もふもふ
「レン!見えてきたです!町・・・というか村ですかね?」
マリーが嬉しそうに指さす。
そこには魔物よけの為の木の杭が塀のように連なっており、塀の外にはちらほらと畑が見える。
村の入り口には二人の衛兵?のような人物が立っていたのだが・・・。
「じゅ・・・獣人ですよレン!初めてみました!」
目を輝かせるマリーとは対照に、少し警戒心を強めるレン。
「ん?ようこそ俺たちの村へお嬢さんお兄さん」
村の入り口にいた犬の耳を頭の上に生やした男性は朗らかにそう言って二人を迎えた。
「珍しいなヒューマンがうちの村に来るなんて、俺が言うのもなんだが、何にもないぞここ?」
「もふもふです・・・」
そっと手を男性の耳に伸ばすマリー。しかしひょいッと避けられ・・・。
「お嬢さん。獣人にとっては耳を触らせるのは信頼の証、尻尾を撫でさせるのは愛情の証だ。いきなり触ると怒られるから気をつけな」
「ううっ・・・そうだったのですね・・・ごめんなさいです」
手をサッと引っ込め、謝るマリー。その様子を見て笑う獣人の男性。
「知らなかったならいいってことよ。何にもないところだけどゆっくりしていきなよ」
「ありがとうです。・・・へー王国では見たことなかったんですね・・・だから警戒してたんですか」
コクリと頷くレン。
「待て。今王国って言ったか?」
獣人が持っていた槍を突如レンとマリーに突き付ける獣人の男性。
レンとマリーは両手をあげ、先頭の意思がないことを示す。
「な・・・なんですかいきなり!さっきまでフレンドリーだったのに・・・」
「王国の・・・ヒューマンと会っては見過ごすわけにはいかねぇ。そっちの兄ちゃん。王国の人間か?」
レンは考える・・・。
「レンは『元』王国人ですが、今は帝国民です!」
「お嬢ちゃんには聞いてねぇ。おい兄ちゃん。このまま答えられないなら・・・死んでもらうしかねぇが」
レンは冷や汗をかき、半歩後ろに下がる。
「レンは喋れねぇんです!!だから心を読める私が彼の言葉を伝えるです!!」
レンは目を見開き、マリーを見る。
それもそのはずだ。旅に出た時にレンが約束させたこと。
それは、マリーが心を読めるという事を口外しない事だ。
レンはただ無口な少年を演じ、交渉や人との交流はマリーに任せる。
レンはまたマリーが気味悪がられることが嫌だった。だからそう約束したのだ。
それを彼女は破った。自分が傷ついてでもレンを守るために。
旅に出た当初はそんなことはなかったのに・・・そのマリーの変化にレン自身が驚いていたのだった。
「心が読める?はったりにしては――」
「『そんな能力ある訳ねぇだろ』」
「・・・」
「『まさか本当に俺の心の中を?』」
「『たまには牛魔人の肉が食いてぇなぁ・・・』」
「おーけーわかった。お嬢さんの言葉は本当のようだな・・・それにしても喋れないヒューマンか」
獣人二人は槍を降ろし、頬付きで地面を叩く。
「すまなかった。王国の人間とは言え俺たち側だったとはな。ひどかっただろうあの国は」
「『別に・・・俺には一応守ってくれる人がいたから』」
「そうか。謝罪の代わりと言ってはなんだが、昼飯でも奢るぜ」
そう言って村に入っていく獣人の男性。それにマリーとレンはついて行くことにした。
木材のみで作られた小さな食堂。中は閑散としていて、お客さんはレンたち三人とカウンターにいる獣人の二人だけだった。
「夕方ごろには賑わうんだがな。この時間はこんなもんだ。出される飯に関しては保証する。何でも好きなものを――」
「すいませーん!甘い物ってあります?え?ある?じゃあそれをとりあえず3人分とあとこの牛魔人のソテー大盛り二人前で!!」
「容赦ねぇなお嬢ちゃん!?お・・俺は水をくれ」
がっくりとうなだれる獣人の男性。ちらりとお金が入ってあるであろう小袋を見る。
ポンポンとレンは獣人の男性の肩を叩き、そっと金貨を手渡す。
「はは・・・すまねぇなお兄ちゃん」
グッと親指を立てて気にするなと身振り手振りで表現するレン。
「で?何か話があるんですよね?」
