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終末に珈琲を飲む  作者: 終乃スェーシャ(N号)
五章:光へと向かう道
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だから止めているんだろう

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆




 足音が重く響く。メリア・イクリビタは嗚咽を堪えたまま呆然と【錆染】の背を見て歩き続けた。瓦礫を這う蔦は一層生い茂っていて、上層に向かうほど確かに空が近づいてきている。


 黄金と緋色、藍色。あんなにも恋い焦がれた空が色彩を帯びていて、手が届きそうなのに。何も考えられない。


 ――ジン・ジェスターがいたら違ったのだろうか。……いっしょにいるから好きになれる。なんて羨ましい言葉だろう。なんて遠い言葉だろう。


 ワタシにその資格はない。ワタシにできる自由は、自由を――ジン・ジェスターに差し出せば、終わらせてくれるのだろうか。


 涙が滲んだ。最初から最後まで自分勝手なばかりで、嫌気が差すように夕暮れから目を逸した。


「メリア・イクリビタ」


 透き通った声で名前を呼ばれて、力なく振り向いた。《造り物の規定レグル・レプリク》達が一歩引いた場所で警戒を巡らせるなか、エルドラ・レソラは青い双眸をじっと向けた。


 長い空色の髪を揺らしながらメリアへ詰め寄ると、細い指が拾い物のベルトポーチを指差す。


「……私達は貴方に何があったかはどうでもいい。けど何もかも手放してしまうならそれが欲しい。中からいい匂いがする」


「……いいよ。あげる。…………でも、全部はダメ」


 壊れた食堂から拾った缶詰と、休憩室から拝借した合成飲料のパックを手渡した。エルドラは大切そうにしまい込むと、お構いなしに目を輝かせて一層距離を詰める。


「……どんな味でしたか?」


「…………自分で飲んだらいいじゃない。ワタシは飲まない」


 ――――地上に出たら珈琲の一杯でも飲みたいな。外の空気を吸いながら、全てを終わらせたあとに煙草が吸いたい。


 ジン・ジェスターの言葉が鮮明に耳に残っている。だって、ついさっきまで隣にいたのだから。だから余計に苦しくなって、メリアは息を呑むように胸を押さえた。


 瞬間、【錆染】に強く腕を引き寄せられた。大盾が鳴動するように周囲を震わせると、無数の瓦礫と共にメリアの身体が浮かび上がる。


 歩くことさえできない。地に足つかないまま重力場が華奢な身体を抱き上げた。【錆染】は後方をじっと見つめると、忌むように舌打ちを響かせる。


「……嗚呼、なぜ止まらない。どうして自分からそんな道を進む」


 【錆染】がぼやくと、エルドラ達は一転して毅然とした態度で整列した。


 そう遠くはないジンの気配。――メリア・イクリビタに流し込んだ追憶の影響があいつにもあったのだと。漠然と理解すると血が強く脈打った。


 唯一地上へ向かうルートも停滞キューブの破損の影響を受けているのか、周囲の光が屈折し、無数の瓦礫は時が止まったかのように宙で止まっている。このまま地上を目指したところで、辿り着く前に追いつかれてしまうだろう。


「ワタシ達が足止めをしましょう」


 造り者の少女が進言した。二つに結んだ銀の髪を揺らしながら、眦を決してジトリと、鋭く【錆染】を見上げていた。


「ナディー……。ダメじゃないか。言ったはずだろう? オレは誰も死なせない。ヒーローじゃなきゃいけないんだ。……そういう印象で売っている。余計な犠牲を出すつもりはない」


隊長エルドラ以外の名前も覚えてくれているんですね」


「当たり前だ。君は特にわかりやすい。髪を下ろしてもわかるだろうな。だがそうやって話を逸らすな。色付きの意味が分かっているのか?」


「無論、承知です。色付きの便利屋は一企業と個人で対等にいられる戦力を持った存在です。しかし企業と違い保証などはなく、色付きの便利屋に対する有効策は彼らが不在の間に居住区画を破壊することなどが上げられます」


