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一人目……(七)【出立の午前零時】

 恐怖を押し殺し、イツキは掴み取った。


 それは、忌譚(きたん)の一片。


「――忌譚(きたん)融然(ゆうぜん)の節【カケミズチ】か。

人に裏切られ。四肢を失い、半身を失い、神性を失い。ただの毒蛇へと零落(れいらく)した元水神が、人身(ひとみ)を取り殺し同化して、神様へと戻ろうとする物語……」


 こつんとブーツが床を鳴らす音。

 区切りにしてか拍手が打たれて響く。

 重々しかった空気が嘘のよう四散した。


 ヌイナの気配が間近に戻り、彼女は横から忌譚(それ)を覗き込んだのだろう。至近距離で、ぐっと短く息を呑むように声を漏らした後に、イツキが掴み取ったその忌譚(ものがたり)の解説をしてくれたようだ。


「いいかい。【カケミズチ】……頼んだよ。

僕に従い、共に祈追さんの助けになってくれ」


 まるで人間に頼むように言葉を送るヌイナ。

 しゃん、と鈴の音が鳴り。心が安らぐ涼やかで緩やかな風がイツキの髪を()き、流れて行った。


「かけ……みずち……?」


「そう。それがその忌譚の名前さ」


「かけみずち、ですか――」


 そうして、忌譚(ものがたり)の名を反復するイツキ。

 爪で傷付けないよう、指先で感触を確める。

ざらざらしながらも滑らかな古和紙の手触り。さわさわ指で擦っていると、紙は仄かにだが淡い熱を帯びてきて。熱は指を伝い、冷たい鱗に覆われた手の甲までじんわりと温かくなってくる。


「何かを感じるかな?」


「たぶんぅ? むぅ、これは――」


 ――これは『懐かしいな』とイツキは感じ。

 なんで……? そんなわけがないのにと否定。

 でも懐かしい、懐かしいのだ。自分の半分は否定していて、もう半分は『懐かしい』と肯定する。矛盾したままで、なのに成り立っている。二律背反な感情の揺れ動き。何故だろう。今日ここで初めて知り触れ合った物語のはずなのに……。


「私には、上手く言葉にできませんけど――」


 ――ずっと昔から知っていて、以前にも同じ古和紙を手に取った事があるのだと錯覚してしまう。頭で『錯覚』なんだと正しく認識していても、その上で『やっぱり懐かしい』と腑に落ちている。不思議だ。本当に不思議。言葉として上手く説明できないけれど。結ばれた『縁』というのは、こういう事なのだろうかとイツキは紙を自分の胸に寄せた。


「――これが、縁……なんでしょうか?」


 イツキは首を傾げて、頭に疑問符。


「うん。あやふやで漠然としていても構わない。

それを知識として得て、個人個人の感情を抱く。それだけで十分だ。束の間で物語に触れて心を動かし、空想の世界に思い馳せ、表紙を閉じれば日常に戻る。それは日々を豊かにする一(ページ)。人と物語との縁なんて、本来なら“そんなもの”で良いんだから」


 傾けた首を、優しく元の角度に押し戻される。


「しっかりと結ばれたようだ。よし終わり。

頑張ったね、もう目を開けても構わないよ」


「わ、わかりましたっ」


 目を開くことを許されて、


「わわっ!! この絵……怖いですよぉ!」


 怖い絵が視界いっぱい。イツキの自爆だ。


 最初に視界に入るように、胸の前で広げておいた紙の内容が目に入り。声をあげてしまうイツキ。

 紙。忌譚の内容はというと。古和紙の薄茶色、墨の黒色の二色平面な世界。読み解くのが難しい『崩し字』で書かれた物語のあらましなのだろう歪んだ文字列。それと絵画。身体が千切れた『大蛇』のような生物が、その身体の断面に『人間の亡骸』に見える物体を張り付けている。そうしてぐちゃぐちゃの身体を引き摺り、大口を開いて、今まさに逃げる人を襲っている。そんな様子が描かれていた。


