英雄、国に帰る
「アネット、無事だったのか!」
チハルさんに連れられて、宿屋に戻ったあたしに伯父さんが声を掛けてくれる。
「伯父さん、心配かけてごめんなさい」
「いや、アネットが無事だったんならそれで良かったよ。出来れば、一言くらい言ってから出掛けて欲しかったけど」
「次からは気を付けるよ」
伯父さんはあたしの無事を確認して安心していた。
そして何であたしが早朝から部屋を抜け出したのか、色々と聞いてきた。
あたしも本当の事を話したい。
でも、あたしの後ろにはチハルさんがいるのだ。
彼女はチナツさん達と話しながらも、あたし達の話にしっかりと聞き耳を立てていた。
あたしが自分に不利な事を話さない様に見張っているのだろう。
伯父さんに【洗脳】を掛けて来たチアキさんも注意しないといけない存在だと思ったが、チハルさんもまた頭がおかしかった。
彼女に拉致されていた時の話を思い出す。
「アネットは何でこの魔王退治に参加しようと思ったの?」
チハルさんはあたしにそう聞きつつも籠に入れていた兎を取り出す。
「伯父さんはあたし達の国では英雄と呼ばれているけど、あたしにとっては数少ない肉親の一人なんです。魔王なんて人類の敵に自分の大切な人が挑むのなら、それを手伝いたいと思うのは当然だと思います」
「なるほどね。じゃあ、何でその伯父さんは魔王討伐何てやろうと思ったのかな?」
彼女は取り出した兎の四肢を切断しながら更に質問を投げかけてくる。
生きた兎を敢えて苦しませて殺そうとするその異常性にあたしは恐怖した。
「お、伯父さんは今でこそ伯爵の地位にいますが、元々は地方の一領主にすぎませんでした。領内は伯父さんの統治が良かったこともあり、それなりに栄えていましたが、近くにドラゴンの巣があったり、人間族と敵対していた鬼人族が住んでいたりと危険があったんです。あたしの両親もその鬼人族に――――」
「そんな身の上話はどうでも良いから本題を話して」
あたしの話が長くなりそうなのを察したのか、それとも単純にあたし達の背景に興味がないのかわからないけど、早く本題に入れと兎の首を落しながら催促される。
「ひっ! ご、ごめんなさい。今回の件はあたし達の国の国王から下命されたんです。国王の命令に逆らったら、爵位が剥奪されちゃいますし、最悪一族郎党皆殺しにされる可能性だってあります。だから、どうしても魔王退治に参加しないといけなかったんです」
「どこの国の頭もクズばっかって事だね」
チハルさんはあたしの回答に満足したのか、兎を逆さづりにして柱に括り付けた。
地面にはポタポタと血が滴る。
「何であたしをここに連れて来たんですか?」
「単純に貴女達が邪魔だから国に帰って貰えないかなと思ったんだよ」
彼女はそう言って笑う。
あれだけ伯父さんが話しかけても無表情でお人形みたいな人だなと思っていたのに、今あたしと会話している時はコロコロと表情が変わる。
その変化が不気味だった。
「わたしは魔王退治なんてどうでも良くて、お兄ちゃんの所に早く帰りたいんだよ。その為にはこのパーティが全滅したって事にするのが一番都合が良いんだ」
「何でそんな事を……」
「だって別に魔王が復活したからと言って人間を滅ぼすとは限らないでしょ? こっちから手を出すから戦争になるのであって、手を出さなければ何もないかもしれないじゃん」
「それでも魔族と人間は長い間戦い続けてきました!! 今回だってあたし達が動かないことで傷付く人がいるかもしれないんです!! だから、早いうちに手を打たないと――」
あたしはそこまで言って自分の後ろにナイフが刺さったのに気付く。
チハルさんが先程兎を解体するのに使っていたナイフだ。
投げたことに全く気付かなかった……。
やっぱりこの人、伯父さんより段違いに強い。
「ナイフを投げられたことにも気付かない様なレベルで、魔王退治に付いてくるなんて無謀だと思うんだよ。正直な話、今回のパーティは皆弱すぎるよね。誰一人としてわたしよりも強い人がいないんだもん」
「それは、貴女が勇者だからで……」
「残念だけど、わたしよりもチナツとかチアキの方が強いんだよね。だから、勇者が一番強いって言うのは間違ってるんだよ」
心底悔しそうな、忌々しいと言わんばかりの顔でチハルさんはそう言う。
