聖女
彼は燃え尽きていた。
(・・・・・)
何をするにしてもただただ無心だった。敵討ちを終え、心の中にぽっかり穴が開いたかのように。
ただ自分の生存本能に従って生きているだけだった。
仇を討とうとしていた時とは逆。別に死んでもいいとさえ思っていた。
そんな折だった。
「気味の悪い奴め!今日でお前の面倒を見るのも最後だ」
そう言って彼を両手を縄で縛り、乱暴に引っ張る。
「この日は・・・」
連れてこられたのは簡易的な処刑台。
首に縄をかけられる。
(お父さん。お母さん。もうすぐそっちに行けるよ。ちゃんと仇は討ったから・・・もういいよね?)
乗っていた台を蹴られる――――。
「「まって!!」」
アンジュの声と、幼い時のアンジュの声が重なる。
「アンジュ・・・どうしてここに」
村人の一人が声をあげる。
「レンを殺さないで!!魔物だっていうなら私が飼う!!レン!!」
そう言う幼い時のアンジュの顔は・・・
ひどく醜かった。
「・・・」
(アンジュ・・・そっか。そんな約束もしてた―――)
「やめて!!もうやめてよレン・・・」
(これからは・・・彼女を守るために・・・)
「ッ!―――――」
場面が切り替わる。
「レンは人じゃないんだから家には入れれないわ。外でおとなしくしておいてね?」
そう言って笑う彼女。
彼はコクリと頷き、硬い地面に寝そべる。
満足に食事も与えられず、空腹で狂いそうになる。
しかし・・・そんな状態なのに、彼は何故か憎しみや怒りなんてものは一切なかった。
場面が切り替わる。
「いつまでタダ食らいをしているつもりだ!!」
「やめてよパパ!!レンは私の大切なペットなんだから!傷つけないで!!」
アンジュはかつての自分に嫌悪感を抱く。
だが・・・これは真実であり、消せない過去である。
「でもレン?魔物倒せるよね?日が出ている間は私と遊ぶのに忙しいけど、夜なら暇だよね!その時に魔物を狩って来てよ!レンは賢いからわかるよね?」
「何言ってるのよこいつ・・・って自分なのよね・・・これが・・・」
彼はコクリと頷く。
体がズキズキと痛む。彼女にとっての遊びとは、村の子供たちを集めてレンを袋叩きにするというおままごとだ。
気が狂っているとしか思えない。
しかし・・・それが人気がある遊びだったのが、この村がどうしようもない人の集まりだという証拠だった。
(アンジュが望むなら・・・それが俺の仕事)
彼はただ昔の約束を守っていただけ。
私を守るという・・・ただそれだけの為に、彼は人としての全てを捨て、物として生きているのだ。
その流れてくる感情に・・・アンジュは何も言えなく・・・。
「こんなの・・・辛すぎるよ・・・レン・・・」
場面が切り替わる。
「あら?まだいたのね?」
マザーの声だ。これは・・・冒険者学校に入る前の・・・。
彼は唸り声をあげる私の手をギュッと握っていた。私の手も力いっぱい彼の手を握っていた。
「声が出ないなんて不便で、かなり不遇な生活を送ってるのでしょう?その子にいろいろ理不尽な目にあわされている。それなのに・・・」
ジーッと彼はマザーの目を見る。
(これがアンジュにとって大切な事だ。ならばせめて・・・少しだけでも・・・)
「そう。私にあなたの声は聞こえないけど・・・意思は伝わるわ。もうすぐ夜が明ける。あなたのような人が近くにいるなら、聖女様も安心だ―――」
ガシャーンッ!!と教会の大きなステンドガラスが割れ、そこから現れたのは・・・。
「アル?」
勇者アルフレッドだった。
「聖女を苦しめる悪の組織教会!聖女を返してもらうぞ!!」
そう言って彼は剣を抜く。
「あなたは・・・勇者様。これは聖女様に必要な試練です。この試練をこえないときちんとした回復魔法が―――」
「うるさい!!そんな妄言信じられるか!!」
づかづかと勇者は歩き・・・手を握っていた彼を蹴り飛ばす。
彼は二転三転して教会の壁に激突し・・・。ガラガラと壁の一部が落ちる。
「聖女は頂いて行く!!」
勇者は聖女を抱きかかえ、割れたスタンドグラスから飛び出していった。
「ああ・・・なんてことを・・・もうすぐで終わるところだったのに・・・」
痛む体を無理やり動かし、彼は勇者の後を追う。
そしてそこで見たのは・・・・。
「ありがとうございます勇者様。あの地獄から救ってくれて・・・」
「余所余所しいじゃないか。俺はアルフレッド。アルと気軽に呼んでくれ」
「では・・・アル・・・」
「ああ。アンジュ」
彼の目の前で唇をつける二人。
「いやあああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
目が覚める。両目からは止まることなく涙が溢れ出てくる。
「あら。もうすぐ夜明けよ。・・・今のあなたならもう悪夢は必要ないようね」
マザーの声が聞こえる。
窓から見える外は少し明るくなっていて、月は隠れ、太陽が顔を出そうとしていた。
「・・・マザー」
「おめでとう聖女アンジュ。あなたは人の痛みを知った。ならば回復魔法がどういう物か、理解したはず」
回復魔法とは、自らを犠牲にしてでも他者を救うという、圧倒的な奉仕者の魔法。
人を想う心無くしては発動はしない。
しかし聖女は別だった。格別の適正により、なんとなくでも使えてしまう。それが厄介だった。
なにせ代償を、自分が負うという意識がないため、その代償を知らず知らずに回復魔法をかけた人に負わせてしまう。
だからこそ、聖女の天啓を得た際はまず協会に預けられるのだ。
「足りない」
「どういう事かしら?聖女様?」
首を傾げるマザー。
「・・・マザーもう一度悪夢を・・・じゃないと・・・私の心は耐えられない」
レンの想いを知らず、のうのうと生きて、彼を物を捨てるように捨てた。その罪悪感に、アンジュは気が狂いそうだった。
(私はもっと痛い目に合わないといけない。そうじゃないと・・・この罪悪感に壊されそう・・・)
「・・・あなたにとって、そこまでの存在だったのね。見せる夢を間違えたかしら」
「いいえ。感謝をマザー。レンの気持ちを知らないまま死ぬなんて・・・無様すぎる・・・」
「・・・もうあなたに悪夢を見せることはできないわ。でも・・・そこまで言うなら、あなたにもう一つ試練を与えましょう。もし・・・その試練を乗り越えるならば、私の権限で、彼・・・レンに会わせてあげましょう」
「ッ!?レンは生きてッ!・・・レンに会う・・・そんな資格・・・私には・・・」
ベットの上で、いまだに涙を流し続けるアンジュ。
「人に会うのに資格なんていらないわよ。彼に会って、ちゃんと話しなさい。それがきっと・・・貴方の為になるわ」
「・・・受けます試練。そしてレンと会って・・・」
拘束を外され、ベットから起きるアンジュ。
その目はしっかりと意志を宿し、ギラギラと輝いていた。
「貴方に女神さまの祝福が有らんことを」
今日ここに、聖女アンジュが正しく生まれた日となった。




