罵詈雑言を浴びせたあと眠りにつき始めた。


 いつもなら金を盗んでさっさと廃病院に戻っていたと思う。

 でも、もう今まで溜めていたストレスが、限界を迎えていた。玄関から出たところで、ふと考えてしまった。


 卒業するまでの残りの時間、このままの生活を続けるのだろうか?


 考えたくもなかった。


 中学校卒業後もこの家族に縛られるのか?


 考えた末に、自分の気持ちに正直になって行動しようと決め、開けた玄関のドアを閉め一度家の中に戻ることにした。



 私は台所から包丁を持ち出し2人の寝室へ向かう。



 ドアを少し開け、寝息が聞こえるのを確認して部屋に入った。


 最初はお父さんから殺すことに決めた。

 殺す前に最後の謝罪を口にして。

 

「お父さん、まともな子に育つことができなくてごめんなさい。でも、お父さんもまともな父親をしていたとは言えないので、お互い様ですね」

 

 喉を包丁で潰して声を上げられないようにした。


 親を殺すというのに、罪悪感をほとんど感じない自分に少し驚いている。

 それでも、人の体を初めて切り裂く感覚には、言い表しようのない気持ち悪さを覚えてしまう。


「今までありがとうございました」


 喉を潰した後は、心臓に刃を突き刺した。

 次はお義母さんの番と思い、後ろへ振り向いたのだが。


「あ、あんた......なんでこんなことを......」


 どうやらお父さんを殺す時の物音で起きてしまったみたいだ。

 失敗だけど、やることは何も変わらない。


「お義母さん、大人しく寝ていてくれば楽に死ねたのに......起きてきちゃダメですよ」

「なんでこんなことをしたのかって聞いてるの!質問に答えなさい!」


 くだらない質問。

 わざわざ答える必要があるのだろうか。

 でも、この母なら本気で分かってない可能性もありえる。

 

「そんなの言うまでもないです。連れ子とはいえ、虐待なんかして――生きてて恥ずかしくないんですか?」

「こんな事をして......あんた今まで通りの生活が送れると思ってるの?」


 質問を新しい質問で返してきた。

 別に期待してなかったけど、私の問いには答えてくれない。

 

 包丁を持っている手に視線、怖がっているのがよく分かる声色。駄目だとは分かっているのに。


 今の状況にほんの少し、高揚してしまっている自分がいる。


 お義母さんは部屋が薄暗い中、じりじりと後ろ向きに体を這いずり、部屋から出ようとしているのが分かる。

 はぁ……全く。


「お義母さん、逃げようとしてるのがバレバレです。安心してください。お義母さんを殺した後は私もついて行きます。家族みんなで一緒に地獄へ行きましょう」

「いやよ!お願い!私が悪かったから許して!」

「もう遅いですよ。お父さんを刺し殺しちゃいましたから。私に逃げ道はなく、お義母さんにもありません」

「ゆるして……お願い……」


 お義母さんは涙と鼻水で顔がぐしゃぐしゃだった。


 私はこれ以上問答を続ける必要はないと思い、立ち上がる事がないよう、念入りにお義母さんを刺し殺した。


 流石に大嫌いな人間が相手とはいえ、そばで聞く母の断末魔の叫びには、少しだけ罪悪感が残る。

 母の体に刃を次々と念入りに刺しているのは私なので、なにを馬鹿なことを考えてるんだって話なんだけど。


「最後は私」


 私は父さんのガレージに置いてあるガソリンを使うことに決めた。

 家中に液体をばら撒いていく、家族の死体ごと家を燃やし、私も死ぬことにした。


 こんな人達を殺して、獄中に何年もぶち込まれるのに耐えられない。

 そしてほんの少しの罪悪感と、1番大きいのは生きる希望も目標も無いという事。


 普通の家庭に生まれて、普通に生きている人には理解できないかもしれない。でも私が自殺しようと考える理由には充分すぎるくらい。


 心の強さは人によって違うのだから。


 家庭、家族。

 家族の愛情ってどんなものだろう。

 

「もし生まれ変わるなら、夢で見たような優しい家族に囲まれて、友達も作って、大好きな恋人がいる。幸せな生活ができると良いな......」


 くだらない独り言を最期に呟いてしまった。

 誰も聞いてないのに何を口走ってるんだろ私。



 そして、ガソリンに火を付ける。炎はすぐ家中に燃え広がり始めた。

 

 外は雪が降っていて、言うまでもなく。

 心まで凍りつくような寒さな筈なのに、家の中は凄く熱い。

 もう少しマシな死に方を選べば良かった。

 

 はぁ……


 思えばゴミみたいな人生。なんで生まれたんだろう?

 苦しむために生まれてきたのかな?

 今から死ぬんだし、きっとそうなんだろうな……

 

 私は家族の死体と一緒に燃え死んだ。



 ◇


 

 目覚めてしまった。

 てっきり死んだかと思っていたのに。


 あれ? 眼の感覚がおかしい。

 いつのものようにはっきり見えない。

 目が見えるだけありがたいって言ったところだろうか......


 数分が経ち、ボヤけていた視界が少し晴れてきた。

 首が上手く動かないので、目の動く範囲で周りを見渡してみる。


 場所は少し古い木造建築の家の中と言ったところだろうか。


 見知らぬ明るい紫色の髪をしたロングヘアの若い女性と、青い髪をした細マッチョな若い男性、そして小母さんが上から私のことを覗き込んでいる。


「ーー・・・・・・ーー」


 若い女性がとなりに立っている小母さんと男性へ、なにか嬉しそうに話しかけていた。

 でも、何を言ってるかさっぱりわからない。

 日本語でも英語でもないし、どこの国の言葉なんだろう。


「ーー・・・ーーー・・」


 2人の女性が会話をしている中、男性の方は何か深く考え事をしているようだった。


 ……はぁ、家ごと焼け死んだつもりが、運良く生き残って病院送り?

 だけど目の前の3人は、あんまりお医者さんのようには見えない。


 あの火事の中、生き残ってしまったというのに痛みがない。

 体に傷も出来なかったとかあまりに運が良すぎる。


 目の感覚はおかしいし、もの凄く怠いけど。


 そして気になることがもう一つ。



「ぎゃあああぁぁいあああいやあぁぁぁあああ!!」



 隣から赤ちゃんの泣き声が聞こえてくる。

 すごくうるさい。


 火事から救い出された人間と赤ん坊が同室になることってあるのか?

 ここが病室だとしたらイカれている。


 整理をしなきゃいけない。

 分からないことだらけのこの状況。

 まず、ここは何処なのかを質問するべきなんだ。日本語で会話してない相手に対してどれだけ意味があるか分からないけど……


「んあ、あうー」

 

 質問をしようとして口を開いた。

 だけど出てきたのは言葉というにはあまりに不明瞭な音


 話せない。

 これが火事の1番の後遺症だったんだ……


 体に傷が無いことを喜んでいる場合では無かった。

 正直なところかなりショックだ。


 私は喋ることも動くこともできず、どこにいるかも分からず、周りには日本語を話している人が1人もいない。

 不安でしかないこの状況。



 なんで生き延びてしまったんだろ。



 なんて悲観的な事を考えていたら、さっきまで考え事をしていた男性に首を支えられながら抱き上げられ、頬にキスをされてしまった。


 簡単に抱き上げられるのも驚きだったが、知らない男性にいきなり頬をキスされるのは不快極まりない。

 言葉を発することが出来ないので、私は何も言うことはできないのだが。


 全く。

 せめて話すことが出来れば、英語で暴言くらい言ってやれるのに。


 あ~、なんで生き延びてしまったんだろ。


 生き地獄の始まりだなぁ。


 物心がついた初日。

 私はそう考えていた。





 ---





 1ヶ月ほどの月日が流れた。


 私は生まれ変わったらしい。

 あまり考えたくはないけど、状況的にそう飲み込むしかない。

 おまけに多分、ここは日本ですらない。


 そして体は赤ん坊だった。今は母親に抱っこされている。


 こうなると考えることがさらに考えることが増える。


 いつの時代に生まれ変わったのか? 国はどこなのか? 他にも知りたい事が山ほど出てきてしまう。


 生まれ変わる前に『もし生まれ変わったら……』なんてくだらないことを考えてた気がするけど、せめて日本に生まれたかった。

 1から言語を覚えるという作業は、かなりめんどくさい。


 そういえば目が覚めて最初に見た若い男女2人が私の親で、もう一人の赤ん坊が姉か妹というのが、なんとなく見ていて分かった。


 言葉が分からないので、どっちが先に生まれたかなんて確認のしようがないのが、少しもどかしいところだ。


 両親の服装も民族衣装?って感じでよく分からないのと、1番気になるのは電気が通ってなさそうな点だ。

 家の中に置いてある食器類も木製ばかり。


 う~ん……生まれた時代が酷いのか、よほど貧乏な家庭、もしくは国に生まれてしまったか。


「♪〜♪〜〜〜♪〜」

 

 こんな事を考えていたら、お母さんの子守唄が聞こえてきた。

 寝る時間になるといつも聞こえてくる。

 この歌を聞くと眠くなってしまう、隣で泣いていた妹もすぐに寝てしまった。


 体は小さくても精神年齢は中学生。

 子守唄で眠らされるなど屈辱的である。

 とはいえこの眠気に抗うことも出来そうにない。


 体が赤ちゃんだから仕方ないと、いつものように自分に言い聞かせながら眠ることにした……





 ---





 半年ほどの月日が流れただろうか、普段は寝てるだけなので、日付の感覚というものが徐々に無くなっていく気がする。


 このくらい時間が経つと両親の話してる内容も、ある程度分かってきた。

『こんなに早く言語を覚えるなんて、私は天才でした!?』なんて有頂天になりたいところだが、おそらく赤ちゃんだからなんだと思う。


 若さというのは素晴らしいものだと、改めて実感させられた。

 死ぬ前が中学生だった人間が若さを語るのは、おかしいかもしれないが。


「本当にスノウは泣かないのね~」


 新しいお母さんは、私を抱き抱えながら間延びした声でそう呟いていた。

 私の名前はスノウというらしい。


 確かに赤ちゃんというのは基本的に泣くイメージだから不気味かもしれない。

 とはいえ、今更そのことについて考え始めて、わざと泣き出すとさらに心配されるか、もしくは不気味さが増しそうだ。


「ぎゃああああああううううううう!!」

「はーい、お腹すいたのね~、ちょっと待ってねアクア~」


 隣のベッドで、もう一人の赤ん坊がいきなり泣き出した。

 相方がお腹を空かせてるらしい。

 名前はアクア、双子の妹である。


 私が姉の方でちょっと安心した。

 数年後、精神的に歳下の女の子に妹扱いされるのを想像すると少し複雑な気分だったし……


 

 ---


 

 やることがないので、ベッドの上で自分が動かせる範囲で体を動かしていた。


 ……はぁ、半年も経つと流石にハイハイくらいは出来るようになったけど、立って歩けないというのは不便なものだ。


「おぉスノウ、元気なハイハイだなぁ、一緒に初めての外でも見に行くか!」


 お父さんが仕事から戻ってきた。


 そういえばこの体になってから外に出た事がない。

 まあ、立って歩くことすら出来ないので当たり前なんだけど。


「今日はもう休みにするんですか?~」


「ああ、家族と過ごす時間を大切にしたいしな」


 そう言って私を抱きあげた。

 もう行くというのか。戻ってきてから時間も経ってないのだから、ゆっくりすれば良いのに。

 せっかちな事だ。


「外へ行くとき、スノウには目隠しを付けさせないといけないって貴方が言ったんですよ~。忘れちゃダメです」


「悪い悪い......忘れそうになったらまた注意してくれ」


 え? 目隠し?


