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きゅんきゅんと春ノ助が楽しそうに鳴いている声が聞こえる。ぴこぴことおもちゃの鳴る音も聞こえてきて、重い瞼を持ち上げる。
一番に目に入ったのは、見知らぬ天井だった。古い木目の天井は、レトロな照明がぶら下がっている。声のする方に顔を向ければ、春ノ助が何かで遊んでいる。それがきゅっきゅっと音を立てているようだった。
「……春、春ノ助」
愛犬を呼べば、ぱっと顔を上げてこちらに駆け寄って来る。ころころと赤いゴムのボールが転がっていく。
春ノ助を撫でながら、紗和子は体を起こす。
服は、そのままだったが、ふと違和感を覚えて袖をめくる。白い包帯が見えた。なんでだろうと考えて、綾小路に掴まれた箇所だと思い出し、一気に頭が覚醒する。
公園で綾小路に見つかって、腕を引っ張られて、春ノ助を蹴られそうになって庇った。その時、助けてくれた男性がいたのだ。
だが、その辺の記憶が随分と曖昧だ。どうしてここにいるのか分からない。
「こ、ここどこですか……?」
春ノ助を抱き締めて部屋の中を見回す。
八畳ほどの和室だ。枕元に紗和子の風呂敷バッグとエコバッグが置いてあった。中身を確認すれば、スマホも財布も全て入っている。エコバッグの中身も拾い集めてくれたのか、全て揃っている。落ちて転がった缶詰は、少しへこんでいた。
部屋の南側には出窓があって、向かって左は壁、右手には襖、頭側にも襖があった。他には特に何もなく、殺風景な部屋だった。
紗和子は、おそるおそる立ち上がり頭上の襖を開けてみた。春ノ助がちょこちょことついて来る。
「あ、押し入れ……」
そちらは押し入れだった。下段で随分と趣のある扇風機が俯いているだけで、少し、埃とカビの臭いがする。
なら、こっちかなと右手の襖を開けると廊下へと出た。玄関脇の部屋だったらしく、出てすぐ左に昭和を感じる玄関がある。すりガラスに細い格子の玄関扉の向こうは、薄明るい。夕暮れというにもまだ早い時間帯のようだった。
とても風情のある家だった。何故だか、懐かしいと感じる雰囲気がそこかしこにあった。
紗和子がいた部屋の正面には部屋があった。半分開いた襖の向こうはやはり和室だが、長い机が見える。その向こうにも部屋があるのだろう。二間続きの部屋の前には、日当たりのよい廊下が続いている。縁側、というやつだろうか。
「……む、難しいですね、おかゆというのは」
不意に男の声が聞こえて肩が跳ねる。
だが、どこかで聞いた覚えのある声で、紗和子は自分を助けてくれたあの背の高い男の人を思い出した。彼なのだろうか、と声がしたほうへと歩き出す。
隣は居間だった。丸い卓袱台が置かれていて、座布団が二枚、傍に置いてある。
「危ないので、薫は近づいてはだめですよ。……ええ、そうですね。では、何かお匙を出してくれますか」
他にも誰かいるのだろうか。返事はないが、彼は誰かと話しているようだった。
失礼しますと断って居間へと入る。居間の向こうの擦りガラスの引き戸の向こうに人影があった。随分と小さく、たぶん、子どもだろうことが分かる。
「わんわん!」
春ノ助が急に嬉しそうにほえた。すると擦りガラスの向こうの影が動いて、引き戸が開けられる。
お人形さんのように愛らしい少女が顔を覗かせた。
天使のわっかが浮かぶさらさらの長い黒髪にぱっちり二重の大きな瞳。年は、四歳くらいだろうか。
だが、紗和子と目が合うと猫の子のように驚きをあらわに、ぴしゃりと引き戸が閉められてしまった。
紗和子が戸惑っていると少しして男性が顔を出す。
やっぱり公園で紗和子を助けてくれた人だ。確か、千春という名前だった気がする。着物の袖を襷がけにして、お玉を持っている。
