魔王と聖女 ~長女と次女~
俺の投げた石がチフユの魔剣投擲により紛失した為、試合開始のタイミングは完全にチフユ達の手に委ねられることになった。
チナツが石の行方に気を取られている中、チフユが一気に肉薄する。
鞭は先端に行けば行くほど速度が出る為鋭く高威力になる。
先端部分は神速を超える速度で振るわれ、当たれば下手な名剣よりも鋭く切り裂かれる事だろう。
逆に言えば、手元に近づけば近づく程、威力が低くなるのだ。
またチナツの持つ鞭の長さは3メートルあり、チフユの攻撃範囲よりも広い射程を持っている。
そう言った理由から、チフユは取り敢えず近づいて、接近戦を仕掛けたいのだ。
しかし、チナツもそれが分かっている。
チフユが近づいてきているのが分かると、気を取り直してチフユに向かって鞭を振るう。
チフユはそれを最低限の動きで回避しつつ、更に距離を詰めていこうとする。
だが、チナツの鞭は不規則な軌道を描く。
その不規則な軌道は意思を持った触手の様であり、チフユが主人に近づくのを阻止するのであった。
チフユの初手をなかったことにするような鞭の攻勢にチフユも舌を巻く。
その鉄壁ともいえる鞭の先に、チフユは一歩も前に進むことが出来ないのであった。
さて話は変わるが、今回この二人の戦いを見るにあたり、俺はチアキに前もって一つお願いをしていたのである。
前回のチハル変態戦の際、動体視力が足りずぶっちゃけ何をやっているのか分らなかった。
その為、戦闘をスローモーションにし、どちらがどれくらい有利なのか、どう言った手を取るのが無難なのか、そういった事を教えてくれるAIを搭載した超高性能眼鏡『サポートくん』を開発してもらったのである。
上記の流れも、『サポートくん』の力を借りて把握しているのだ。
『サポートくん』の戦闘解説には、チハル版・チナツ版・チアキ版・チフユ版とあり、右側のつるの部分で切り替えすることが可能である。
4タイプ分かれてはいるものの、全部チアキが監修・ボイスの録音をしている為、口調が違うだけで内容には全く変わりがないという、付いている必要があるのか完全に謎な機能となっている。
「他の3人に声を掛けたのに、うちに声を提供したら何に流用されるか分からないとか言われて、誰も手伝ってくれなかったんだよ……」
とかチアキが気落ちしたように言っていた。
他の三人の意見は当然であろう。
俺もチアキにそれを頼まれたら、断る自信がある。
ちなみに、この『サポートくん』の開発費用は俺の年収の5倍のお値段が掛かっているらしい。
非常に助かる物だし俺が頼んだ物なのでとやかく言えるものではないが、そんな金額をポンと出せるチアキの資産に驚愕したものである。
「うちは兄様の為だったら、体を質に入れて借金しても良いんだよっ」
そんな重たい言葉と共に、今回の『サポートくん』を入手したのだ。
しかし、チフユの動きが魔王の力を手に入れたという割にはいつもと変わらない。
魔王のスキルの中には【全体化】とか【三回行動】とか【全属性魔法】とか【ステータスアップ】とか、そう言ったチート級の気持ち悪い能力が色々と付いているはずである。
何故だ?
「あたしのスキルで、チフユの能力を封じているからよ」
チフユの苛烈な攻撃を受けつつも、余裕があるのか俺の疑問にチナツが答える。
「お前のスキルって、【チート能力無効化】か?」
「チフユの魔王としての能力だって、降って湧いたものでしょう。そんなものは努力して手に入れた能力とは言えないのよ。だから、あたしのスキルで無効化できる!!」
戦闘前のチナツの自信はここから来ていたのか!!