「さあスノウ、初めての外への散歩だぞ~、色々見て回ろう!」


 お父さんはそう言って私を外の世界へ連れ出した。






 ---






 外に出ると、とがった三角屋根をした木組み構造の建造物が美しく並んで建っており、多くの人々や馬車が町の通りを往来していた。


 季節は夏の始まりってところだろうか?

 丁度良い空気の暖かさだ。


 そして私は今、包帯のような布を目の周りに巻いている。


 本来なら周りの状況が分かるわけも無いけど、自分の眼はしっかりと外の情景を映し出していた。

 目を凝らせば遥か遠くまで見渡せそう。


 って思ったけど、試したら何かがすり減ってく感覚を覚えた。


 気持ち悪い。


 あまり遠くは見ないでおこう。

 

 まあ、でも有用だ。

 便利なのは良い事である。

 何故、こんな事が出来てしまうのかを置いておけば……


 お父さんは、この状態で周りを見ることができるのを知ってると考えて良いのだろうか?


 あっ、そういえば今は抱き抱えられえているんだった。

 

 大の大人が、目隠しをした赤ちゃんを抱えて散歩というシチュエーション。

 客観視すると嫌になってくる。

 玄関から出たばかりだと言うのに、もう帰りたいかも……


 

 ---


 

「夕飯用の肉でも買いながら適当に街を見て回るか!」


 と言って私を片手で抱っこして玄関の前から進みだした。街中を散歩しているとすごく気になるモノがちらほらと見え始めた。


 尻尾が生えた人間、耳が長い人間、身長が低いのに髭がダルマのようになってる人まで...明らかに普通の人間とは異なる部位が発達している者達が街を歩いている。


「あうー!」


 気になったので、立ち止まったタイミングを見計らって父を手で軽く叩き、出せる声を出して変わった人達がいる方向に向けて指を刺した。


「やっぱり目隠し越しでも見えてるんだな、やっとまともな反応が返ってきて安心したぜ。あぁ、そんなことよりあの尻尾が生えた人達が気になるか?、それはだなぁ......」


 お父さんの説明通りならば、エルフや獣人、ドワーフなど、

 他にもいるらしいが、人間とは異なる種族が存在するとのこと。


「こんなことを赤ん坊に言っても分からんだろうけどな」


 なんて言いながら笑っていた。


 私が知ってる限りじゃあ地球にそんな種族は存在し





 ――ドオオオォォォォンンンン!!



 

 突然、何かが爆発するような音が背後から鳴り響いた。


「どうやらどっかの馬鹿共が喧嘩でも始めたらしいな」


 まるでいつも起きていることかのように、自然に言い切った。


 普通の喧嘩でこのレベルの騒音を出せるものなのだろうか? 少し気になってしまう。

 どうにか確認しに行きたい。


「うーあー、あー」


 私はお父さんを叩きながら、必死に音のする方向へ指を差した。


「そんなに今の音が気になるか? 仕方ないな、危なくなったらすぐ逃げるからな」


 少し嫌そうだ。

 でも連れて行ってくれるらしい。

 普通の喧嘩程度で、傍観者に害が及ぶような事はあまりないと思う、この世界には自分だけが知らない何かがあるはず。

 






 ---






 爆発音が鳴った場所の周りには、ショーでも見ているかのように人だかりができていて、中心では杖を持った男2人が対峙していた。


 杖を持った男達は互いに、何かぶつぶつ呟き始めたと思ったら、男の周りには燃え盛る炎の球が現れ始め。

 もう一方には氷の槍のようなものが宙を舞い始めた。


 あれはいったい何?

 なんでいきなり炎の球や氷の槍が、男達の周りに現れたのだろうか?


「たまにいるんだよ、町中で魔法使って喧嘩する馬鹿が、どうせすぐ兵士に2人揃って捕まるんだけどな」


 魔法?


「あんまり表情を変えないスノウでも、流石に初めて見る魔法だと驚くか? 目隠し越しでも驚いてるのが分かるぜ」


 なるほど、そういう事になるのか。

 どうやら地球とかそういう次元の話じゃなく、世界の法則自体が違う場所に転生してしまったみたいだ。


 最悪だ。

 転生した世界と、街の治安が本当に最悪だ。


 私はこれからまともに生きていけるのだろうか。

 下手すれば、前より生きていられる時間が少ないかもしれない。

 前世では自殺だったけど、もっと酷い死に方をしそうだ。


 魔法というものには勿論、憧れたこともある。

 だけどやっぱり少し怖い、魔法との出会い方がこうじゃなかったら、もっと喜べたのに。


 すぐ死なないように努力が必要だろうか。


 


 ドォォォォォン!!



 

 うるさい喧嘩が近くで起きているというのに、考えていたら眠くなってきた。

 このタイミングで眠気に襲われるなんて……赤ちゃんの体ということをつくづく実感させられる。


 おやすみなさい。




 ◇



 


  2歳になり、しっかりと自分の足で立って歩けるようにもなって、この世界の標準語も話せるところまで成長した。


 私には、お父さん達がこの歳で流暢に言葉を喋れるようになった娘を、気持ち悪がるんじゃないかという心配があった。

 だけど杞憂だったのか、普通に話しだしても2人の様子はなにも変わらない。


 対してアクアは元気に喋るが、まだ会話というには程遠いというか、年相応だ。

 どう考えても姉妹で比べた時、言語能力の差に違和感を感じても良いはずなんだけど……


 まあ、年単位でアクアの年齢に合わせて、幼児のフリをするという生活に耐えられるわけもないので、なにも無かった事を喜ぶべきなのだろう。

 うん、良かった。


 



 

 ---




 


 それからまた数ヶ月程経った。


「好き嫌いはいけませんよ〜」

「えー、やだ!」


 時間は夕食どき。

 出された野菜料理に文句を垂れているアクアを横目に、自分は黙ってごはんを食べながら考えていた。

 

 私は言葉を話せるようになったが、この世界の文字が読めない。

 まだ2歳なのだから読み書きの可不可など、普通は考えなくても良いのだろう。

 だけど、中身の年齢は10代半ば。


 この世界は日本より娯楽が少ない。

 今はアクアと遊ぶなどをしてを時間を潰してはいるが、時というものはもう少し有意義に使いたい。

 

 知識は武器だ。折角このアドバンテージがあるのだから利用しない手はない。

 本を読みしっかり勉強をして、数年経てば同じ歳の子達との差が歴然になるだろう。

 これで未来の安泰を狙う。

 完璧な将来設計だ。


 ここまで考えておいてあれだけど、結局は暇だから本を読みたいという理由が大半を占めている。

 

 それに何故かは分からないが、この家には結構な数の本が置いてある。

 それを読めないという状況は、今の精神年齢だともどかしい。



 

 夕食が食べ終わる頃。

 お母さんは、ご飯を食べてすぐ眠くなりだしたアクアをベッドに寝かしつけに行った。


 私は食べ終わって暇であろうお父さんに、文字の読み方を教えて欲しいと頼んだ。


「2歳児に文字の読み方を教える親なんて、俺だけじゃないか? まあ、俺が文字を読むことが出来る父で良かったな」


 どうやら教えてくれるらしい。


 だが、確かに言われてみればそう。

 よく考えてみたらここは日本ではないのだ。

 日本の識字率はほぼ100%、地球全体の平均でも80%ほどらしい。


 勝手な決めつけかもしれないが、環境が過酷であろうこの世界が、地球より識字率が高いという想像は出来ない。

 読み書きが出来る親の子として生まれたのは幸運だったと思う。


「それじゃあ、適当に本を読んでくか」


 


 そうしてお父さんの暇な時間や寝る前などに、ときどき本を一緒に読みながら、この世界の文字・歴史・ついでに算数のようなものを学んでいる。

 アクアも最初は参加していたが、やってることが読み聞かせから勉強チックな雰囲気に傾くと、退屈になるのか眠ってしまうことが多い。


 最近はお母さんと一緒に、隣で眠っているのがデフォルトになっている。


 まあ、仕方ない。

 まだ2歳なのだから。

 勉強しない妹が駄目なのではなく、私がおかしいだけの話。



 

 そうして妹と遊ぶだけだった毎日に、読書という趣味が追加された。

 まだ、完璧に文字を読めるようになったわけではないけど、やっぱり物覚えは早い肉体だ。

 自分の体に感謝。


 


 本を読んでいる間、アクアは退屈になるのか「遊んで!」と後ろからしがみ付いてくる。

 読書中にこんなことをされると、鬱陶しくて仕方なく感じてしまうが……

 まあ、どうせなら自分だけではなく姉妹揃って文字を読めた方が、私が良いと思える未来に向かってくれるかもしれない。


「そんなに暇なら本を読みませんか?」

「つまんない!」

「一緒に本を読んでくれたら、また、面白い遊びを教えます」

「よむ」


 子供は単純で助かる。

 助かる分には良いけどやっぱり無垢というのは怖いな。

 お菓子や食べ物に釣られて誘拐される、なんてことにならない様に教育もしっかりしないと……


 ちなみに面白い遊びというのは、前世で覚えた様々な指遊び。

 あっちむいてほいや、だるまさんが転んだなど。


 本を読み終わったら、クイズ形式で適当に問題を出したりすれば、遊びにもなるし学んだ内容を勝手に記憶してくれる。

 良い事づくめだ。



 

