魔力燃料の材料
見た目に似合わず、随分と夢見がちな話を広げたニコラは、また自分の悪いところが出てしまったといった様子で、宇宙とその計画についての話を締めた。
「あぁ〜・・・俺も酒が回ってきたみたいだな。この話はこの辺でいいかい?」
「すみません!最後にもう一つだけ。何故その宇宙計画が“訳あり“なんですか?技術力の進歩は素晴らしいことで、何か問題があるようには思えないんだすが・・・」
ツクヨの言うように、ニコラの話を聞く限り宇宙計画自体には、何ら問題になり得る要素を見受けられなかった。彼の“訳あり“と言う発言を除いて。
一体、どの部分に訳ありの要素があったのか、アークシティについての概要と国の成り立ち、街の役割などが聞けたのは貴重な情報だが、ツクヨにはどうにもそれだけではないような気がしてならなかったのだ。
「詳しい説明をするとまた長くなるし、素人の君達ではよく分からないと思うから簡潔に説明しよう。宇宙へ行く為のロケットには、どんな燃料が使われていると思う?」
「固体燃料とか液体燃料とか・・・て、ことでしょうか?」
固体燃料とは書いて字の如く、燃料と酸化剤を同じ分量で混ぜ合わせ固めたもので、液体燃料は燃料と酸化剤が別々のタンクに入れられており、それぞれ燃焼室へ送られる仕組みになっている。
「お?それも何処かの書物にでも書いてあったのかね?普通の人はあまり知らないものだと思っていたが・・・」
「あっ・・・えぇ、まぁそんなところです」
「早い話が、固体燃料は開発や製作、取り扱いがし易く大きな推進力を得る事ができる。液体燃料はその逆だ。扱いづらくてありゃしねぇ・・・。これだけ聞くと、液体燃料のメリットが感じられないだろうが、ちゃんと液体燃料には液体燃料のメリットがある。要は用途によって使い分けるって事だな」
ニコラの話では、固体燃料は大きな推進力を得る代わりに、制御することが難しいのだという。強い力に振り回され、目的の地点に到達することが難しいといデメリットがあるのだそうだ。
逆に液体燃料は、危険であることを除けば誘導制御による軌道を動かす事が可能なのだそうだ。
彼の言う通り、一長一短の性能・性質をしており、一概にどちらが優れているという訳ではないようだ。
「そして、俺が言った“訳あり“ってのは、その二つの燃料とは別の、もう一つの燃料が関係しているんだ」
「それってもしかして・・・魔力燃料・・・みたいな感じのやつですか?」
この世界特有の能力であり、ユーザーだけではなくWoFのあちらこちらに存在する魔力。現実世界で無いもので、こちらの世界に有るものを考えた時、ツクヨの脳内には魔法や魔力といった概念が浮かんだ。
「そう!魔力を集めた燃料だ。だがどうやってロケットを飛ばす程の魔力を集めると思う?この世界には、そこら中に魔力があって、生き物や無機物の中にも魔力を宿すことが確認されている。大きな物から小さな物まで、ありとあらゆる物にだ」
WoFの世界に蔓延るモンスターがそうであるように、ツクヨやミアのようなユーザーは勿論のこと、ここに暮らす多くの人々の中にも、魔力は宿るもの。
そして、その辺に転がっている石ころでさえ魔力を宿す。その中でも多くの魔力を宿した物が“魔石“となるのだ。特に魔力を集め易い無機物として、鉱物や宝石が挙げられる。
「じゃぁ、“生き物“の中で魔力を集め易いものと言えば、何だと思う?」
「生き物・・・?精霊に近しい存在とか、でしょうか?」
「ん〜、それもあながち間違いではない。だが種族に縛られず、ありとあらゆる生物の中に、もっとも魔力の干渉を受け易い“時期“というものがあるんだ」
何やらニコラの表情が曇りだす。発言からも、何か重々しい事を話そうとしているのがひしひしと伝わってくる。
だが突然、徐々に強まる耳鳴りのようなものが、ツクヨやルーカス、テントの外で作業を行う護衛の者達に至るまで、一斉に襲われ始めたのだった。
「うッ・・・耳鳴りが・・・」
「俺もだッ・・・!これは・・・一体・・・!?」
急な耳鳴りに襲われ悶えだす者達の中、ただ一人だけ何事もないように平然としている人物がいた。
それは他でもない、“ニコラ“だった。
「“ここ“に留まっているということは、やはり君もそうか・・・。なら、“最後“に教えてあげよう。ここの大穴に“隠されている“重要事項についてだ・・・」
「ッ・・・・・?」
頭の中に鳴り響く高音の耳鳴り。それはまるで、頭の内側で反響し合い叩かれているようだった。視界や意識が朦朧とする中、ツクヨはニコラの言う重要事項とは何か、必死に耳を傾けていた。
「さっきの話の続きだよ。あらゆる生き物の中で、魔力の干渉を受け易い時期とはつまり、物心がつき始める“幼少期の子供“だよ。つまり、宇宙へ行く為の魔力燃料を集める材料として、幼少期の子供が利用されていたんだ」
ニコラの話を要約すると、オルレラ近郊に現れた大穴には、宇宙へ飛ばす為の燃料として、幼少期の子供が使われていたという事が隠されていた事になる。
衝撃の内容を聞き、ツクヨとルーカスは言葉が出てこなかった。まさか生き物を燃料に変えていたなど、到底許されるような事ではない筈だ。それが秘密裏に行われていたとなれば、隠そうとしたのも合点がいく。
「まぁ“覚えて“いられればいいな。もうすぐ君の剣の解析も終わる頃だ。新しい君達との出会いを、先に祝わせて頂こう・・・」
そう言ってニコラは、意識を失いつつあるツクヨとルーカスの前で、優雅に希少な酒の味と香りを楽しんでいた。