確かにチフユの魔王としての力は、前世の力を継承しただけという正に降って湧いた能力だ。
当然そんなチート能力は、チナツのスキルの適応範囲内に入ってしまう。
「チハルやチアキだったら、チフユの能力をフルに発揮できたでしょうけど、あたしの前には無意味なのよ」
そう言ったチナツの攻撃は更に鋭さを増す。
魔王としての力が使えなければ、チフユはCクラス冒険者としての実力しかない。
確かにCクラスは、冒険者としては一人前ではある。
しかし一人前程度では、聖女の壁は破れないのだ。
チフユは段々と防戦一方になっていく。
それでも、足を止める事はない。
『どんな手段を使ってでも、チナツを突破する。そして、兄さんと一緒の生活を手に入れる。』
そんなチフユの気概を感じる。
どれだけ、不利な状況になろうともチフユは諦めなかった。
その表情に絶望は浮かんでいない。
チフユの体に傷跡が増えていく。
それでも、前に進もうとするのを止めない。
「いい加減、諦めなさい。あんたじゃにぃにを守ることは出来ないのよ。あたしとあんたじゃ実力も地位も違う。突然の魔物の強襲だって、悪意ある人間の策略だって、あたしなら守れてもあんたじゃ守れない。」
そんなチフユの心を折るかの様に、チナツは辛辣な言葉を浴びせかける。
「チナツ、そんなに怖いの? 家族がいなくなるのが?」
チフユもイラっと来たからなのか分からないが、自らチナツの地雷を踏みに行った。
「当り前じゃない!! あんたに何が分かるの!? にぃにはあたしの唯一人の家族なの!! にぃにがいるから、あたしは今生きていられるの!! あたしからにぃにを盗らないで!!」
やはりチナツは実の両親の事がトラウマになっていた様だ。
当然と言えば、当然だろう。
当時7歳の子供だ。
実の両親が自分を逃がすために囮になって死に、トラウマにならない訳がない。
チナツが俺に固執するのにも理由があったんだな……。
「チナツは勘違いしている」
しかしチフユはそんなチナツに冷水を浴びせるのだ。
「何がよ!?」
「別に兄さんは私と結婚したからと言って、貴方の家族じゃなくなるわけじゃない」
「そんなのは分かってる!! でも、あんたじゃにぃにを守れない!! だから、あたしはあんたを認めない!!」
その言葉と共に振るわれた鞭は今までの攻撃の中で最も苛烈なものだった。
それはチフユの足にクリーンヒットし、今まで通りの行動を出来なくさせる。
「これで終わりね」
そう言ったチナツは大きく鞭をチフユに振り下ろした。
チフユはそれを転がりながら回避する。
こんな状況になっても、チフユは諦めていなかった。
「あんたもしぶといわね。そういう泥臭いのは嫌いじゃないけど」
そんなチフユの態度に、チナツは呆れた様な、諦めないでいてくれるのが嬉しい様なそんな表情をしていた。
「私だってこの戦いは負けたくない。それにさっきの話だけど、一つ反論がある」
「何よ?」
チフユの話を聞く気になったのか、一度攻撃を中断した。
「そもそも兄さんに危機が迫った時、私一人で対応する必要はない」
「あんた、ふざけてるの?」
「そんな事はない。だって、貴女だって兄さんを助ける為に動いてくれるでしょう?」
「当り前じゃない!!」
それはチナツにとって当然の事である。
チナツ的に唯一の家族である俺の存在は、何よりも大切な――それこそ自分の命よりも大切な、失いたくはないものである。
だから俺に危機に迫ったら、チナツは脇目も降らずに助けに来るだろう。
しかし、戸籍上は俺の両親とかチハルとかも家族なんだが……。
「それはチハルだって、チアキだって同じ。なら私は貴女達が来るまでの間、時間稼ぎをすれば良い。そうすれば、最終的に兄さんは助かる」
俺がそんなそこそこに大事なことを考えている間も会話は進む。
「そんな自分の実力不足を言い訳にしないで!!」
「貴女こそ何を言っているの? 今、チナツが私に勝てているのは相性の問題。当然、チナツだって相性の悪い相手がいるでしょう。そういう敵に兄さんが狙われたら、貴女は兄さんを一人で守り切れるの?」
「そんなの出来るに決まってるじゃない! あたしは自分の命を賭けてでもにぃにを助けて見せる!!」
チフユの質問にチアキはムキになって答える。
「でも、それじゃあ兄さんの心は助からない。貴女が死んだら兄さんは悲しむ。貴女みたいにトラウマになる可能性だってある。そんなのは助かったとは言えない」
「それじゃあ、どうしろって言うのよ!?」
「そんな状況になったら、当然私は助けに行く。チハルだって、チアキだって動いてくれると思う。多分、それなりの確率で……。だから貴女だって私達を信用して時間稼ぎをすれば良い。そうすれば皆助かる」