 ---




 私はとある本を読み、自分の眼について、疑問の一部が解け始めた。

 とはいえ分かったところで、やっぱりどうでも良いことでもあった。


 女神様について書かれているのは基本的に、成した偉業だけ。

 邪神を討ち倒した。大地を創りを星々を産んだ、など。

 スケールの大きすぎる話だ。


 その中で気になる記述を見つけた。

 女神様の身体的特徴、その中で唯一語られている部位……


 

 

 私の家には高価そうな鏡がある。一般家庭が持っているとは思えない道具。いっぱい置いてある本同様に、どうしてこんな物が置いてあるのか分からない物だ。


 使い古されたその鏡で、もう一度自分の眼をよく確認する。


「やっぱり本に書いてあったものと同じ気がするんですよね、私の眼って……」


 そう、女神様について記されている本に書いてあった通りの魔眼を、伝説で語られている瞳を宿していた。





 ◇






 神様と同じ眼を持っていたところで、生活は変わらない、変えるつもりがないから。

 今世は優しい家族と幸せな生活を目指すのだ、

 

 とはいえお父さんとお母さんが、私を外に連れ出す時に目隠しを着けさせるという謎が解けて良かった。

 無垢なアクアのような状態ならともかく、今の私が眼について2人に聞くと言うのは、どうもやりづらい。


 目隠しを付ける理由は、周りにバレて面倒事に巻き込まれるようにするための配慮だろう。

 こうなると、外に出る時はずっとこの生活が続いたりするのかもしれない。

 嫌だなぁ……


 そういえば最近になってようやく両親や自分の国、街の名前などを知った。

 お父さんの名前はセルク、お母さんの名前はサーナ。

 そして今住んでいる場所は、アステライアという王国のヴェスタという、王都から離れた国の端あたりにある街らしい。

 

 両親ともに名前で呼び合うことがないので、覚えるのに時間が掛かったのは当然として、

 国や街の名前なんて、前世では小学校の低学年くらいの歳になってないと、興味すら湧いてなかっただろう。


 ちなみに私の一家は少し裕福なだけの平民なので、名字なんてものはない。




 


 

 4歳になった、とある冬の夜。


 夕食も食べ終わり、みんなが寝静まろうとした頃。


「みんな外を見てみろ、綺麗な夜空だ」


 そう言われて私とお母さん、そしてアクアは寝る準備をしていたのを止め、お父さんが立っている窓のある方へと寄った。


「最近は曇ってたのに、今日は星が見えるのね〜」

「う〜ん、綺麗だけど周りにあるものが邪魔で面白くない……」


 アクアはそんなどうにもならない我儘を言い出した。


 家の中から眺める星空、確かに私もあまり好きな景色ではない。風情がないと言えば良いのか、趣がないと言えば良いのか……

 窓から夜空と一緒に、周りの建物達が見えているので、アクアがそんな事を言い出す気持ちも分かる。

 私の感覚だとハッキリ言って邪魔だ。

 星を眺めるなら周りは何も無い方が良い。


「そんなこと言ってもね、今の時間に散歩なんて出来ないんじゃないかしら〜、危険すぎるし寒いし〜」


 お母さんの寒いという本音も聞こえたが、この街は日本と違い、夜中に外を歩く人はいない。

 昼間ですら剣や魔法で喧嘩してる音が稀に聞こえてきてしまう程度の治安なのだ。

 夜に出歩くなんて怖くて出来ない。

 何なら私達、そして家が被害にあってないことを女神様へ感謝しても良いくらいだ。


「そうだなぁ、それなら屋根に上って空を見てみるか。外を散歩するよりは安全だろ、星も綺麗に見えるかもしれないしな」

「それいい!屋根に上ってみたい!」


 アクアは星空を見たいというより、初めて上る屋根の上に興味津々と言ったように見える。


「えぇ〜、外は寒いのよ〜、アクアは寒いの苦手でしょう〜? 良いの〜?」


 お母さんは明らかに外へ行くのが嫌そうだった。寒いのが苦手なのだ。

 アクアも寒いのが苦手なはずなので、普通なら外に出るなんて事はしないのだが……


「うん! 大丈夫だよ! だって上りたいから!」


 問題ないらしい。

 そして目的が星を見るというより、屋根に上るという方向にシフトしている。

 お母さんはアクアを説得するのをやめて、半分諦めたような顔で私の方を見ていた。

 

「スノウは良いの〜寒いのよ〜 家に居ましょう〜?」


 まるでお願いをするかのようだったが、申し訳ないけどその願いは届かない。


「ごめんなさいお母さん。私も星が見たいし、寒いのは苦手じゃありませんから」


 私が冬を好きだということを、お母さんは知っているので、半分諦めた顔で言うのも分かる。


 それに、私は自分から外へ行くことが滅多にないから、こういう機会は逃さない方が良い気がした。


 ごめんなさい、お母さんの味方になれないで。

 

「仕方ない……少しの時間だけよ〜 もう寝る時間なんだから」

 

 お母さんは渋々といった感じに聞き入れてくれた。こういう事は多数決で決まってしまうので、1人だけ家に残るという選択肢はないのだ。


「さて、じゃあ外に出るか。スノウも平気だろうけど、お母さん達と一緒に厚着して外へ来るんだぞ〜」


 と言ってお父さんは先に外へ出てしまった。


「私も〜!」


 アクアも置いてかれないよう、お父さんに続こう走りだしたが――


「ダメに決まってるでしょう、途中で寒いって言い出すに決まってるんだから……」


 当然、外に出るための服装をしていなかったアクアは、お母さんに捕まった。


 そして準備が終わり、私達は玄関の扉を開けた。





 ---





 外はちらちらと雪が降り始めていて、少し積もり始めているのが見える。


「それでお父さん、どうやって屋根に上るんですか? 梯子のようなものは無いように見えるんですが」


 梯子も階段も無いのにどうやって行くのか、当然、気になる事を聞いた。


「跳ぶ」

「跳ぶ?」


 何故この場面で冗談を言うのか。

 私は屋根のある位置を見上げた。


 あの高さまでジャンプで行くと言うのだろうか…………


「お父さんはアクアを持って行ってくださいね〜、私はスノウを抱えて行きますから」


「ああ、分かった」


 そんな会話が聞こえてきたと思ったら、いつの間にかお母さんに抱えられていた。


 え?

 本当にその方法で行くんですか……


「さあ、行くぞ!」


 お父さんは足に魔力を込め始め、

 

 ――トン!

 

 ジャンプすると同時に『キャー!』というアクアの嬉しそうな叫び声が聞こえてきた。


「それじゃあ私達も行きましょうか」


 お母さんもそう言ってお父さん達に続き、地面を蹴って空へ上がる。




---



 2人は屋根の1番上に着地した。


 アクアは喜んでいたけど、私はめっちゃ怖かった。

 これはジェットコースターに乗る時の感覚と近かったりするのだろうか?

 2度と乗る機会ないだろうから、わかんないな。


 周りを見渡すと屋根の上に人影がちらほら見える。

 みんな天体観望をしているのだろう。


「俺達みたいに屋根から空を見てる奴が少しいるな〜」

「お父さん降ろして! 自分の足で立ちたい!」


 ――凄いよアクア、この状況でそんなことを言える豪胆さに感心するよ……


 なんて思いながら私は下を見ている。

 今はお父さんとお母さんが、私達姉妹を脇に抱えて立っているという不恰好な状態だ。

 体が4歳じゃなかったら、恥ずかしくて私も降ろして欲しいと思っていたかもしれない。

 落ちるのが怖いから言わないだろうが……


「ダメに決まってるでしょう、落ちちゃうかもしれないんだから〜」

「ま、そういう事だ。膝の上で我慢してくれ」


 そう言って2人は屋根に座り私はお母さんの、アクアはお父さんの膝の上に乗せられ、後ろから落ちないようにしっかり手で支えられる形になった。


「空を見てみろ、今度は周りに何も無いから綺麗に見えるぞ」

「ほんとだ、凄い綺麗……」

「スノウも今だけ目隠しを外して良いのよ〜、みんな空に夢中で、こっちなんて見てないんだから」

「分かりました」


 そう言われ目隠しを外した。

 

 空を見上げると輝く星々が、群れで大きな川を作っている。

 屋根に上ることが目標と化していたアクアも、しっかり夜空に見惚れていようだ。


「とある人から聞いた話なんだけどな、数年後には今見えてる星より、比べものにならないくらい大きなお星様が見えるらしい」


 大きなお星様。

 何のことだろうか? 魔法が存在する世界特有の何かだったりするのか。


「あそこに浮かんでる星より大きいの?」


 アクアは空でいっそう輝いてる星を指差して言った。


「きっと今見えるどの星達よりも綺麗で大きいさ、しかも祭りまで開かれる!」


 お父さんは元気にそう話している。

 大きな星に祭り――なんか覚えがあるような、無いような……

 まぁ、忘れてるという事はどうでも良いことなんだろう。


 数年後の祭りか、前世の私には縁が無かったな。昔の両親と参加なんてありえないし、盗んだお金で1人で参加というのも……

 でも今の私には新しい家族がいる。星を観る祭り……楽しみだなぁ。

 

 

 ギュウウウウウウウ――



「お母さん、痛いです。それもうちょっと緩めてください」


 私が落ちないよう支えるために、お母さんが後ろから抱きしめている形となっているんだけど、

 しめる力が強い。


 感傷に浸っていたのに、台無しにされた気がする。


「ごめんなさ〜い。でも凄く寒いの、もう充分楽しんだでしょ〜、そろそろ中に戻らない〜?」


 振り向いてお母さんの顔を確認すると、しわしわなピ◯チュウのような顔をしていた。

 そんなに寒いのがダメだったのか、アクアはまだ平気そうなのに……と思ったら鼻水がダラダラだ。こっちも限界だったらしい。

 まあ嫌々なところを連れてきてしまったのもあるし仕方ないか。


「そうだな、そろそろ戻るか」



 そうして私達の星見は終わり、家の中に戻った。

 





 ◇






 6歳になり、完璧に文字が読めるようになった。

 本の虫化が前以上に進んだ気がする。


 そして今までは少し怖くて、手を出していなかった本を読んで見ようと思う。

 私はこの分厚い本の題名を読み上げた。


『一般向け魔導書』


 そう、魔導書だ。

 本には様々な魔法の使い方や魔道具の存在、呪文一覧や魔法陣についてなどが書かれている。


 この世界は人に殺されるという可能性が、前世の時以上に高い……と思う、それに魔物というのも存在しているのだ。見たことないけど。


 何かあった時のために対抗手段として魔法の習得。

 それが今、暇な時間を持て余している私のやるべきことだと考えている。こういう部分でも、周りとの差を付けるべきだろう。

 

「こんなものが一般化してるなんて、つくづくおかしな世界です……」

 

 だけどこれは、本の形をした武器と言っても良いもの。魔法に多少の憧れはあっても、これは結局のところ人殺し道具となるものだ。日本人として感性が正常に働いている今の私だと、少し避けたくなるものである。

 でも、ここは別の世界。

 

 ああ……でも、こういうのは良くないんだろうな、きっと。別の世界に来たというのに、日本人としての思考に縛られているという点が非常に良くない。


 魔物の存在、剣を帯刀してる人達、街中で魔法を使った喧嘩……いや、アレは殺し合いか、

 どちらでも良いけど、そういう光景を見てる時点で薄々分かってはいた。


 郷に入っては郷に従えということわざがあったはずだ、今までの思考に縛られて武器を持つことを忌避していては、早死にしてしまう。


「……ふぅ」


 パン!



