どこにでもある熱い涙
短編です。続きを書いたりする予定はありません。誰かしらの共感を得られたらうれしいです。
全国高等学校総合体育大会卓球競技大会の地区予選。高校3年生の僕たちはこの大会を最後に引退する。そして僕らは恐らくその最後の試合に臨むことになった。
僕たちの高校は1回戦で当たれば他校からラッキーと思われるほどの弱小校だった。その代わりに周辺地域の公立高校の中では偏差値が最も高く、大学進学の高い進学校だ。そんな高校に通う僕たちの本業は学業だという自覚はある。だから勉強もしっかりとやってきた。特に僕たち卓球部は、「卓球は集中力が鍛えられるから学力向上にも繋がる」という謎理論を放つ顧問の圧力もあり、勉強もしっかり頑張ってきた。お陰で卓球部全員が成績順で学年上位に位置している。だが大抵のスポーツは集中力を要するので、卓球だけが成績が良くなるスポーツということはないと思っている。
勉強を頑張ってきたからといって、部活に手を抜いてきたつもりはない。僕たちに進学校の学生にとって勉強はやって当たり前のことだった。対して部活動は、自分たちがやりたくてやっていることだと言える。やりたいことをやる時に手を抜く人は少ないだろう。だから僕たちもいたって真剣に部活動に取り組んできた。
それなのに弱小校となった理由は何かといえば、才能と環境の差だろう。
実は、才能に関しては必ずしも才能が無い者が集まるわけではない。というのも、才能のある人が全て強豪校に行ってしまう訳ではないからだ。特に僕たちの様な進学校には、頭が良くて運動の才能もある人が勉強を優先して入学してくることも珍しくない。実際に僕たちの卓球部の同級生にも、中学時代に団体戦で全国大会出場を果たした学校でキャプテンをしていた康太がいる。康太はスポーツでも結果を残せる才能があると言っても良いだろう。でも残念ながら僕の様に才能の無いやつの方が多いのは覆しようもない事実だ。
環境についてはもっと覆しようの無い差があった。比較対象として、僕らの地区にはスポーツに力を入れている私立の総華高校がある。その総華高校は中学時代に部活動で優秀な成績を修めた人を推薦入学でかき集めており、卓球部でも中学時代に有名だったやつが集まっているらしい。僕は中学時代の部活動でパッとしない成績だったので中学時代に上位の大会で活躍して有名だったやつなんて知らないが、全国大会に出場した経験のある康太によれば、総華高校には見知った顔ぶれが沢山いるらしい。
スポーツというものは上手い人と練習した方が上達しやすい。既に上手い人を集めた総華高校は上手い人同士で日頃から練習できるため更に上達することだろう。一人二人上手い人がいるだけの僕らの様な部活とは実力差が広がるのは当然の帰結だ。
それだけではない。スポーツ推薦で高校に入学した彼らの平日の日程は、早朝から朝練し、午前中は授業だが、午後からはまるまる部活動をしているのだそうだ。一方僕らは午後もみっちり勉強漬けの日々で、部活動は放課後2時間だけ。練習時間の差は倍以上あるだろう。
更に設備の充実度合いも異なる。利用できる体育館の面積、卓球台の数、自動でボールを出してくれるいわゆる卓球マシーンの有無なども圧倒的な差がある。
そして何より大きな違いが、コーチの存在だ。私立スポーツ校ならではかもしれないが、彼らには顧問の他にコーチが数人付いている。コーチは当然卓球の実力者で、その中でも指導者としての道を歩んでいる人たちだ。よい指導者に指導を受けたれば上達が早いのは当然だろう。総華高校にスポーツ推薦で入学した人たちには上達するためのあらゆる環境が整っているのだ。対する僕らの部活には、顧問はいるが卓球は素人の教師で、卓球に関する指導などは一切なく、練習メニューも自分たちで考えてやってきた。
これだけ環境が違えば実力に差が出てしまうのは仕方ないことだろう。公立進学校の部活動と私立スポーツ校の部活動を比べても、高校の存在目的が違うのだから仕方ないとは思う。だが現実問題、僕らにとって最後の大会で、一番頑張りたかった団体戦で総華高校と対戦することになったのだ。
流石は私立スポーツ校。総華高校は団体戦もシードで決勝トーナメントからの出場だそうだ。その総華高校と対戦するということは、そう、僕たちは弱小校と侮られながらも3年間努力を続けて、今年は予選リーグを突破することができたのだ。ちなみに予選は4校のリーグ戦で、2位までが決勝トーナメントに出場できるのだが、僕たちは2勝1敗の2位で予選を突破することができた。そして決勝トーナメントの籤引きでは見事にシード校の隣を引当ててしまったのだった。
2校の団体戦に出場するメンバーが整列して向かい合い挨拶を交わした。そしてそれぞれの陣地に引き上げた。
陣地に戻ると直ぐに康太が小声で話しかけてきた。
