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調査任務

 人の流れがまだらな早朝。マリーは冒険者ギルドへ赴いていた。先日のレンの監査の件だった。


「というわけで素行問題なし、いたって健全です。以上で報告終わりです」


 簡潔にすらすらと慣れたように報告をするマリー。それもそのはず、心を読めるマリーはよくこの手の仕事を頼まれる。心の中を見ればその人がどういう人物かなんてすぐにわかるからだ。

 ギルドもそのことを知っており、報酬割増しならっとマリーは引き受けている、相場の三倍ほどの報酬を・・・。


「マリーが言うなら問題ないな。きちんとマスターに報告しておこう」


「私は依頼をあんまり受けたくないんですが?家から出たくないので」

「え?」


「異変の起きた赤のダンジョンの調査とかめんどいです。他のパーティーに依頼しやがれです」

「マリーさん?俺の心の声を聴かないで下さると・・・」

「そう思うなら無心でしゃべればいいです。あいつみたいに・・・」


「私が変わるわ。久しぶりねマリーちゃん」

「マスター・・・それじゃあ俺は他の仕事をしてくるので・・・任せましたありがとうございます!!」


 一目散に消えていく男性職員。マリーの目の前には金色の髪を背中まで伸ばしたたれ目の女性。

 

 この冒険者ギルドのギルドマスターである。


「相変わらず心の声がねぇですね」

「心がないみたいに言わないでね?そう言う訓練を受けているだけだから」

「そうですか。で?なんで私にそんなめんどくさそうな依頼を?」


 赤のダンジョンの調査。普段ならEランクパーティでも鼻歌を歌いながらできるような仕事だ。それをわざわざCランクであるマリーが受ける意味が分からない。そう言う意味だった。


「ゴブリンキングがあんなに浅い層にいたのよ?全4層しかないとはいえ、どんな魔物が潜んでるかわからないじゃない。マリーちゃんは単独でCランクの斥候でしょ?パーティーに入ってたらB・・・Aランクのパーティーに居てもおかしくないじゃない?」


「パーティーは一生組むことはないのでそんな妄想ランクは意味ねぇです」

「別に魔物と戦う必要はないの。見てくるだけ、報酬はこれだけ出るわ」


 クエスト依頼書に金額を書き込むギルドマスター。それを反転させ、マリーの前に滑らせる。


「・・・」

「これだけあれば一年は遊んで暮らせるわ。節約すれば5年は・・・どう?受ける気になったかしら?」


 マリーはクエスト依頼書を凝視する。見ているのは金額の所だけだが・・・。


「なんでこんな金額を出すです?何か裏があるんじゃねぇんですか?」

「流石マリーちゃんね。うまい話は警戒しろ。命あっての物種だ。その警戒心を信頼しているわけよ」

「そんなの当たり前です。で?裏の話を聞けないなら受けねぇです」


「わかったわ・・・とは言え周りに聞かれると厄介なの。心の声で話すわね」

「構わねぇです」


 シーンっと静寂な時間が二人の間に流れる。

 顔色を全く変えないギルドマスターと、冷や汗を流すマリー。どんな話が行われているか知っているのはマリーとギルドマスターだけである。


「荷が重すぎると思うんですが」

「そんなことないわ。マリーちゃんの実力を買ってるのよ?たぶんこの町のギルドじゃあなたしか適任がいないの・・・」


 少しの間考えるそぶりをするマリー。危険とお金を天秤にかけているのか、体がふらふらと横に揺れている。


「・・・わかったです。受けるです」

「ありがとうマリーちゃん!これで肩の荷が下りるわね・・・」

「成功してから喜ぶです。それじゃあ準備をしてすぐ出るです」

「気を付けてねマリーちゃん。無事を祈ってます」



「依頼した側に祈られてもうれしくねぇです」







 数時間後、装備を整えたマリーが赤のダンジョンに入っていく。お気に入りのマントは今回はしていない。それだけ本気だという事だろうか。


 1階層を颯爽と走り抜けるマリー。1階層はどうやら前回倒したゴブリンキングだけだったようで、特に敵と出会うことなく2階層に降りることができた。


 2階層。本来ならまばらにゴブリンがいるだけの階層だったはずなのに・・・。


「オーガですか・・・視覚は鋭いですが他はそれほどですね」


 オーガがうろうろとしている階層。このようなダンジョンは銀、もしくは金のダンジョンでしかありえない。

 そんな事実に動揺することもなく、魔物の気配、足音や息遣いを感じて視界に入ることなく2階層を進むマリー。

 苦労することなく突破し、三階層へ降りる。


 三階層は湿地のようになっており、スライムが生息する階層だった。


「サハギンですか・・・視覚はほぼない代わりに触覚と耳がいいんでしたね」


 マリーはカバンから靴底のような物を取り出し、履いている靴に装着する。

 マリー自作の衝撃吸収板で作ったアイテムだった。足音を極限まで消し、多少飛び跳ねても地面に振動が起きない。

 スピードをほぼ緩めることなく三階層を進むマリー。途中見つかりそうにもなるが、カバンに入っている音玉を放り投げると、パパパパン!と音玉が音を出し、サハギンはそちらに走っていく。