 余計な雑念を消すために、両手で自分の頬を叩いた。とっくに2人殺しているのだから、迷うだけ無駄だ。


「お姉ちゃん、さっきからなにしてるの? こわいよ」


 隣で一部始終を見ていたアクアが、私の行動を気味悪く思ったのか、そんな言葉をかけてきた。

 いきなり黙ったと思ったら自分の頬を叩き出したのだ、怖くて当然だ。


「気にしないでください。今日は遊び……いえ、大事な魔法の勉強です」

「え、 魔法? でもお母さんとお父さんはまだ早いって言ってたよ、怒られない?」


 確かに怒られるかもしれない、とはいえもう6歳だ。早い子なら同じ歳で冒険者をしているという。

 私達が今、魔法の勉強をしたって別に良い年齢だと思うけど……まあ、隠しながらやる方が良いかもしれない。


「だからバレないようにしましょう。魔法を使えるようになっても、自分からお母さんやお父さんに言ったり、自慢したりしちゃダメですからね?」

「うん、分かった!」


 元気の良い返事だ。本当に大丈夫だろうか。




 


 魔法というものは複数の手段で行使できるらしい、詠唱、魔法陣、魔道具など。いまからやるのは詠唱魔法だ。


 魔道具なんてものは持ってないし、魔法陣と言うのも……

 詠唱も問題があるけど、消去法で選ぶならこれしかない。


 詠唱魔法の問題点、それは呪文が長いことだ。

 魔法陣は何かあった時に、すぐ描けるかというのが気がかりで省いたけど、詠唱魔法も咄嗟に、まじないの文句が出るのかという点だ。


 ただ熟練の魔法使いは、詠唱を短縮する事が出来て、かなり少数ではあるけど無詠唱で魔法を行使する人もいるらしい。

 まあ結局、完全に詠唱したモノの方がそれら2つのやり方より効果が出るらしいけど。

 

 無詠唱とは行かないまでも、短縮詠唱が出来るように目指して頑張りたいところだ。



 ---


 

 魔法を練習すると言っても外には出ない。単純に今の私達だけで練習できる場所が、思い当たらないからだ。もしかしたらあるのかもしれないけど……

 

 部屋は移動せず、自分達2人で寝るための部屋に桶を持ってきた。


「アクア、怪我をするかもしれないので離れててください」

「あたしたち小さいし、別にそこまで気にする必要ないんじゃない?」

「まあ、その通り何ですけど……何かあってはいけないので、念の為です。いいから少し離れてて下さい」

 

 少し不満そうになりながらも離れてくれた。

 子供の私達が何かミスをしたところで、怪我をするようなものではないかもしれない。

 詠唱する魔法もこっちに被害が及ばない為のものを選んだのだし。


 そして私の魔眼は周りの魔力、人に流れる魔力も自由に見ることが出来る。魔法を使う際にきっと役に立ってくれることだろう。

 

 とりあえず、簡単そうでかつ被害が出なさそうな、水の魔法から練習してみることにする。

 わざわざ部屋に桶を持ってきたのは、出した水を入れるためだ。


「お姉ちゃんまだー?」

「もう少し待ってて下さい」

 

 アクアがじーっとした視線をこちらに送りながら、そんな言葉をかけてきた。さっさと始めて欲しいみたいだ。呪文を間違えないように、確認しているんだから焦らせないで欲しい。

 

 準備が終わった。

 私は片手で本を持ちながら、もう片方の手を桶の前に突き出して、文字を読み上げる。


「大海を見上げよ、歩むことを恐れよ。

 溺れ・媚びて・人魚の断末魔は天を射さん。

 ――水弾(ウォーターボール)


 血液とは違う、よく分からないモノが体の中を駆け巡る感触があった。それが右の手のひらに集まっていき、水の弾が形成され始める。


 自分の中に前世の頃とは違う、力というものが存在しているのは、生まれて少し経った頃に理解していた。そう、これは魔力。


 怖い

 怖い

 怖い

 怖い


 ――私は魔力というものに恐怖を覚えた。


「ッ!!」

「お、お姉ちゃん?……だいじょうぶ?」


 ……完全に魔法が出来上がる前に、水弾が散ってしまった。その上、一度魔法を使っただけだというのに疲労感が酷い。もう魔力が空になってしまったのか。


「あ――はい、大丈夫です。ごめんなさい、見本にすらならなくて……」


 恥ずかしい。自分で先陣を切り、自分から魔法の勉強を提案したのにこのザマとは。


「ううん、大丈夫だよ。大体わかったから!」


 何が分かったというのだろう。


 いや、妹はこの歳でここまで気を使ってくれるらしい。少し我儘だけど根は明るくて優しくて。

 自分の力でこの子を――家族を守れるように頑張らなければならないのに。

 世界に置ける初歩的なスタート地点にすら立てなくて、この魔眼の力は他に……何の役に立つというのか。


「ありがとうございます……アクアは優しいですね」


 最悪だ、ちょっと辛くてアクアの顔を直視できない


「も〜違うって、下なんか見てないであたしを見て!」


 そう言われて顔を向けると、アクアの右手には水の弾が綺麗に出来ていた。私のように桶という保険も使わず、自身の周りを踊らせている。

 

「すごい……じゃなかった。あの、詠唱が聞こえなかったんですが」

「そのえいしょう?っていうの凄く長いじゃん? なしで出来ないかなと思ってやってみたら、出来ちゃった」


 あぁ、どうやら私の妹は天才らしい。






 ◇






 何も変わらない日々が過ぎていく


 あの後、すぐにお母さんに魔法を使ってるのがバレた。怒られるかと思ったけど、家の中でやるなら、絶対に周りを壊しちゃダメという注意だけ。

 どうやら魔力感知に長けてる人や、その手の達人には、近くで魔法を使うとバレてしまうという。

 もしかしたらお母さんは凄い人だったりするのかもしれない。


 アクアはやっぱり天才で、どんどんと成長していった。無詠唱で様々な魔法を、もの凄い速度で覚えていく。

 あまり比較対象がいないから分からないけど、既に魔法を使って街中で、喧嘩しているような人達よりは強いのではないだろうか?

 

 比べて私はほとんど変わらず。一応、詠唱ありで魔法を使えるようになったけど、どうも調子は悪く、これでは魔法を覚えた意味がない。

 

 同じ双子なのに、私だって凄く頑張ってるはずなのに……こうも違う結果になってしまうなんて。


 なんでだろう。

 最近は少し気分が悪い状態が続いている。

 

「アクアは何か将来の夢とかあるんですか、例えば王宮の筆頭魔導士になるとか、凄腕の冒険者になる、みたいな」


 気晴らしに聞いてみることにした。アクアの才能、成長度合いを見ると、きっと大物になることだろう。

 今も遊ぶことよりも優先して、魔法の練習をしているし、将来の夢があったりするのかもしれない。


「別になにもないよ?」

「じゃあ何で練習を続けてるんですか」

「楽しいから、かな? あたしも良く分かってないけど、お姉ちゃんも頑張ってるのに楽しくないの?」


 楽しい……か。確かに私も練習を続けてるけど、そんな感情はほとんど沸いて来なかったな。好きこそ物の上手なれというやつか。

 そういう点で行くと、自分に才能なんてこれっぽっちも……


「私は、みんなを守れるようになりたいって思いで始めましたから、楽しいかと言われると微妙ですね」


 魔法の勉強をしているよりかは、まだ、お母さんの家事を手伝っている方が、遥かに楽しい。

 

「それにしても、お姉ちゃん。全く上達してないよね」


 ……ひどい、その言葉は結構効く。

 以前、気を使えると思ったのは間違いだったのか、デリカシーという物の教育をするべきかもしれない。


「そういうの、もう少しオブラートに包んで言ってください。流石に傷つき――」

「だから、あたしがみんなを守れるよう頑張るね」


 え、今なんて?


「お姉ちゃん最近なんか暗かったから、そういうことなら、あたしが頑張れば解決だよね!」

「どうしてそんな事を……それに、本当に夢は無いんですか? アクアならきっと何にでもなれますよ」

「じゃあ、あたしの夢はみんなと一緒に今の暮らしを続けること! だから、その、あんまり暗い顔するのやめてね。最近のお姉ちゃん、ちょっと怖いから」


 そう言ってアクアは後ろから抱擁してくれる。


 なんか、何とも言い表せない感情だ。辛い。


 それに最近の私はちょっと怖かったという。

 今はどんな表情をしているかな、自分でもよく分からなかった。


「そうですね……もう大丈夫です。アクアはノンデリな方かと思ってましたけど、やっぱり優しいですね」

「のんでり? なんのことか良く分からないけど、絶対良くない言葉だよね!」


 大丈夫というのは嘘だ。でもそれ以上に、今の妹を相手にこんな心情でいるのが馬鹿らしく感じた。

 魔法に対して、まともにやる気もないまま取り組んでる私、モチベーションMAXで頑張ってるアクア。差が出て当然だ。

 比較して、嫉妬……してたのかな?

