作戦と罠
「君達は確か・・・。 あぁ、“外”から来た者達か・・・」
シンがシュトラールの気を引いている間に、ツクヨがミアの元に近づくと、耳打ちをする。
「ミア、シャルロットを頼む。 今、この中で一番体力を残しているのは私だ。 シン君の力を借りて私が戦う」
彼の思わぬ提案にミアは驚き、あまりにも無謀な作戦に疑問を投げかける。
「待てッ・・・、全員で連携した方がいいだろ。 シャルロットの戦闘は見たことはないが、仮にも聖騎士だ・・・。 それに時間を稼げばイデアールだって・・・」
ミアが危険な橋を渡るような作戦ではなく、現実的な作戦を提案するも、珍しくツクヨは自分の提案を押し通そうとしてくる。
「いや・・・今、戦うのは私だけだ。 君の手の内を明かす訳にはいかない・・・、君のあの“無音の弾丸”でシュトラールを狙撃して欲しい」
「だがアレは、リーベにも防がれたぞ・・・。 果たしてシュトラールに通じるだろうか・・・」
いつにもなく弱気なミアを、自信づけるようにツクヨは言う。
「彼を目の当たりにすれば、私にも分かる・・・。 アレは真っ向勝負で勝てるような相手ではない。 だからこそ君に彼を“暗殺”して欲しいんだ」
暗殺という言葉を聞いて、ミアは思い出したかのようにハッとする。
リーベとの戦いでは、ミアの陰属性を使った技で何とか彼女に食らいつけたが、今回はミアのガンスリンガーとしてのスキルだけでなくシンもいる。
メアとの戦いの中では、これ以上ない程に相性のいい連携を見せた。
影のスキルを使うシンがいれば、弾丸の軌道は影を通し、予測できない動きをさせることも可能だ。
「わかった、やってみよう。 ただ・・・シン無しにしては叶わない作戦だ。 彼にあまり無理をさせないでくれ?」
ツクヨは、ミアが自信を取り戻すほど信頼を置くシンについて知らないため、ミアの言う彼の重要性について疑問を持った。
「君が信頼を置く彼の能力って・・・一体・・・?」
人は、自分の好きなものを人に勧める時、嬉しそうに語るもの。
丁度今のミアも、さも自分のことのようにシンの能力をツクヨへ語る。
「アイツもアタシと同じ、上位クラスに就いている。 シンのクラスは“暗殺者”、そして影を操り様々なものを移動させることができる」
「移動・・・それじゃぁ銃弾も」
「あぁ、影さえあれば命中率は遥かに高まる」
漸くミアの自信の根拠を知ったツクヨは、彼の変わった能力に、更に安全に多彩なことができそうだと士気を上げる。
「なるほどッ・・・了解した」
ミアとの作戦を彼に伝えるべく、シンの元へ歩みを進めるつくよであったが、彼の様子が何かおかしいことに気がつく。
「シン君・・・聞いて欲しいことが・・・。 ッ・・・?」
彼は後退りしながらツクヨのところまで戻ってくると、動揺した声で目にしたことをありのまま伝えた。
「どうした・・・?」
「あ・・・朝孝さんが・・・、朝孝さんがッ!」
彼の動揺を確かめるように、身を前へと進めると、イデアールが突き抜けてきた穴から道場の中庭が見え、シュトラールの後ろに倒れる人影が見えた。
自分の目でそれを確かめたツクヨは、シンにこの事は伏せて欲しいという。
「シン・・・。 シャルロットはもう既に精神的に大きな負荷を抱えている・・・。その上、自分の師まであんな状態だと知ればきっと彼女は・・・」
チラッと後ろにいるシャルロットを確認するシンの目には、涙ながらにイデアールを介抱するシャルロットの姿が映った。
「わッ・・・わかってるッ! だが、まだ確認してみないことにはッ・・・」
「ミアとも話したんだけど・・・」
大きく呼吸を整えた後、ツクヨは作戦をシンに話す。
「私が前線で奴の注意を引くから、君はそのサポートと・・・できれば朝孝さんの安否の確認と移動をお願いしたい」
「わかったッ・・・できるだけ善処してみる」
そんな彼らのやり取りを、待っていたと言わんばかりにシュトラールが口を開く。
「作戦会議は・・・終わったか?」
全て聞こえていたのかと、焦るツクヨがシュトラールの問いに答える。
「これは驚いた・・・。 まさか、待って頂けていたなんて・・・」
他愛ない会話のやり取りをしながら、ツクヨは、シンに目で合図を送ると、彼もそれを察してシュトラールから少し距離を取るような動きを見せる。
勿論と言うべきか、シュトラールも二人のやり取りに感づいている様子で、敢えて見逃している節がある。
「構わないとも・・・。 君達が全力で挑める環境を整えるといい、私はその全てに受けて立とう。 彼の・・・朝孝が言うところの、もてなし・・・というやつだ」
シュトラールの口から放たれた朝孝の名に、シンは自分がしようとしていることを見透かされたのかと思い、肝を冷やした。
指定の位置までシンが移動すると、ツクヨが遂に動き出す。
「それは・・・どうッ、もッ!!」
素早い踏み込みからシュトラールへ近づき、抜刀の勢いのままに剣を振り抜くが、シュトラールはそれを片腕で防ぎ、鍔迫り合いをする。
「腕をッ・・・負傷しているのか・・・」
「なに・・・気にすることではないさ。最大の相手にこの程度の負傷なら、お釣りがくる」
激しい打ち合いを数回、繰り返すも片腕のシュトラールは、全く引けを取らない。
「片腕でッ・・・! なんて馬鹿力だッ・・・!」
聖都の城で見せた素早い剣技を披露するも、シュトラールはツクヨの斬撃を良く観察し、避けるべきものと弾くべきものを見分け、巧みに躱している。
ツクヨが派手に動いてくれている間に、シンは倒れている朝孝の元までやってくると、うつ伏せの彼を仰向けに起こそうとするが、朝孝に起きた異変の片鱗をシンは目の当たりにする。
朝孝の肌が青白くなっているのはまだわかるが、うつ伏せの彼の顔部分から、やけに血が多く出ているように感じる。
ゆっくりと仰向けに起こす朝孝の顔をよく見ると、耳や口、そして目からも赤い液体が流れ出ていた。
「ッ・・・!? 何だッ・・・? どうしたらこんなことに・・・」
シンが彼の異変に動揺していると、ツクヨが大きな声でシンに迫る危機を知らせた。
「シン君ッ!! マズイッ・・・逃げてくれッ!!」
シュトラールはツクヨの攻撃を予測し、彼の横薙ぎの一撃を、地面に剣を突き立てることで回避し、空いた手をシンの方へと伸ばす。
そして彼が上向きに肘を曲げると、シンと朝孝の周りの地面から光の鎖が円形状に飛び出し、二人を囲った。
シンは罠にかかったのだ。
朝孝を囮にシュトラールは、彼との戦いで見せた光の檻を展開し始めた。