「あちらは初戦とあって定石通り一番手にエース級を持ってきたな。避けて二番手にして良かったよ。二番手のやつとは中学時代に対戦して勝ったことがあるから、何とか勝って後半に回すからな。」
「ああ、余裕だと思っているだろうあいつらを焦らせてやろうぜ。」
「でも4番手は磯部だな。大丈夫か?」
「正直なところ勝てる気はしないが、一矢報いるくらいはしてやるさ。」
「そうだな。絶対油断しているだろうから、焦らせてやれ。本気を引き出せたらこっちの勝ちだろ。そのためにも、まずは一勝してくるよ。」
「勝てよ!康太!」
激励のために康太と軽く握り拳をぶつけ合うと、康太は直ぐに背を向けて戦場である卓球台へと向かった。
この大会の団体戦は5戦して先に3勝したチームが勝利となる。1戦目と2戦目がシングルで、3戦目がダブルス、4戦目と5戦目がシングルだ。決勝トーナメントでは団体戦1試合に卓球台2台が割り当てられており、1戦目と2戦目は同時に始まる。康太は2戦目なので直ぐに試合だ。1戦目は僕たち3年の中では一番弱い若下に出て貰っている。申し訳ないが若下は完全な捨て駒だ。若下だけでなく総華高校と比べたら僕ら全員が捨て駒にしかならず、唯一勝てる可能性があるのは康太だけだ。その康太もあちらのエース級と当たったら勝てる見込みはない。だからエース級を出すのが定石の1戦目を避けて2戦目に出て貰った。
3戦目のダブルスは、シングルの腕を磨きつつダブルスのコンビネーションも磨かなければならないのでシングルよりも練習量が必要な競技だ。この大会ではシングルとダブルスを兼任してもよいのだが、選手層の厚い総華高校は当然のようにダブルス専門の選手を用意している。普段からダブルスを専門として練習をしている彼らと、普段はシングルの練習だけで大会直前に少しだけダブルスの練習をする僕らのやり方でははなから勝負は見えている。だから3戦目のダブルスも最初から捨てている。選手層の薄い弱小校では良くあることだと思う。
1戦目と3戦目は捨てているので、僕たちの勝ち筋は2、4、5戦目のシングルを取ることだけだ。もし2戦目で負けたら3タテで4戦目、5戦目を待たずに負けが決定してしまう。だからエースの康太は2戦目で確定。何とか勝って後半に繋げて欲しい。
4戦目は僕。そして5戦目は裕樹だ。5戦目は試合を決するというプレッシャーがかかってくるため、粘り強い守備的な選手を置くことが多い。うちはそれを逆手にとって、守備的な選手を相手にするのが得意な裕樹を5戦目に配置している。総華高校の5戦目は狙い通り守備的な選手なのだが、僕らと同学年ながら1年前の2年生の時にシングルで全国大会まで行った選手だった。いくら得意な戦型とはいえ、勝つのは難しいだろう。
1戦目の若下があっさり負けた。康太は接戦で、まだ第1セットも終わっていない。うちはダブルスで勝てる望みがほとんどないが、それでも個人の力で勝てる可能性を考えてダブルスには康太と僕をエントリーしていた。1戦目が終わり卓球台は空いたが、康太が試合中のためダブルスは開始できないということで4戦目を先に開始することになった。僕の出番だ。
4戦目の僕の相手は磯部という2年生だ。磯部は中学時代に康太と同じ学校だったそうだ。康太がキャプテンだった時に全国出場を果たした原動力となった選手でもある。磯部は親が卓球選手だったそうで、幼いころから親に厳しい練習をさせられていたそうだ。そのため中学校に入学した時点で3年生にも勝てるほど強く、相当に生意気だったらしい。高校2年生となった今は更に体も態度もとても大きくなっている。
層の厚い総華高校で2年生なのにこうして団体戦に出てくることからも分かる通り、磯部は相当強い。全国クラスの実力を持っており、地区予選の決勝トーナメント一回戦なんて、磯部にとっては肩慣らしにもならないだろう。だから大いに油断している。磯部は今日、大会の会場に入ってからウォーミングアップをしている様子はなかった。その舐めた態度を崩してやり、本気を出させる位が僕の限界だろう。
「よろしくお願いします。」「しゃーす。」
卓球台の前で向かい合い挨拶を交わした。磯部は僕の声に被せて「しゃーす。」といい加減な挨拶をしてきた。こいつにとって僕なんか敬意を払うまでもない雑魚なのだろう。その鼻を明かしてやりたい。そう思いながら試合に臨んだ。
試合は1ゲームが11点先取で勝利となり、どちらかが3ゲーム取ったら勝利となる5ゲームスマッチだ。1ゲーム目は11対3であっさり負けた。3点しか取れなかった。いや、よく3点も取れたな、というほど一方的な試合だった。磯部が強いのはもちろんだが、今のゲームは明らかに僕の調子が悪かった。
調子が悪い原因も分かっている。磯部が左利きなのだ。僕も左利きなのだが、僕の場合はチームで唯一の左利きだった。選手層の厚い総華高校なら左利きの練習相手にもことを欠かなかっただろうが、僕には普段左利きの練習相手がいなかったのだ。球を打ち返せば良いのだからよく球さえ見ていれば利き手なんてそんなに影響しないと思うかもしれない。僕もそう思いたかった。だが、利き手の違いは大きな違和感となって僕を襲ってきた。
