いつか会うその日まで
「アンタの鎖がどうやって俺を追尾しているのか・・・、ミアの音のしない銃弾を何故防げたのか・・・。 俺は観察してたんだ、アンタの行動や仕草に何かあるんじゃないかと・・・」
着地した体勢からゆっくり立ち上がり、シュトラールの方を振り向くシン。
「そして見つけた・・・。 本当に些細で、小さなこと・・・普通なら何の違和感も感じないような、そんなアンタの変化を」
「ッ・・・! 貴様ッ・・・」
シュトラールは思わぬ反撃にあい、ダメージを負うことなど想定していなかったのか、それまで平然であり冷酷であった彼の表情が、苦虫を噛んだかのように変わる。
「ツクヨ・・・状況が変わった。 今度は俺が前に出て戦うから、援護をお願いしたい・・・」
「了解した。 ・・・すまない、大口を叩いておいて力になれず・・・」
疲弊し、俯く彼にシンは労いの言葉をかける。
「そんなこと・・・。 それに言ったでしょ? 援護をお願いするって・・・。 聖騎士隊隊長を倒したその力を信用しているからこそ、お願いするんだ・・・」
彼に要らぬ気を使わせてしまったなと反省したツクヨは、再びリーベと戦った時の逞しい表情に戻り、シンが安心して戦えるよう声をかける。
「あぁ、任せてくれッ・・・!」
立ち直ったツクヨの表情を見て安心したシンは、シュトラールへと挑む。
「この程度で攻勢に出れたつもりか・・・? 見くびられたものだ」
「見くびりもしないし、油断もしない・・・。 俺はこの中の誰よりも臆病でな・・・。 だからアンタを観察し、確実に攻められる時にしか攻めない・・・」
シンは両の手に持った短剣をクルクルと回し、集中力を高めると、皮肉を込めた精一杯の言葉をシュトラールへ投げかける。
「アンタが強者でよかった・・・、だからこそ俺は・・・臆病でいられるッ!」
遠くからスコープ越しに見ていたミアが、反撃の狼煙代わりに餞別の品を二人の間に撃ち込む。
今度の弾は音も有り、そして弾自体も大きく視認できる物で、シュトラールもその物の接近に気づいているようだが、危険視していないのかシンから目を離そうとしない。
弾がシンとシュトラールの間に着弾すると、その大きな弾から煙が吹き出し、辺りを覆い尽くす。
ミアが撃ち込んだのは、シンが戦いやすくなる為にと準備していたスモーク弾だった。
「気づいていたのに、敢えて着弾させたのか・・・?」
「逃げも隠れもしない。・・・、お前の戦いやすい土俵で戦ってやる。 最大の相手は既に倒した・・・。 もう我々の理想を邪魔できる者がいないのだとッ! ここで証明してみせようッ!!」
互いの姿が煙に巻かれ、視認できないようになり、煙はより一層濃くなり辺りを白く塗りつぶしていく。
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聖都ユスティーチ・聖都内聖騎士の城内部・玉座の間。
凄惨な戦場に倒れているのは、一人の男の姿。
彼と壮絶な戦いをした男の姿は、既にそこには無く、血の跡だけが室内から廊下へと、男の足取りを残している。
「はぁッ・・・はぁッ・・・」
男は、時折壁にもたれながら、いつもよりも数倍重たく感じる身体を前に進める。
失った腕の部位を縛って止血するも、流れ出ていく命の温もりを完全に止めることはできず、意識だけではなく、身体の自由も奪っていき、男の最大の武器を蝕んでいく。
城内は既にもぬけの殻で、来た時に男の進行を邪魔してきていた空の鎧の残骸が、男が壊してきた数よりも更にまして散乱し、そんな残骸を避けて歩くこともままならない男の声と、蹴った鎧の音だけが響き渡る。
もたれている壁が途切れる度に、重力によって押し付けられるように、傷ついた身体を地面に倒してその体力を無駄に消費してしまう。
「くそッ・・・! 早くしねぇとッ・・・。 俺だけがこんなところで・・・、寝ている訳にはッ・・・はぁ・・・はぁ・・・、いかねぇんだッ・・・」
地面で身体をくの字に曲げ、なんとか膝を立てると、そこからの立ち上がりで、何度も身体を起こすことに失敗してしまうが、何度目かの挑戦で強引に壁にぶつかりに行くと、支えを得た身体を必死に保ち、呼吸を整えながら再度壁伝いに通路を進む。
普段なら他愛なく歩ける通路や階段を、果てしなく長く困難に感じながら出口のある一階へと降りてくると、閉められてしまっている出口のドアノブを、身体を押し付けて捻ると、寄りかかっていたドアが勢いよく開き、誰かに突き飛ばされたかのように城から出てきた。
「まだ・・・こんなところッ・・・なのかよ・・・」
外はもたれて進む壁も少なく、見える景色は男に開放感を与えたが、同時に城の中よりも更に果てしない道程に、常人ならば心を折るにたやすいほどの絶望感も与える。
街ではまだモンスターと戦っているのか、人の声と金属を打つような音が聞こえ、煙も立っている。
男は尚、立ち止まることなく、少しづつ少しづつ戦火の中の街を進んでいく。
その道中には、戦いで敗れたのか力尽きたのか、傷つき地面に横たわる者や、建物にもたれたまま動かなくなった者、そして男にとって見知った人物達が何人もいた。
「ッ・・・! くそッ・・・!」
数々の屍を超えて行った先に、聖都と市街地を隔てる門までやってきた男は、そこに広がるあまりにも残酷な現実に、言葉を失う。
他の場所とは一線を画した量のモンスターの屍の数。
そして、それらと戦い果てたのであろう男達の姿があった。
「・・・ブルート・・・、ナーゲル・・・」
男が門のところまでやってくると、銀の籠手をつけた大柄の男が、その身体を赤黒い鉄の香りに染め上げ倒れている。
「・・・ファウストッ・・・」
男は、倒れる大柄の男に近づくと、彼のつけている銀の籠手を拝借する。
「・・・借りていくよ・・・ファウスト・・・。 いつか返しにいくから・・・それまで・・・待っててくれよな・・・」
大柄の男から銀の籠手を外すと、男はそれを足につけ始める。
「保ってくれよ・・・、俺の身体ッ・・・!」
男が足に力を込めると、銀の籠手は軋む音をたてながら変形し、蒸気を吹き出し始める。
十分に力が溜まったところで、男が思い切り地面を蹴ると、凄い勢いで上空へと飛び上がっていき、門を乗り越えた。




