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不気味な花嫁道中




 公爵の住む領地は、濃い霧に覆われていた。


 王都から公爵領まで空間移動ゲートを使ったと言っても、嫁入り準備やゲートの魔力の充填、そこまでの移動やら何やらで、辺りはすっかり暗くなっていた。


 どんよりとした公爵領の街道は、何処からともなくフクロウやオオカミの鳴き声が聞こえ、ジメジメと湿り、ヒンヤリと空気まで冷たい。


 不気味な道に馬車を走らせる御者は、木々の擦れる音にさえビクビクと怯えながら、この仕事を引き受けたことを激しく後悔していた。しかし、これから吸血鬼公爵の生贄になるラリサのことを考えれば、この程度で怖がってなどいられない。


 使命を果たすべく、御者は薄暗く不気味な道で必死に馬を走らせ続けた。



 漸く到着した公爵城は、霧で薄れた月明かりに照らされて、それはそれは恐ろしい佇まいを見せている。


「……お嬢様、着きましたよ」


 揺れる馬車の中で眠りこけていたラリサは、御者の声で慌てて目を覚まし、欠伸を噛み殺した。中途半端に噛み殺された欠伸は、代わりに涙となってラリサの目を潤ませる。


「ありがとうございます。送り届けて下さって、感謝します」


 馬車から降りるのを手伝った御者は、ラリサの目が涙目であるのを見て死ぬほど後悔した。


 彼女はこれから吸血鬼公爵に殺される運命なのだ。王城を出る時は平気そうに見えたが、平気なわけがない。家族のために身を捧げたこの令嬢を、何故自分は馬鹿正直に化け物の元へ送り届けてしまったのか。道中で逃がしてやることもできたのではないか。


 御者の罪悪感と後悔など知らず、軽やかに馬車を降りたラリサは改めて不気味な公爵城を見上げた。


「まあ、立派なお城ですこと」


 御者が掛ける言葉を探している間に、ラリサは大胆にも何の躊躇いもなく公爵城の扉を自ら叩いた。


「ごめんください」


 ノックの音が響くこと数秒、分厚い扉の奥から何やら物音がした。


「……どちら様だろうか」


 ガチャリと開けられた扉からラリサを出迎えたのは、シンプルなシャツに身を包んだ長身の男性だった。


 長い黒髪と、赤い瞳。白い肌に美しい顔立ち。その姿を見て彼が公爵であると確信したラリサは、膝を折って淑女の礼をする。


「はじめまして、ドラキュール公爵様ですよね? 私はラリサと申します。今日からあなた様の花嫁になりました」


「…………」


「こちら、国王陛下からの書状です」


「…………」


 無言のままラリサから書状を受け取った公爵は、その中身を開いて読むと、たっぷりと押し黙った後、手紙とラリサを交互に見比べて天を仰いだ。


「なんてことだ。まさか私に妻ができるとは……!」


「あの、よろしくお願い致します、旦那様」


「これはまずい。非常にまずい。ダメだ。絶対にダメだ」


「何か不都合が……」


 不安になったラリサが問い掛ければ、公爵は片手で頭を抱えながら何やら呟く。


「アインが私の花嫁を探すと言っていたのは知っているが、冗談だと思っていた。その話を聞いてからかれこれ二十年は経っているから……まさか本気だったなんて」


「旦那様?」


 きょとん。と、丸い目を公爵に向けるラリサ。その顔を見た公爵は、とうとう両手で頭を抱えながら嘆き出す。


「ああ! 折角こんなに愛らしい花嫁が来てくれたのに、私は何一つ準備をしていないではないか。アインの言葉を鵜呑みにすれば良かったものを……!」


「あの、」


 何が何やら……なラリサが首を傾げると、公爵はラリサの肩に手を置いて目を合わせた。


「今からでも遅くはない。ラリサと言ったか。悪いが出直してくれ」


「そんな! やはり私では、公爵様の妻に相応しくないのでしょうか?」


 泣きそうなラリサの顔を見て、公爵は慌てて首を横に振った。


「違う。そうではなくて、花嫁を出迎えるのにこんな格好で出てきた自分が許せないのだ。玄関も埃っぽいし、歓迎の花すらない。悪いが馬車でこの辺りをもう一周してきてくれないか。その間に完璧な準備を整えておくから」


