意思を持つ声の主
何か思い当たる節でもあるのか、突然言葉を失うシンの様子に察しのいいダラーヒムは異変に気付き、彼に対して質問を投げ掛けても期待するような回答は返ってこないだろうと、深掘りはしなかった。
「まぁ仮に心があろうがなかろうが、今俺達を襲って来てるのは奴らだ。先ずは目の前の障害を退けることにしよう」
「しかしッ・・・!あのモンスター達にもし、意思と呼べるものがあるのなら・・・」
「言っただろ?何をした訳でもなく、俺達は今襲われている。もし何か理由があるのだとしても、その事実は変わらねぇ。俺達が気に病む必要はねぇって事さ」
ダラーヒムはシンの内にある、もしこのモンスター達がWoFのユーザーを食らい意思を持ち始めたというのなら、現実世界で出会った変異種のウルフ“メル“と同じくその人物の意思や記憶の一部を引き継いでいるのではないかと考えていた。
もしそうなら、人の意思を宿し自我を持つ魔物を殺すということは、人殺しと同義なのだろうか。そんな心配がシンの中に生まれていた。だが、どんな理由であれシン達が彼らに何もしていないのは事実。
一方的に襲撃されたのであれば、ダラーヒムの言うようにこちらが何かを気に病む必要は何処にもない。強いて言うのであれば、襲い掛かる魔物を捕らえその真意を確認することができれば申し分ない。
「気になるならとっ捕まえてから、聞いてみればいい」
「え?」
「お前が何を知ってるのか知らねぇが、この事はあまり周りに漏らさねぇ事だな。お前のように哀れみを持っちまう奴もいるかもしれねぇ。もしそうなれば、そいつらはこの事を機に病んじまうかもしれないからよ・・・」
「・・・あぁ、わかったよ」
現実世界へ一度戻っていたシンは、同じような経験をしている。目の前の敵をただ襲って来るモンスターだと思い戦っていたら、突然人の言葉を話し始め、こちらに同情を買うようなことをしてきた。
こちらに助けてやろうという意思がなくとも、聞き馴染みのある人の声で命乞いをされた時、シンの手は思わず緩んでしまったからだ。人によってはトラウマになってしまう者もいるだろう。
何も知らない方が今後のその者の為でもある。
今はその内に広がる疑問を自分の中にだけで止め、密かにモンスター達への確認を行う為、シンとダラーヒムも戦いの渦中へと飛び込んでいく。
戦いは商人達の雇った冒険者側が圧倒的に優勢だった。正規に雇ったギルドの者達ではないとはいえ、ここに集まった冒険者達もそれなりに腕の立つ者が揃っているようだった。
危なげもなく迫り来るモンスターの群れを、悉く打ち払い倒していく。次々に数を減らしていくモンスターの群れに、これでは聞き出す前に終わってしまうと焦るシン。
最初に相手をしたウェアウルフが、身の危険を感じたのか側にいたトレントの方へと逃げていき合流する。すると、それまで遠距離から別の冒険者を襲っていたそのトレントが標的をシンへと切り替え、先程の手負のウェアウルフとタッグを組んで再戦してきた。
樹木を操るトレントの魔法は厄介だったが、それ程苦戦を強いられる相手でもなかった。シンはトレントの枝葉の中に隠れたウェアウルフを追いかけ、トレントに飛びかかる。
必死に振り落とそうと暴れるトレントの動きに耐えながらも登っていくと、枝葉に身を隠したウェアウルフの鋭い爪がシンを襲う。だが、狭く足場の多い木の上は、アサシンのクラスであるシンにとっても十八番と言えるような戦場だった。
素早い身のこなしで枝を次々に渡り、攻撃を仕掛けてきたウェアウルフの元へと急接近すると、陽の光を一身に受ける草原という場においても、その生い茂ったトレントの枝葉によって生み出された影を利用し、標的のウェアウルフを見事に捕らえる。
ここなら周りの目を気にする必要もない。シンは影のスキルで縛り付けたモンスターに意思があるのかを確かめる為、言葉を投げかける。
「お前達には意思があるのか!?何故俺達を襲う?」
「グルルルッ・・・!」
しかし、ウェアウルフは必死にもがくばかりで一向に喋る気配はなかった。シンとダラーヒムが考えていたように、魔物が意思を持っているというのは考え過ぎだったのか。
すると突然、取り押さえたウェアウルフのモノとは違う、別の何かの声でシンに語りかける声が聞こえてきた。
「ニンゲン・・・コトバ・・・ワカル・・・ノカ?」
「ッ!?」
そのカタコトの言葉遣い。シンにとっては懐かしいとすら思えるこの感覚。間違いない、何処かに意思を持つモンスターが紛れている。
だが、その言葉の様子からも分かる通り、流暢に喋れるほど人間の言葉を話せるという訳ではなさそうだった。この事からも、正規のNPCキャラではないことが窺える。
「誰だ!?何処から話している?・・・まさかッ!?」
シンは、自分が飛び乗っているトレントの声なのではないかと、足元を確認しトレントの表情を伺う。しかし、その目は血肉に飢えた獣のように赤く光っていてとても正気とは思えなかった。
語りかけてきた声の主であろうという見当を失い困惑するシン。すると、他の冒険者の手によって、彼の乗っていたトレントは攻撃を受け、唸り声を上げながら動きを止めた。
「兄ちゃん、大丈夫かい!?」
「あっあぁ、すまない・・・」
「飛び乗るのは得策じゃねぇな。何されるかわかんねぇぞ!」
その冒険者に悪気があった訳ではない。寧ろシンにとっては助けてくれようとした心優しき者だった。だが、それと同時に語りかけてきた声の主を見失ってしまい、再びその声を聞くことはなかった。
彼が捕らえたウェアウルフもトレントも、その様子からはとても意思を持っているようには見えなかった。あの声の主はこの者らではなかったのだろうか。
更なる疑問を残しながらも、戦闘は瞬く間に鎮静化していった。