「あれ、紗和子さん、起きられたんですね」
静かに染み渡るような声が尋ねてくる。
「は、はい。あの、千春さん、ですよね? 私、あんまり覚えていなくて……どうして、私はここに」
「紗和子さん、あの後、気を失ってしまったんですよ。知り合いのお医者さんに診て頂きまして、気を失っているだけだということで我が家に連れて来たんです。申し訳ないですが、お財布の中の保険証を拝見させていただきました。あ、隣町なので、そう離れてはいませんよ」
「そうだったんですね。とてもご迷惑をおかけしてしまって……なんとお詫び申し上げればいいか」
紗和子はぺこぺこと頭を下げる。
「大丈夫ですよ、お気になさらないでください。腕の怪我も一応、湿布を貼ってもらいましたが、酷く痛むようならもう一度病院に」
「いえ、全然、大丈夫です。鈍い痛みはありますが、この通り、動きますので」
紗和子は慌てて右腕を振って見せた。千春は、ほっとしたように表情を緩める。
不意にあの女の子が千春の着物の袖を引いた。可愛い顔がやけに焦っていて、必死に反対側を指差している。
千春が振り返り、紗和子もその向こうを覗き込む。
少しごちゃっとした台所のガスコンロの上でもくもくと黒煙が上がっている。
「ああ、またやってしまった! 紗和子さん、薫を頼みます!」
千春がお玉を放り投げ、ひょいと薫を抱き上げ、紗和子に押しつけると慌ててコンロに走って行く。紗和子は、咄嗟に薫を抱きとめて目を瞬かせる。
「熱っ!」
「ち、千春さん⁉」
ガタンッと音がして、土鍋と思しきものが床に転がる。思わず駆けだしそうになるが、千春に「動かないください!」と声と手で制され、足を止める。
「すみません、料理が得意ではなくて……ちょっと土鍋がまた一つ犠牲に……っ」
千春は転がる土鍋の前で悔しそうに無傷のほうの手で拳を握りしめた。
ここから見る限り、幸いにも土鍋は派手に割れているわけではなかった。取っ手の部分が欠けて、一緒に落ちた蓋が真っ二つになってはいるが。
「薫ちゃん、下ろしますよ。春ノ助とここにいてくださいね。危ないので居間から出てはいけませんよ?」
こくり、と薫が頷いた。畳の上に下ろすと春ノ助を撫で、一緒に一歩下がった。
紗和子は一度、居間を出て玄関の脇に置かれた籐のスリッパラックから一組借りて、台所へ戻る。
千春は、ざぶざぶと水道で左手を冷やしていた。ここから見る限りだと左手の中指と人差し指の腹が真っ赤になっている。
「火傷されたんですか?」
「慌てていたもので、うっかり触ってしまって。すみません、すぐに片づけます」
「いえ、だめです。火傷はしっかり冷やすか否かで重症の度合いが変わって来るんですから、最低でも十五分は流水で冷やしていてください。ここは私が片付けてよろしいですか?」
「分かりました。すみませんがお願いします。あ、僕邪魔ですよね、洗面所のほうに行きます」
「千春さん、掃除機か、箒と塵取りはありますか?」
「薫、納戸に案内をしてあげて下さい」
薫がこくりと頷く。随分と無口な子のようだ。
「すみません、薫は訳があって喋れないのです。でも、耳は聞こえていますから」
「そう、なんですね。分かりました」
こっそりと千春が囁いた言葉に頷き、紗和子は居間へ戻り、入る前にスリッパを脱ぐ。
「薫ちゃん、案内してもらってもいいですか」
左手を膝について屈みこみ、右手を差し出して尋ねると、薫はこくんと頷いて、紗和子の手をとってくれた。小さなふくふくとした手は可愛らしい。
薫に手を引かれて居間を出る。春ノ助がとことこくっついて来る。
縁側を真っ直ぐ行った突き当りにドアがあり、そこを開けると半畳の納戸があった。ここも随分とごちゃっとしているが、何とか箒と塵取りを見つけ出し、ついでに薫がバケツとまだ封も切られていない三枚入りの雑巾も見つけてくれた。