「ああ、そういうことでしたの! 私は気にしませんわ。私の方こそ、国王陛下の命令とは言え、何の前触れもなく来てしまって申し訳ないですもの」


「それについては悪いのはアインであって君ではない。非のない君を待たせるのは本当に心苦しいが、どうか私が完璧な歓迎をできるように出直してくれ」


 とてもとても真剣な表情で懇願する公爵に感動するラリサ。


「分かりましたわ。旦那様がそこまで仰るのなら……!」


 馬車に戻ったラリサは、公爵とラリサの会話が聞こえて当惑していた御者にその辺を一周するようお願いした。


「旦那様のご準備のために、なるべくゆっくりとお願いします」


 何から言えばいいのか分からず混乱する御者は、取り敢えず言われた通りに馬を走らせた。何かが大いに間違っている気がするのだが、自分が口出しできるものではない。



 馬車に乗るまでラリサをエスコートした公爵は、ラリサの馬車が出ると慌てて公爵城に戻る。


「カロル! カロル! 緊急事態だ!」


 主人の声に慌てて飛び出してきた家令を捕まえて、公爵は取り敢えず思い付く限りの指示を飛ばした。


「いつだったかアインが送りつけて来た気取った衣装があったろう! アレを用意してくれ。それと、玄関の掃除と花の用意と、妻が使う寝室も準備して、食事の用意を! あちこちの窓を開け放って空気の入れ替えもしてくれ!」


「ご、ご主人様? いったい何があったのです? というか、また勝手にお客様を出迎えましたね? それは主人の仕事ではないと言っているではないですか! それで、どなたがいらっしゃったのです?」


「花嫁だ! 私の花嫁が来た!」


「はあ?」


 カロルは、とうとう主人である公爵がおかしくなったと思った。何百年も生きていると流石に耄碌してくるに違いない。


 吸血鬼で少々変わり者ではあるが、主人としては悪くなかった公爵。しかし、耄碌した吸血鬼の面倒を見て介護するのは絶対に御免だ。これは辞表を出さねば……とそこまで思考を飛ばしたカロルに向けて、公爵は手の中の書状を突き付けた。


「ほら、これを見るんだ!」


 公爵の持つ国王からの手紙を読んだカロルは、衝撃に目を見開いた。


「本当じゃないですか! この城に女主人が!? と言うかこれ、国王陛下直筆の婚姻証明書じゃないですか! 既に婚姻成立済みとは……! なんてことだ! 今すぐ準備します!」


 その夜、公爵城は城をひっくり返す勢いの大騒ぎだった。誰もが走り回り、いつの間にか結婚していた主人とその花嫁のためにと急いで支度する。


 中でも慣れない衣装に身を包んだ公爵は息も絶え絶えになりながら、花嫁を迎え入れる準備に奔走した。




「あの、お嬢様……このまま遠くに行かなくて大丈夫ですか?」


 馬車を走らせながら、御者がおずおずとラリサに問い掛ける。


「遠くに? あまり遠くに行ってしまうと、旦那様が心配されるのではないかしら」


 馬車の窓から顔を出し、不気味な風景を楽しんでいたラリサが不思議そうに御者の問いに答えた。


「いや、ええっと……公爵城に戻ってよろしいのですか?」


「? 公爵城に帰らず、どこに帰るのです? 私は既に旦那様の妻ですもの。役割を果たしませんと」


 至極真面目に言ったラリサだったが、それを聞いた御者は自分の運命を悟り覚悟するラリサに涙した。しかし、景色に夢中のラリサは気付かない。


 ジメジメした不気味な公爵領の、真っ黒な湖の周囲を一周する馬車。その中でラリサは、先程の公爵との短い会話を思い返してそっと微笑んだ。


「うふふ。旦那様、思ったよりも素敵な方だったわ」








 








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