 前世では余裕が無くて必死だったから、今のような感情を上手く説明できない。

 

 ただ、客観的に今の自分を鑑みて、あの義母とたいして変わらないように思えた。

 アイツがどんなことを思って私に当たっていたか分からないけど、どこかしら、嫉妬とは遠からずな人の悪性がだろう。

 生活に余裕が出始めると、こんな気持ちになるっていうのを改めて理解させられた。


 ――今の人生に慣れてきたのは良いけど、人としての悪いところを、少しずつ直していかないといけない。


「ねぇ、あたしに夢を聞いてきたけど、お姉ちゃんの方こそ何かないの?」

「え? 夢ですか? 夢……」


 あぁ……

 正直、もう少し気持ちを整理させてくれる時間が欲しかったから、1人にさせて欲しいんだけど……この質問を最初にしたの、私だからしっかり答えないとなぁ。


 うーん、夢か。自分からアクアに聞いといて何だけど、何も思い浮かばない。


「私の夢は……幸せになることですね」

「あたしに将来の夢を聞いたくせに、絶対お姉ちゃん、なんも考えてなかったから、適当言ってるよね」

「あはは、ごめんなさい。でも幸せになりたいと思ってるのは本当ですから」

「こら!いつまで起きてるの〜、もう寝る時間でしょ〜 早く寝なさい」

「はい」「はーい」


 私達の部屋の灯りを消した後、それだけ言ってお母さんは部屋に戻ってしまった。

 夜なのにいつまでも寝室で騒いでたら、怒られて当たり前か。お父さんはもう寝ているようで、いびきが聞こえてくる。


「そろそろお祭りの日だよ、楽しみだね」


 私のことを後ろから抱きしめながら、そう言った。


「楽しみなのは良いんですけど、離れてくれませんか? 毎日毎日、暑苦しいです」

「嫌。お姉ちゃんが最近、怖かったのが悪いの。しばらくは反省して何も言っちゃだめなんだよ」

「……」


 反省か。

 あまり実感はないけど、最近はアクアに冷たく当たっていたというのだ。そういう事ならこの我儘に対して、文句を言う資格がないと言うのも納得できる。

 はぁ、中身の年齢は圧倒的に上のはずなのに、肉体の年齢もあってか、今年で合計21歳なんて思えないな。


 ……そう、歳上なのだ。普通なら妹の我儘や暴言に対して、もっと寛容でいなければいけない筈。そして今回は自分が100悪かった。


 そして肝心なことを忘れていた。私にはこの人達しかいないのだ。もしかしたら他に嫌なところがあっても、アクアが我慢してくれてるだけなのかもしれない。

 それなのに嫌われるようなことをするなんて、本当に良くなかった。

 

 今の家族にしか、縋りつける場所がないのだから、絶対に見捨てられないように、お返しをしないと……


 私は、一方的に抱きついてきてるアクアの方に振り返って、こっちから抱擁を返した。


「い、いきなりどうしたの? お姉ちゃんから抱きついてきたの、珍しいっていうか、初めてだよね。お姉ちゃんも寒かった?」


 アクアは当然、いきなりの事で困惑している。

 

「……今まで自分の悪さというのを、頭でよく考えて身に染みたので、だから、その……お返し…………を」


 うっ……ここはちゃんと謝らなきゃいけないところなのに、やっぱり謎のプライドが邪魔して、素直にごめんなさいの1つも言えない。


「あ、あたし、全く気にしてないから、大丈夫だから離れてもいいんだよ?」

 

 そう言って抱きしめている私の肩を掴んで離れようとしていた。アクアの顔が少しだけ赤く見えた。

 いつもは自分から抱きついてきてるくせに、今日に限って引き離そうとしている。


 やっぱり今までの私が良くなかった。

 冷たく当たりすぎたんだ。

 プライドなんか捨ててしっかり謝らないと。


「ごめんなさい! 本当に私が悪かったから、離れようとしないでください。その、今までの冷たい態度もきちん直すので…………だから……嫌わないで下さい」

「ほ、本当に気にしてないから、大丈夫だか――」

「なら不安なのでこのまま、今日は抱きしめられてて下さい」


 私は抱擁する力を強めた。離れないように。絶対に離さないように。


「も、もう好きにして……」


 好きにしてという言葉を頂いたので、そのまま好きにさせてもらう。

 顔を見てみると真っ赤な上に、密着している体からアクアの心臓の鼓動がうるさい程に伝わってくる。

 もしかして暑かったかな?


 人生で初めて自分から人を抱きしめたと思う。

 内心、街中でイチャイチャ抱き合ってるカップルを馬鹿にしてたけど、こんなにも心地良くて、安心できるものだとは思わなかった。

 世の中はまだ知らないことだらけ、経験してないことだらけだと、しみじみ思う。



 ---

 

 

 お義母さんを殺したのは、虐待の度が過ぎていた上に、私の我慢が限界だったからだ。

 お父さんやお母さん、アクアに辛く当たり過ぎて、自分がそうならないとも限らない。


 これからは自分の行動に常々、反省しながら生活していこう。






 ◇






 日はとんとんと過ぎていき、祭り前日の夜。

 家族で夕飯を食べ終わった頃。


「そういえば明日の祭りはどうして開かれるんですか?」

「あたしは祭りっていうのが何なのか教えてほしいなー」


 私は開かれる理由を。

 アクアはわくわくした様子で祭りというもの自体を、お母さん達に聞いた。

 

「ん〜 お祭りは見てからのお楽しみね〜、みんなで一緒に楽しみましょうね〜」

「そうだな、何も知らずに行った方が楽しめるぞ」

「お母さん達も祭りについて知らないから、適当なこと言ってるんでしょ、絶対」


 真面目に答えて貰えなくて少し不機嫌そうである。

 そういえば、アクアは祭りに参加するのが初めてだった。まあ、私も前世でスマホを通してでしか見たことないが……


「開かれる理由なんだが、大きなお星様が見える日に女神様が邪神を討ち倒したから、記念としてその日から星の見える3日間、この国で祭りを開いてるそうだ」


 星。そんな話あったな、祭りの方に気が取られてて忘れていた。

 

 神様に感謝する祭り自体は数年に一度、世界中の王都や都市部で開かれてるらしいが、ヴェスタで祭りをやっているのを見た覚えがない。

 明日、この街で開かれる理由には、その星が大きく関係しているという事だろう。

 

「大きな星かー、お父さんとお母さんはどんな形をしてるのか知ってるの?」

「俺達は見たこと無いからな〜、今、生きてる人族は全員見たことないんじゃないか?」

「そうね〜、長い時を生きる種族しか分からないんじゃないかしら?」


 予想だと皆既月食あたりだったんだけど、生きてる人間が見たことない星って……これは考えても当たらなさそうだ。

 

「お母さん達、何も知らないんだね……」

「はいは〜い、そんな不機嫌にならないの〜、何も知らないからみんなで新鮮な気持ちで楽しめるのよ〜」


 アクアはネタバレを欲しがってるけど、私もお母さんと同意見である。

 ただ祭りは私達が生まれてからは開かれてないだけで、それ以前にやってそうだが……

 まあ、どうでも良い話か。

 

 大きな星。

 もうすぐ見ることが出来る未知のもの、そして祭りという催し。


「えっ……えっと、みんなで1番の思い出を作れたら良い…………ですね」


 感謝の気持ち、嬉しいという気持ち。

 こういうのはしっかり言っておかなきゃいけないと私は思ってる。だけど上手く口が動かない。


 あ〜もう最悪。

 気持ちを込めて言葉を伝える。

 こんな簡単なことも出来ない自分に少しイライラする。


 ……私が悪いから誰に当たることも出来ないけど。


「うん! お姉ちゃんが楽しめるように、あたし頑張るから!」

「最近はほんと素直になったわね〜、昔はもう少しツンケンしてたのに〜。今の恥ずかしがってるスノウ、ものすごく可愛いわよ〜」

「何なら、アクアが飛びついて来る時みたいに甘えてくれても良いんだぞ」


 好き放題言ってくれる……言うのが間違いだった気がしてきた。

 恥ずかしくて正面を見れないし。

 

 ただこの想いは嘘じゃない。


 前世で祭りというものに参加したことがなかった。

 今回は愛している人達と行くのだ。

 考えるだけで胸が高鳴るというもの。


「今日のスノウはなでなでしても、何も言わないのね〜、珍しい〜」


 気づけば考え事をしているうちに、お母さんが私の体をこねくり回していた。


 限界だ。


「も、もう、私は明日に備えて寝ますから! おやすみなさい!!」

「まって! あたしもー」


 私はそれだけ言い残して自分の寝室に戻った。



 ---

 


 そして時は星降る祭り、星観祭の朝


 外から聞こえてきた人の足音、子供の騒ぐ声で目が覚めてしまった。


 部屋はまだ薄暗い。

 日の光も大して入ってこないこの時間から、喧騒が聞こえてくるということは、すでに祭りが始まっているのだ。


「よくこの状況で寝てられますね」

 

 この音の中、眠っていられるのは純粋に羨ましい。

 隣でいまだに目を覚さないアクアの頬を指で突いていてみる。

 流石にこれでは起きない。


 妹に謝った日、あの日を境に私の方から抱きついて寝ていた。

 数日程は少し嫌がっていたような気もするけど、今ではお互い抱きしめ合って寝ている。


 アクアにはメリットしかなくて、私のことが嫌いでもないなら、なんで拒むのか分からない。


 まあ、いいか。

 考えても分からないし。

 

 私はいつも通りお母さんの家事を手伝うために部屋を出た。


「スノウ、おはよう〜」

「おはようございます」

「あまり眠れなかったでしょ〜?、見え始めるのは夜なんだから、こんな朝早くから始めなくても良いのにね〜」


 居間に行くとお母さんが少し眠そうに、外の音が聞こえてくる方向を見ている。


「お父さんがいないという事は、まだ眠ってるんですか?」

「眠ってるわね〜、アクアも起きてこないってことは、まだ眠ってるんでしょう〜?、二人とも羨ましい〜」


 お父さんも眠ってるのか、羨ましいという点には心から同意できる。


「朝食はどうしますか?」

「どうせなら外で食べ歩きにしましょう〜、せっかくのお祭りだもの〜」

「分かりました。じゃあ、アクアとお父さんを起こして来ますね」


 そして家族全員の準備も終わり、玄関の扉を開けた。

 


 季節は冬の真っ只中。雪は降っていないが、冷たい風が体を通り抜けて行く。

 私達家族は玄関の前で少し周りの様子を見ていた。


「ねえ、曇ってて大きなお星様が見えないよー?」

「例のお星様が見えるのは夜らしいが、今日は空が曇ってるからなぁ」


 お父さんとアクアはそんな会話をしながら空を眺めていた。

 