「ありがとう、薫ちゃん」
御礼を言って受け取ると薫は、少しだけ照れくさそうに笑った。とても可愛い。両手が掃除用具で塞がっていなかったら、頭を撫で繰り回していたかもしれない。
それから台所に戻って、雑巾で土鍋を拾い上げて、とりあえずビニル袋に入れている。何を作っていたのか、土鍋の中には真っ黒な炭のようなものが貼り付いていて、これのおかげで土鍋は砕け散らなかったようだ。
大きな破片はビニル袋に入れる。窓を開けて箒を掛ける。薫は春ノ助と一緒に居間で紗和子を見ている。
流しの前に敷かれていたキッチンマットも勝手口から裏へ出て叩き、勝手口に畳んで置いておく。破片の心配もあるため捨てるか、洗ったほうがいいだろう。
再び、キッチンに戻って破片がないか丁寧に確認して、雑巾を掛ける。割と埃だらけだったのか、真っ白だった雑巾はすぐに黒く汚れてしまった。
不意にぐいっと袖を引かれて振り返れば、安全だと思ったのか薫が傍にいた。その手には白いぞうきんを持っている。
薫はしゃがみこむと雑巾で床を拭くジェスチャーをした。
「もしかして、手伝ってくれるんですか?」
こくこくと薫が頷く。
もう破片の心配もないだろうし、もう一度、拭きたかったので紗和子は笑顔で頷き、薫の雑巾を濡らして絞り、彼女に渡す。
「雑巾は、隅から隅へかけるんですよ」
こくりと頷いて薫がしゃがみ、タタタっと駆けるように雑巾がけをしてくれる。幼児の身軽さをうらやみながら、紗和子も雑巾をかける。
コンロの近くは油汚れが酷いので洗剤が必要だが、生憎と薫に許可を取って開けた収納のどこにも専用の洗剤はなかった。
雑巾を片付けて流しで手を洗い、流しの中に放置されていたお皿やフライパン、何やら料理の痕跡と思われる包丁やまな板を洗って片付ける。薫は、普段もお手伝いをしたり、何がどこにあるかをよく見ているようで、紗和子が尋ねると指差しで教えてくれた。
さっぱりしたところで千春が戻って来る。
「すみません、何から何まで」
「いえ、こちらこそ勝手に……火傷、大丈夫で……はないですね」
千春の左手は中指と人差し指の腹と指の付け根の辺りが真っ赤になって、水ぶくれができていた。
「近くに病院があるので、行って来てもいいでしょうか?」
「も、もちろんです」
「すみません。それと、本当に重ね重ね申し訳ないのですが、薫と一緒にいて頂けないでしょうか? もうすぐ暗くなりますし……家にあるものは自由に使って下さってかまいませんので」
「分かりました。助けて頂いたのは私ですし、出来ることなら何でも言って下さい」
「ありがとございます。薫、紗和子さんと春ノ助くんとお留守番できますか?」
こくり、と薫が頷いて紗和子の手を取った。胸がきゅんきゅんするのを抑えながら、笑みを返すと、薫は安心したように口元を緩めた。
千春は、その様子を見てほっと息をつくと紗和子とチャットアプリの連絡先の交換をして、「行ってきますね」と出かけて行った。
「薫ちゃん、自己紹介がまだでしたね。私は、如月紗和子といいます。よろしくお願いします」
うんうんと薫は頷いて、紗和子の手を引き、居間の座布団の上に座るように促される。紗和子が腰を下ろすと薫が居間を出て行く。春ノ助が嬉しそうについて行った。
ふう、と息をついて部屋の中を見回す。
台所と居間の間には、作りつけの棚があった。下の方は壁になっているが、台所側には戸が有って収納になっていて、先ほど、洗剤を探している時に開けるとカップ麺やレトルトなどが備蓄されていた。上のほうは居間の方も台所の方もすりガラスのガラス戸で、どちらからも使えるようになっていて、救急箱やお菓子がしまわれている。
その棚の隣には、お仏壇が置かれていた。