思えば僕自身も左利きであることを利用した戦法を多くとってきていたのだろう。利き手側でボールを打つフォアハンドは腕を振り易く強打が打ちやすい。一方で、利き手と逆側で打つことになるバックハンドは腕を振るには難しいが、体の近くでボールを捉えることができるため守備はしやすくなる。そのため、フォアハンドでの攻撃、バックハンドで守備を得意とする選手が多い傾向にある。
また、強打は台の対角線上に打ち込むクロスの方がボールの着地点までの距離が取れるため打ち込みやすい。右利き同士の場合、フォアクロスで強打を放つと、相手にとって守備のしにくいフォア側に打ち込むことになるため、フォアクロスが基本的な攻撃パターンの一つとなる。だが、右利きのフォアクロスは左利きのバックハンドになるため、守備がし易く、強打に対するカウンターを取りやすくなる。だから僕はバックハンドでのカウンターを得意としてきた。また、フォアハンドではクロスを打つときは右利きにバックハンドを吹き飛ばす勢いで目いっぱい強く打つようにしていた。明確に右利き対策を意識してきてはいなかったが、右利きばかりと対戦するうちに自然と右利き対策となるような戦法を身に付けてきたのだろう。
今回はそれが仇となった。左利き同士になった場合に、フォアクロスは相手のフォア側になり、極端な強打を打つ必要はなく、むしろミスの確率を下げるような打ち方をすべきだった。いつも強打が飛んでくるバック側のクロスは、相手にとってもバックなのでパワーは落ちるがタイミングが早くモーションの少ない攻撃が多く、カウンターを取るのは難しくなっていた。左利き同士の場合にバック側で必要なのは丁寧な打ち合いの技術だと感じた。何よりタイミングの違いで調子を崩していることを実感した。構えの差によりフォアハンドはボールを引き付けて打ちやすく、バックハンドは体より前での方が打ちやすい。だからバックハンドの方が打つタイミングが早い傾向にあるのだが、左利きと右利きではフォアとバックの位置が入れ替わる。そのためいつもと相手が打つタイミングが異なっていることが僕の不調の一番の原因だと思う。特に磯部のバックハンドは異常にタイミングが早く、1ゲーム目だけで完全に苦手意識が芽生えてしまった。
このままでは拙い。流れを断ち切り調子を取り戻さなければ。そう思い気分を変えるために隣の台を見た。康太の試合は3ゲーム目に入っていた。ゲームカウントは1対1で、3ゲーム目も接戦になっている。康太は勝つかもしれない。
3年間一緒に頑張ってきた康太が必死に総華高校に食らいついている。僕も頑張らないと。だけど長年右利きばかりと対戦してきた癖は簡単には抜けないだろう。そう思えるだけ長い時間を真剣に、康太や仲間たちと一緒に練習してきた。もう、左利きに慣れて僕の調子を取り戻すのは諦めよう。調子が悪いまま磯部を追い込むしかない。
僕の調子が上がらないなら、相手も同じところに引きずり下ろすしかない。相手の調子を崩すには相手のリズムを狂わせてやればいい。相手が攻めてくると思うタイミングで守り、守るだろうというタイミングで攻めるのだ。何だ。僕の得意分野じゃないか。
2ゲーム目は僕のサーブからだ。僕はサーブが苦手だ。だがレシーブはもっと苦手なのでサーブの方がましだと思おう。得意なのはサーブ、レシーブを終えてラリーになってからだ。先ずは苦手なサーブを乗り越える。
1ゲーム目ではサーブを色々試したが、ことごとく通用しなかった。苦手なサーブで頑張っても無駄だろう。打ちやすいサーブで打たれてからのラリー勝負だ。
バックハンドでストレートに長くて緩いサーブを打った。磯部が構えていた位置からは離れた場所に出したサーブだが、磯部は一瞬でボールに近付きフォアハンドでクロスに打ち込んできた。予定通りっ、強引な大振りで、強打に強打を合わせるっ!
駄目かっ。打ち返せたが台をオーバーしてしまった。磯部は「そんなのが入るわけないだろう」とでも言いたげな顔をしている。だが、磯部の強打に対してフルスイングでもタイミングをばっちり合わせることが出来た。サーブもレシーブも苦手な僕は、一見無謀なこのプレーをこれまでも何度もしてきたんだ。次は入れてみせる。
二球目はバックハンドからクロスで磯部のバック側に同じく長くて緩いサーブを放つ。と、同時に台上の何処に飛んできてもフォアハンドで飛びつけるように、台のバック側へと回り込んだ。磯部はそれを見てからコースを変えたのだろう。僕から遠いファア側にボールを打ち込んできた。だが回り込んだのはバック側に来ると読んだのではなく、何処にボールが来ようとフォアで飛びつくためだ。大きく一歩踏み込み、体勢を崩しながらも強引にスイングする。届けっ!
