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終末に珈琲を飲む  作者: 終乃スェーシャ(N号)
二章:先に進めない者達
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自由からの逃走



 ――――せっかく自由になれたのに、外に出ようとしないの?


 自由になんてなれてなかったのに。以前、そんなことを聞いてくれた人間がいたのを覚えている。


 彼女はラインフォード商会の被検体の一人で、何もかも壊してくれたおかげで自由になれたと言ってお礼を言ってくれた。


 既にその全身に紫色の痣が、ワタシの呪いが広がっていたのに。


 ――私がすぐに死んじゃうって? でも仕方がないんじゃない? 誰かを犠牲にしないとどうにもならないことだってあるでしょ? だから……怖がらないで。難しいかもしれないけどさ。損だよ? 諦めちゃうの。


 その言葉は呪いそのものだった。彼女は上を目指すように進んでいって、最期には小さな一本の腕だけが、ここに戻るように墜ちて来た。


 メリアは思い出すように大穴を見上げる。遥か地上から流れる海水の滝が白飛沫をあげて光の柱のように思えた。頭上を羽ばたいていた無数の蝶が、共鳴するように一つの墓標に集まっていく。


「……犠牲を仕方がないと切り捨てれば、ワタシはあいつらと何も変わらないんじゃない。……これ以上貴女みたいな人を巻き込みたくはなかったの。……それも損な考えなわけ?」


 メリアは目を瞑ったまま瓦礫で作った墓標に向けて呟いた。ぎゅっと、指を交えた手が勝手に震える。自分でも制御が効かない。


 怖い。ワタシが全部壊したのに。……そんな風に客観的に自嘲して、なんとか理性が広がっていく。


「貴女が上を目指したときワタシも一緒に行けばよかった。何度もそう思うことがあったの。……今度は後悔しないって、そう決めれたのは貴女のおかげだから。だから、貴女ともう一度話してみたかったわ?」


 叶わない願いだ。不老不死の呪いがあるからこそ、深くまで理解している。


 生死は不変的で、同じ顔、同じ形の生き物が沢山複製されたって、そこに一匹たりとて全く同じ存在なんていなかったのだから。ワタシはそいつらを全て、全て実験のために代わりに死なせていったのだから。


「メリア。準備ができたら教えてくれ。移動はできる限り早いほうがいい。主立ったが吉日だ。翌日が吉かどうかは無責任だけどな」


 ジン・ジェスターの声が響く。彼は自分が死ぬかもしれないというのに、まるで恐怖もなければ、平然と笑顔で接してくれる。……理解できない人だった。


「……もう平気。あまり心配はしないで結構よ。この子のお墓には……少し思い入れもあったの」


 墓標の代わりに突き刺していた白い槍をゆらりと引き抜くと、銀の刃から玲瓏と音が鳴り渡る。


 ――【玲槍アムリタ】。ワタシのために造られた異界道具が、鎮魂の鐘のように大穴へ残響を遠く、長く曳かせていく。やがて晴天へ届くよりも前に、水の流れ落ちる音に溶け混ざり消えていった。


「…………綺麗な音だったな。どういう力なんだ?」


「さぁ。ワタシもなんでも知ってるわけじゃないもの。これも異界だとか、どこか違う場所の力ってことしか」


 柄を握りしめると血が巡るように翡翠の光が槍全体へ脈打つように伝う。


「……準備はできたわ。行きましょう?」


 槍にまで背中を押された気がした。眦を決するようにジンを見据えると、彼は子供でも見るような視線で一瞥し、やがて満足げに鼻で笑った。


「オーケー。後腐れないならそれが一番だし、決断が早いのは大変結構だ。迷いがないうちに行こうか」


 ジンは仮面で顔を隠すと躊躇いなく海水へ足を向け……宙を歩いた。歩を進めるたびに彼の周囲で、何もない空間が軋み、亀裂が走っていく。


「ねえ、それ割れたらどうなるの?」


「割れたところにいたやつが一緒に粉々になるだけさ。まぁ割ろうとしない限り問題はないから安心しろ。……あー、君は泳げるか? 泳げないなら背負うが」


「泳いだことはないけど、溺れてもワタシは死なないわね? ずっと水に沈めばそのうち慣れるかも」


「……抱っこでもなんでもしよう。お嬢様」


 ひょいと、了承もなく彼はワタシの身体を抱き上げた。……この施設に大穴を開けたと言ったはずなのに。躊躇う様子もない。


「ふっ……ばかみたいな絵面じゃない?」


 自嘲と嘲笑の両方。言い知れぬ高揚感を抱きながら、地の底の墓標から離れていく。


「…………本当にワタシは自由になっていいの?」


 ワタシを縛り付けていた奴らは全員くたばったはずだ。なら、ワタシが動くことでこれから巻き込まれるかもしれない人達はワタシの我儘の被害者でしかない。


「逆だろ。巻き込んだ奴らを無駄死ににするつもりか? 自分の都合で誰かを殺したならその都合ぐらいは叶えるべきだ」


 食い入るような言葉だった。ワタシを抱き上げる腕に、僅かな力が滲ませながら、ジンは真摯な眼差しを向ける。


「それもそうね? こうやって誰かと同じ視線で話したのって初めてだったから少し不安になったの。それで……このまま空中を歩いて上に行くわけ?」


「いや、それはできないな。時間の制御装置でもあったんだろ。途中で歪みがある」


 心当たりはあったが、歪みの理由なんて思い出したくもない。


 やがて海水溜まりを渡り切ると、見たことしかなかった施設の断面、破壊から逃れた最下層の通路に足を着けた。


 電灯は点かず、陽光も届かない通路の奥は真っ暗だった。千切れた不明なパイプから得体の知れない液体が滴り、垂れ下がるコードは時折、火花を散らしている。


「他の子達の部屋ね? ……少しでも生きてればいいんだけど」


 メリアはぼやいた。左右に位置する無数の部屋には監視カメラ以外何もない。


「へぇ、お友達でもいたのか?」


「バカなこと言ってると抓るよ? 対等な視線でこうしてまともに話したのなんてあんたが初めてよ。ジン・ジェスター。だから、友達なんて大層なものはいなかったわ? 生物兵器だもの」


 部屋を区切る強化ガラスは全てが粉々に砕けていて、狭い通路を進むたびにパキパキと音を鳴らしていった。淡々と、細やかな足音だけが響いていく。

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