果たしたかった事
溢れ出したものに、思わず身を屈める二人は、それがどこへ向かうのかを見送った後、開封されたカプセルの方を見る。
「おい、今のって・・・」
「なんて魔力だ・・・。あれがこの、ミイラになった人間の魔力だったのか・・・?」
錬金術のクラスに就くミアの方が、より強く先程の駆け抜けていった気配を感じたことだろう。
彼女がこれまでに戦ってきた強敵達に比べれば大したことはなかったが、それでも一人の人間に収まる魔力量としては、決して油断できないくらいのものは感じていた。
「イクセン!中身は!?」
強い魔力に当てられて呆けてしまっていたイクセンに、ミアがカプセル中身が如何なったのかを問う。
元よりミイラだった中身から、あれだけのモノが噴き出したのだ。何かしらの変化が起きていても不思議ではない。彼の声でハッと我に帰ったイクセンは、すぐに中身を確認する。
そこで彼が目にしたものは・・・・・。
ツバキが狭い通路を進んでいくと、行き止まりとなる扉が見え始める。扉には鍵も仕掛けもなく、これといった異変は見受けられない。慎重にドアノブを握りゆっくり扉を開けると、そこにはこれまでに見た研究スペースよりも、こじんまりとした印象を受けるラボがあった。
「ここが・・・先生の部屋、なのか・・・?」
恐る恐る足を踏み入れていくツバキ。自分以外の気配を探すように、部屋を見渡していく。部屋自体の大きさは想像していた研究室というものよりも狭かったが、置かれていた機材や装置は見慣れた物ばかりだった。
その中でも一際目に付いたのは、大人の人間がすっぽりと入ってしまう程の大きなカプセルだった。他の部屋で見てきたものとは違い、ここにあるカプセルは壊れていなかった。
唯一そのままの状態で残っていたその装置に興味を惹かれたツバキは、それが何の研究に使われた物なのか調べ始める。上の階層で見た書物により、この研究施設が黒い事は分かっている。
現存している装置があるのなら、そこから新たな情報や知識を得られるかもしれない。壊さぬよう慎重に、装置の前を舐め回すように見ながら移動していると、その視界の端に不自然に置かれた棚が入ってきた。
「なんだ?あそこだけ妙に気になる・・・」
整えられた部屋の中で、一箇所だけ違和感を感じさせられる設置の仕方をされた棚。造船技師のウィリアムのところで働いていた頃から几帳面な方ではなかったが、それでも目についてしまうくらいには目立っていた。
彼がその違和感に誘われるように棚へ近づいていくと、その棚の後ろの方から淡い光が漏れていることに気がつく。だが、棚の後ろには壁しかない。
「・・・なるほど、ここにも隠し部屋か・・・」
しかし、今度の仕掛けはこの地下の研究室への扉ほど複雑なものではなく、単純に棚によって入り口が隠されていただけのようだ。
ツバキはその小さな身体で棚の横につくと、全身の力を使って棚を押し出す。ずるずると床を引き摺りながら動く棚と、徐々に開く隙間から漏れ出す光にに彼の好奇心が、早く光の正体を見せろと急かす。
そして子供の身体が通れるくらいの隙間ができたところで、ツバキは視線を光の漏れ出す部屋の方へ向ける。
隠された地下の研究室の更に奥に隠された部屋で、人知れず光を放っていたものを目にしたツバキは、目の前にある光景に驚きと黒い研究所でありながら、それらしきモノが一切見当たらなかったモヤモヤを一気に解消するような、如何にも研究や実験といったものを連想とさせるモノを目にする。
そこには、液体で満たされたカプセルの中に入れられた、無数の管で繋がれる一人の人間の姿があったのだ。
「これが・・・この施設で行われていた事・・・なのか?彼は一体・・・」
中で眠っているように動かない人間を凝視したまま、ゆっくりと歩み寄るツバキ。すると、その背後から突然前触れもなく少年の声が聞こえてきた。
「センセイ・・・ヤット・・・アエタ・・・」
「ッ!?」
突然現れたその少年の声に身構えるツバキだったが、その姿を見てすぐに張り詰めた緊張感から解き放たれた。少年は白いレインコートを着ており、ただ呆然とカプセルに入れられた人間の方を見ている。
「これが・・・お前達の先生・・・なのか?」
漸くレインコートの子供達が言っていた“先生“と呼ばれる人物を見つけることが出来たツバキだったが、まだ彼を解放する方法というのが分からない。
そこへ都合よく現れた白いレインコートの少年に、他の子供達から託された願い、彼の解放の仕方について尋ねる。
「やっと見つけた!おい、如何やったらその先生を助けられる?この装置から出せばいいのか?」
「・・・・・」
彼の問いかけに対し、少年の反応はない。漸く見つけることの出来た先生に感動しているといった様子ではなさそうだ。そして何より、少年に触れたその手に伝わってきたのは、何かに怯えるように震える少年の振動だったのだ。
状況が掴めないツバキは、彼の様子を伺うようにフードの中身や身体の様子を確認する。すると彼の身体は後ろへと一歩後退りをする。突然反応を示した少年に驚いたツバキは、様子のおかしい少年と少し距離をとる。
「如何した?俺はお前達の先生を助けにッ・・・」
「アァ・・・ァァァッ・・・!」
まるで目にしている光景に怯えているかのように、少年は徐々に人間の入ったカプセルから離れていく。
そして、棚によって隠されていた入り口の方まで下がっていった少年を、突如大きな青白い腕がツバキの背後から現れ、少年の身体を鷲掴みにし持ち上げる。
「なッ!?」
ツバキがその腕に驚き背後を振り返ると、人間の入ったカプセルから魔石と同じ光が漏れ出し、これまでとは明らかに大きさの違うソウルリーパーの姿があった。
「何処へいくつもりだぁ?先生の言うことはちゃんと聞かないとなぁ〜!