「シャア!!」
自然と声が上がった。届いた。そして、ポイントを奪った。だが恐ろしいことに、あれだけ無茶をした攻撃も磯部は打ち返してきていた。磯部の返球がネットに掛かったのでポイントすることは出来たが、完全に体勢を崩していたので返されたら終わりだっただろう。
でも一点は一点だ。まだ1対1だが、同点。互角。内情は違うかもしれないがそう思おう。
次は苦手なレシーブだ。だが1ゲーム目を通して気付いたが、磯部のサーブは康太のサーブとリズムが似ている。同じ中学なので同じ練習をしていたせいかもしれない。康太は器用なタイプで多彩なサーブを持っているが、磯部は多彩さでは康太に負けているかもしれない。一つ一つのキレは凄いのでどちらも厄介なことに変わりはないが。
あのキレのあるサーブに対して、レシーブを苦手とする僕が綺麗に返そうなどと思ってはいけない。それから、どんなサーブにでも対応しようなどと思ってもいけない。ある程度山を張る。2ゲーム目最初のサーブだ。しかも相手はこちらをなめている。オーソドックスなショートサーブのはずだ。ショートサーブならストップをしよう。
磯部のサーブ。リズムは通常通り、そして期待通りのショートサーブ。予定通りストップを掛ける。ストップはショートサーブにラケットを合わせて当てるだけで、同じく短いボールを返球する技だ。短いボールは基本的には打ち込まれにくい。だから相手に攻めさせないための技なのだが、レシーブが苦手な僕の場合は違う。短いが高目に浮いてしまった球は相手にとって絶好の攻撃のチャンスとなる。特に磯部は前後動が速いので、間に合わずに攻撃できないなんてことはない。予想通りにスムーズな動きから打ち込んできた。打ち込まれることを予想して一歩下がってあったので、これも強引に打ち返す。返った。だがもう一球打ち込まれる。跳ね返す。もう一球きた。駄目だ。体勢が悪い。ボールを高く打ち上げてロビングで逃げる。磯部がハイボールを叩きつけるようにスマッシュを放つが、台から大きく下がって再びロビングで返す。磯部なら絶対にもう一球打ち込んでくるはずだ。磯部がモーションに入った瞬間にダッシュを掛けて前に出る。感覚を研ぎ澄ませ。台上でカウンター!
「シャア!」
返った。はっきり言ってまぐれだ。でも、練習に裏付けされた実力の伴ったまぐれだ。このパターンは実際に練習している。サーブレシーブで有利を取れない僕が、不利な状態からでも無理矢理得点を奪う手段としてしっかり練習してきたプレーだ。でも成功率は低いので、まぐれ当たりに近い。
何にせよ、これで1点リードだ。まだ2vs1で始まったばかりだが、リードはリードだ。このままいくぞ。
再び磯部のサーブだ。たった今下回転のショートサーブから1点を奪ったところだ。普通ならサーブの球種を変えたりしてくるが、こちらを舐めている磯部は、同じボールでむきになって点を取りに来る気がする。同じボールが来ると山を張る。
予想通り!同じサーブがきた!今度はコートの奥へと返球する。磯部は流れるような動作から上回転のドライブを掛けて強打してきた。バック側に来たのでバックでそのまま跳ね返すと、今度はフォア側に振られて何とか返す。だが戻りが遅れてしまいバック側を抜かれてしまった。
今の一球は失敗だ。考えが足りなかった。もっと明確に点を取るためのイメージを持って臨まないと駄目だ。
次はサーブだ。先手を取られても構わないからラリー勝負に持ち込みたいが、ショートサーブだと磯部の打点とこちらまでの距離が近く反応が難しいし、コースも読みにくい。ロングサーブでいこう。それも、タイミングが合わせやすいフォアで打たせる。ラリーに持ち込めたらボールに毎回微妙な変化を加えてミスを誘おう。
イメージは出来た。サーブは予定通りに磯部のフォア側へ。そして予定通りに磯部が打ってきた。バック側に来たボールに若干の横回転を掛けながら返球すると、磯部もバックハンドで返してきた。今度はフォア側、強めの上回転を掛けて返すが、磯部は再びバックハンドでバック側にクロスボールを打ってきた。バック、フォア、そしてバック。先ほどの失点のパターンだ。ここが攻め所だ!バウンド直後のボールにラケットを被せるように出して早く、速い返球を磯部のフォア側に放つ。次はクロスでフォアだろ!?よし来た!フルスイング!!
