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怪異の王




「なるほど。友人を公爵城に呼びたいと。それはあまり賛成できないな」


 ラリサの話を聞いた国王は、重い溜息を吐いた。


「父さんだって私と同じ意見だろう?」


「……」


 肯定こそしなかったものの、無言の公爵を見て、ラリサは夫もまた、この件に関しては消極的であることを悟った。


「旦那様や陛下が仰るのであれば、無理にとは言いませんわ。ですけれど、いったいどうしてダメなのです?」


 純粋な顔で首を傾げるラリサに、公爵と国王は目を見合わせる。


 結果として国王が、公爵へ向けて諭すように口を開いた。


「父さん。ラリサも公爵領に馴染んできたことだし、そろそろこの領地の事情を話してもいい頃合じゃないか?」


 自分の知らない事情があるのかと、不思議そうなラリサを見て心を決めた公爵は、改めて若い妻に向き直った。


「建国まで遡る話だ。ラリサ、聞いてくれるか?」


 いつにもなく真剣な夫の声に、ラリサは身を引き締めて背筋を伸ばす。


「ええ、是非お聞かせください」


 大きな菫色の瞳を真っ直ぐに向けるラリサのその様子を見て、少しだけ気配を和らげた公爵は、ラリサの膝で眠る仔ケルベロスを一撫でしてから話し始めた。


「私がこの国で公爵位を得ているのは何故か、君は知っているかい?」


「はい。建国時に建国王の手助けをしたから、と歴史の授業で習いました」


 アカデミーの王国史で冒頭に習ったことを口にしたラリサ。公爵は苦笑しながら真実を告げる。


「それはもちろん間違いではないが、私が具体的に何をしたのかというのはあまり伝わっていないらしい。私はこの領地を隔離し、統治することで王国の安寧を国王に約束し、その対価としてこの領地と爵位を授けられたんだ」


「隔離、統治……?」


 公爵の言葉を繰り返すラリサに、国王がテーブルの向こうから声を上げた。


「つまり父さんは、この国のもう一人の王でもある。怪異達の王なのだ」


「まあ。旦那様が?」


 妻からキラキラした尊敬の眼差しを向けられた公爵は、照れ臭そうに咳払いしながら説明を続ける。


「王国が建国される前。現在の王国の領土は魑魅魍魎が跋扈し、人と怪異の争いが絶えない土地だった。とても人間が定住できる状態ではなく、ここに王国を築こうとした建国王は、当時この地に棲みついていた私に取引を持ちかけてきたのだ」


「それは、どのような取引でしたの?」


 公爵の話に興味津々で問い掛けてくるラリサ。自分の話を楽しそうに聞いてくれる妻が愛らしくて、公爵は目を細めた。


「建国王は私に約束した。蔓延る魑魅魍魎を纏め上げて人間との棲み分けを成功させれば、新たな国の領地と爵位、多額の報酬、そして国民の血を与えると」


 歴史の授業では決して習わない話を聞いて、ラリサは大きな瞳を瞬かせる。


「正直に言うと、怪異達を纏めるのはそこまで難しいものでもなかった。私はそれができるだけの知識と力を持っていたし、傷つけ合う人間と怪異達を見ているのが辛かったから。双方が共生していく道があるならと、その話を引き受けることにしたんだ」


「ではこの領地は、初めから怪異達のために用意されたものだったのですね」


「そういうことだ。報酬については……二の次だったのだが、貰えるのなら貰っておこう程度のものだった。今では貰っておいて良かったと思っているが」


 吸血鬼である公爵にとって、人間の国の爵位はただの飾りに過ぎない。それでも公爵は、人間と関わって生きていく上でそれが如何に重要なものかを学んでいた。


「私は私の領地に全ての怪異を集め、それぞれの種族と話をした。そしてこの領地を怪異の棲みやすい場所に造り上げ、仕事と棲家を与えた」


 公爵領の住民達は、公爵城の使用人達を始めとしてそれぞれが適した仕事に就いている。


「流石は旦那様ですわ!」


 どこまでも眩いラリサの笑顔に、太陽を前にしたわけでもないのに目が焼け落ちてしまいそうだと思った公爵は、あまりにも愛おしいラリサから少しだけ目線を外して付け加えた。


「だが、怪異とは突如生まれたり、どこかから流れ着いて来たりする。今でもこの領地には、他所で迫害されたり傷付けられたりして流れ着いてくる怪異が数多くいる。私が視察に赴くのは、そういったはぐれ怪異を見つけるためでもある」