 それよりも私は人の多さに面を食らっていた。

 祭りとはこんなに人が多いものなのか。


「なんか人多くないですか?」

「ここら辺の地域が1番星が綺麗に見えるっていう噂が流れてるらしいわね〜」


 どうりで街の住人達と服装の違う人が多いわけだ。外から来た旅人が多いのだろう。

 というか、どうせ王都でも見れるんだろうから、こんな場所に集まらずに、そっちへ行けば良いと思うんだけど。


 はぁ……

 ちょっと体調が悪いのか、気分が優れない。

 初参加だからか、少し人の多さに圧倒されてるのかな…………いや、違う。


 あぁ――本当に駄目だな私。



 

 ---



 

 赤ちゃんだった頃に見た、人同士の殺し合い。

 アレの自身に与えた影響は大きくて、私は基本的にほとんど外に出ない。


 普段は家の中でお母さんの手伝いや本を読んでいる。

 勿論、外を歩き回りたいと思うことはある。

 だけどここは、地球とは……日本とは違うのだ。

 おまけに私の外へ出る時の格好は目立つ。


 日本では全国、夜中に女性が1人でコンビニへ行ってもほとんど襲われないけど、外国では出来ない国、場所はいくらでもある。

 ここはそんな地球の国々よりも酷い場所。

 酷い世界。

 

 だから自信を持って外に出たくて、魔法の勉強をしようと思った。

 魔法を使えれば、自分に何かあっても対処出来るかもしれないから。

 大切な家族を守れるかもしれないから。

 でも私に才能は無くて……


 今、眼に映る限りでも本当に様々な種族達が歩いていて、武器を持っていない人も当然いるわけだけど。

 こぶしに魔力を纏わせれば凶器になる。

 詠唱をしても当然、そして何か私には、判別できない凶器を持っているかもしれない。


 もっと数が少なかったら。

 仕方なくお母さんと街中に買い物へ行くときみたいに、人がいないなら眼の力で360°見渡して終わりだったんだ。

 ここまで考えてそれでも、祭りなのに人が多いことを頭から省いてた、私が悪いことには変わりないけど。


 そう、怖いのだ。

 武器(剣と魔法)を持ち人を殺すという限りなくありえない可能性も、自分が殺される未来も。


 ここ(世界)はどうしようもなく、自分の不適性なもので溢れている。


 でもそんな事をここで生きてきた家族に伝えるのも違う。

 恥ずかしいという理由もあるけど、日本人としての感覚を持ったままでいる私の頭がおかしいだけだから。

 言っても迷惑にしかならない。

 

 勿論ただの偏見、思い込みが激しいだけの可能性もある。

 私の視点で見えるものしか見てないから。

 実際に1人で外へ出て確かめたわけではないから。

 もっと世界は優しいのかもしれない。

 

 なんならアクアは偶に外へ散歩しに行ってるし。


 アレで普通に元気に帰宅する妹の姿。

 この世界の常識が分からなくて、頭が痛くなってしまう。

 

「あたしお腹空いてきたな……」

「そうね〜、そろそろ行きましょうか〜」


 人の波を前に私達はまだ動いていない、もう歩き出す寸前だ。

 外にはすぐ近くに色々な種類の屋台が並んでいる。


 楽しみにしていたのに、こんなことで純粋に楽しめないなんて……

 

「スノウ?どうかしたか?」

「あっ、はい、それで良いです」


 お父さん達の話を聞いてなくて、反射で返事をしてしまった。


 せめてみんなには、この気持ちをバレないように振る舞わなきゃいけない。


 せっかくの祭りなんだから。


 頑張るんだ私。


「お姉ちゃん」

「どうかしましたか?」


 アクアがなぜか、こちらをじっとした視線を送りながら私を呼んだ。

 何か見られるようなことしたっけ。


「やっぱり外に出るのが怖いんでしょ」


 アクアはお父さんとお母さんにも聞こえるような声で言う。


 ……


 あ、一瞬だけ思考停止してた。

 

「な、な、何を言ってるんですか?! お姉ちゃんの私が外に出る程度のことで怖がるわけ、な、ないじゃないですか!」


 反応が一瞬遅れてしまった、ヤバい。


 なんでバレた?

 価値観から違う、この世界の人達にバレるわけないのに。

 どうして?

 

 図星か〜みたいな顔でアクアがこちらを見ていた。


 生意気な。

 あまり調子に乗らないで欲しいと思ったけど、そんなことよりもまずは弁明だ。

 

 こんな恥ずかしいことを、絶対に肯定するわけにいかない。

 誤魔化さなければ。


「ちょっと今日は体調が悪くて熱っぽいだけでs」

「だいたい分かってたつもりだが、やっぱりそうか」

「昨日は楽しそうだったから〜、もしかしたら大丈夫だと思ったんだけど、気づくのが遅くなってごめんね〜」


 え?

 なに?周知の事実だったの?


 なんでバレたんだろう。


 いや、そんなことよりも言い訳を。

 言い訳をしなければいけないのに……何も思いつかない。


「お姉ちゃん、昔から『本を読むから』とか『お母さんの手伝いをするから』とか言ってあまり外に出なかったもん」

「私の手伝いしてるから気にも止めてなかったけど、確かにね〜」

「まあ、星を見るだけなら家の中からでも見えるしな、それなら家の中からみんなで楽しむか」

「あ……」

 

 お父さんとお母さん助け舟を出してくれる。

 それも、愛情に満ちた最悪のものを。


 これに『良いんですか?! 嬉しいです! ありがとうございます!』と言って乗っかれる無神経さがあるなら、今までの自尊心やら恥ずかしいうんぬんは存在すらしていない。


「え……っと……」


 ……終わる。

 この祭りの話は数年前にも一度聞いてる。

 長い時間、年単位でお父さん達は待ち望んでいただろう催し。


 それを全部。

 馬鹿な、馬鹿すぎる私のせいで台無しになってしまう。

 お父さんとお母さん、アクアも楽しみだったはずなのに、これで終わったら私は一生この事を引きずって生きていくことになる。


 辛い。

 今まで一度も泣いたことがないのに、自分の惨めさに涙が出そうだ。

 ただ、このまま一緒にいたところでみんなが楽しめるわけなくて、家に戻るのはほぼ確実。


 泣きながら謝ったところで、自分が悪いことには変わりないのに、私は今からやる。

 自然とそうなってしまう。

 ごめんなさい。


 目の周りに水が溜まっていく感覚を覚えながら、私は言う。


「ごめ……ごめなさ――」

「お姉ちゃん!!」

「は、はい?!」


 いきなりアクアが大きい声を出すものだから、こっちもビックリして返事が裏返ってしまった。


 出そうだった涙も少し引っ込んだ。

 ……いったい何?


「そんなに心配なら、怖いのが無くなる魔法を使ってあげる。特別だよ!」

「へ〜 すごいな俺の娘は、もう精神系の魔法でも使えるようになったか」

「そんなの、あの魔導書に書いてあったかしら〜」

 

 怖いのが無くなる、

 私も当然知らない魔法。

 

 だけど、

 今の恐怖心が無くなって、みんなで祭りを楽しめるというなら、もう藁にでも縋りつく思いだ。

 縋りつく相手は妹だが。


「そんなことが出来るなら、お願いします。やってください」

 

 本当に凄いな、アクアは。

 もう、魔法で何でも解決してしまえるのではないだろうか。

 ほんと嫉妬してしまう。


 あとは生意気で我儘なところが治れば、言うこともないのにな……


「まかせて! まずお父さんとお母さんは目と耳を塞いで家の方を向いてて。それとお姉ちゃんも目を瞑っ……じゃなくて、眼の力使うのやめて」


 いきなり意味の分からない要求。

 だけど、私自身でどうにかすべき問題を解決してくれるというのだから、何も言うことが出来ない。


「え〜 私達が後ろ向く必要ある〜?」

「俺はアクアの魔法を使う姿を見たいぞ」

「詠唱するから見られてると緊張するの。終わったら背中触るから、後ろ向いてて!」


 お父さんとお母さんはいつもの我儘だから仕方ない、と言った感じで後ろを向いた。


 目の前では祭りに参加している大勢の人達が、街道を行き交ってるというのに、そちらの視線を気にしなくても良いのだろうか。

 まあ、ノーカウントなのだろう。


 私は眼を瞑れとは言われたけど、耳を塞げという指示を貰ってない。

 そういえばアクアが詠唱するところなんて、初めて聞くことになる気がする。


「じゃあ、お姉ちゃんいくよ」

「はい。お願いしま――んんんむぅうううう?!!?」


 話している最中に突然、何かを口に入れられてびっくりし、目を開いたらアクアが私にキスをしている、それも大人のやつをだ。

 

 気持ちいい。


 あまりの刺激で、足に力が入らなくなり倒れそうになった。

 だけどアクアはそれを許してくれず、私の頭と腰をその可愛らしい腕を使って支えてくれる。

 脳が痺れるような感覚を受けて、やめたくない思ってる自分。

 

 本当に良くない。

 数秒だけ快楽に浸っていた自分がすごく嫌になる。

 普通に最低なファーストキスなのに。


「んっ……むむんんんんっっ……! いっらい何のつもりれうか!」


 私の頭と腰を支えるように巻きついていたアクアの腕を払い、口付けをやめさせた。

 そして蕩け始めている脳内を無理矢理働かせて、このふざけた行動について問う。


 声を大きく荒げたつもりではあったけど、お父さん達は気づかない。

 周りの喧騒のせいだろうが、好都合だ。

 とても見せられたものじゃない。


 それにしてもこんな事をするなんて、魔法の使いすぎで脳の一部が焼き切れているのでは無いだろうか?


「こうすれば安心できるし気持ち良くもなれるって、本に書いてあったよ」


 当然であるかのように、

 少し紅くなった顔でそんな馬鹿げた事を言う。


 本に書いてあった? 私の記憶にはそんな事を書いてる本があった覚えはない。

 忘れてるだけかもしれないけど。


 いや、違う。

 そんな事はどうでも良いのだ。

 

 なんにせよコイツがアホなだけ。

 性教育というのは大事なのだと改めて実感した。

 この阿保すぎる妹にしっかりとキスとはどんな時にして、どういう相手にするのか教えなければいけない。


「こ、ここ、こういうのは好きな人、そ、それも異性の人とするものなんれす!」


 く、くそ。

 さっきの強烈なキスのせいで呂律が上手く回らない。


「お父さんとお母さんも小さい頃、あたし達にキスしてたじゃん。それにお姉ちゃんの事は好きだよ」


『お父さん達が私達にしたのはフレンチキスする程度のもので私達のいまやったものは違います!』……なんて言ってやりたいが、おそらく理解してくれないので、説明する時間が無駄だ。


 私もアクアにお父さんとお母さんも、みんなの事が好きだけれど、これは色々違う。

 

「もう良いですからお父さん達を呼びますね」


 上手く思考がまとまらない。

 こんなくだらないことで、また心の準備をし直さなければならないなんて。


 落ち着くんだ私。


 謝るのだからこんな感情でいてはいけないんだ。

 

「うーん、まだ足りてないみたいだけど、今ので分かったから、次で大丈夫になるよ!」


 は?

