光を呑む色
細剣と槍が描く研ぎ澄まされた斬閃、数多の円弧を掻い潜り、弾丸が頭上を過ぎる。頬を掠め飛散する鮮血。
少女の一人が槍の懐へ潜り込んだならば、即座に槍を空間にしまい込んだ。素早く装備を切り替えアメウズメの短刀で機械仕掛けの光刃を受け弾き、封殺してみせる。
「【錆染】のことか? 嗚呼、あいつは俺のためを思って正しいことをしてるのかもしれないな。明らかに俺が間違ってる。けどなぁ――」
ヴィを庇うように前に突き出した肩を斬らせた。刃が撫でると熱と苦痛が隠しようもなく神経を巡る。仰け反りそうになる踵に踏ん張りをつける。
「あいつの枠組みのなかに俺は入れないんだよ……。今ここで諦めて帰って生き続けても意味がないんだ。最後かもしれないんだよ。光に近づけるのが」
吐いた言葉を噛み締める。言う通りに妥協して、過去に決別できれば先へ進めるのだろうか? ――わからない。いまだヴィコラは止まったままで、【錆染】の言葉に身を委ねることもできなかったのだから。
ジンは苦痛を押し殺しながら、軸足を揃えた。深くまで斬り込んだ少女へ膂力を以て背を激突させる。
鋭い殴打によって広がる衝撃。骨を打つ感触と不快な呻き。傷口から一層、血が溢れると蝶の燐光を散らした。――これで二人目。血に触れた部位を全て空間にしまい込めば少女達は一瞬で糸が切れるだろう。
殴打の余勢でそのまま距離を取った。牽制として広げる亀裂。しかし血痕を消し飛ばさない時点で無意味な攻撃だと認識されたらしい。
少女達は構わず距離を詰めた。怒涛のごとき猛進と数の暴力で少しでも傷を与えんと刃が撫でる。風を切って、死に恐怖があるとは思えない愚直な加速が、ジンを後ろへ、後ろへと追い詰めていく。
「ッ、わたしのことを離したほうがいいんじゃないっすか……!?」
いまだ抱えられたまま何もできないヴィは、自分がお荷物だとわかっていた。だから恐る恐るそんなことを進言して、ギロリと。鋭い視線を返される。
「俺の力じゃ殺さずに無力化はできない。けど、お前の武器は絶対的に信じている」
なんてことのないように言葉を続けた。
刃と刃が触れ合うたびに幾多の火花が散って、鋭い響音が劈くのに。ヴィはどうしてか安堵した。にへらぁと笑みだけを返しそれ以上の言葉を不要にした。
見え透いた軌跡を退けて、正確過ぎる弾丸を亀裂によって破砕する。腕が足りないならば何もない場所から刀身を放って、差し込むように猛撃を防ぎ止める。
嵐を纏うようだった。視線で追うこともできないはずの剣戟をいなし続け、縦横無尽に刃を走らせ亀裂を迸らせる。
それでも避けれない進撃が体を裂いた。掠める額。散り散りに飛ぶ血の欠片。だが、止まることはない。《造り物の規定》達もやがて血を滲ませていった。
アメウズメの刃が鋭く薙ぎぶつかるたびに、皮膚を刺す冷気が広がる。【無式】の名の理由は空間を裂く力だけではなかった。
斬撃の輪舞が廻り斬るたびに少女達を風が斬る。触ることも防ぐこともできない不可視の刃が白い肌に裂傷を刻んだ。だが、止まらない。もう止まることはない。
血塗れながら部隊を庇うようにエルドラは疾風を踏み蹴った。窮迫し、瞳のなかで大きくなる互いの姿。
振り下ろされる【肉の細剣】。
切断される空間を亀裂で縫い留めながら、透き通った切っ先を振り上げて一撃を受け止める。鍔迫り合い、摩耗し目と鼻の距離にまで相貌が迫る。
エルドラは牙を食い縛ると躊躇いなく額をジンの顔面に叩き込んだ。
咲く痛み。ぐらりと、不意を突かれて眩暈が点滅した。ひしゃげる音。歪む鼻。眼球の奥で熱が砕けた。ちかちかと、痛みが絶え間なく膨れ上がる。