挿絵(By みてみん)


 怖い暗闇から目を開けて。最初にそれを見てしまうというのは、なかなか刺激が強かった。

 ヌイナの居る方を向けば、暗闇の中で起きていた数々の怪奇現象が嘘のよう、彼女は何も変わらない微笑みを返してくれてイツキは安堵する。


「この描かれてるのが、かけみずち、さん?」


「――欠如蛟(カケミズチ)。ざっくり説明すると。(みずち)とは、日本各地の神話や伝説に登場する竜または蛇の姿をした水の神様だ。ここ【黒百愛(くろひゃくあい)】でも、ずっと昔は水源地での水神信仰があって、その信仰で祀られていた身体の欠けた蛟様(みずちさま)の悲しい伝説が忌譚(それ)だね」


「…………うぅ」


 イッキは息漏れ声を出す。


「どうしたんだい?」


「欠けた身体の蛟様。だから、かけみずち。

清水を守っていただけなのに、勝手に崇められて……怖がられて……人の都合で裏切られたから。だから、人の命を奪って、欠けた部分を補って、元々の神様としての形に戻りたかった蛇。かけみずち伝説……」


 崩し字が読めなくても、頭に浮かんだ言葉。

イツキは忌譚との縁をもっとより深く感じた。


 ――頭の中に直接、イツキ本人が許可もせず、物語の内容がインストールされているという。よく考えなくても色々な意味でホラーな感覚は、考えるともっと怖くなるので考えないものとする。


「……でももし伝説が事実で、昔本当に欠如蛟(カケミズチ)が居たのだとしても。過去の話だ。現代では終わった物語に過ぎないはずで。蛟はもうとっくに(しず)められ供養(くよう)されていて、(まつ)られているはずなんだ。その忌譚の最後では、童女に泣かれて我に返り、おぞましい存在に成り果ててしまった己の身体に食らいつき自裁(じさい)(すえ)に蛟様は清水に溶けて還ったとされる」


「人々は後悔し、蛟様を手厚く祀りました……。

その末孫の途絶えるまで、先祖の戒めと、罪深い祈りを追うことにして。人々は何時の日か、蛟様が清水の底で身体を取り戻し。そうして再び神様に成れるようにと祈って。めでたし、めでたしぃ?」


 めでたし、なのか? イツキは(いぶか)しむ。


「忌譚の文章はその通り。そこまでの内容しか記されてはいない。本来は存在する“ある部分”は意図的に削られているのか、時代の流れで失われてしまったのか、語り継ぐ意味がなかったのか……さて」


 ヌイナは顎に手をやり。店内をうろうろ。

右へ左へ。左に右に。イツキは視線を動かしてヌイナのことを追うが、彼女自身の思考世界に旅立っている風で話しかける余地はない。会話をしていないと寂しいけれど、邪魔してはいけない。


「わからないな。もう信仰が途絶えていて、祀り様が形骸化していたとしても、今頃になって蛟様が現代に影響を及ぼすのだろうかと僕は疑問だ。忌譚は蛟の鎮魂の唄でもあり、人に対する戒めでもあり、水神を貶め殺してしまった後悔でもある。忌譚の内容では、蛟は人を祟ってはいない。現に人を食らったのも元の姿に戻ろうとしていただけ。そして最後は自裁した。あくまでも水神信仰は人間の立場で『蛟との別れ』が前提になっているのに、御霊信仰(ごりょうしんこう)のように、人々の信仰が疎かになったからと蛟は現代に祟りをもたらすのだろうかと疑問だ。女の子に鱗を生やすような、こんな奇妙な祟りを。といっても、この土地の場合は……。元より、いや。けれど祈追さんのその姿に加え、祈追さん自身がこの忌譚を握ったというのなら――」