 なんなく三階層も突破し、4階層へ。

 赤のダンジョンの終着点であり、ダンジョンコアが鎮座する階層。

 1メートル程度の真っ赤な水晶が部屋の中央にある、それがこのダンジョンのコア。マリーもまだ駆け出しだった頃は幾度となく通った場所だ。


「なんで・・・濁ってやがるです・・・もっとあなたは綺麗な赤だったじゃないですか・・・」


 マリーの目の前にあったのは赤黒い水晶。かつての美しさは失われ、どこか禍々しさを感じる色へと変化していた。


「マリー・・・じゃ・・・ねえか・・・に・・・げ・・・ろ・・・」


 ダンジョンコアの声がする。今にも死にそうな・・・途切れ途切れの声で。


「どういうことです・・か?」


 質問を返そうとした瞬間、ダンジョンコアの後方から魔物が生まれる。


「ブモォォォォォォォ!!!!!!」


 牛の体に人の下半身。大きさは5メートルほどのミノタウロスが大きな斧を肩に担いでマリーの方に歩いて来ていた。


「なっ!?まずいですっ!?」


 斧がマリーに振り下ろされる。マリーは全力で横に飛ぶ。


 ドガァン!!と斧が地面をえぐる。


 マリーはグルグルと回転し、全力で横っ飛びした勢いを殺して体制を整える。


「私の武器と筋力じゃ倒せねぇです・・・なんとか・・・逃げてもサハギンですか・・・」


 マリーがここから撤退しても、三階層にはサハギンがうじゃうじゃいる。三階層に全力で撤退しても、サハギンに囲まれて終わる。

 かといってミノタウロスに勝つのは無理。この部屋で攻撃を避け続けるのは可能だが、攻撃は通らない。

 

 無尽蔵の体力があるミノタウロスと体力に限りのあるマリー。


 結果はわかり切っていた。マリーはここで死ぬことを悟った。


「だからって簡単に諦めれるなら、冒険者なんてやってねぇです!!」


 マリーはミノタウロスに向かって走る。ミノタウロスは斧を振り下ろし迎撃する。

 それをマリーは紙一重で避けながら前へ進む。


「死にやがれです!!」


 タンタンッとミノタウロスの体を駆けあがり、マリーはミノタウロスの目を狙ってナイフを振りかざす。

 ミノタウロスは即座に斧を手放し、ナイフを振りかざしていたマリーを素手で振り払い・・・。


「ぐっ・・・はっ・・・」


 ミノタウロスの膂力によって壁まで吹き飛ばされ、壁にぶつかり倒れるマリー。

 

「まだまだ・・・です」


 フラフラと立ち上がるマリー。彼女は選択した。


 絶望しか見えない長期戦で助けを待つか、体力があるうちにミノタウロスをどうにかする短期決戦。


 唯一マリー勝ち目があるのは両目を潰して静かに撤退。助けが来るまで数日はかかる。それまで体力が持たないのはわかっていた。


「まだ死ねないんですよ・・・私は!」


「ブモオオオオオオ!!」


 ダンダンッとけたたましい足音を立てマリーに迫るミノタウロスが、マリーに向けて両手に握った斧を振りかぶる。


 目は瞑らない。諦めたくないから。探せ勝利の糸口を・・・!


 走馬灯・・・時間がゆっくりに感じる。斧が迫ってくる。


 足がしびれて動かない・・・躱せない。


 防御する・・・受け止めてもナイフごと斬られる。


 攻撃する・・・届かない。


「死にたくないです・・・誰か助けろ・・・です・・・」


 敵を見るために見開いた眼から涙があふれる。


 そしてミノタウロスの斧がマリーに迫り・・・・。











 ガァン!!と金属を叩く音がし、斧がマリーからわずかに逸れ、ぎりぎりマリーに当たる事はなく、横の壁にドガーンと当たる。



 涙を流すマリーの前には・・・。



 少し息を切らせて、返り血にまみれたレンが、立っていた。


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