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終末に珈琲を飲む  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:壊れてしまったものは美しく
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肥大化する光

「ふへぇ……! へぇ……!!」


 ヴィコラは羞恥が移るように感嘆を漏らした。けど同時に、彼の目的を知っているから表情はすぐに硬く閉ざされて。きゅっと眦を強く向ける。


 達観と同情と希望は入り混じって、寂しさがこみ上げた。


「でも、珈琲が苦くて怒ったら笑われたわ?」


「ぶふっ……! けど、そうやって話してくれるってことは満更悪くない気分ってことっすね? そういうことを聞きたかったんすよ。どんなに苦くても、苦しくても、一緒にいたらきっと、色んなことが変わるかもしれないから」


 ヴィコラは目を合わせた。翡翠の眼差し同士が触れ合って、しかしメリアの目ではなく瞳の奥に映るものを、朧げな光と憧憬を眺めていた。


「……肌もちもちっすね」


 誤魔化すように頬を引っ張った。無表情なメリアの顔をむにむにと好き勝手に捏ねていく。


「この行動に意味はあるの?」


「一緒にいたっていう記憶が肌にまで残るっすね?」


 沈黙の肯定。熱にほだされ、遠い空を見上げた。汗が流れ落ちていく。地の底で見た空よりもずっと……心地よくて、目頭があつくなってくる。


「そうかもしれないわね。……ありがとう」


 ヴィコラはぎゅっと口を結んだ。笑みを返して、罪悪感と嬉しさが入り混じって訳が分からなくなってくる。


 のぼせたのかもしれない。ざぱりと、湯から立ち上がった。


「そろそろあがろっか。あんまり待たせるのもよくないっす」


「……ありがとう。こんな風に誰かと話したのは初めて。きっとこれは……ジンも断るだろうから」


「へへ、照れくさいっすよ」


 生乾きの髪をくしゃくしゃと拭いながら二人は浴場を出た。着崩れた衣服を整えながら、ヴィコラはジンの顔を覗き込む。


「綺麗になったっすよ。やっぱあんな可愛い子が返り血塗れじゃ可哀想っすよ。…………ジン、決めたことを考え直すのは難しいかもしれないけど。後悔はしないでね」


 飄々とした笑みを浮かべながら、真摯な眼差しをジトリと向ける。ジンはぼやくように、分かっている。とだけ言い切った。


『冷却液注入が完了しました。アメウズメ一式から四式までを取り外してください』


 自動点検装置が機械音声を真似たヴィコラの声を響かせる。


 本当に分かっているかも曖昧なのに、ジンは立つ脚に力を込めた。透き通った刃を機械から引き抜くと、結晶のような穂先の内部で冷却液が並々と揺れていた。


 機械内部と外気の温度差によって白い蒸気がむわりと広がっていく。


「……その武器ってどこかの企業の特異点なの?」


 メリアの純粋な問いかけに食い入るように、造られたヴィコラは顔を近づけた。むふん! と鼻息。したり顔を浮かべて、機械に残されたアメウズメの短剣を間近に見せつける。


「この結晶はね! 生きてるんすよ。私の生まれ故郷がっすねー、あ、私じゃないんすけど。その、もともとの私が住んでた場所がこの結晶生物にっすね。埋め尽くされて全部このきれいな結晶になっちゃったんすよ」


 ヴィコラは分厚い作業軍手を身に着けると刀身を撫でた。結晶は鳴き声をあげることもなければ脈打つこともない。


「【錆染】の奴のほうがもっと原始的な結晶技術なんすけど。とにかく、こいつの凄いところは活性状態だと有機物を餌に増えるところなんすよ。特に血、血を結晶にするから内側から勝手に失血しちゃうんすよ」


 メリアはわずかに納得するようにジンを見上げた。


「ただ常時活性状態にすると結晶が疲弊しちゃうから、冷却液で鎮静化するんすよ。んでー、引き金を絞ると冷却液を噴出して活性化させるのが基本っす」


「ジンの能力に触れていれば体に入った結晶だけを無くすこともできるの?」


「できるから使ってるわけだ。じゃないとこいつのは危なっかしい。何度死にかけたかわからない――……っ」


 ジンは辟易としながら武装をしまい込んでいったが、不意に動きを止めると咄嗟に槍を出し直した。先ほどまでと違い、急ぐように装備を整え始めた。


「むぅ、ジン……。冷却液と結晶補充をしても使った武器の点検は終わりじゃないっすよ」


「悪い……。勘が鈍り過ぎた。点検の時間はない」


 ジンはぼやいた。舌打ちをして空間からアメウズメの槍を取り直す。強く柄を握りしめて、周囲に聞き耳を巡らせた。


 一転して張り詰める緊張。メリアは本能的に立ち上がり、【玲槍アムリタ】を構える。


「ヴィ、少し離れろ。……嫌な音がした。風化する音だ」


 家鳴りが響いた。ぱらぱらと落ちていく砂埃。


「邪魔をするなよ……【錆染】」


 悪態を遮るように地鳴りが響いた。部屋の壁に走る亀裂。周囲のパイプが急速に錆びついて、褐色混じりの緑色に変色していく。


「言ったはずだろう。自分が正しいと思うことのために戦えと! でなければどんな戦いも無駄だ。親友、その怪物と親しくなってどうする? お前と同じように道を築き上げて、光を肥大化させて――苦痛を得ることの生産性とはなんだ?」


 重い衝撃と共に部屋の壁が砕け散った。


 激しい振動。視界全体に広がる砂塵。


「お前は堂々と答えられるか? その怪物を連れて何のために外に出る。ヴィコラがそんなことを望んでいると思うのか……!?」


 勇ましい声。錆色の影が砂塵を纏い姿を見せる。


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