「シャアッ!!」
コントロール度外視のフルスイングは台の中央付近に飛び、運よく磯部がスイングし難い位置に入ったため、磯部は返球を詰まらせた。
「クソッ!」
磯部が悔しそうに声を上げた。磯部の心の声が聞こえてくるかのようだ。「あんなまぐれボールにやられるなんてついてねぇな。ちょっとコースがずれてれば余裕で返せたのに。絶対狙ってないだろう。」と言いたいのだろう。その通り、コースはまぐれさ。悔しがってくれ。でも球威は狙い通りなんだぜ。少しでも球威が落ちていれば対処されただろうから、ただのまぐれではなく、僕が呼びこんだまぐれなんだ。
これで3vs2。まだリードしている。もう1本僕のサーブだ。
ロングボールの連続は流石にできない。一撃で抜かれてしまう可能性がある。ここは丁寧に打ちにくい高さのショートサーブを出して、ショートサーブもあることを印象付けよう。ただ、その後の展開が全く読めない。これは捨て玉でもいい。
丁寧に打ったショートサーブは狙い通りの所に落とせた。磯部がどう来るかと身構えていると、ストップを掛けてきた。大丈夫、間に合う。前に踏み込み深めに返す。磯部の構えが見える。打たれる!前に踏み込んだ状態では返せない!体勢を崩しながらも一歩下がって迎撃体勢を取る。フォアに来た。跳ね返す。もう一度フォア。球威が強い!堪らずロビングで逃げてできた時間で後ろに下がる。下がり途中に磯部がスマッシュの体勢からフェイントを掛けてネット際にボールを落としてきた。駄目だ。動けない。届くはずの無い手を思い切り伸ばして追いすがるも、返せるはずが無かった。3vs3。
磯部はにやにやしている。「別に真剣になって打ち込まなくても簡単に点は取れるんだぜ」と言っているような気がする。だが、僕には今のプレーで好機が見えた。今、磯部は攻めるべき場面で攻めなかった。僕がロビングで逃げたのは苦し紛れだ。攻撃的なスタイルの磯部なら、今のは打ち込むべき場面だった。もちろん反撃の機会を残すためのロビングだったが、下がり切れずにほとんど死に体の僕に対して、磯部はスマッシュを打たずにフェイントを掛けたのだ。つまり、僕のカウンターを恐れているということ。そして、磯部は自分のスタイルを崩して戦っているということ。ようこそ。「泥仕合」へ。
そこからはお互いのミスの様な形で得点を重ねていくことになった。
磯部のサーブを浮かせてしまいスマッシュを打たれるが、カウンターで返してラリーになり、長引くラリーに痺れを切らした磯部がバックハンドで決めに掛かるが台から逸れて4vs3。
次の磯部のサーブにレシーブをミスして4vs4。
僕のサーブ。打たれにくいショートサーブを出すも、台上の攻撃し難い球を打つフリックで攻められる。だが僕のサーブはフリックの練習のためにあるようなキレの無い台上にあるというだけのサーブなので、フリックは想定内。慌てず跳ね返してラリーに持ち込むと、磯部が一歩下がって守備的なカットで返してきた。磯部の下回転のカットに上回転を掛けるドライブで2球返し、3球目で強いドライブを掛けようとするが台をオーバーしてしまい4vs5。磯部の「お前のドライブくらいなら遊びで覚えたカットでも余裕で返せるぞ」とでも言いたげな顔にムカついた。
次のポイントも全く同じ流れから磯部がカットに入り、ドライブで返す。今回は焦らず丁寧にドライブで返し続けると、5球続いたところで磯部がカットをミスして5vs5。磯部は「不慣れなカットでミスしても仕方ないな」といった顔をしていた。
磯部のサーブ。レシーブでボールが浮いてしまいスマッシュを打たれてカウンターで合わせたが、ミスしてしまい5vs6。
次は磯部のサーブを上手く返せたが、磯部がドライブで3球目攻撃してくる。跳ね返して5球目の磯部のスマッシュをカウンターで迎撃し、今度は成功して6vs6。
僕のサーブ。ショートサーブをストップされて攻撃に移れず、4球目で磯部からドライブを受けて守勢に周る。辛うじてその後2回は返せたが、磯部が急にペースを落として繋いできたボールに力んでしまい、強打を外して6vs7。
再びショートサーブ。磯部はバック深くに返してきたのでバックハンドドライブで攻撃。磯部は少し高く跳ね上がったボールを叩きつけるようにスマッシュしてきたが、ネットに引っ掛かりミスとなり、7vs7。
磯部のサーブ。レシーブミスでボールを浮かせてしまったが、台のエッジでイレギュラーバウンド。磯部は辛うじて拾ったが、チャンスボールが上がりスマッシュを決めて8vs7。
