数多の悲劇の光景
真っ暗な空間にいくつもの光景が浮かぶ。その中の光景は、シン達が生きている現実世界のものではなかった。WoFのような仮想空間で表現される、所謂異世界のような建物が立ち並ぶ。
夜の街並みに一人の男ともう一人の女が、誰もいない薄暗い路地裏で抱き合っている。客観的な見解とシンの個人的な考察によるものに過ぎないが、その二人の間には確かに愛があるように感じた。
だがその姿は、どこか叶わぬ恋に苦しんでいるような、物悲しさがある。
他の光景には、胸にナイフを突き刺され倒れる男と、それを抱き抱えるようにして泣き崩れる女がいた。何度も泣きながら何かを叫んでいる。先程の男とは別の、初老くらいの男のようだ。
しかし、女側は先程の光景に写っていた女と同じ人物だった。
イルの作り出した幻覚の中から、スキルの影を使い彼の意識の中へ入り込んだシンは、最初に見た光景の男こそ“イル“なのではないかと考えた。
次の光景では、先程の女ともう一人、歳を取り力なく女に支えられる、先程胸を刺されていた男と同じくらいの年齢の女が、支えられながら豪勢な邸宅の前に立っている。
邸宅の入り口には、警官のような制服を着込んだ男達が数人立っており、二人の女を追い出しているように見える。
次の光景には、どこかの廃屋で汚れたベッドの上に横たわる初老の女の手を握り、静かに涙を流す女の光景が見える。見えてくる光景に出てくる女は、一貫っして同じ人物。
どうやら、イルと何らかの関係のある女のようだ。
そして、雨の降る夜の荒野で、イルと思われる男が泣き崩れる女性を抱き寄せている。その背後から迫る複数人の男達。彼らは二人を引き剥がし、イルと思われる男を取り押さえ、女の方へ乱暴を働いている。
酷い暴行を受けたのだろう。ボロボロとなった女は、冷たい雨に打たれながら泥に塗れて動かなくなる。
二人を襲った男達はイルと思われる男を解放し、満足そうにその場から立ち去っていった。男は動かなくなってしまった女の横に立ち尽くし、彼女を見つめている。
一見、二人の男女の間に起きた悲劇のように見える。
だが、雷鳴に照らされた男の顔には、信じられないことに笑みが浮かんでいたのだ。
その後もいくつもの光景が流れてきたが、どれも同じような男女の悲劇を映し出した、何者かの記憶。ただその繰り返される悲劇の光景には、一貫してある共通点があったのだ。
それは・・・
全てにおいて、“女側が不幸になる“という結末だった。
そして、流れてくる光景の数々の先に、シン達の前に現れた姿をした、黒いボロボロのローブを羽織ったイルの姿が現れる。
シンはそのまま自身を真っ黒な影に変化させ、イルの意識の奥へと入り込んでいった。
その瞬間、どこに隠れていたのか、イルが自分の身体を何者かに操られるかのような違和感を感じ始める。思ったように身体が動かないようだ。勝手に動き出そうとする身体に抵抗を見せるイル。
「ッ・・・!?何だッ・・・これは!?」
すると、彼を取り巻いていた黒い靄が忽ち風が吹いたかのように引いていく。その中には、術者本人であるイルの姿と、靄に囚われていた蒼空と天臣の姿が現れた。
中で戦闘を行っていた天臣はやや疲労が見られ、蒼空の方は靄の性質上の効果により、体力が温存できているようだった。
そして、肝心のイルの術を解き、彼らを解放した功労者のシンは、まだ意識がイルの中にある為か、その場で倒れて動かない。
「靄が・・・」
「何だ?一体何がッ・・・!」
靄が晴れたことにより、周囲が見渡せるようになった蒼空が、何かに抑制されるように動かなくなったイルと、その近くで倒れるシンの姿を目にする。
すぐさま救助に駆けつける彼の姿を見て、天臣もイルが無防備な状態であるのを目にすると、ここぞとばかりに力を振り絞り、その首を討ち取らんと駆けつける。
「シン君ッ!?大丈夫かッ、しっかりしろ!」
その隙に駆けつけた天臣が、力強い踏み込みと共に全力の抜刀術で一閃を放つ。剣先がイルの喉元に届こうかという刹那、シンによる意識への侵攻を跳ね除け、イルが自我を取り戻し身体を靄へと変えて退く。
間合いを空けて離れたイルの首から鮮血が噴き出す。手を当てて流血を押さえるイル。天臣の攻撃を避ける為に、すぐに身体を変化させたつもりだったようだが、僅かに退避が遅れた。
しかし、傷は深くはなかった。それが致命打になることはなかったが、初めて天臣の刀がイルの身体に命中した一撃となった。