 錆色の便利屋は忌避感を露わにするように息を詰まらせた。彼女達は何も間違ったことは言っていないが。


「そうだとも。お前らじゃあハッキリ言って勝ち目はない。本当に足止めにしかならないぞ」


「理解しています。しかしラインフォード社はあなた達のデータさえ取れればこのような支出など気にもとめないでしょう」


 同じ顔の違う少女がナディー、エルドラ同様に視線を向けながら断言した。


「それに貴方がこんな仕事を選んだのには理由があるはずです。……後悔をしてはいけません。我々は成すべきことをするだけの道具に過ぎませんが、どうか自由であるあなたは目的を成してください」


 エルドラは諭すように【錆染】を見詰めた。自由のないメリアを一瞥し、静かに後方へ踵を返す。


「冗談じゃあない。オレの信用を台無しにするつもりか? お前達までオレを置いて過去形になるつもりか? どいつもこいつも愚かだ」


 険しい口調で詰問されながらも、エルドラはむしろ喜ぶように笑うだけだった。蠱惑的に瞳を蛍光させながら、力強く、【肉の細剣】を握り締める。


「それもいいですね。ワタシたちを忘れることはなくなりそうです。最悪な記憶を刻むのは覚えてもらうために有力な手段です」


「テンルは自分の意思で自分を終わらせようとしたから止めなかった。だがお前らは死に場所を求めちゃいない。だからオレはチームとして守る必要がある。守れるはずのものぐらい守らせろ。お前たちはまだ手が届く場所にいるんだ」


 言葉に滲む後悔と、追憶のなか垣間見えた執着。メリアがぼんやりと見下ろすなか、エルドラは言葉を続けた。見透かすような眼差しで、錆びついた面の奥に潜む双眸を覗き込む。


「……ここは巨大な鳥かごに過ぎず、依然として実験施設でしかありません。我々という製品が、色付きに対してどこまで力を及ぼし、言葉がどれだけの影響を及ぼせるか。……我々は製品つくりものであり、代替が効きます」


「だが同じじゃない。死ねば君達は持続性はそこで途切れるんだ。オレの携帯食料を食べたいと、希望を出した君はそこでいなくなるんだ。わかるか? 追いつかれるなら全員で迎撃すればいい。それとも錆色は信じられないか?」


 《造り物の規定レグル・レプリク》にヴィコラの影を重ね苛立つ。


「メリア・イクリビタを抱えながら? ……【錆染】、貴方はやり直しが効かないんです」


「だから止めているんだろう! 予備があろうが無かろうが、同じ存在にはなれないのがわからないのか?」


「我々のために声を荒らげることもできたのですね。我々を個として認識してくれたのはうれしいです」


 少女達の言葉が、どれだけ話したところで意味がないと理解させた。話し続けるわけにもいかない。【錆染】は乾き切った眼で少女達を一瞥した。


「嗚呼、足止めだけでいい。余計な損失を生み出すデータは企業にとっても好ましくないはずだ。……ジン・ジェスターの血には触れるなよ。身体が消し飛ぶ」


 コクリと。小さな頷きに錆びついた背を向けた。少女達の足音が遠ざかっていく。


「……貴方とヴィコラはどういう関係だったの」


 メリアは弱々しく尋ねた。【錆染】は苛立ちをぶつけるように、体躯を縛り付ける重力の負荷を強める。


「ッぐ……ぁ……!」


 押し潰す力が内臓を圧迫し肋骨が軋んだ。小さな口から嗚咽と歯ぎしりをこぼさせた。


「余計なことを喋るんじゃあない。どうしてだ? 知る苦痛は理解しただろう? なぜ未だに踏み入れようとする」


「…………ワタシはワタシがしたことを知らなきゃいけない」


 痛みが涙を滲ませていた。瞳の蛍光が失せていながら、依然として強く見開いている。


「必要のないことだ。すべきことをすればいい」


 【錆染】は言い切ると、俯きながら地上を目指した。

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