 お茶を片手に公爵の話を聞いていた国王が、ラリサに向き直る。


「この公爵領に人間がいないのは、そういうわけなのだ」


「この領地の住民が少し変わっているのはそういうわけでしたのね」


 怪異達を〝少し変わっている〟程度で済ませてしまうラリサ。国王は改めて、花嫁としてラリサを選んだ自分の眼力を密かに自画自賛した。


「それから暫くは、平和な時が過ぎた。人間達は父さんや怪異を恐れ、公爵領に寄り付くことがなかったからな」


 得意げな国王を見て、何を考えているか察し苦笑しながら。公爵は、更に領地の歴史をラリサに話して聞かせる。


「しかし、建国から二百年程が経った頃、不幸な事故が起こった。我が領地に無断で侵入した人間がいてね。どうやら霊薬の元になるユニコーンの角を密猟しようと愚かなことを考えたらしい。すると、領地内の怪異達は仲間を守ろうとして人間を攻撃してしまったんだ」


「まあ! なんてこと……」


 それを聞いたラリサは、口元に手を当てて眉を顰めた。


「当時の王は激怒した。私の管理が行き届かず国民に被害が出たと主張し、領地と爵位の返上まで要求される事態になってね」


 呆れるほど愚かな人間達にこれまで散々手を焼いてきた公爵は、いつものことだと苦笑しながら話を続けた。


「私は仕方なく、建国王との密約を引き合いに出した。私から領地と爵位を奪うのならば、領地内の怪異達は王国中に解き放たれるだろうと。脅すような形になってしまったが、背に腹はかえられなかった」


「それで、どうなったのです?」


 ラリサのハラハラした顔を見ながら、公爵は遠い目をして当時を回顧した。


「事態は丸く収まったが、それ以来、この領地に棲まう怪異は王国民に手を出してはならないという禁止令が出された。当時の王なりの悪足掻きだったのだろう。私もそれ以上揉めたくはなかったので、領民達と話し合い、正当防衛を除いた攻撃はしないという条件で禁止令を受け入れることにした」


「どうしてここの住民達がそんな扱いを受けるのです。悪いのは勝手に侵入して来た人間達ではありませんか?」


 ラリサは珍しく腹を立てているようだった。それに気付いた公爵は、自分のことのように怒ってくれる妻が愛しくて愛しくて堪らなくなる。


「コホン。それはそうなのだが。人間の王が代替わりしていく中で、色々と事情が変わってしまった。建国王であれば、私の言葉を聞いてくれたかもしれないが、当時の王は私を不気味で卑劣な存在としか認識していなくてね。話は伝わっているはずなのだが」


 と、そこで公爵は国王に目を向ける。視線を受けた国王は、カップを置くと重苦しく口を開いた。


「実際に私が王として即位した時、建国王と公爵との間に交わされた密約については引き継いだ。要はその国王の度量の問題だろう」


 数代前の先祖に呆れ果てながら、国王は肩をすくめる。


「今の国民達は、この領地の実情をあまり理解していない。中には父さんが夜な夜な人間の血を吸って殺してると思い込んでいる輩もいる。頭の痛い話だ」


「だが、その噂があるからこそ、この領地は守られてきたのだ。恐ろしい公爵がいれば、この領地に手を出そうとする輩はいなくなるからな」


「旦那様が人間の血を飲むのは禁止されていないのですか?」


 ラリサの瞳が心配そうに公爵に向けられた。


「それは建国王と交わした密約の一つだからね。私の特権として許可されている。尤も、私は少食で人間を死に至らしめる程の量を吸血したことはないのだが」


 人間の想像力とは恐ろしいものだ、と公爵は再びラリサの膝の仔ケルベロスを一撫でした。右の頭が気持ちよさそうにぷぴーと息を吐く。


 国王が改めてラリサに声を掛けた。


「そういうわけで、ラリサ。普通の人間をこの領地に呼ぶことはリスクがある。君は既に父さんの花嫁として公爵家に入っているから問題にはならないが、普通の国民が領地に入り、怪我でもしたら。怪異達が禁忌を破り人間を攻撃したとして糾弾されかねないのだ」


「そういうことでしたの。分かりましたわ。私も公爵領に棲む者達に厄介事を掛けたくはありませんもの。友人を呼ぶ話は諦めます」


「すまないね、ラリサ」


 申し訳なさそうな公爵に、ラリサは向き直って笑顔を向けた。


「あら、どうして旦那様が謝りますの? 私、ちっとも気にしてはおりません」


「だが君は……ここに来たばかりに、家族にも友人にも、気軽に会うことができなくなってしまったじゃないか。寂しいだろう?」


「私の家族も友人も、ここにおりますわ。旦那様のことも、城の使用人達や領民達のことも大好きです。寂しいだなんて少しも思いませんわ」


 どこまでも眩しい妻の笑顔に、公爵は本当に灰になってしまうかと思った。







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― 新着の感想 ―
[一言] 仔ケルベロス仔ケルベロス仔ケルベロス。。 地味に言いにくいですよね(笑) 陛下、ラリサを選んだ自分の眼力を自画自賛て。たまたま御触の前にいた危なっかしい娘を捕まえただけでしたが?!
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