「……奥様、でしょうか。でも、隣にいるのは千春さんじゃないですね……」
お仏壇の中に飾られている写真は二つあった。一つは老夫婦が並んで写っているもの。もう一つは随分と若い三十代前半くらいの男女の写真だった。男性は柔和な顔立ちのイケメンで、穏やかに微笑み、その男性に横から抱き着くように輝く笑顔の女性が写っている。
とととっと足音が聞こえて顔を上げれば、薫がお絵描き帳とクレヨンを持って戻ってきた。春ノ助は、あの赤いボールを咥えている。
「お絵描き、ですか?」
うんと薫が頷き、紗和子にぴったりとくっつくように座った。
いそいそとお絵描き帳を広げて、クレヨンを握りしめた。
それからしばらく、薫とお絵描きで遊んでいたのだが、千春からの連絡に目を瞬かせる。
『とても混雑していて、まだ当分帰れそうにありません……』
「千春さん、まだまだかかるそうです」
いつの間にやら紗和子の膝に乗って絵を描いていた薫が、しょんぼりと肩を落とし、お腹をさする。
「薫ちゃん、お腹が痛いのですか?」
ふるふると薫が首を横に振るのと同時に、ぐぅぅぅと可愛らしいお腹の虫が鳴いた。時計を見れば、既に七時を回っている。
「ちょっと待って下さいね」
紗和子は慌てて千春にチャットアプリでメッセージを送る。
『お疲れ様です。
薫ちゃんが、お腹が空いたみたいなので夕ご飯を先に頂いてもよろしいでしょうか?』
すぐに既読がつく。
『こちらこそお願いしてもよろしいでしょうか?
台所のものを好きに使って下さってかまいません。
台所と居間の間の収納にカップ麺もありますので。そんなもので申し訳ないのですが紗和子さんも一緒に食べて下さいね』
『ありがとうございます。
薫ちゃん、アレルギーとかありますか?』
『ありません。
ピーマンが少々苦手です』
『了解しました。
台所、お借りします』
やりとりを終えてスマホを置く。
「薫ちゃん、何か食べたいものはありますか? 私、こう見えてお料理は得意なんですよ」
薫がぱっと顔を輝かせると紗和子の膝を降り、居間を飛び出していき、すぐに一冊の絵本を持って戻ってきた。
表紙に『こもれび森のレストラン』と書かれている。ぱっと開かれたページでは、熊の子どもが美味しそうなオムライスを食べている。
「オムライス、食べたいんですか?」
こくこくと薫が一生懸命頷いた。
「材料があれば作れますけど……一緒に見に行きましょうか」
今度は紗和子が薫の手を取り、台所へ向かう。春ノ助は居間でお留守番だ。
食器棚の真ん中の広いスペースに電子レンジと並ぶ炊飯器を開ければ、十分な量のご飯があった。流しの横の冷蔵庫を開ける。オムライスの重要な決め手である卵とケチャップは見つかった。量も数も十分だ。
「でも鶏肉がないですね……あ、これでもいいですね」
見つけたのは、ソーセージだ。チキンライスならぬソーセージライスをくるんだオムライスも美味しい。
「薫ちゃん、オムライス、出来そうですよ」
心配そうに見守っていた薫が嬉しそうに笑った。可愛い笑顔に頭を撫でると春ノ助が「僕も僕も」と割り込んで来て、薫と一緒に笑いながらふわふわの頭を撫でた。
チルド室からベーコンを野菜室から玉葱とニンジンとキャベツを取り出す。なんだかすべてが一緒くたに押し込められていて、葉物が少しくたびれていた。
紗和子がニンジンを洗っていると薫がくいくいっと袖を引く。いつの間にか彼女専用のものだろう踏み台に乗っている。
「お手伝い、してくれるんですか?」
こくこくと薫が頷く。髪が邪魔になるといけないからと手首につけていたヘアゴムで薫の髪をポニーテールにする。自分の髪も同じように結んだ。
「じゃあ、玉葱の皮をむいてください」
玉葱を二つ、薫に渡すと小さな手で一生懸命剥き始める。