「つまり、貴女達がついて来ても足手纏いって事だよ。ドラゴンとか鬼人族とかよく知らないけど、今の貴女達のレベルで英雄とか言われてるなんて、帝国のレベルの低さを感じるよね」
「あたし達の国を馬鹿にしないでください!!」
彼女の嘲る様な口振りに自分の状況を忘れて怒鳴ってしまった。
しかし彼女は全く気にせずにあたしに言うのである。
「だって事実でしょ。アネット達が三人がかりで挑んできても、わたしだけで多分勝てるよ」
「そ、それは……」
「アネットだって伯父さんに無駄死にして欲しくないでしょ? だから、ここら辺で国に帰った方が良いと思うんだよ」
チハルさんは兎から血が出てないことを確認すると皮を剥き始めた。
「でも、それだと伯父さんが……」
「大丈夫だよ。魔王退治の途中で勇者パーティに裏切られたって事にすれば、悲劇の英雄になれるでしょ。所謂、追放モノって奴だよ」
チハルさんは暖炉に火をくべると、兎の肉に白い粉と薄茶色の粉を掛けて肉を炙り始めた。
「もし、アレなら再度自分達だけで魔王城に向かえばいいんじゃない?」
あたしが何も言えず、考えていると暖炉から肉の香ばしい匂いがしてきた。
「まぁそんなに直ぐに決められないとは思うし、宿に戻ったら伯父さん達にも相談してよ」
そうだ、こう言う事であればあたし達のリーダである伯父さんに話をした方が良い筈だ。
「何でその話をあたしに?」
「単純にアネットが一番話し易そうだったからだよ」
悔しいけどチハルさんの言う通りだ。
伯父さんやリーフさんだとこの手の脅しは通用しない。
あたしが一番つけ入れやすいと思ったのだろう。
「まぁ何にしてもこの話はチナツ達には内緒にしておいて欲しいな」
「何でですか?」
「わたしの独断で動いてるからだよ。まぁ言ったらどうなるか分かってるよね?」
チハルさんは暖炉で火炙りにされている兎を見ながら、あたしにそう話し掛ける。
バラしたら、あたしもああやって生きたまま火炙りにされてしまうのだろう。
「分かりました」
だからあたしはそう答えるしかないのだ。
「食べる?」
そしてそんな負けを認めたあたしに、彼女は先程まで炙っていた兎を施しを分け与えるかのように差し出してきたのだ。
チハルさん達と別れた後、部屋に戻ったあたしは伯父さん達に拉致られてからの話をした。
「成程、チハルちゃんは自分が泥を被ってまで、私達を逃がそうとしてくれているんだな」
伯父さんはあたしの話を聞き、チハルさんの考えをそう評した。
「そんな話じゃないよ!!」
「しかし、彼女が私達の為に態々泥を被る必要もないだろう」
「それはそうだけど……」
でもチハルさんが提案をしてきた時の顔は、あたし達のことを考えて発言した様には思えなかった。
もっと個人的な理由で動いている様な、そんな感じがしたのだ。
「確かに、勇者達に裏切られたという体を取ることが出来るのであれば、英雄としての名をそこまで傷付けずに撤退することが出来る」
「リーフさんまで!!」
「アネット、落ち着いて。現状、勇者達が信用できないのも事実。そして、勇者達の方が強いのも事実。このまま共に魔王退治に同行して、取り返しのつかない事になるよりは、勇者の意図がどうであれ、ここで分かれるのは名案」
確かにチハルさんが自分の為に動いているにしても、ここで分かれるのは悪くない――むしろ最善の選択なのだ。
「リーフも私と同じ考えをしている様だな。では、動くのは早い方が良い。早速、チハルちゃんに言ってこのパーティから離脱しよう」
こうして、あたし達の魔王退治は勇者の手によって終了したのだった。
そんな訳で隣国の英雄編は終了です。
ちなみにチハルがアネットを狙った最大の理由は、ゴットフリートもリーフもチハルよりも身長が高いため連れ出すのが大変だったからです。
後、兎にかけていた粉は塩と胡椒です。
この世界でも胡椒は貴重品なため、アネットは兎の肉の美味しさに感動していました。
本編では語る機会がありませんでしたが、リーフの本物のエルフ耳はチハル達にとっては驚愕の品であり、お兄ちゃんも見たかっただろうなという気持ちと、見せて興奮されると悔しいという嫉妬心がありました。
次回からは最後の一人ドワイト君達が(チアキの掌の上で踊りながら)活躍する予定です。
引き続きよろしくお願いします。