 ヌイナは言葉を途中で止め、古時計を見る。

三本の針が、文字盤の頂点で重なるところ。

 針が重なり、ガチャンと内部で歯車の動く音。

続けて、ボーンボーンと重厚な鐘の音が告げる。

すなわち時刻が移って、日付が変わったのだ。


「――時間だな。あれこれと考えを巡らしておく時間はここまでにしよう。開店準備はしてある。宵の暖簾を揚げようか。この店の裏側の営業時間だ。とはいえ、今夜は皆が出払うから実質的にこの店は祈追さんの貸し切りにするんだけどね。よしっ」


「にょ……ヌイナさん?」


 古時計の鐘に聴き惚れて。視線を紙に落とし口を開け、ぽけーとしていたイツキの腕が取られた。


「ほら立って、今のうち準備をしておいてね。そろそろ来てくれるからさ。そうしたら出立だ」


「来てくれる……それで出立ですか……?

誰が来てくれて、どこに出立、出発を……?」


 店の入口に向かって、指が差される。

それと共にヌイナは質問に答えてくれた。


「来てくれるのは、祈追さんを送ってくれる人。

今夜の従業員。その人が来たら出立して、キミは自分自身に巻き付いた忌縁の糸を辿るんだ。その忌譚を使って、助けてもらって、事の真実を知らないといけない。そうしないと、キミにとっての『救い』が何を意味するか深い闇に隠されたまま。僕達も送るべき場所が見つからないからね」


「それを『日の出』までに……なんですね」


「うん。そうだ」


 ヌイナとイツキは頷き合った。


 そうして、ぴったりの時宣だろう。

入口の木扉が、すぅぅと外側から引かれる。


「おっはー」


 そう言い。店内に踏み込んで来たのは、どうにも気怠げで、鋭い眼差しをした長身の綺麗な女性。


「うっ生臭い。なんか腐ったみたいなのも。

なによ、この酷い臭いは。外にもちょっと臭ってたけど、ここからだったのね……また誰かさんが創作料理で失敗でもしたのかしら? 酷い悪臭で鼻がひん曲がったって理由で、今日は欠勤しても許されるわよね。……って、お客さん?」


 イツキは、鼻をつまんだ彼女と目が合う。

 肩に触れない程度のハーフアップな薄い茶髪。切れ長で視線の先を睨んでいるような鋭い眼。170くらいの高身長で、モデル体型の引き締まった身体。そんなヌイナとは方向性の違う綺麗な人だ。

 その服装は大人な感じのカジュアル。黒いレザージャケットに、おへそが出てしまっている少々エッチな短い灰色キャミソール、腰のベルトと一体になったウエストバッグ、黒いスキニーパンツ、履き物は茶色のライディングブーツ。やはり綺麗でお洒落である。


「ヌイナどうし……え、副店長代理じゃない?」


「あぁうん。込み入った事情でね」


 ヌイナは女性に近付き、なにやら長い耳打ち。


 彼女は顔をしかめて、イツキの方を睨む。


「お、おっはー? おはようごじゃいます!

は、はじめまして、私は【祈追 溢姫】でしゅ」


 イツキは睨まれてしまい反射的にびくびく挨拶。

 おまけに、かみかみ、がたがたの挨拶。


「はいはい。おっはー。

……って、なによそのカチカチな挨拶。あなた怖がってる? 怖がってるでしょ? やっぱし、あたしって初対面の人にとって怖いの? あちゃー。勘違いしてほしくないから前もって言っとくけど。別にあなたを睨んだりしてないわ。あたし元々こういう顔だから気にしないでいいわよ」


「あ、はい」


 睨まれていた……のではなかったらしい。


「――彼女は【神波鳴(かみなみな) 美歌(みか)】さん。

祈追さんを送ってくれる、とても面倒見が良くて、気さくで、子供が好きな、優しいお姉さん」


「で、また子守りなの? はぁ……あたし、子供は好きでもなんでもないし。むしろガキンチョが苦手なんだけど。しかも相当めんどくさい厄介事じゃないかしらそれ? 夜のヌイナも居なくなったってなんなのよ。すごい全速力で帰りたいわ――」





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