次の磯部のサーブは上手くレシーブ出来たが、3球目から磯部の攻撃を耐える展開となる。耐えて耐えて、攻撃が緩んだところで攻撃的なショットを放つが、台から外れてしまい8vs8。
次は僕のサーブからだ。8vs8。あと3点、11点を先に取った方がこのセットを取ることになる。10vs10のデュースに持ち込まれると自力で勝る磯部には勝てる気がしない。この3点が勝負所であり、このサーブが重要だ。
まだ温存してきた、というよりは使いどころが無かった技がある。通常のドライブのスイングだが、手首だけを逆に反って打つことで打球の方向と回転を変えるドライブ。フォア側にボールが来た時だけしか打てないし、クロスに打つと見せかけてストレートに飛ぶという一種類しか打てない。その上僕のフォア側からのストレートは、磯部にとって守備のし易いバックハンド側だ。本当に温存していたというよりは、使いどころが無いから使えなかっただけの技。でもこの技は、一度だけなら康太にも有効な技だ。ここで出すしかない。
確実にフォア側に打たせたい。それも長目の下回転が欲しい。となると、キレのある下回転サーブがベストだ。返してくるコースは磯部次第だが、バックとフォアの二択なら勝算は50%だ。
キレのある下回転サーブは卓球選手の基本的なサーブと言えるだろう。もう卒業した二つ上の先輩に、異常にキレのある下回転サーブと、それと全く同じフォームから同じ弾道の無回転サーブを放つ先輩がいた。その先輩は二つのサーブを使い分けて相手を翻弄するスタイルだったが、それがとても強かった。一年の頃はその先輩に言われて必死に下回転サーブの練習をしたものだ。もちろん今も練習は続けており、キレのある下回転サーブを打つことは出来る。だがコントロールが効かずに成功確率が80%程度しかない。
オーソドックスな下回転サーブで成功確率80%では実用レベルに無い。だから普段は使わないのだが、ここぞというときに1点だけ取るためであれば使うことができる。実際にこれでサービスエースを取れることもある。他の人であれば何の変哲もない下回転サーブが、ほぼ無回転しか出さない僕が使うとエース級のサーブになるのだから卓球は面白い。
緊張が態度に現れないように注意しながら構えに入る。いつもと違うサーブを出すことを気取られてはならない。成功確率80%だ。いつも通りできれば成功する確率の方が高い。大丈夫と自分に言い聞かせる。サーブが成功しても次で決められなければ意味が無い。フォア側に来たなら手首を反ってドライブ。バック側だったら、何とかしのぎラリーに持ち込む。
「サァ!」
掛け声を掛けてからサーブを放つ。僕の中では目一杯の下回転サーブが磯部のフォア側に飛んでいく。磯部は教科書の様な美しいツッツキで返してきた。コースはフォアクロス!ここで行く!
フルスイングで放ったドライブは、磯部のバック側の台ぎりぎりという良いところに決まり、予想していなかったコースに飛んだボールに磯部は触ることもできなかった。
「シャアッ!」
きた!完璧に決まった!これで9vs8だ!しかも多分この試合初めての、磯部をノータッチで抜いた攻撃だ!
この勢いに乗りたいが、今のサーブ自体は完璧に返されたことを忘れてはいけない。この試合初めて出した僕の目一杯の下回転サーブは、教科書通りの綺麗なツッツキで返された。あれが出来るなら他の返球もできるだろう。成功確率80%しかなく、失敗のリスクを冒してまで使ったサーブなのに悠々と返されてしまったため、この試合中にもう一度使うことは出来なくなった。
それから、得点に繋がったドライブは初見殺しの奇襲攻撃でしかない。しかも2分の1の掛けに勝って運良く打てただけだ。これまたこの試合中に使う機会は無いかもしれない。
この1点で失った武器は大きいが、それだけの価値がある1点だ。このセットだけは絶対に取る!
もう1球僕のサーブだ。サーブも苦手とは言え、戦術を組み立てやすいサーブの方がレシーブよりは有利なことに違いはない。この1本も確実に取りたいところだ。
下回転サーブは封印だ。もう奥の手となるようなサーブは無い。だが、戦術的には一つだけ可能性がある。このセットの最初以降、サーブはショートサーブだけで勝負してきた。もしかするとロングサーブなら奇襲効果があるかもしれない。