それを横目に入れつつ、ニンジンの皮をざっと剝き、賽の目に切る。キャベツは洗って芯を取る。キャベツの芯は包丁で押しつぶしてから、ニンジンと同じくらいの大きさに切る。一度、潰すことで味が染みやすく、柔らかくなる。葉の部分も一センチ角に細かく切る。ソーセージも薄めの輪切りにしておく。
薫が剥いてくれた玉葱は、一つは賽の目切り、もう一つはみじん切りにする。冷蔵庫で冷やされていた玉葱は、それほど目に染みることはない。
まず鍋を取り出して、油を回しいれベーコンと賽の目に切った玉ねぎを炒める。玉ねぎが半透明になったら人参とキャベツを入れてさっと混ぜ合わせ、水を入れる。
調味料の引き出しを開ければ、コンソメがあったのでそれを入れて、他に料理酒とみりんを少々、塩コショウをして蓋をする。
次にフライパンを取り出して、油をしき、みじん切りの玉葱を炒める。
「薫ちゃん、卵を四つ出してもらっていいですか」
ボウルを渡し、指を四本立ててお願いすると薫ははりきって冷蔵庫に向かう。
その背に笑みを零し、紗和子はフライパンにソーセージを投入し、ケチャップを入れて炒めたら、ご飯を投入。塩コショウをして、よく混ぜ合わせれば、オレンジ色のケチャップライスの完成だ。野菜スープもニンジンに火が通ったので、塩で味を調え火から降ろす。
「では、薫ちゃん、卵を割ってくれますか?」
薫が真剣な顔で頷き、踏み台に乗って卵を構える。紗和子は、ボウルを抑えて、その様子を見守る。
慎重に慎重に薫が卵を割るが、一個目はぐしゃりと潰れてしまった。
泣きそうな顔で振り返る薫に「大丈夫ですよ」と返して新しい卵を渡す。
「欠片を取れば食べられますから」
大きな欠片を取り、小さな欠片も菜箸で取り除く。
「卵はそっと、開くようにするといいですよ、一個、割って見せますね」
紗和子は、卵を手に取り、ボウルの淵にコンとぶつけて日々を入れ、両手でぱかりと割る。お月様みたいな黄身がぽとんと落ちた。
薫がトライした二個目は、殻は入らなかったが、黄身が割れてしまった。だが、三度めではぱかんと綺麗に割れた。
「上手ですね。よくできました」
ぱちぱちと拍手をすると薫は照れくさそうに首を竦めた。
絵本のオムライスは、オーソドックスな薄焼き卵で包み込むタイプのものだった。
フライパンが一つしかないので、チキンライスを大き目のボウルに移して、フライパンを洗う。その間に薫にお皿を出すように言うと、少し考えてから大きな平べったいお皿を出してきてくれた。
「では、いきましょうか」
熱してからバターを溶かしたフライパンにお玉で卵を入れて薄く広げる。チキンライスを投入し、手首を使ってフライパンを揺すりくるりと巻いてお皿に移せば絵にかいたようなオムライスの出来上がりだ。
ぱちぱちと薫が拍手をしてくれるのが気恥ずかしい。
自分の分と千春の分も作ってお皿に盛る。千春の分はラップをしておいておく。
薫がケチャップを構えている。
「ふふっ、私の分もお願いしますね」
紗和子の言葉に薫が嬉しそうに頷き、オムライスにケチャップを掛ける。
その背中に笑みを零して、お椀に野菜スープを注いで、卓袱台に運ぶ。薫も仕上げを終えたオムライスを順番に運んでくれた。水とスプーンも用意して座布団に並んで座る。
春ノ助はお腹を上にしてのびのびぐっすりと眠っている。
「いただきます」
薫もぱちんと手を合わせる。
オムライスの上には、犬っぽい絵があった。先程のお絵描きの時にも思ったが絵がとても上手だ。薫のオムライスには、猫が描かれていた。
薫は、スプーンでオムライスを掬って、ぱくりと食べる。途端に、きらきらと輝きだした顔と忙しなく動き出したスプーンに紗和子は、ほっとすると同時に嬉しくなって、自然と顔が綻んだ。