不穏な手紙
「お嬢様。一つ重要なことをお聞かせ下さい。公爵夫人に会いに公爵領へ行くとして、お嬢様の最終的な目的はなんですか?」
顔を上げたアルミンは、眼鏡の位置を直しながらエレナに問い掛けた。
サッと顔を背けたエレナは、しどろもどろになりながらも用意していた答えを口にする。
「それは……ラリサが元気かどうか確かめに行くだけよ。ビクターも気にしているようだから」
しかし、それを聞いたアルミンは首を横に振った。
「お嬢様。私には本心をお聞かせ下さい」
「……ッ!」
「私はお嬢様のお手伝いをしたいのです。お嬢様が公爵夫人に会いたいだけだと仰るのなら、もちろん喜んでご協力致します。しかしながら、そうでない別のお望みがあった場合でも、私はお嬢様のご要望に沿うよう全力を尽くすのみです」
何もかもを見透かしたような執事の物言いに、エレナは唇を噛んだ。
「……本当は分かって聞いてるんでしょう!? あの掲示板のことをそれとなく助言してきたのはあなたじゃない。そうよ、私の目的は……ビクターの心からラリサを排除することよ。そのためにラリサに会いに行こうとしているビクターの邪魔をしたいの!」
「表向きはビクター様に協力するフリをしながら、ですね」
言い当てられたエレナは、そっぽを向きながら頷いた。
「でしたら手始めに、公爵夫人への手紙を書いてはいかがですか?」
「ラリサに?」
「そもそも公爵夫人が嫁いで数ヶ月が経ちます。夫人が無事である可能性は限りなく低いはずです」
淡々とした執事の言葉に、エレナはドキリとした。あまり考えないようにしていたが、確かにアルミンの言う通り。生贄として嫁いだラリサが、今も無事に生き延びている保証はないのだ。
エレナは、それを認識した途端とても怖くなった。エレナがどんなにラリサを恨んでいようと、親友として共に過ごした期間が少なからずあるのだ。中には楽しかった思い出も……
ラリサが死ぬ様を想像したエレナは背筋が凍り、取り返しのつかないことをしてしまったのではないかと、動悸が止まらなくなる。しかし、今更引き下がることなどできない。
「だったらなんだって言うの!? 私は悪くないわ! 化け物に嫁ぐと決めたのはラリサじゃない!」
自分を肯定しようと息を切らせて怒鳴るエレナに、アルミンは尚も淡々と告げる。
「別に責めているわけではありません。これを口実にしてはどうかと思ったのです」
「口実ですって?」
「手紙を出して返事が戻ってこなければ、公爵夫人は既に亡き人。お嬢様はその事実をビクター様に告げて傷心の彼を手に入れればいいのです。手紙が戻って来た場合は、その内容が助けを求める類のものであれば無視をして、夫人を見殺しになさればよろしいかと。お嬢様が手を下すことなく夫人を始末できるのですから」
「み、見殺しに……?」
アルミンの冷静な声はどこか冷たく、エレナは唇を震わせた。
「そうです。そして、限りなく可能性は低いですが。もし万が一、恙無くお過ごしであるといった旨の返事があれば。それは夫人が公爵に洗脳されている証拠です。夫人は何を言っても公爵の言いなりでしょう。その状態の夫人を見れば、ビクター様も夫人のことに諦めが付くのではないでしょうか」
いずれにしてもラリサが無事ではないことを前提にして話すアルミンは、怯えの色を見せるエレナにそっと囁いた。
「どう転んでもお嬢様にとって良い方向に動くのです。ビクター様を手に入れたいのなら、試してみる価値はあるかと」
今日も平和な公爵領の夜。膝の上に仔ケルベロスを乗せながら、ラリサは夫に寄りかかって本を読んでいた。
「奥様ー! 奥様にお手紙です!」
と、そこに突撃して来たのは、カナリア色の翼をバタつかせる、ハーピーのビィだった。
「いつもありがとう、ビィ」
「いえいえ、これが仕事ですから!」
公爵領の郵便係であるビィから手紙を受け取ったラリサはペラペラと本を捲る夫の隣で、久しぶりに見る懐かしい筆跡に嬉しそうな声を上げた。
「あら。エレナからの手紙だわ」
ラリサが見下ろしたのは、アカデミー時代の学友からの手紙。そこにはラリサが突然ドラキュール公爵の花嫁になったと聞いて驚いたこと、無事でいるのか心配なこと等が書かれていた。
懐かしい友人の筆跡を最後まで追ったラリサは、居眠りするケルベロスをひと撫でしてから隣の夫に声を掛ける。
「旦那様、友人が私を心配してくれておりますの。私がどれほど幸せに暮らしているか、ここがどれほど素敵な場所か、見せてあげたいのです。近いうちにこの城に招待してもよろしいかしら?」
常であれば愛おしそうに目を細めて妻のやりたいことを尊重する公爵だが、今回ばかりは難しそうな顔で眉を寄せた。
「うーん。一般人をここに、か……」
「なにか問題がございますの?」
珍しく渋い顔をする夫に驚きながらラリサが問うと、公爵は『何から話せばいいか……』と複雑そうな赤い瞳を新妻に向けた。
と、そこに再び扉が開かれる。
「父さん!」
次に突撃して来たのは、この国の国王にして自称公爵の息子のアイネイアスだった。
「アイン。忙しいだろうに、そう何度も来なくていいんだぞ」
呆れた様子の公爵がそう言うと、国王は子供のように豪快に首を振る。
「私もそろそろ息子に王位を譲る準備をしないと。公務の半分は王太子に任せているんだ。だから時々ここでお茶をするくらい大目に見てほしいな」
普段は漢らしく豪傑な王が、公爵の前では子供同然に口を尖らせる。その様子を見ていたラリサは、国王に助け舟を出した。
「旦那様、今日のマドレーヌは絶品でしたわね。ベロちゃんも食べ過ぎて眠ってしまいましたわ。きっと陛下のお口にも合うはずです。召し上がって頂いては?」
三つの頭それぞれにすぴー、ぷひー、ひゅぷー、とイビキをかくモフモフのケルベロスを撫でてやりながら。ラリサはカロルに目配せをして国王のために席を設けさせた。
「流石はラリサ。この国唯一の公爵夫人はやはり違うな。父さん、ラリサを見習って可愛い息子をもう少し労わってくれよ」
「はあ……。ラリサには敵わないな。仕方ない。アイン、せっかく来たのだからゆっくりしていきなさい」
可愛い息子と妻から期待の目を向けられて、公爵はとうとう折れて優しい父の顔になる。
テーブルの上のマドレーヌの皿を国王に差し出しながら、公爵は柔らかく目を細めた。
「ラリサの言う通り、ルペルのマドレーヌは絶品だぞ」
その言葉を聞いた国王は、有り難くマドレーヌに手を伸ばしながらニヤリと笑う。
「父さんが食べ物の味の話をするなんてね。ということは、これを食べたラリサの血を飲んだんだろう? 二人が想像以上に上手くやっているようで、私も嬉しいよ」
二人がどれほど仲睦まじいのか、座っているその距離の近さだけで充分に分かってしまい、国王の目が輝く。このままいけば、国王の野望が叶う日も近い。
「そうそう、それで。さっきは夫婦揃ってなんの話をしていたんだ?」