卓球のサーブはラケットで打った後、自陣でワンバウンドさせてからネットを超えて、相手陣内でバウンドさせる必要がある。サーブにおけるボールの垂直方向の移動を考えると、自陣に接してからネットを超える高さまで上がり、基本的には地球の重力に引かれる落下運動だ。そのためどんなサーブでも一定の時間が掛かる。水平方向についてはその時間で台の端から端まで以上の距離を進んではいけない。つまり、出せる球速には限界があるのだ。その球速の限界が出せるのが、限られた時間で台の端から端まで移動するロングボールなのだ。そこに回転を加えることで落下速度に多少の変化も加えることができ、最速のサーブは上回転でクロスに打つロングサーブと決まっている。
どうせ奇襲をするなら最速のサーブだ。だが、バックハンド側からのクロスは磯部が構えていて、ディフェンスのしやすいバックハンド側に打つことになる。かといってフォア側からのクロスは、自分がフォア側に立つことを意味しておりバック側を広く開けることになる。バック側へは飛びつきにくく、隙を作りたくないため普段はバック側からサーブを出している。急にフォア側でサーブを構えたら警戒されるだろう。フォア側はありえない。バック側からだ。
そうすると問題は、磯部に返される可能性が高いことだ。一番怖いのは最速のサーブはリターンも最速になりやすく、体から遠い位置、つまりはフォア側に速いボールを返されることだ。最速のロングサーブを放ったが、綺麗に返されリターンエースなんて場面は良くあることだ。サーブを打ったらすぐにリターンに警戒。これだけは頭に入れておこう。その後は磯部のリターン次第だ。
「サァ!」
掛け声を掛けてからサーブを構える。いつも通りのバックハンドからのサーブの構えを心掛ける。いつも通り出来ているだろうかと不安になる。視線は散らしてコースを気取られないようにする。それから、意識はサーブとその後の動きで半々に分ける。
最速のロングサーブが磯部のバック側に飛んでいく。磯部はバックハンドでボールの威力を殺さないように強くプッシュしてきた。やはりフォア側。少し下がりながらドライブで返すか?いや違う!手が伸び切った無理な体勢になりつつもバウンド直後の早い打点でフォアクロスにカウンターを返す。ちっ、これでも抜けないのかよっ。磯部もフォアに飛んだボールに飛びつき今度はストレートにバック側に打ち込んできた。我慢比べだ!負けじとバックハンドでボールの威力を殺さずにクロスに弾く。少しコースが甘くなったが、磯部のバック側に飛び、磯部はバックハンドでボールを引き付けて上回転のドライブを掛けてきた。上手い!あの球をドライブで返せるなんて!でもっ!半歩引いたのは磯部が先だ!前での高速ラリーの我慢比べは僕の勝ち!リズムが変えられたこのドライブは、焦って打ち込むとミスに繋がる。少し威力を殺して丁寧に返す。磯部は次も繋いできた。ここだ!フォアハンドでフルスイング!コースはそこだ!
「シャアッ!!」
磯部のフォアでもバックでも打ちにくい体正面に打ち込んだボールを、磯部は詰まりながらもフォアでラケットに当てたが、返せはしなかった。そこは、普段なら狙うことのないコースだったが、何故か今はそこが決定打となるコースとして見えたいた。調子が上がるとたまにこういうことがある。今のラリーに関して言えば、磯部のバックハンドドライブはテクニックとしてはとても優れていたが、引き付けて打つことで前でのラリーから半歩引いた形になってしまった。その時点でメンタル的に優位に立てた気がしたことで、勝ち筋が見えたのだと思う。
これで10vs8。あと1点でこのセットは僕の勝利だ。次の磯部のサーブから点を奪って絶対に勝つ。
磯部のサーブだ。もう僕に特別な作戦なんてない。どんなサーブであろうと返す。そういう面持ちで待っていた。
磯部がサーブを放った。フォア側にロングサーブ!こいつっ、やり返してきたのか!虚を突かれて触れるのがやっとだ。辛うじてカットしてチャンスボールは上げずに済んだ。カットでボールがゆっくり飛ぶ間に体勢を整える。磯部のドライブ。完全に守勢に周ってしまったが、これもカットで返す。と、僕の下手なカットはネットに当たってネットイン。勢いを失ったボールはネット際でツーバウンドした。
「すみません。」
小声で謝りながら会釈する。ネットインの際のマナーだ。締まらない形での勝利となった。
「ラッキー!!」
「ナイスナイス!次も行けるよ!」
ベンチの仲間の声援が耳に届いた。仲間たちは最後が締まらない形となったことなど気にせずに盛り上がっていた。そうだ。磯部から1セット奪ったんだ。誇ればいい。
隣のコートに目を向けると、康太もポイントの合間だったようでこちらを見て手を叩いていた。康太の対戦相手も目に入る。なんだか青い顔をしているな。康太が押しているのか?点差は?