 何を言ってるんだ、この阿保。


 理解できない。

 いや、しようとする時間が無駄だ。

 もう呼びに行こう。


「え?」


 いきなり、まだ日が上りきってない薄暗い空が見え始めたと思ったら、地べたに仰向けの状態にさせられていた。


 そして阿保な妹が上から覆い被さってくる。


「大丈夫だよお姉ちゃん」

「何を言ってるんで――んんんむむむむぅぅぅぅ???!!」


 2度目のキス。


 私の歯列を舌で無理矢理こじ開けて、さっきよりも深く、慈愛を与えられるような、そんな大人を感じさせられるような接吻をする。


 だめ、これ以上やらせちゃダメ


「やめ……」


 アクアを引き剥がそうとして、動かした手は逆に掴まれて、地面に縫い止められ、また続きを再開する。


 凄い力だ、腕に魔力を込めて逃げられないようにしている。

 

 脳が、思考が、全て深海に落とされていくような感覚を覚えながらも、体全体が優しい雨に包まれている。

 そんな気がした。


 ……あぁ


 


 ---



 

「はい、おしまい! お父さん、お母さん終わったよ!」

「おお、そうか。スノウは大丈夫か?」

「なんかスノウの顔が凄く赤いわね〜、溶けだした氷みたい〜」

「……はい、大丈夫です」

「うんうん、魔法の効果でちょっとおかしくなっただけだから。すぐ治るよ!」


 おかしいのはお前の頭だよ

 ……って言ってやりたい。


 でも、そんな事を言える気力がなくて、

 思考も全く回らないし、何も考えられない。


「本当に大丈夫なら良いが……」

「魔法が効いてるのかしら。今のスノウ、凄く心地良さそうだし大丈夫みたいね〜」

「じゃあ、お姉ちゃん。行こ!」

「……はい」


 そう言ってアクアは私の腕を引っ張るように歩き出した。


 冬の朝は相変わらず暗いけれど。


 昇り始めた太陽。

 その光に照らされた妹の、生意気にも眩しい笑顔に、私は今回の最低な初めてを全部許してしまいそうになった。






 ◇






「あたしお腹空いてきたな……アレ食べたい!」

「イカ焼きか、スノウと母さんもそれで良いか?」

「……はい」

「良いわね〜、イカ焼き」

 

 あ〜、ヤバい。

 本当に脳がまともに働いてくれないのが困る。

 いつもは全方位見てるのに、今は普通の人と同じ程度の視野だ。

 これはもう蕩けてる、ダメだ。


 今はアクアが私と腕を組んで、リードしながら歩いて貰っている状態。

 杖代わりに使っているこのアホな妹がいないと、すぐに地べたとキスする羽目になるだろう。


「スノウ、本当に大丈夫か? なんなら今からでも帰るか」


 さっきまで自身を支配していた恐怖心は不思議なほど静かで、まるで全部消えてしまったかのようだった。


「い、いえ。だ、大丈夫です。今はアクアの魔法で元気です」

「それならいいが」


 もしかしたら心の支配者を挿げ替えられただけかもしれないが。私とは違う誰かに。


「お姉ちゃん。まだ足りないんだったら、続き。今からシてあげようか?」


 お父さん達に聞こえないように、私の耳元でそう甘く囁いた。アクアの呼吸が感じられる距離で。

 

「ひっ……だ、大丈夫ですから、もう2度としないで下さい」


 その発言に心臓が酷く高鳴る。自分でも激しく鼓動しているのが分かるほど。


 何故だろうか。


 絶対そんなはずないのに、7歳の子供から計算された大人っぽさを感じた。

 間違いなくなんにも考えてないのに。

 これもアクアの天才性の一部なのかもしれない。


 気を取り直せ私。深呼吸しろ私。

 祭りを楽しむんだ。


 ……はぁ。


 よし、いける。


「えっと……何を食べるって話でしたっけ」

「イカ焼きよ〜」

 

 イカ焼きなんて家族で食べたことあっただろうか? 現代でも聞く、いかにも祭りという感じの食べ物だ。

 

 屋台に近づくと、看板のようなものに値段が書いてあった。

 祭りで買う食べ物は基本的に高いと、中学生だった頃に聞いたことがある。あまりお父さん達の負担にならない程度だとありがたいのだが。


 【イカ焼き1つ、60ララ】


 ララ、日本でいう円に代わるこの世界の通貨単位。銅貨や銀貨などをララに変換すると、以下のような感じだったと思う。

 

==============================

 星金貨=1万ララ

 金貨=1000ララ

 銀貨=100ララ

 銅貨=10ララ

==============================


 そして実はこの星金貨というもの。実際に見たことはないけど、女神の瞳を模して作ったものらしい。

 つまりは私の眼である。

 

 下手に歩けない理由の何割かは占めている原因の一つだ。

 考案者は大昔の人らしいので会うことは無いと思うけど、もし出会ったら一発くらいぶん殴らないといけない。

 

「はい! お姉ちゃん」

「あ、ありがとうございます」


 イカ焼き4本を持ったアクアが戻って来た。

 余計なことを考えているうちに買い終えたようである。


「ん? アクアにはお金が余らないよう、ピッタリ240ララ渡した筈なんだが」

「なんか、『お嬢ちゃん可愛いから安くしとくね』だって」

「流石私達の娘ね〜」


 顔面割引とか初めて見た……

 お父さんもお母さんもアクアの可愛さを評価されて嬉しそうだ。


「お姉ちゃん。あたしかわいい?」


 崩れることがなさそうな笑顔でそう聞いてきた。

 

 さっきの事を若干引きずってるせいで双子で同じ顔、同じ明るい紫髪のはずなのに可愛く見える。

 気持ちを込めて言ったら調子に乗り始めそうだし、まあテキトーに返そう。


「可愛いですよ。私と同じ顔ですけど」

「うん、だからお姉ちゃんも可愛いし大好きだよ」

「……はい、ありがとうございます」


 ……こういう返しがあるのか、

 純心で言ってくれてるのだから尚のこと心に響く。


 ドンッ


「いて……あっごめんなさい」


 私はすぐに謝罪する。

 食べながら歩いてて目の前の注意が散漫になっていたのか、ぶつかってしまった。


 『いえ、大丈夫です』とだけ言ってマントで全身を隠している人はすぐに消えてしまった。

 それにしても今ぶつかった人からは、全く魔力を感じられない。

 ああいう人もいるんだ。

 本当に今日は色んな人達が行き交っている。

 


 


 ---

 




 食べ歩いたり、劇を見たりして楽しんだ。

 今日限定で売られているアクセサリーなどを見たりして、こういうのも祭りなんだなぁ……としみじみ思わされた。

 流石に高くて買ってもらえず、アクアは少しだけキレ気味である。


 そして色々見て回っているうちに日が沈んでいく。

 だけど空は曇ったまま。いまだに晴れる気配はしない。


『せっかく噂を聞いてこの街に来た意味が……』

『昔は綺麗に見えたのに……あと3日もあるしそのうち晴れるかしら?』

『来る街、間違えたか』

「もう! アレ欲しかったのに!」


 周りからは曇り空に対した、大人達の不満そうな声が聞こえてくる。

 最後のは高いアクセサリーを買ってもらえなかった妹の声。


「はいはい怒らないで〜、もう少しでいいもの()が見えるはずだから〜」


 機嫌の悪いアクア、お母さんが今は宥めている。

 こういうところは本当に子供だな……


 見えない空、

 気分転換に何か他で時間を潰せないだろうか。


「くっそ〜当たらねえ!!」

「ははは、下手だなぁ。ほら残念賞だ」


 そんな声が少し遠くの屋台から聞こえてきた。

 アレはなんだろうか?ちょっと気になる。


「あの、あっちの方行きたいんですけど」

「まあ暇だからな。いいぞ」

「そうね〜」

「はーい」


 そして屋台にたどり着いた。

 店の前には、まだかまだかと他の子供達も並んでいる。

 何の列だろう。

 

 その屋台にある看板の説明読んでみた。


 ――子供専用的当てゲーム(アーチェリー)――


 弓を使った前世で言う射的である。


「あの、これをやってみたいんですけど、良いでしょうか?」


 これをやりたいと言い出すのも少し恥ずかしい。


「ああ良いぞ。安いからな」


 射的自体に興味はあまりないけど、景品が凄く良い。

 特等である雪の結晶を模して作られた指輪。


 とても綺麗で高価そうなアクセサリー。身に付けてれば今日の想い出を忘れることもなさそうだ。

 

「お姉ちゃんがやるならあたしもやるよ!」

「2人とも〜。このアーチェリーをするならあそこに注意しなさい」


 そう言われてお母さんが指を差す、屋台の中のとある箇所を見た。


 なんだあれ?風が出ているようだけど、

 魔法……じゃない、魔道具か。


「分かったわね〜? それを踏まえて2人とも楽しんできてね〜」

「はい」

「あんなのであたしは失敗しないもん」


 何のためかと思ったけどすぐに理解した。夏なら暑いからという理由で誤魔化せるが、今は冬。

 

 悪どい。

 アレで景品を取られないようにしているのか、矢の軌道を逸らしているのだ。

 そんな事をされては子供の技量じゃあ到底当たらない。

 まあ、やってみよう。



 

 そして順番がきた。

 もちろん最初は姉である私から。


「いらっしゃいだお嬢ちゃん達、1人銅貨6枚だ。さて、さっきのガキどものを見てたと思うから簡単に説明するぞ」


 まあ子供でも分かる簡単なルール。

 極大 大 中 小 極小と5つの的があって、それを弓で狙い、当たった的、本数に応じて商品が貰えるようだ。

 矢は5本あり、全てを極小に当てれば特等。それ以外はあっちの裁量で決めているようだ。


「私からやらせて頂きますね」

「うん、頑張って。お姉ちゃん」

「お嬢ちゃん、その目隠しは外さなくて良いのか?」


 嫌な商売してるくせにそんな事が気になるのか、この人。


「はい。これでもある程度見えてますから」

「まあここまで歩いて来てるんだし、そりゃあそうか」


 それじゃあ一本目、スタートだ。


 緩んでいる弓の弦を引き絞り、しっかり狙いを定める。

 最初の一回だからか、もしくは目隠しをしてるからかは分からないけど、魔道具が使われていない。


 舐められている……だけど非常に大助かりだ。

 最初の一回からやられては勝負にならない。

 狙うは極小の的。


 当たる!