「何よ、それ……。そんなの信じられる訳ないじゃない……」
「何で? 私は貴女達が、私と同じかそれ以上に兄さんが好きなのを知っている。だから、兄さんに危機が迫ったら、貴女達は兄さんを絶対に助けに来ると信じてる」
「あんたは……。何で……、何であたしを信用できるの?」
「私は貴女と話していて勘違いしていることに気付いた。兄さんの隣に立つ為に必要なことは貴女達を切り捨てる事じゃない。貴女達に兄さんの隣に私なら立っても良いと認めて貰うって事。」
チフユはチナツの目をしっかり見て答える。
「今まで私は兄さんと結婚すれば、貴女達は諦めると思った。今の私なら、貴女達にそんなに簡単に殺されないだろうし、どうにかできると思った。でも、それは私の独り善がりな考えだった。結局そんな事をしても貴女達は諦めないし、兄さんだって喜ばない。結局、私は兄さんに自分の所から離れないで欲しいって自分の事しか考えてなかった。そんなんじゃ、兄さんは本当の意味で幸せになってくれない。兄さんの事を第一に考えるなら、私は貴女達に認めて貰えるように頑張る必要があった。だから、まずは私が貴女達を信用する。そして、貴女達に私が兄さんに一番相応しいって認めて貰うの」
「それは、既ににぃにに選んでもらっている勝ち組の考えよ……。あたしは認めない……。あたしはあんたを認めない!! あんたが良い人だっていうのは分かってる。あたしが居なければ、にぃにに一番相応しいとも思ってる。でも、あんたがあたし以上ににぃにを幸せに出来るとは思えない!!」
しかし、そんなチフユの言葉もチナツには届かない。
確かにチフユの言葉は今、俺に選ばれているから言える言葉かもしれない。
でもそういう風な考え方が出来るのはチフユしかいないとも俺は思う。
「それでも、私は貴女に認めて貰える様に頑張る!! その上で、兄さんが私から離れていくって言うのであれば、私は兄さんを諦めてもいい!! でも、私は負けない。絶対に貴女達に認めさせてやる!!」
だから、こんな風に宣言できるチフユの事が俺は好きなんだ。
「ふざけないで!! いい加減その口を閉じなさい!!!!」
チナツはトドメを刺さんと鞭を振り上げた。
「貴女こそいい加減、私を家族と認めて!」
チフユはその言葉と共に、魔法を発動させる。
それはチナツの足元に小さな氷柱を作り出す魔法。
その魔法はチナツの攻撃よりも早く出現する。
チフユの言葉に激昂したチナツはその魔法に気付かない。
そして、チナツの右足に一筋の傷が付いたのだ
「なっ!」
「一太刀は一太刀。私の勝ち」
そうして、チフユはチナツに勝利したのである。
怪我の具合だけ見れば、圧倒的にチフユは負けているんだがな……。
戦闘後、チフユは怪我の具合が酷かったせいか気を失ってしまった。
「なぁ、何で本気で戦ってなかったんだ?」
「何言ってんのよ?」
俺は倒れたチフユを背負うと、戦闘に負けて項垂れていたチナツに声を掛ける。
「だって、お前魔法使ってなかったじゃんか。聖女様が攻撃魔法や援護魔法使えること位俺だって知ってるぞ」
「流石、にぃにね。よく見てるわ……」
しかし、チナツは俺の質問には答えなかった。
「まぁ言いたくないんなら良いや。それで、お前はチフユを認めてくれるのか?」
「さっきも言ったでしょ。あたしはチフユを認める気はないわ。今回の一件であたしに一太刀入れたの位は認めても良いけど……」
チナツは髪の毛を弄りながら答える。
こいつは相変わらずだな……。
「チナツ、離婚届出せ」
「えっ」
「俺の押印の部分位やってやる。チフユがあそこ迄言ったんだ。俺だって覚悟を見せないとな」
チナツから離婚届を奪い取ると俺の指印を押してやった。
「何でよ?」
「チフユがお前達に認めて貰える様に努力するって言ってただろ。だったら、そこにサインしてもお前が役所にその書類を持っていくこともないだろ」
「そこまでチフユを信用してるんだ……。あたしがチフユに無理矢理サイン書かせて役所に持ってくとは思わない訳?」
「俺はチフユと同じ位にお前だって信頼してるんだ。恥ずかしいからあんまり言わせるなよ」
「何よ、それ」
その言葉を聞いたチナツは嬉しそうに笑った。
流石に前話が重すぎてコメディ一色には出来ませんでした……。
これは私の実力不足です。
謝罪させてください。
次回は、ヤンデレ回です。
チナツ程バックグラウンドが重くない為コメディになる筈です!
多分、絶対……。
引き続きよろしくお願いいたします。




