引き裂かれる痛み
「ッ……!」
いなすことはできなかった。結晶のナイフで正面から打突を受け止め、刀身に亀裂が走る。一瞬で砕け散った。だがその一瞬のうちにジンは身を屈める。
刃風が頭上を掠め貫いた。
砕けた刃を放棄して、奔り抜ける亀裂の隙間からカービン銃を取り出し、そのまま引き金を振り絞っていく。
劈く銃声。重なり合い、鼓膜を震わせ血を込めた結晶弾を数発。
「親友だったんだ! 【無式】は互いに背中を託せる仲間だった! オレは【無式】を尊敬していたんだよ。ヴィコラもお前とコンビを組めて喜んでいた……懐かしいなぁ」
――手の内は全て理解されていた。大盾が脆い弾丸を正面から防ぎ切って、飛散する鮮血が錆によって塵へと変わる。
「――立ち尽くせ。【錆果てた矜持】」
異界道具の効力を全て出し切るための引き金が唱えられた。【錆染】の持つ大盾を中心に、血の流れすら逆らうような重力場が形成されていく。
ジンは引力に抗うことはなかった。むしろ身を任せ肉薄しながらアメウズメの槍を投げ放ち【錆染】に防御を強いる。
【錆染】は回避をしなかった。ガシャンと、透き通った槍が盾と激突し、鋭く砕け散る。その瞬間、槍の引き金を振り絞った。
噴出される冷却液が瞬間的に揮発し、視界を遮るように広がる蒸気。錆の塵を塗り潰し、覆い尽くした視界のなかで続けざまに振るうナイフの連撃。
致命傷を狙うことは叶わない。だから、削ぎ落とすように加速し、一撃、ニ撃と。外骨格を切り裂いて血が飛んだ。
乱撃のなか散っていく自らの血痕を媒介に、空間を削り取る。
くぐもった空洞音の残響。【錆染】の腹側部を抉り抜いた。だが瞬間、ジンは死への嗅覚を嫌というほど感じ取った。
【錆染】がヴィコラの造り上げた武器を知らないはずがない。そのうえ、異界道具のベロ、【嘲り舌】さえあれば思考も記憶も全て読み取られる。
腹部への一撃はわざと通された。肉を抉らせて――。
直感は電撃のごとくジンの身体を突き動かした。本能的に身を引こうとする最中、【錆染】は足元へ銃槍を突き刺す。
ゼロ距離からの砲撃。――爆発。白い光熱が膨れ上がり、皮膚を、眼を、喉を焼かんとする。
咄嗟に巡らせた亀裂が放たれた熱と衝撃を呑み込むも、引き寄せられていた身体は引き裂かれ吹き飛んだ。全身が何度も地面を跳ねて、勢いは止まることなく重厚な機械に殴打する。
爆炎と白煙が広がっていく。流れ出ていく多量の血を全て虚空のなかに押し込めた。すぐにでも武器になるだろう。
目眩と焼けるような苦痛。すぐに身を起こしたが。片腕が引きちぎれて足元に落ちていた。一瞥して、空間のなかに押し込める。
回廊にまで吹き飛んだらしい。メリアのいる場所から離れられただけ幸いかもしれない。彼女から放たれる眩い光から外れると、一転して周囲が薄暗く思えた。灯りのない闇のなか、炎が揺れている。
錆びついた人影が血を流しながら、幽鬼の様に歩み寄ってきている。
「どれだけ強がろうとも、お前は弱くなったんだ。冷静じゃあない。色が濁ったんだ。オレがこういう戦い方のほうが得意だってのはわかっているだろう? 暗殺と掃除ばかりだったお前とは職分が違う」
「……ッー」
掠れたうめき声と共に深く息を吐いた。ぶらりと、脱力と緊張を帯びてアメウズメのナイフを構え、切っ先を向ける。
「お前が対等に戦うなら退くべきなんだ。ヴィとあの怪物を餌にして待ち伏せるべきだった。オレをおびき寄せ、その見えない刃で斬りつけるべきだった」
頬面が開き【錆染】の口元だけが露わになった。ベロに縫い付けられた異界道具が視界に映り込む。
「想い帰れ。【嘲り舌】」
引き金となる言葉が響く。思い出が、追憶が、感情が流れ込んでくる。
不快な力だ。
【錆染】との他愛ない会話だとか、ヴィコラが酒を飲んで黄昏れている姿だとか、三人で狭苦しいアパルトメントの部屋で雑魚寝したことだとか。そんななんてことのないはずの追憶が視界を埋め尽くして、刃を鈍くさせる。
思考を巡らせる。どうしようもなく涙が流れて、苦痛で一杯になって息が荒く、詰まっていく。
――どうして【錆染】と殺し合わなきゃいけなくなったんだ。
【嘲り舌】の力に呑まれて、僅かな時のなかで巡る自問自答。
納得できなければ、意志を失うだろう。
激情の炎を消され、動く意志を以前のように奪われるだろう。
無自覚のまま歯を軋ませた。必死に残された手でナイフを握り締めた。地を踏みしめるとぐっしょりと、自分の血を吸ってブーツが重い。
追憶の向こうにいるはずの【錆染】を睥睨し続けた。