「おう。流石に隠し事は出来ねぇみたいだな。俺達が王国の人間を警戒する理由だ」
「なんとなくわかりますけどね」
「まぁまぁそう言うなよ。王国はヒューマン至上主義だ。それ以外は魔物であり、人の形をしていても、喋れなかったり、意思疎通が困難だったり、何の役にも立たなさそうなヒューマンも差別される。
それだけだったら別に住み分けをすればなんとかなった。だが奴らは、俺たちを奴隷として扱い始めた。魔法で心身を縛り、戦闘や雑用で使い潰し、いらなくなったら捨てる。そう言う事が日常的に行われている国だった」
レンはそのことを知っているのか平然とし、マリーは顔を顰めて話を聞いている。
「しかし約百数十年かけ、先祖代々捨てられた俺たちは魔の山をついに掘りぬいた。そして数年前からちょっとづつ王国から差別されていた俺たち獣人は帝国に亡命している」
「え!?魔の山を掘りぬいたって・・・王国とつながる道が出来たんですか・・・」
「ああ。もちろん皇帝にも報告済みだ。そしてこの村は、そいつらが最初に来る村でもある。だから警戒してるのさ・・・王国の間者をな」
「なるほど・・・あっ、その料理を注文したのは私とこっちの彼のです」
レンとマリーの前に湯気が立ったステーキのような物が置かれる。
ナイフとフォークを使い、レンとマリーは食べ始め・・・。
「んまいです!!肉が甘く感じるなんて・・・」
「ははは。お気に召したなら何よりだ・・・それより俺は兄ちゃんの話に興味があるなぁ。俺達の掘った穴とは逆の方から来たってことは・・・あの穴意外にこっちにくる方法があったってことだろう?」
あまりに美味しかったのか、レンは全てを平らげると、カバンから木の板を取り出し、そこにナイフで言葉を刻んでいく。
なおマリーは光悦とした表情で目の前の料理を堪能していた。そんな彼女の手を借りる訳にもいかず・・・。
『普通に魔の山を通った』
「まじかよ!?つええんだな兄ちゃん」
『そうでもない。普通の剣士だ』
「そうか・・・王国を出ようと思ったのはなんでだ?」
『王国を追放されたから、それしか手がなかった』
「うへぇ・・・よっぽど恨みでも買ったのか・・・」
『そもそもアンジュ・・・幼馴染に捨てられた時点で、俺に未来はなかった』
「へぇ・・・その幼馴染ってのが守ってくれたんだな」
『うん』
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親の敵討ちを終え、村に帰ったレンは村人から忌み嫌われていた。
なにせ喋れない。気味悪がられ、毎日石を投げられ遠ざけられる毎日だった。
(ああ・・・俺は人でなくなってしまったんだな・・・)
優しかった村人たちのこの反応を見て、幼いながらも理解した。
俺は討伐されるべき対象へと変わって会しまったんだと。
レンはそれでもよかった。なにせすでに愛していた両親はなく、その両親を殺した魔物もこの手で殺した。
ならばもう死んでも悔いはなく、むしろ天国にいる父さんと母さんに会いたいとさえ思っていた。
そしてその日は来た。村人の間で今のうちに処刑するべきか議論されていたが、とうとう結論が出たようだった。
レンは両手を縄で縛られ、乱暴に引っ張られる。
その先には首を吊る為の縄と簡易的な台。
そこに乗せられ、首に縄をかけられる。
そして乗っていた台を蹴られる・・・。
「まって!!」
寸前で一人の少女が声をあげる。
「アンジュ・・・どうしてここに」
村人の一人が声をあげる。
「レンを殺さないで!!魔物だっていうなら私が飼う!!レン!!」
アンジュによって無理やり処刑台から降ろされる。
虚ろな目でレンはアンジュを見つめる。
「レン私の物になって・・・そうしたら・・・レンも生きていける」
レンは別に死んでも良かった。
いや、レンは既に人としてはこの時点で死んでいた。
だからレンはアンジュの提案に乗った。
物に意思なんて必要ないのだから。
その日からレンはアンジュの都合のいい物としての日々が始まったのだった。