康太はセットカウント2vs2でファイナルセットに入っていた。点差は5vs5で接戦だ。別にまだ青い顔するような状況ではないが、接戦で緊張してしまうタイプなのだろうか。そんな奴が中央でレギュラーを取れると思わないが。ああ、こんな弱小校相手に接戦していたら試合後にコーチに怒られるってことか。
そう思って磯部の事を見ると、何やらコーチに怒鳴られていた。試合後じゃなかった。ご愁傷様です。
僕と磯部の試合はセットカウント1vs1で一見五分五分だ。僕は磯部と対等に渡り合えているんだ。このまま最後まで食らいついてやる。
だが現実は甘くなかった。3セット目は5点しか取れず、4セット目に至っては3点しか取れずに終わってしまった。
2セット目は全く気にならなかった左利きへの苦手意識が再発していしまった。理由は分かっている。磯部の戦い方が変わったせいだ。3セット目から何の変哲もない弱めのドライブを多用するようになった。とても綺麗なフォームでコースも読みやすく、何の違和感もなく受けてしまうのだが、ナチュラルカーブの方向が右利きと左利きで逆になるので感覚を狂わされた。非常に丁寧に繋がれて、カウンターを取る機会もなかった。
前のセットとの間に「丁寧に繋いでいけ」とか、そういう類の指示をコーチに言われたのだろうな。もっとお互いに熱くなって大技を連発するような展開になって欲しかったのに、基礎的な技での繋ぎ合いになると自力の差が明確に出てしまった。
悔しい。でも、磯部たちから見たら僕たちなんて負けて泣くほど卓球に打ち込んでないだろうと思われるだろうと思う。磯部たちほど卓球に打ち込んでいなかったのは事実だ。磯部に負けたのは当たり前のことで、それで泣くことは許されないように感じた。
ベンチに帰る。団体戦の行方は、康太はあの後、一気に引き離して勝利していた。3戦目のダブルスは出場予定の僕が試合中だったことから、先に5戦目の裕樹が試合に入っていた。裕樹の相手はこちらとしては予想通りの守備的スタイルのカットマンだ。だが、全国区の有名人でかなり強い奴だった。裕樹が比較的カットマンを得意としているとは言え、あいつに勝つのは難しいだろう。実際に、まだ1セット目だが3vs9と6点差も付けられている。
まだ団体戦は終わっていない。康太と二人でダブルスに出場する。試合前の練習だけで相手の連携のスムーズさに驚かされた。これは勝てそうもないと思ってしまった。だが試合をする前から諦めるわけにはいかない。気合を入れて試合に臨んだ。
実力差の割には善戦した方だろう。1セット目は8vs11、2セット目は9vs11、3セット目は6vs5で勝っていたところで裕樹の試合が終わり、僕たちの団体戦敗退が決定した。
僕たちの高校における部活動はこれで終了となる。記録にも、僕たち以外の人々の記憶にも残ることはない、単なる地方予選の弱小校対強豪校の試合だった。僕に関して言えば1セット奪っただけ、それだけだった。勝てると思ってはいなかったし、勝てると思えるほどの練習もしてきていなかった。でも、環境の許される中では真剣に、本気で取り組んできたのだ。
悔しい。本当は泣きたいくらいに悔しいさ。スポーツにおいては弱小校だけど、僕たちは僕たちなりに本気だったんだ!!でも、卓球に人生を賭けたような奴らの前で泣く権利はないんだよ!!
「お疲れ。」「惜しかったな。」「善戦した方だよ。」そんな言葉を掛け合いながら僕たちは試合場から撤収した。
その後、僕たちは負け審判(負けた選手が次の試合の審判をする)を手分けしてやったり、他のチームの試合を観戦したりしながら会場に残っていた。僕らに勝った総華高校はというと、康太に負けた選手と磯部が正座させられていた。それを見た康太と顔を見合わせた。
「康太に負けたやつ、正座で説教受けてるぞ。」
「磯部もな。」
「結局1セットしか取れずに残りはボッコボコにやられたのに、なんで磯部まで説教受けてるんだよ。俺は1セットすら取られてはいけない超雑魚認定なのか?」
「いや、あれは1セット取られたことよりも内容が不味くて怒られているんだろう。相手を舐めて全力を出さずにいたらリズム崩されて自滅したような感じだったからな。あれは次の試合にも響く崩され方だったから説教もんだよ。多分説教の後、空いている台でリズムを整えるための練習だぞ。」
「3セット目以降は完全復活してたんじゃないのか?」
「いや、あれはまだ復調して無かったな。調子が悪いままでの無理のない全力。そんな感じだよ。」
「マジかー。調子良い時の全力だったら1点も取れないかもなぁ。」
「俺でも今の磯部がベストの状態で本気出されたら1セットで3点奪えるかどうかってところだよ。あいつ、今年の総体で全国ベスト8を狙っているんだぞ。」
「へぇー。雲の上の話で凄さがいまいち分からないな。磯部と話したの?」
「ああ、試合後に話したよ。そういえば、「舐めててすんませんでした」って。」
「いやいや、最後まで舐めきっていて欲しかったくらいだよ。接待プレイして欲しかったわ。そんで、コーチに目一杯怒られてくれ。康太に負けた奴も舐めてて怒られているのか?」
「あいつは単純に負けたからじゃないか?」
「そうか。そう言えばあいつ、最終セットの後半で見た時に青い顔してたけど、あいつもリズム崩していたりしたの?」
「ああ、磯部が負けたの見てビビったんだよ。さっき言った通り、磯部は全国を狙えるような選手になっていて総華高校でも一個飛び抜けた実力を持っているんだよ。その磯部が1セットとは言え負けて、自分の対戦しているチームが滅茶苦茶強いんじゃないかと思ってビビったんだろう。そこからは楽勝だったから、お前が1セット取ったお陰で勝てたのかもな。」
「俺が1セット取らなくても康太なら勝てただろう?」
「あいつも総華で試合に出れるくらいだから相当強いぞ。色々な要素が絡んでギリギリ勝てたんだよ。」
「そうか。じゃああの1セットにも価値があったのかもな。負けたけど。」
「俺も、あの1勝には価値があったんだよ。負けたけど。」
康太と話していたら自分の3年間の努力が無駄では無かったと思えてきた。負けたけど、頑張ったんだ。何だか誇らしく思えて胸が熱くなった。自然と熱い筋が頬を伝ったのを感じた。