兄さん捕まる
一体何でこんな良く分からない状況になっているんだ?
街灯の上で腕を組んで仁王立ちすると言う、男なら一度は夢見るポーズを決めている変態を見ながら、俺はそう思ってしまった。
変態はあからさまに俺に声を掛けてきており、変態を囲んでいた衛兵がこちらに注意をし始めるのも時間の問題というか、完全にロックオンされていた。
門であったことを考えるとチフユと真冬ちゃん位は衛兵の目につかない様にしたかったが、この状態ではもう遅いだろう。
というか、何で変態は衛兵に追われているんだ?
あいつは潜入捜査のプロフェッショナルじゃなかったのか……。
段ボール一つで敵地に潜入できる程ではないにしても、それ相応に優秀な工作員だと名乗ってたじゃないか。
そんな事を考えていたら、頭の中に【念話】を使用する際のコール音が聞こえてくる。
【念話】とは、頭の中で思ったことを口に出さずに、特定の相手だけに伝える魔法の一種だ。
潜入等の仕事をしている間諜は大体の人が使う事が出来る。
何故か間諜ではないチアキとチハルも使えるが、チアキは兎も角、チハルが使える理由については考える必要はないだろう。
というか考えたくはない。
しかし、ここでこのコール音という事はまさか……。
変態の方を見るとこちらを見てニヤリと笑った。
『聞こえるか?』
この声はやはり変態だ。
『いや、何やってるんだよ? ここで皆捕まったら色々と困るだろう』
取り敢えず、今は情報が欲しい。
変態が【念話】を使えるのであれば丁度良かった。
『虎穴に入らずんば虎子を得ずというだろう。ここは衛兵達に捕まる事により、内部から情報を探ろうと思うのだ』
『それにしたって、入ってすぐやる必要はないのでは?』
『しかし時間はあまりないのであろう。ならば、ここは大胆な一手が必要なはずだ!!』
時間がないのは事実だが、これは大胆過ぎるだろう。
『いや、このままだとチフユと真冬ちゃんも捕まってしまうんだが……』
何よりも、二人を危険な目に遭わせたくはない。
門であったことを考えれば、二人が捕まるとどうなるかなんて考えるまでもない。
『その辺は大丈夫だ。うどんとそばに二人の事は任せてある』
『いや、そう言う問題じゃないだろう』
『恐れる事はない。うどん達はああ見えて四天王の一角だ。ただの人間たちが彼らに勝てる訳がない』
それもそうだろうが、万が一という事もある。
というか、俺が捕まるのは決定事項なのか……。
『そもそも、そう言うのであれば一人で捕まれば良いのでは?』
『それではつまらんだろう!!』
なんか力説されたんだが。
つまらないという理由だけで、俺の経歴に傷を付けないで欲しい。
折角、品行方正な一村人として生きて来たのに……。
『まぁ私に全て任せたまえ。こういう時こそ、明鏡止水の心得を思い出すんだ!!』
その言葉と共に【念話】が打ち切られた。
言いたいことだけ言われた感しかない。
「兄さん、大丈夫なの?」
チフユの不安気な声を聞くと俺も覚悟を決める必要がある気がしてくる。
「取り敢えず、この状況は全部変態が悪い」
変態との【念話】をしている間に、衛兵が俺達を取り囲んでいる。
こうなっては、もう変態の策略に乗るしかない。
「もう仕方がないな。真冬ちゃんを頼む」
背中で寝ていた真冬ちゃんをチフユに預けると、俺は変態に目線を送る。
変態は何時の間にか金色に光っていたが、なんかもう気にしたら負けな気がしてきた。
「兄さん?」
流石に俺の行動が不審に思えたのだろう。
チフユは真冬ちゃんを抱きかかえると俺の服を握る。
「大丈夫だ。何でも、後の事はうどんとそば達が何とかしてくれるらしい」
服を握ってきた手を解きながら、チフユが不安にならない様に笑いかける。
「兄さんはどうするの?」
「俺の事は心配しなくていい。俺には変態がついている」
字面は最悪だが、奴が頼りになるのは事実だ。
「それは駄目。兄さんが捕まったら、私はどうしたら良いの?」
「ちゃんと戻ってくるから」
なんか死亡フラグを立てまくってる気がする。
物語の中で戦地に行って死ぬ人の気持ちがこんな所で分かるとは思いたくなかった。
本当に大丈夫なんだろうか。
俺、死なないよね?
「それに、チハル達はどうするの?」
「あっ」
「チハル達は兄さんが捕まったって知ったら、ほぼ確実に暴走するはず。チナツは説得できなくはないかもしれないけど、チハルは絶対に無理」
完全に忘れていた。
確かに奴らならやりかねない。
「チハルだってもう成人しているんだし、多分俺の考えを理解してくれるはず……」
俺の心配をして公爵家に聖剣を投げて全てを無に帰す可能性と、俺の考えを理解してくれて事が起きるまで見守る可能性は半々なはずだ。
ほぼ確実に前者になるとは限らないと俺は信じている。
「さぁ少年、グズグズするな!」
チフユの説得に時間を掛けている俺に変態が声を掛けてくる。
確かに周りの衛兵の動きを見れば、もうあまり時間はない。
「チフユ、後は頼んだ!!」
俺の言葉と共に、変態が煙幕を起こし俺の体を掴む。
いや、本当になんで入ってすぐこんな展開になるんだよ……。
「兄さん……」
チフユの心配そうな声が耳に残ったが、もうどうにもならない。
うどん、そば、チフユ達の事を頼んだぞ。
しかし、チアキに次いで二番目に官憲に捕まるのが俺だとは思ってもみなかった。
俺もこうやって、官憲のお世話になることに慣れ始めるんだろうか……。
流石にそんなことにはならないと信じたい。
人間誰しも、電柱とか街灯の上で仁王立ちをしてみたいと一度は思う筈です。
物理的に無理だったり、精神的に恥ずかしかったりで誰もやりませんが……。
しかし、最初に電柱の上に立って登場した人には敬意を表したいですね。




