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刃の意思

「何を見つめてそこまで藻掻く? お前は何を見ている? どうしてヴィコラのために【無式】であり続けようとしないんだ。……なぜあんな怪物の光に!!」


 突き向けられる銃槍。収斂する光を前に、ジンは【錆染】の背へと回った。


 直後、砲撃。白い閃光と衝撃波。


 炎と煙が舞い上がる。支えの効かない身体がたやすく吹き飛んで、回廊を突き抜けて光の元へ、メリアのいる区画にまで転がり跳ねていく。


 おぞましいほどの血の痕が地面に広がった。さながら道のように、ジンが吹き飛んだ軌跡を鉄臭く濡らしていく。


「ッフーー……!!」


 どちらのうめき声かもわからなかった。


 【錆染】は倒れ転がるジン・ジェスターをじっと見下ろして、――これ以上【無式】が【無式】でなくなる前に、今再び銃槍を向けた。


「思い出のままでいてくれればよかったんだ。そうでなくとも……ヴィコラのために前を向いてほしかったよ。お前にはな」


「…………俺はまだ変われちゃいないさ」


 ぼやいて、血を経由し空間に亀裂を巡らせる。


 だが、【錆染】は動揺もしなかった。血痕を避け――ボトリと。


 眼前に落ちていくジン・ジェスターの片手。最初の砲撃で引き千切ったものだった。


「ッー!?」


 吐く息を引き攣らせた。目が限界まで血走り見開く。半ば条件反射のように【錆染】はジンの手を投げた者を睨み据えた。


 震える身体。弱々しい気配。ヴィコラ・ミコトコヤネの忘れ形見がジトリと、怯えながらも、隠れながらも。


 その黒く大きな眼差しで確かに錆色を見据え、ジンの亀裂から彼の肉片を受け取り――投げていた。


「ヴィコラ…………」


 【錆染】は違う少女の名を呟いて、周囲を埋め尽くすような錆が途絶えた。


 咄嗟に距離を取りながらジンへ銃口を向け直す。だが僅かに遅かった。遅くなっていた。痕を曳いていた血の全てが空間を抉り取っていく。


 瞬間的に発生する空気の歪みと真空。爆風のごとく衝撃が逆巻いて、呼気の間もなくジンは自ら距離を縮めた。


 そのまま不格好に掴みかかり、技術の欠片もなくその場に押し倒した。組み付いて、完全なゼロ距離。槍が身体を貫くことは叶わない。


「ッー!」


 何度も何度も。それから血を浴びせるように頭を兜へと振り下ろした。


 頭蓋が重厚な金属を傷つけることはできなくて、しかし殴打のたびに広がる痺れと血が亀裂を巡らせて、空間ごと何もかもを無茶苦茶に破砕していく。


 激情が掻き立てる。変わろうと、前に進もうと。苦痛を前に、互いに痛みで塗り潰していく。


 【錆染】は振るうことのできない銃槍の引き金を何度も振り絞った。轟音と衝撃、閃光が目を、耳を、鼻を、皮膚を焼いていく。何度も何度も。建物を震撼させ、僅かな瓦礫と砂塵が雨のように降り落ちていく。


 それでもジン・ジェスターが離れることはなかった。


 やがて――カチリと。


 撃ち切ったことを知らせる乾いた音だけが何度か響いて。


 【錆染】は槍を手放した。盾もない。組み伏せられたまま。ジン・ジェスターが取り出した結晶の刃を見上げた。


 ヴィコラの造ったナイフは。アメウズメのナイフは錆色の外骨格も貫くことができるだろう。


 刃先を斜めに胸に押し付け、肋骨の隙間に刃を押し込み、貫く――。貫かなければならない。


 【錆染】はそれができてしまうから。迷いが、決定的な隙となるから。


 それができなかったから選択を強いられた。ヴィを人質にとられた。


 だから――。


「…………」


 沈黙が伸びていく。なんて弱々しい意思だろう。選択を前に、何度も思考が巡って。堪えきれない痛みに決壊するように腕が震えていく。


 結晶の刃先に血が染み渡ることはなかった。


 心臓を貫くことはできず、あれほどまでに決死に藻掻いていたはずなのに。ただどうしようもなく涙が溢れてくる。


「ぐッ――……!」


 腹部に鈍い殴打。ジンは飛び退いてうめき声を漏らした。幽鬼のごとく、【錆染】は立ち上がり、銃槍を拾い直す。


 すぐに距離を詰めようとしたが、互いに武器を構えたまま動けなかった。ゆっくりと、態勢を整え直していく。


「言ったじゃあないか……。お前を研ぎ澄ましたのはヴィコラだ。ジン・ジェスターは僅かな犠牲に思慮して、自分自身を傷つける愚か者だ。お前を透き通った刃に、【無式】にまで変えたのはヴィコラなんだよ。刃のように鋭くないと生きていけない世界で、お前を傑作に変えたのはアメウズメの銘なんだよ……」


 くたびれたような声だった。向かう槍の切っ先を前に、ジンは腕の震えを止めた。へし折れながら、それでも藻掻き続けてナイフを向け直す。


 亀裂を帯びる刻んだ呼気。双眸にいまだ宿る瞳の輝き。苦し紛れだ。


 激情が過ぎ去った先にあった静けさを前に、自らを傷つけて強引に削り研いでいた心身は壊れかけていた。


『何でもお見通しなのね? ……可能な限りは殺さないでほしいって思っただけ。ジン・ジェスターのためじゃないわ?』


 そんななかメリア・イクリビタの幼く、単純な願いを反復して、自嘲した。


「……進めないんだよ。お前を殺したら、この光の先を見ることは……できない」


「そうか。……ならそこが終点なんだよ。ジン・ジェスター。この世界でそんな生き方はできないんだ。試さなくてもわかる。だというのに……嗚呼、あの怪物にヴィコラの【無式】はもう……とっくに壊されていたようだな」


 ギイ、ギイと。重々しく金属の足音が歩み寄る。弾倉の尽きた銃槍がゆっくりと、額に向かう。


 酷い疲れを感じた。ここまで来るのにどれだけ死体の山を積み上げてきただろう。どれだけ苦痛をばら撒いて、背負って――。光はあまりに遠い。


「苦しくても、正しい居場所があったはずだ。終着点にならない道があったはずだ。……お前自身が壊したんだ。決着はつけるぞ」


 砕けた兜の奥から響く潰れた声。錆色の殺意が視界を覆う。


 そして――――。鐘の音が響いた。


 重く、深く、何度も、玲瓏とした残響を重ね、反響する音色の中、からんと、乾いた金属音が鳴り渡って、錆びついた槍先が寸断されて地面を転がっていく。


「彼の場所は終点なんかじゃない……」


 煌々と照らし続けていた光の柱はうっすらと色彩を薄め、無数の蝶が機械仕掛けの棺から飛び立っていく。


「ワタシがジン・ジェスターを壊してしまったなら、彼がもう自分を研ぎ澄まさなくてもいいようにする。【無式】なんてやめさせてやる……。自分を削らせなんてさせない。刃になんてさせない。ヴィコラには……ワタシはきっと勝てないけれど。――あんた達が嫌になるくらい藻掻いてやるわ?」


 血と錆に塗り潰された二人を切り裂くように銀の髪が揺れた。


 偉そうに、自分にこんな言葉を口にする権利があるのかを逡巡しながら。それでも自分勝手に、メリア・イクリビタは【玲槍アムリタ】を振るい向けた。

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