カプセルから現れたソウルリーパーは、人間の言葉は話だした。そして掴み取った少年に、何やら顔見知りのような言葉をかけるのだ。それを聞いた少年は、何かを思い出したかのような反応を示す。
ソウルリーパーは少年を掴んでいる方の腕を振りかぶり、壁の方へと投げつけようとする。何とか止めようと、ツバキが腕のガジェットを使ってこれまで撃退してきたモンスター達と同じように、魔石の力を纏った攻撃を繰り出すも、その大型のソウルリーパーに効いている様子はなかった。
激しく打ち付けられた少年の身体は、壁に当たった後に床へと落ちてくる。すぐに駆けつけたツバキだったが、少年はすでに虫の息だった。
その小さな身体にはあまりにも強烈な一撃だったのだろう。彼らのとてつもない魔力でも、それをカバーし切ることが出来なかった。
「おい!大丈夫か!?しっかりしろッ!!」
「ウッ・・・ゥゥ・・・」
少年は僅かに残った力を振り絞り、自ら頭に被せられたフードを外そうとした。それを悟ったツバキが、彼の代わりにそのフードを外す。
現れた中身は、その声色から少年とばかりに思っていたが、実際は綺麗な髪をした色白の少女だった。
「!?」
「先生は・・・私達が嫌いになったんじゃ・・・なかった・・・」
「如何言うことだ!?教えてくれ!あれは何なんだ!?」
苦しむ少女を捲し立てるツバキ。大怪我をしてしまった彼女には酷な事だが、悠長に話している暇はない。大型のソウルリーパーの前ということもあるが、それ以前にフードを外した彼らの末路を知っているツバキは、彼女に残された時間がもうない事を知っている。
残された時間の中で、出来るだけ多くの事を語ってもらわねば、救えるものも救えなくなってしまう。そういった思いがツバキの心を急かした。
案の定、少女が口を開く前に息の根を止めてやろうと、大型のソウルリーパーが彼らに向けて拳を振りかざす。咄嗟に足のガジェットを起動させようとしたツバキだったが、先程の攻撃の際に魔石に蓄積された魔力が底をついてしまい、動かなくなってしまっていた。
「クソッ!残量がッ・・・!?」
もう避ける事はできない。攻撃を受ける覚悟をしたツバキは、少しでも少女への衝撃を和らげようと、その胸に彼女を包み込むように抱き締める。
だが、ソウルリーパーの攻撃は、突如現れた光の壁によってギリギリのところで防がれる。攻撃が来ないことに異変を感じたツバキは、少女が辛うじて放った魔法によって生み出された障壁であることに気がつく。
「おっお前・・・」
「あいつは・・・あいつが来ると、先生はいつも暗い顔になる。先生は私達に出来るだけ身を隠し、口を開かないようにって・・・」
如何やら少女には、あの大型のソウルリーパーの姿が、別の何かに見えているようだった。
「そいつは誰だ!?お前達に何をした!?」
「分からない・・。私達には、ここで先生に感情を教えてもらった時からの記憶しかないの・・・。でもあいつが来ると、ここにいた子供達がいつも何人かいなくなる・・・。きっと連れて行かれたんだって・・・」
彼女の言葉から、その人物は彼らをこの施設に送った者達であることが推測される。そしてその者達は、何らかの目的でその子供達を回収しにきたのかも知れない。
時間のない今、彼女に対し話を深掘りしている時間はない。咄嗟に頭の中で浮かんだ仮説を基に、ツバキは話を進める。
「そいつはきっと、お前達をここへ送ってきた連中だ。なら、あのカプセルの中にいるのは・・・?」
「あれは先生で間違いないわ・・・。如何してか分からないけど先生は最後に、私達の魂をここに残したの。自分にできるのはこれくらいしかないって・・・。せめて私達を苦しませない為にって・・・」
カプセルの中で眠りについていたのは、レインコートの子供達が先生と呼び慕う人物であることが確定した。彼は子供達を救う為に、魂だけをこの街にとどめたのだという。
だが、一体何故そうする必要があったのか。子供達をオルレラに送り込んだ者達との間に何があったのか。それを彼女の口から聞き出す時間は、最早なくなってしまっていた。




