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終末に珈琲を飲む  作者: 終乃スェーシャ(N号)
三章:壊れてしまったものは美しく
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僅かな安らぎ

ちょっと差し込んで作った話なのでまだ調整中です。

「……溺れない?」


「なんだその質問……。お前の知識が変に偏っているのはわかるが……。てっきり、ワタシそんなに汚いかしら? とか答えづらい質問してくるかと」


 呆れると力が抜けてくる。開き直るようにメリアの真似をしてみると、メリアは不満げに視線を細めた。


「それも聞いたほうがいいの?」


「答えづらいって言ってるだろ……。けどまぁ、煤けてるし返り血も浴びてるし、毒ガスに触れたのは確かだな。……時間はあまりないだろうが。ヴィ、任せていいか?」


「えー。ジンは一緒にぃ、入らないんすかぁ?」


 先程までの重々しい空気を断ち切るように、ヴィコラは慣れない様子でパタパタと蠱惑的に服を仰いだ。顔を真っ赤にして小さな牙が浮くように口が半開きになっていく。


「メリアもいるだろう」


「ワタシは別に気にしないけど。実験過程で服も全部脱いだ状態になることなんて多かったし。これはあくまで綺麗だから着ているだけ」


 ラインフォード社のロゴと紫と緑のコーポレートカラーを忌々しげに見下ろしながらも、自慢するように服の裾を掴み見せる。


「……そもそも、ワタシがいなかったら貴方達二人で一緒に入るわけ?」


「私が私になっちゃう前はちょこちょこ入っ――――」


「おい、余計なことを言うな。入りたいなら入ってこい。二人で。メリア、どうせ風呂も知らないだろう。試したことがないことを試せるのが自由の一端じゃないか?」


「消毒散布なら受けたことはあるわ?」


「一緒にすんな。行け。入れる機会が次いつあるかもわからないんだ。どうせ武器の自動点検も時間がかかる」


 メリアと造られたヴィコラの二人の背を押すと、とてとてと無警戒によろけた。ふわりと揺れる髪が鼻腔を撫でる。


 ――なにをやってるんだろうか。自嘲が今一度湧き上がった。微笑を浮かべる自分に嫌気が差して、ジンは逃げるようにソファに座り込んだ。


「うへへ……。メリアちゃん。いろんなことがあったかもしれないっすけど、私は仲良くしたいっすよ。私からはそれぐらいっす。……へへ、お人形みたいっすねぇ?」


 ヴィコラはわしゃわしゃとメリアの髪を撫でてから、頬に指を押し付けた。白い肌と小さな指が重なりながらされるがままに服の紐を解いていく。ぱさり、ぱさりと。


「……あなたは恨んでないの?」


「んんー? なにをっすか? あ、浴室ほとんど壊れてるからサンダル履いてねー。破片が刺さっちゃうっすよ」


 扉を一枚超すと、部屋の壁というものが消滅していた。遠い潮の匂いの混じった外気が肌を撫でる。壊れたパイプから絶えず湯が溢れ、瓦礫だらけのタイルを浸しながら浴槽そのものを沈めていた。


「……なにをって。こんな風にあなた達の住んでいた場所を壊したのはワタシなのよ? それに、部屋にあった冷凍睡眠クライオニクス装置缶……」


 言葉を押し込めるようにヴィコラはメリアの髪を洗い始めた。わしゃわしゃと激しく泡立つうちに、メリアは思考が止まっていくように言葉を途切れさせていく。


「へっ、あいにく私は壊れたからこそジンと一緒にいられるんすよね? 確かに、複雑な考えとかはあるっすよ? けど、しようと思ったこととか、したいと思ったことを今更止めたり、躊躇ったりしちゃあダメっす。つまりはっすね……。メリアちゃんはここで私とお風呂に入って体を綺麗にしなきゃいけないってことっす」


 造られたヴィコラは話を大きくズラして曖昧にした。ふふんとご機嫌に鼻歌を吹いて泡を流していく。ゆらりとした背を伝う湯は、やがて地の底へと落ちていった。


「……っん。あなたはいい人ね?」


「よく言われるっすねぇ? まぁ、どーしても気になるなら。ジンに聞くべきっすよ。地上に行ってからでも、すぐにでも、好きなタイミングでさ。けどそれは二人の話。私との話じゃないっす」


 ぴちゃり、ぴちゃりと。流れる水を踏み締めて、ヴィコラは湯に浸かった。何度も目を温めながら、メリアを手招きする。


「なら、何を話せばいいの?」


「もちろんジンの話っすよぉ!! 私が見てないジンを沢山見たっすよね? 知りたいなぁ。でもまずはほら、一緒に入って。お風呂、初めてっすよね?」


 メリアはこくりと頷いた。恐る恐るつま先をつけて、数秒硬直。そしたら腿まで沈め、再び硬直。繰り返して、時間をかけてようやく肩まで浸かった。


 嗅いだことのない水の匂い。地の底を流れていくものとは違った。消毒散布と違い粘膜を突き刺すこともなくて、それで初めて、ゆっくりと体を伸ばし浮いていく。


「海の水とは匂いが全然違うのね? 飲み水とも少し違うし……」


「あー……それ、パイプが劣化してるだけかも。飲まないようにね?」


 ぼんやりとした沈黙が欠伸をかいた。大穴から差し込む白昼の晴天に浮かされながら、ヴィコラはジトリとメリアを見据える。


「それで、ジンはどんな感じだったんすか? その、変なこととかされてないっすよね?」


 メリアの足先から、頭のてっぺんまでを観察した。曲線を沿うように視線が撫でて、本能的にメリアは体を縮こませる。ヴィコラは羨ましがるように息を深く吐いた。


「変なことはされてないわよ。……ただ、あの人は…………ジン・ジェスターはワタシを怪物だと知ってるのに。初めて目を合わせて話してくれた人なの。変なお面をつけてることは多いけどね」


 考えるほどだんだんと声が萎んでいく。喉の奥が震えた。


「……笑顔を向けてくれる人で…………ワタシを自由にしてくれる気がして。彼は…………いい人です。ワタシの恩人で、……友人」


 メリアは誤魔化すように顔を沈めていった。

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