「あなたは強欲です。想われている価値を知りえないあなたが。どん底気取りで光を求めるのが傲慢だとわかりませんか?」
「何が悪い。【錆染】の方法が気に入らないことか? 生きているだけで満足できないことか?」
言葉を拒絶するように、よろけた胴へ空かさず鋭い刺突が打ち付けられた。皮膚を貫く切っ先が臓器へ届く前に、血に触れた刃をどこでもない空間へ送り致命傷を退ける。
ジンは細剣を直接握り締めた。刀身はたやすく手袋を断ち切ってぼたぼたと血が溢れ滴る。これで互いに逃げることはできない。
「わたしたちは――生きるために藻掻き続けてるのに。どうすれば覚えてもらえるか、どう死ぬかばかりが巡っているのに」
無数の蝶が羽ばたいた。メリアと比べれば蛍光はおぼろげで、光輝は弱く危うい。それでも瞳は爛々と燃え上がっていた。激情は限界まで昂り、光が収斂する。
「おかしな話だ。【錆染】は死ねとは言わないはずだが。お前は本当に従って行動しているのか?」
言葉が揺さぶる。ジンは目を見開いて際限なく亀裂を走らせた。感情の力が非科学的な異界道具の行使を導き、互いの力が互いの血肉を食い潰す。光が何もかもを消し飛ばして、亀裂から生じた裂け目が何もかもを呑み込んだ。
――閃光。純白の輝きが目を潰すほど広がって、そして消えた。色が潰え、劈くような残響が、鐘の音のように響いていく。
消し飛ばされた【肉の細剣】、消えてしまった光を前にエルドラは瞠目した。するしかなかった。双眸に映り込むジン・ジェスターの姿。
引き攣った笑いが零れた。ヴィを庇って削れた腕は赤々と爛れ肉が露わとなっているのに、痛む様子すら見せない。殺していればそんな無駄な怪我さえなかったはずだろうに。
「生きるために藻掻いてるっていうなら、もう邪魔をするな。俺の目的はお前らじゃない」
「なぜ従わなければならないんです。わたしたちは職務を全うしなければどちらにしたって、処理を受ける」
エルドラは牙を食い縛った。……殺されなかった。武器を奪われただけ。次の光を放てばいい。感情を――苛立ちを――――。
意思に反して、力は枯渇しきっていた。どれだけ睨み見据えようとも、ぜぇはぁと息はとっくに果てていて、肩が揺れるばかりで。そのうち、脚が悲鳴をあげて尻もちをついた。
「ッふーー……。フーー……!」
エルドラを庇うように造られた少女達が立ち塞がる。長い銀色の髪が毅然として揺れていた。鋭い眦を前に、ジンは苦笑いを向け、数歩たじろいだ。
「……通してくれれば何もしない」
「勝手に……通ればいいでしょう。……わたしたちには、なにもできなかった」
エルドラは強く目元を拭った。嗚咽で溢れかけた唾液を吐き捨てて、脱力して瓦礫に寄りかかる。粉々になった合成食料を八つ当たりのように頬張った。
融かす前の珈琲粉を、使い方もわからずに飲み込んで噎せ返る。
「……本当に、美味しくない。…………最悪です。【錆染】様の携帯食料、もらえばよかった」
エルドラは嫌悪をぼやいた。力なく伸びっ放しになった腕から少女達はそれぞれをつまみ食いして、渋く顔を歪める。
「それはメリアに渡したものだ。なぜお前が持っている……」
「ジン……! それより腕を先にどうにかしろっす」
ヴィの言葉にうなずいて、ジャボジャボと薬品をぶちまけていく。剥げた皮膚と肉はグロテスクな泡に覆われながら再生していったが、だいぶ血を失ったらしい。激しい眩暈がした。指先が痺れて上手く力が入らない。
「それでどうして持っている」
「貰っただけです。渡してくれた理由をわたしたちに聞くのは正しいことですか?」
ジンはそれ以上は何も尋ねなかった。背を向けて、ヴィを抱えながら疾駆し続ける。