 私は確信して弦を離した。


「お、おお。凄いな嬢ちゃん」


 だけど当たったのは小の的。


 あーあ。

 特等の可能性が無くなってしまった。


「少し難しくなるぞ」


 屋台の主がそう言って魔道具を起動した。

 一本外した上に、ここからは更に難しくなる。


 欲しかったものが手に入らないのだから、これ以上集中しても損だ。

 のらりくらりと楽しもう。



 ---



「はいよ、今回の景品だ」

「お姉ちゃん、惜しかったね」

 

 5本ぜんぶ撃ち終わり、景品は角がある兎のお面だった。


「これは一角兎っていう魔物のお面だ。目隠しで無愛想に見える顔も、これを付ければあら不思議……可愛くなったというより不思議ちゃん度が増したな」


 そういっておじさんは私の頭の横にお面を飾りつけてくれた。

 余計なお世話な上に、なんだよ不思議ちゃん度って。

 バカにしてるでしょ。


「次はあたしの番だね、さっさと全部当ててお母さん達のところに戻っちゃおう」


 妹は自身に溢れている。


「おーおー、意気揚々と言った感じだな。それじゃあ一本目、頑張るんだな」


 アクアが弓の弦を引き絞り、離す。

 ほぼノータイムだ。

 全く集中していない。


 でも、当たる。

 命中したのは極小の的。


「次も当てるよ、おじさん」

「お、おう。凄いな嬢ちゃん……」


 並んでいる子供達も一本目で極小に当てたアクアの姿を見て、ざわついていた。


 流石に屋台の主も焦ったのか、すぐに魔道具を付ける。

 しかも私の時より風圧を強くしているようだ。

 一本目で極小に当てる子供が初めてだったのか、焦りが見える。


 魔法だけじゃなくてこういう才能もあったんだ、私の妹。


 そして5つの矢を全部、極小の的に当てきった。


『すっげえええええええええ!!』

『うおおおおおお』

『やるじゃん!』


 列に並んでいた子供達、それを見ていた周りの大人達は全てを当てた天才に大きく歓声、拍手をあげた。

 



 ---




 いまだに曇りの空。

 夜も更け始め、私達は一度家に戻る事にして、その帰り道を歩いていた。

 

「やるわね〜、2人とも〜」

「スノウも途中から手を抜いていたみたいだが、上手かったぞ」

「えへへー」

「はい、ありがとうございます」


 そうやってお父さんとお母さんが私達を褒めてくれる。

 特等は手に入らず、それを持っていったのはアクア。


 はぁ……

 手に入ったのはこんなお面だけど、祭りの想い出だ。

 壊れないよう大切にしよう。


 ん?

 あれ?


「アクアは指輪を付けないんですか?」


 手に握ったまま身につけていない。

 

「うん、だってこれを付けるのはお姉ちゃんだからね」


 そう言ってアクアは頭に付いていたお面を取り外して、新しく私の右手薬指に指輪をはめた。


 わけがわからない。

 

「え? ど、どうしてですか?」

「お姉ちゃんの方が似合うからだよ」

「だから姿はほとんど一緒です。それ関係ないですよね」

「うーん、じゃあ、お姉ちゃんの事が好きだからだよ。それに欲しかったよね?」


 欲しかった。欲しかったけど、アクアもこういうタイプのアクセサリーが好きで、さっきは駄々こねてたはずだと思う。

 なのに私にプレゼントしてくれた。

 凄く嬉しい。


 今日はこのアホに貰ってばかりだ。

 こんなに大きいのを貰って何を返せば良いんだろ。


 よく分からない


 言葉に出来ない気持ちで胸が昂る。


「わっ……お、お姉ちゃん。とつぜん抱きついてきてびっくりしたよ」


 どうしてプレゼントしてくれるんだろ。

 そこまで価値、私にあるかな? 


「私も大好きです……大好きですアクアも、お父さんとお母さんも」

「あらあら〜」

「ああ」


 ありがとう。大好き、感謝もしてる。

 

 でもやっぱり感謝の気持ちを伝えるというのを、面と向かって伝えるのは難しい。

 みんなのこと見て言えなくてごめん。

 

「お、お姉ちゃん。泣いてるの?」

「初めてね〜」

「おお……」

「私が泣く?」


 気づかなかった。

 頬を伝って雫がアクアの肩へ落ちていく。


「私、今日はアクアのおかげでいっぱい楽しめました。貰ったものが大きすぎて、何を返せば良いか分かりません、何をあげれば良いんですか」


 妹の肩に顔を乗せて、涙を流しながらこんなことを聞く私。

 凄く馬鹿でみっともない姉だ。


「うーん、人生?」

「……重すぎます、もっと軽いので」

「思いつかないからこれから少しずつ。色々欲しいな」


 そう言ってアクアは指で私の涙を拭いてくれる。


「……はい、分かりました」




 ---




 家の玄関にたどり着いた。


「まだ見えないわね〜」

「今日は見えないかもな」

「もう少しここで待とうよ、ほら椅子作ったよー!」


 そう言ってアクアは家の前に、土の魔法を行使して少し横長の簡易のベンチのようなものを作った。

 

「気が効くわね〜」

「それも良いか」


 どうやら待つ事にしたようで、街中を歩いている人達を見ながらお父さんとお母さんは椅子に座る。


「お姉ちゃんはあたしに膝枕して」

「え?なんでですか」

「感謝してるんだよね? さっそくお返しして貰おうと思って」

「……ええ、そうですね」


 そのためのベンチか。


「仲が良いわね〜、私もしてあげましょうか〜、お父さん」

「あ、ああ、そう言うならよろしく頼むか」


 そう言って私達は今日歩いて回った場所、楽しかったことを少し駄弁りあった。


「♪〜♩〜〜」

 

 話が一段落した時、お母さんが小さい頃によく子守唄として歌ってくれた唄を歌い出した。


「懐かしいです。その唄」


 もう7年経ったとは思えないほど、短い時間だった。


「お母さんの子守唄、あたしすごく好きだよ」


 そんなアクアの声が私の膝から聞こえて来た。

 

 知ってますよ〜、とでも言うように。

 お母さんは私達の言葉を背に唄い続ける。

 

 あぁ……

 そういえば確かに赤ん坊だった頃のアクアは、これを聞いてすぐに寝ていた気がする。


 あの小さいアクアを知っていて、それでもこの妹に心をドギマギさせられているのだ。

 私もまだまだ子供なのかもしれない。


 そんな事を考えているうちに雲が動き出した


『うぉおおおおおおおお!!!!!!」


 私達とは真反対の居住地だろうか、めちゃくちゃ遠いはずなのに、まるで怒声と見紛うような拍手喝采が聞こえる。


 おそらくあちらの方では曇りが晴れ始めたのだ。

 もうすぐこの場所でも、あちらこちらから叫び声を聞こえてくるだろう。




 ――曇り空が消えた。


「スノウ、どうせみんな空を見上げちゃってるから、目隠しを外して良いわよ〜」

「はい、分かりました」


 空を大きく輝きで照らす尾。

 巨大彗星。


 私はおそらく一度見ている、だから馬鹿騒ぎしている周りの人たちみたいに驚くことは出来なかった。


 全部覚えているわけじゃないけど、この光景。

 前世で死ぬ前に、夢で見た気がする。


 それも今、一緒にいる私の家族達の姿まで。


 あの時は全員の顔に靄がかかっていて分からなかったけど。


「お姉ちゃん、凄く綺麗だね」

「……そうですね。綺麗です」

 

 驚くべきはこの未来を、予知夢として見ていたこと。

 これが奇跡、もしくは神様の贈り物というやつなのかもしれない。


 お父さんとお母さん、そしてアクアも初めて見る空の輝きに見惚れている。

 私はその初めてを共有出来ない。


 偶然でも、奇跡だとしても、ネタバレをされてしまっているのだから。


 私だけ仲間外れだ。

 妬けてしまう。


「……アクア」

「なに、お姉ちゃん?」


 絶対に鬱陶しいはずなのに。

 空の眺めよりも私のことを優先してくれる。

 言葉に耳を傾けてくれる。


「本当に感謝しています。今日のこと」

「知ってるよ」


 ごめんね。

 知ってるよね。

 でも、分かってても邪魔したくなっちゃったから。


 一緒にいるはずなのに、1人にされたみたいで寂しくて。


「だから今日、返せる1番の贈り物をしようと思います」

「……もったい付けてないで早くしてよ」


 ごめんね。

 ウザいよね。

 だから、今日返せる最大のお返しをしてあげる。


「はい」


 私は膝枕しているアクアの顔を、動かないように両手で押さえつける。


 離れないように。

 星じゃなくて私だけを見てもらえるように。


「お姉ちゃん?」


 私はゆっくりと顔を近づける。

 自分の髪でアクアを覆い隠して、私達だけの世界を作った。


 周りの人は勿論、お父さんとお母さんにも見えないように。


「お、お姉ちゃん?」


 ようやく今からする事を理解したらしい。

 自分からする時は余裕そうにしてるくせに、される側になると恥ずかしそうにするんだ。


 心の準備が出来たようだし、遠慮なく。


 私達は結び合った視線に導かれるようにして口唇を寄せた。


 数秒間の唇を合わせるだけの、普通のキス。


 ドクドクとうるさい。

 馬鹿騒ぎしている周りの人達より、遥かに自分の鼓動が騒がしく感じる。


「お姉ちゃん、あたしのこと好きになっちゃった?」


 何かの勘違い。

 これは違う。絶対に違う。

 

「何を言ってるのか分かりません、私はずっとアクアの事を愛してますよ。家族として」


 恋は異性の血の繋がりのない人に対してするもので、今の鼓動は妹に恋をしてるとかじゃない。

 

「あたしもずっと、ずっと大好きだよ」


 膝枕を中断してアクアは立ち上がり、私を押し倒して力強く抱きつく。



 

 肌を刺すような冷たい風に揺られながら、輝ける巨大な尾の下で、私は確かな幸せと愛を感じさせられた。

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それと、これは他のサイトで投稿している長編を短編にまとめたものです

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