遭難
とある孤島。砂浜に座るその男は夜空を仰ぎながら、ため息をついた。
男は機器の故障により、この島に不時着した。命は助かったものの、この先どうすればいいのだろうか。通信手段がなく、助かる見込みはないと言っていいだろう。膝を抱えて星空を眺めていると、頭に浮かぶのはそのことばかりだった。
魚や甲殻類を捕り、耐え忍んではいるが、原始的な生活は肌に合わないようで、彼はよく体をボリボリと掻いた。喉まで痒くなり、彼は「アアアアァァァ!」と叫んだ。しかし、その声は誰にも届かない。月はただ静かにやつれた彼を見下ろしていた。
ここで死ぬ。絶望が心を蝕み、この体まで腐らせている。そんな思いに駆られ、彼はまた叫んだ。
「アアアァァァ……」
掠れた声が波の音にかき消されていく。無力感に引っ張られ、彼は仰向けに倒れ、空虚な瞳に星空を映した。流れ星が舞い、それに呼応するように彼の目から涙が流れ、頬を伝い、砂を掴んだ。
ここに来てから何日経ったのだろう。終わりの時は近いはずだ。それをここでただ待つことしかできないのか。光を……。ああ、嫌だ。嫌だ。故郷を遠く離れたこんなところで……。見たくない。死にたくない…………。
――こんなところで。
彼はむくりと起き上がった。そして、夢遊病者のようによたよたと歩き、故障した船の中に入った。
虚ろな顔でスイッチを触り、あれこれと試してみるが、やはり船は完全に壊れており、電源すら入らない。もう何度も試したことなのでわかりきったことであった。カチカチカチ、と反応のないボタンの虚しい音だけが耳に響く。やがて、彼の目が血走り始めるとその音は激しくなり、彼は叫びながら外へ飛び出した。そして、また船の中に戻り、手にした石で滅茶苦茶に叩き始めた。
彼は叫びながら腕を振り上げ、その原始的な振る舞いにしばしの間酔いしれた。
やがて、彼は息を切らし大きく咳き込むと、船の外に出た。
そして、再び砂浜に腰を下ろし瞼を閉じた。どうせ一時的な感覚に過ぎないことはわかってはいたが、後ろに倒れ込み、その心地良さに身を委ね、眠りについた。
それからしばらくが経った。もっとも彼に時間的感覚はなかった。起きる気力もなく、曇天の空の下で運命に身を委ねていた。
やがて、彼は光を感じた。それに僅かな空気の揺らぎ。音も。
死の時が訪れたのだ。……違う。これは、救助の――
彼は瞼を開け、そしてまた閉じた。眩しい光と浮遊感に包まれ、彼は微笑んだ。
「おい、おい、大丈夫か?」
救助された彼は船内の治療室でそう呼びかけられ、瞼を開いた。
「ああ……」
「おっと、動くなよ。今分析中だ。うわぁ、相当ひどいものを食っていたらしいな」
「ああ……来てくれたんだな……ありがとう……でも、どうやって……」
「信号が途絶えたのもあったが、決め手は煙だよ煙」
「ああ、タンクに穴を開けたんだ……それで空に細く、昇るようにと……」
「考えたな。本来は雲と混ざり、滞留させるはずだから軍部の連中が妙だと気づいたんだ」
「ああ、それで、実験は……新型兵器のテストは……」
「じきに行われるよ。いや、ギリギリだった。見つかって本当によかったな。危うくあの辺境の地と一緒に粉々になるところだった」
「ああ、ありがとう、ありがとう……しかし、仕事をやり遂げられなかったな。もし、あそこが実験場と知らずに誰かが来てしまったら……」
「ははは、あんなとこ警告がなくても誰も来ないさ。あとで文句言われないよう、一応念のためにって話だからな。さ、星へ帰ろう」