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丘の上で待ってます

作者: 時計塔の翁

あなたには自分が変わってしまっても変わらずに待っていてくれる人はいますか?

 ◇◇◇◇


 ある小さな丘のてっぺんに、一本の大きな樹がポツンと立っておりました。

 樹は長い年月をこの丘のてっぺんで過ごし流れる年月に身を任せていました。


 何度目かわからない春を迎えたある昼さがり、樹は自分の根元に一人の少女がうつむいて座っているのに気が付きました。

 その少女は小さいころから樹の周りを走ったり、樹の実を拾ったり、樹に登ってよく親に怒られたりしていた女の子でした。


 「お嬢さん、君はなぜ私の根元でうつむいているんだい?」


 樹は少女に語り掛けるように自分の枝を揺らします。

 しかし少女に樹の言葉がわかるわけがありません。

 樹は少女が泣いていることに気が付きました。


 「お嬢さん、君はどうして私の根元でそんなに悲しそうにしているのかね?」


 樹は再び少女に尋ねるために自分の枝を揺らします。

 ですがやはり少女は樹の言っていることに気づきません。

 最初は悲しそうにうつむいて声を殺して涙を流していた少女でしたが次第に声を上げて泣き始めました。

 樹は大きな声で泣き続ける少女を見てとても困ってしまいました。

 樹の声は少女には届きませんし、なぜ少女がこんなにも悲し気に泣くのかわかりません。

 しばらく考えた後、樹は自分の枝についたつぼみの一つを開き小さな白い花を一輪咲かせました。樹は枝を揺らし、少女の頭に咲かせた花を優しく落とします。

 風に揺られながら小さな花はゆっくりと落ちて少女の頭の上に優しく着地しました。

 少女は落ちてきた花を見つめました。そしてどこから落ちてきたのかと不思議そうな目で上を向きました。

 樹はそのタイミングで自分の枝についたつぼみを一斉に開き、少女の頭上に満開の花を咲かせました。


 「うわぁ~綺麗♪」


 少女の涙は止まり、その奇跡の一瞬に興奮と喜びを覚えました。少女の顔はいつの間にか笑みが浮かんでいます。

 樹は少女が楽しんでくれたのを見て心から安堵しました。

 陽が傾き始めたころ女の子は丘を降り帰路につきます。樹はその後姿と自分に延びる少女の長い影をいつまでも見守りました。



 ◆◇◇◇



 季節は廻りあれから3度目の夏がやってきました。


 あの時の少女も大きくなり、どこか大人びた表情をする女の子になりました。

 あれ以来女の子は時々樹のもとへやってきて、学校のことや友達のこと、家族のことを独り言でしゃべるようになりました。

 樹は女の子の話に合わせ時々自分の枝を揺らします。

 女の子には樹の言葉はわかりませんがそれでもここにきて自分の不安や悩みを独り言のようにつぶやくと少し心が落ち着くので、樹と女の子の奇妙な関係は続きました。樹は女の子が訪ねてくれることをいつしか楽しみにするようになりました。


 この年の夏は例年に比べ気温も高く、女の子が樹の元にやってきたその日は雲一つなく日差しが容赦なく女の子を襲う日でした。

 女の子は樹の根元にいつものように腰を下ろし、いつものように独り言をつぶやき始めました。

 樹は女の子が熱くないようにと自分の枝に青々とした大きな葉を生やし、枝を集めて日よけを作りました。女の子は木陰の下で涼みながら疲れた日常にひと時の休みを楽しみました。

 樹は女の子の表情に少しの余裕が戻ったことに安心しながら、女の子が満足するまで女の子の話を聞くのでした。



 ◆◆◇◇



 さらに3度目の秋がやってきます。


 女の子はあの夏よりも垢抜け、日を追うごとに素敵な女性に成長していきました。

 このころになると彼女は樹のところに足を運ぶこともめったにありません。

 樹は自分の丘の上で孤独に一本だけで立っています。

 樹は来る日も来る日も自分のところに来ない彼女のことを想いその孤独感に心を痛めていました。ですが彼女がいつ来てもいいように花を咲かせ、葉を生い茂らせ、たった一本丘の上に立ち続けていました。


