麺の伝道者
この世界は悪意に満ちている。
公爵領では不正が蔓延り、チート能力を持った転生者が好き放題やり、晩飯に食べようと思ったラーメン屋は存在しない。
チナツには悪いが、この世界の神が真面に仕事をしている様には思えなかった。
何故、この街にはラーメン屋がないんだ……。
ラーメン屋どころか蕎麦屋もうどん屋もスパゲッティ屋もない。
ここは地獄だ……。
無理矢理全身タイツにされて絶望していた中で、唯一の希望だったのに……。
麺が、麺が食べたい。
「何が、西側一の観光名所だ……。人の婚約者は寝取ろうとするわ、貧困層の女は人身売買に掛けるわ、麺屋が存在しないわ、最悪な場所じゃないか」
俺は変態と民家の屋根の上で晩飯を食べる為の飯屋を探していた。
他の街に行った時の最大の楽しみは飯だ。
その街ならではの特産品を使った麺類。
それを楽しむ事こそが、旅行の醍醐味である。
飯屋探しを始めて2時間程経ったが、この街には麺類の『め』の字も見つけることが出来なかった。
大通りにある有名店から、路地裏にあるマニアックな店に至るまで、麺類を販売している店がない。
挙句の果てには民家からも麺類を作っている気配を感じなかった。
何だ、この街は?
気違いしかいないのか?
それとも麺類と言う至高の食べ物を知らないのか?
「少年のその麺類への熱い情熱……。素晴らしいものがあるな!!」
「麺類は至高の食べ物だ。麺類を馬鹿にする奴は地獄の果てまで追いかけて、口の中に麺類をぶち込んでやる」
何でこの街にはその至高の食べ物がないんだ。
ここの街の住民が可哀想だ。
人生の10割を損していると言えるだろう。
確かにラーメンは命を削って食べる物だが、そばやうどんは逆に健康に良いとまで言われている。
そもそも健康の事を考えて、麺類を食べないなどという選択肢を取ること自体が間違っているのだ。
「ここのオルフェ公爵家は存在してはいけない存在だ。生かしてはおけない!!」
どんな理由があるにせよ、領民に麺類を食べさせないなんて悪政を俺は許すことが出来ない。
「変態、俺はやるぞ……」
「何時になく、熱い気持ちを気持ちを出してくるではないか」
「俺がこの街の住民に麺類の素晴らしさを教えてやる!! その為には屋台が必要だ。屋台でラーメンの販売を開始する!!」
この際、公爵家の令嬢でも令息でもどちらでも良い。
拉致ってくる公爵家の若いのに毎日3食麺類を食べさせ続けてやる。
そうすれば、目を覚まして麺類の素晴らしさに気付くことだろう。
「ほう、流石少年だな!! 面白い事を考える」
「取り敢えず、俺達だけでは手が足りない。公爵家潜入後、チフユ達と接触しラーメン屋を開く準備に取り掛かるぞ!!」
「屋台形式で出すという事だが、肝心の屋台はどうするのだ?」
「そんなの公爵家に台車位あるだろう。丁度いいサイズの奴をパクるぞ。ついでに調理用の器具も貰って行こう。そうすれば後は材料を集めるだけで、ラーメン屋が開けるようになるはずだ」
「ふむ、分かった」
「何か楽しくなってきたぞ!!」
ぶっちゃけ、公爵家の汚職も教会の不正も俺にとってはどうでも良いのだ。
そう、この街に麺類の存在を、味を、伝える事の方がその一億倍は大切な事である。
そう考えたら、こんな所で麺屋を探している場合ではない。
「よし、公爵家に乗り込むぞ!! ここでグダグダしていても仕方がない」
「良いのか、少年? この時間帯だとまだ警備が厳しいと思うが」
「今の俺の情熱で突破できない警備等ない」
いざとなったら、チアキの七つ道具がある。
「ところで、ここの公爵家はどういう構成をしているんだ?」
「今更それを聞くのか……? まぁ、良いが。オルフェ公爵家は当主のロクサス(46)、その妻イレーナ(43)、長男イワン(18)、長女サーシャ(17)、次男マキシム(15)、次女ナタリア(14)の6人家族だ」
変態によると、この他にも冒険者から召し上げた女やその女に孕ませた子供なんかがいるらしい。
当主のロクサスは、特に次女のナタリアを溺愛しているらしい。
妻のイレーナも選民思想の強い女で、領主が領民をどう扱おうが勝手という考えをしているので、当主の悪事については口出しをする気はないらしい。
むしろ気に入った女がいれば、自分も楽しんでいるとか……。
イワンとサーシャは、現在王都の貴族学校に留学しているらしく不在である。
変態によるとサーシャはチナツと顔見知りの様である。
その貴族学校にチナツが講師として行った時に、顔合わせをしているらしい。
まぁ、今現在いない人間なんてどうでも良い話だ。
「成程。取り敢えず、俺はロクサスの腹に麺類を流し込めば良い訳だな」
こんな事もあろうかと麺類の貯蔵は十分である。
チアキの七つ道具を使えば、俺の製麺所から麺類を引き出すこと等、容易な事だ。
麺類を軽視するからこういう事になる。
少し考えれば分かる事だろうに……。
「少年、暴走するのは構わないが、捕まらない様に注意はしてくれ……」
「大丈夫だ。そのナタリアとか言うのも、ちゃんと拉致ってラーメンの素晴らしさを体の芯まで叩き込んでやる」
お兄ちゃんは正気です。




