新たな旅の友
赤い卵から生まれた鳥を手に、必要最低限の事をアカリに尋ねながら、その知識の有無を確認していくミア。名前は覚えていたというのに、肝心なことがこれでもかという程抜け落ちている。
疑いを持って彼女の事を調べようとしていたミアも、次第に彼女が本当に名前以上の事を忘れてしまっているのだと信じざるを得なくなっていった。
「ん〜・・・こいつぁ本当に・・・」
「ごめんなさい・・・やっぱり私、変・・・ですよね?」
「いや、記憶がないんじゃしょうがないさ。確かにこりゃぁ置いていくには不安だなぁ・・・」
困り果てたミアの様子を見て落ち込むアカリ。しかし、顔を下げた時にふと手の上に乗ったままの赤い鳥が、彼女の方を見ているようだった。
「ピィ・・・」
赤い鳥はまるで彼女を心配しているかのように小さな声で鳴き、首を傾げていた。愛らしいその姿に、アカリも表情を作り心配させまいと語りかける。
「ううん。大丈夫よ・・・。ただ、ちょっと不安なだけ・・・」
「そういえばそいつ、全く飛んだり逃げたりしないな。アカリに懐いちまったのか?」
「そう・・・なのかしら?でも何だかこの子を見てるとホッとするんです。何も分からないのは、私だけじゃないんじゃないかって・・・。私、この子も皆さんとの旅に連れて行きたいんですが・・・いいですか?」
急な彼女からの提案にミアは少し驚いたが、自発的に何かをしたいと言い始めたのはいい傾向だと感じていた。
流されるままにシン達の旅に同行していても、自分が何者なのかわかる筈もない。何がしたくて何処へ行きたいのか。何を見て何を思うのか。
自我を持って目標を遂げ得ていくことで、元の自分自身の記憶に近づけるかも知れない。
それに旅のお供に一羽の鳥が増えたところで、然程変わることはないだろう。だがこのまま“赤い鳥“や“ヒヨコ“と呼ぶには、些か味気ないと思ったミアは、アカリの元で生まれた鳥の名前を決めようと提案する。
「赤い鳥だからなぁ・・・。ファイアーバードとか!」
「シン、お前・・・センスが・・・」
「なっ何だよ。燃えてたし、それっぽいだろ?・・・じゃぁ色から取ってレッドとローズは?」
「安直過ぎないか?もっとこう・・・捻りが欲しいな」
「そう言うなら、ミアはどんな名前がいいと思うんだ?」
「色で言うなら、もっと名前っぽいスカーレットとかルージュとか・・・」
アカリそっちのけで討論を繰り広げるシンとミア。その様子を呆気に取られたかのような表情で見つめるアカリと手の上の赤い鳥。当の本人と、その親代わりであるアカリには、絞り出す知識がない。
なので、シンとミアが口にする言葉や単語の響きからくる、インスピレーションが頼りだった。その中で彼女の感性を刺激していたのは、シンの提案する日本風の言葉だったのだ。
「りんご、いちご・・・ライチとかベリー」
「果物で来たか!なるほど悪くない。なら私は・・・ウィングやフェザー、エアロとか・・・」
「赤いもの赤いもの・・・。火花に花火、紅葉に夕陽・・・」
「ッ・・・!」
シンが幾つかの候補を挙げていると、突然閃いたかのようにアカリが顔を上げる。その様子を見たシンとミアが、彼女に何かピンとくる言葉や響きがあったのかと問うと、彼女は自分の感性に従い、本能のままにこれがいいと言う名前を口にした。
「モミジ!モミジがいいですわ!」
「紅葉?あぁ、確かにいいかもな。日本の絶景の一つでもある。でかしたぞ!シン」
「おっおう・・・。でも、また何で紅葉が良かったんだ?」
紅葉を選んだ理由を問われるアカリだが、彼女自身にも何故それが良いと思ったのかという明確な理由はなかった。ただ、自分の名前である“アカリ“と“モミジ“という語呂が良かったのと、後に目にすることになるモミジの漢字“紅葉“が、アカリの漢字“灯“と雰囲気やイメージが合うような気がしたのだ。
「うーん・・・何故かと言われると・・・何故でしょう?兎に角、そのモミジという響きが私、気に入りましたの!今日から貴方は紅葉よ。よろしくね!」
「ピィー!」
思いのほかスムーズに決まった赤い卵から生まれた“紅葉“と共に、三人と一匹はすっかり後回しになってしまった、次の目的地であるリナムルへ向かう馬車を探して街を巡る。
ホルタートの街を巡る中で、アカリと紅葉は様々な物に興味を示していった。それはこのWoFの世界に限らず、どの世界に生きていても日常で目にするようなものから、シン達にも分からないものまで。
その様子はまるで外の世界の事を何も知らずに育ったかのように。花に惹かれ雑貨に目を輝かし、楽器の奏でる音に胸を躍らせていた。
側から見れば、その様子は家族にも見えたようで、街行く中で彼らは何度も家族に間違われた。その度に少し動揺しながらも否定するシンと、それを数歩後ろから面白おかしく眺めるミアとアカリの様子は、これまでの旅の中でも類を見ない穏やかな日常を描いていた。