 ある日、数カ月ぶりに彼女が樹の元へやってきました。

 久しぶりにやってきた彼女は最後にあったときと違い、髪の色を派手に染め、服装も肌の露出の多く、身に着けているものも高そうなものに変わっていました。

 彼女は今にも泣きそうな顔でいつも座っている根元に腰を下ろすとあの春の日のように声を上げてワンワンと泣き始めました。

 樹は彼女の変化に驚きつつもいつものように彼女を慰めるために枝を揺らします。しかし彼女はそれでも落ち着かづ手に持ったハンドバックで何度も何度も樹の幹を殴り始めました。

 樹はなぜ彼女がこんなにも自分に辛く当たるのかと悲しくなりました。ですが彼女が落ち着くまで樹は黙って彼女に殴られ続けました。


 しばらくすると彼女は少し落ち着いたのか樹を殴るのをやめました。樹の幹には無数の傷がついています。樹は彼女に一番近い枝においしそうな赤い樹の実をつけ彼女の前に枝を垂らしました。

 彼女はその身に気づくとその実を乱暴にもぎとり思いっきりその実にかぶりつきました。

 その実は甘酸っぱく、みずみずしく、とてもやさしい味がしました。女の子は一度は止まった涙をもう一度流しながらその実を夢中で食べました。


 樹は彼女が食べ終わったタイミングで別の実をつけまた彼女の前に差し出します。

 彼女は次々となるその赤い実をお腹いっぱいになるまでもいで食べました。そしてお腹がいっぱいになった後樹の幹にもたれかかるように眠りにつきました。

 樹は彼女が風邪をひかないように葉を黄色に変え彼女の体を落ち葉で包み、彼女良い夢を見られるように見守りました。



 ◆◆◆◇



 あの秋から3度目の冬がやってきました。

 彼女は樹の元へ来なくなりました。

 樹は彼女に傷つけられた自分の幹を見ながら彼女のことだけを想って過ごしていました。

 この年の冬は特に北風の強い寒い冬。樹の葉も強い風に全て飛ばされ、裸になった樹は誰が見てもどこか寂し気に映ります。


 もう彼女は自分のところには来ないのだ。


 それは一人の女性の自立ととらえれば喜ばしく思い、自分は忘れられたととらえると何とも言えない孤独感と恐怖心に襲われる毎日を送っていました。


 その冬の空が黒く厚い雲で覆った薄暗く特に寒さが厳しい日。

 樹の元に待ち望んだあの女性がやってきました。女性の髪の色は落ち着いた茶色に代わり、来ている服はシンプルでゆったりとしたものに変わっていました。

 しかし女性は今日は一人ではありませんでした。体格のいい優しそうな男性と一緒に仲がよさそうに互いに肩を寄せ合って歩いてやってきたのです。

 彼女はその男性と結婚していました。

 樹は痛むはずの無い幹の傷が痛むような錯覚を感じました。まるで今にも幹が音を立てて割かれ、自身が地面に倒れるような、そんな衝撃を覚えました。


 ですが樹は長年成長をそばで見続けた女性が幸せそうに男性と話しているところを見て、自分では役者不足であったということをあらためて気づき、女性のためにとっておいた場所を旦那さんに託すことを決め、自らの運命を静かに受け入れました。




 ◆◆◆◆




 丘の下の町にある煙突のついた一軒家そこには1組の夫婦が仲睦まじく暮らしていました。

 夫婦が笑顔で談笑するそのリビングでは、この家自慢の暖炉がこの夫婦に暖を与えて寒い冬から守っていました。

 夫婦の笑い声に合わせるように、暖炉の火もまた楽しそうにパチンと音を立てながら薪が赤々と燃えています。

読んでいただきありがとうございます。

初めての方ははじめまして、時計塔の翁と申します。

ご存じの方はお久しぶりでございます。

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― 新着の感想 ―
[一言] 素敵ですね。どんなに変わっても変わらず見守ってくれる誰かがいると言うのは。 僕にもそんな人がいてくれたら、僕がそんな人になれたなら…なんて少し夢を見てしまいました。
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