大魚に乗った気持ちで
「教会に攻め込むって正気か?」
チハルの意見はそれくらい衝撃的なものだった。
アイリス清教は異教や邪教に対して、そこまで弾圧するような事はしないが、それでも自分達に危害を加えてくる組織に対しては苛烈なまでに対応する宗教だ。
そこに攻撃を仕掛けるとなるとそれ相応のリスクがある。
教会はある意味で最も攻めにくい場所なのだ。
「大丈夫だよ。わたし達には聖女がついてるし、向こうは信仰に反する行為をしているんだからね」
確かにチハルの言う通り、チナツはこの国に数人しかいない聖女の一人であり、教会での権力は抜群だ。
その肩書きだけで、多くの信徒を動かす事が出来る。
だからと言って、チナツが権力闘争に強い訳ではない。
むしろチナツの性格からすれば、そう言う行為は嫌いだろうし、権力闘争に明け暮れてる人達に正論を言い過ぎて疎まれてるかもしれない。
今回の件で、チナツが教会から異端として切られる可能性だってあるのだ。
「お兄ちゃんは心配しすぎだよ。ここはわたしに任せて、ダンクルオステウスに乗った気持ちでいれば余裕だよ。」
「何でそこで古代魚の名前を出すんだよ?」
「大きい魚って美味しそうじゃん」
そう言う問題ではないと思うが……。
それにこういう時は船の名前を挙げるものだろう。
「だんくるおすてうす?」
「真冬は知らないかもしれないけど、大昔にそう言う大きい魚がいたんだよ」
「どれくらいおおきいの?」
「……真冬7人分くらいかな」
「はぇー……、すごいおおきいんだね」
「そうだよ。お兄ちゃんに敵対する人なんてパクって食べちゃうんだから」
チハルのそんな虚実を交えた説明を、真冬ちゃんは嬉しそうに聞いていた。
「チハル一つだけ聞かせてくれ」
「何かな、お兄ちゃん?」
「お前の作戦で誰かが傷付く様な事はないんだよな?」
戦闘で誰も傷付かないことが不可能なのは分かっている。
それでも後遺症が残ったり、死んだりする様なことにはなって欲しくない。
「当たり前だよ。わたしはお兄ちゃんの希望を叶える為の存在なんだからね」
チハルはそう自信ありげに答える。
「それに教会の戦力なんて大元の大聖堂なら兎も角、こんな片田舎の教会なんて大した事ないよ」
「そうは言っても一応ここは公爵家の本拠地なんだが……」
確かにチハルの言う通り大聖堂に攻め込むよりはマシであろうが、それでもここは都会である。
つまり、ここの教会だってそこそこの大きさと権威があるのだ。
教会が大きければ、それだけ武力だって抱えている。
無策で攻め込むにはあまりよろしくない場所だと思うんだが。
「お兄ちゃんは心配性だね。わたし達が相手にする人を間違えなければ敵は寡兵だよ」
「どういう事だよ?」
「教会の人達の全てが不正に関わっている訳じゃないって事だよ。逆に教会の正義を信じている人からすれば、今の教会のトップこそが異端で異教だと言えるんじゃない」
チハルにしては珍しく考えられた良い意見だ。
確かに不正に関わっている人間だけ相手にすれば、そこまで多くはないかもしれない。
変態の調べてくれた資料にも、そう書いてあった気がする。
「でも不正に関わってるかどうか、とかどうやって判断するんだ?」
そう、そこが問題なのだ。
口で言うのは簡単だが、実行するのは難しい問題。
変態の資料も先のパンジャンドラムの爆発で焼失した。
チハルの【鑑定】は本人が使う気がないので役に立たない。
チハルには何か考えがあるのだろうか。
「そんなの考えるまでもないよ。教会のトップ層は連座制で全員悪とみなせば良いんだよ」
そして出て来る、チハルらしい意見だ。
疑わしきは全て罪と言う正に恐怖政治の始まりである。
「いや、流石にそれは拙いだろう」
「そもそもお兄ちゃんと言う神を信仰してない時点で、アイリス清教徒は等しく悪じゃないかな。そしてそういう悪は総て滅ぼされて当然だと思うよ」
やっぱりチハルに任せるのは色々と問題がある。
やはりダンクルオステウスなんて所詮は古代魚。
モササウルスには到底敵わないのだ。
こう言った事を得意にしていて、且つまともな考えをしたブレーンが欲しい。
少しチハルはバイオレンスに富み過ぎだ。
「わたしにも、いいいけんがあるよ!!」
そこで真冬ちゃんが手を挙げる。
単純に難しい話をしていたから、構って欲しかったというのもあるのだろう。
「どんな意見なんだ?」
しかし、子供の意見とはいえ馬鹿には出来ない。
たまに面白い意見を出して来る時もあるのだ。
「うんと、このまちをね。ぜんぶどっかーんって、ばくはつさせればいいんだよ!!」
チハル以上にバイオレンスな意見が出た。
やはりチアキの教育方針がいけなかったのだろう。
「何で爆発させれば良いと思ったの?」
「だって、むずかしいことはわからないんだよ。だから、どっかーんってやればかんたんだよ」
体全体で爆発を表現しながら、真冬ちゃんはそう主張した。
子供らしい単純な意見ではあるが一理ある。
確かに、敵の強大さに色々と難しく考えすぎていたのかもしれない。
「よし、チハル。教会に攻め込むぞ」
「わたしの意見を採用する気になったんだね」
チハルの意見を採用する気はないが、このまま足踏みしていても事態は好転しないのだ。
取り敢えず、変態とナタリアを捕まえて教会に乗り込もう。
ナタリアの権力と変態の調べた資料があれば、穏便に司教位は更迭できるはずだ。
それに教会の問題を片付けられれば、後は公爵家の問題だけだ。
いい加減、落ち着いて新しい麺づくりに励みたい。
その為にも、取り敢えず攻めやすそうな教会へ乗り込むべきなのだ!!
ダンクルオステウスは古生代デボン紀後期に生息していた魚です。
この世界にいた理由は不明です。
まぁこの世界でも人間が生まれているので、多分古代の生態系も同じような感じのはずです。
モササウルスについても同様のはず。




