幻覚の中の突破口
時を同じくして、天臣も靄の中で突然の攻撃を受けていた。しかし彼の場合、蒼空とは違い誰の腕か分からぬものが靄の奥から現れ、その周辺に近づくと酷く刀や腕、身体などが重くなるのだ。
「ッ・・・!?これは・・・蒼空君の能力!?」
彼は何度かその腕の主が蒼空だと思い声を掛けてみたが、案の定返事はなかった。恐らくこれも、イルの能力によるものなのだろう。
ステージ傍に待機していた親衛隊の一人、ケイルが何かの術かスキルによって記憶の一部を失った状態になっていた。同時に、自分が何かをしようとしていた目的自体を有耶無耶にする記憶操作というオマケ付けで。
イルの靄には“幻覚“のようなものを見せる効果があるのかもしれない。じゃなければ、靄の中から現れる腕が蒼空である筈がないのだから。
協力関係にあった天臣に対して向けられるその重力の能力を、彼はもう“蒼空かも知れない“とは思わなかった。いち早くこれが、イルの思惑であると悟った天臣は、一足先にイルの幻覚と対峙していた。
そして当然、イルの幻覚はシンのいる靄の中でも起きていた。蒼空達のいる靄の中とは違い、既にイルは蒼空と天臣、双方の攻撃手段を確認している。そのため、シンのいる靄の中では重力を操る腕と、何処からともなく振われる太刀筋が襲い掛かっていた。
「うッ・・・!これは・・・蒼空の能力なのか!?それとこの刀は・・・」
同時に靄の中に囚われた筈の三人。その内の二人の攻撃がシンの元へ差し向けられているということは、シンの能力を知ったイルは、恐らく蒼空と天臣の靄の中にシンの能力を追加し始めているに違いない。
視界の利かない中での、アサシンのクラスによる影のスキルは非常に厄介なものになる。何も知らなかったとはいえ、手の内をいくつか明かしてしまったことに後悔と、二人への責任を感じていたシン。
この状況をいち早く自分が打開しなければと、その手段を考えるも中々思いつくものではない。スキルが通用せず、物理的な攻撃も当たらない。それどころか、本人がどこにいるのかさえ分からぬ状況下で、一体何ができるのだろう。
仕切りなく繰り出される蒼空と天臣の攻撃を模した、イルの幻覚を躱す中であることに気がつく。それは、幻覚にも影があるということだった。地面を見ると、蒼空の攻撃をする腕の影が映っていた。
天臣の刀も影は存在しているが、その攻撃の速さとそもそもの影の量が少なく、これを狙って捉えようとするにはタイミングを図る必要がある。ただ、それを図っていると蒼空の攻撃にやられてしまう。
幻覚の影に対し、スキルを使って意味があるのかは分からなかったが、シンは試しに靄の中から現れる腕に対し、拘束のスキルを打ってみた。すると、近づく腕をその場に固定することが出来た。
が、蒼空の能力の性質上、その場に固定したところで重力フィールドが僅かに遠退くだけで、発動を止めたりは出来ないようだ。
ただ、この結果は想像以上に彼らの戦いをサポートする効果を得ていた。
シンがスキルで腕の動きを止めると、天臣のいる靄の中でも腕の動きが止まったのだ。何故動きが止まったのかは彼には分からなかったが、幻覚を斬りつけられる頻度は格段に上がった。
幻覚を見せ続けるフィールドを展開するスキルは、その中で生み出す物や現象を追加することにより、術者の負担する魔力量が増えることがある。要するに、幻術の中で相手の生み出す幻覚を打ち消すことで、相手の魔力消費を増やすことができることがある。
逆に靄の中に腕が現れない蒼空の靄の中では、シンの能力による攻撃が追加されただけで、これといった変化は見られない。しかし、全体で見れば、イルの魔力を削る機会が増えるシンと天臣が奮闘することにより、効率は上がっている。
そして、シンにとって最も有益な情報として、幻覚にもスキルが通用することだった。
シンはWoF内で、グラン・ヴァーグで行われたレースにて、ロッシュ・ブラジリアーノという海賊と対峙した。
ロッシュは、パイロットのクラスにより、相手の脳からの信号をジャックし、対象者の意図しない行動を引き起こさせる能力を使う、所謂相手を操作するスキルを用いる厄介な相手だった。
しかし、その男との戦闘でヒントを得たシンは、影から対象者の意識の中へ入り込むスキルを習得する。これにより、ロロネーによって乗っ取られてしまったハオランの意識の中へと入り、彼の身体を解放することが出来た。
つまり、スキルが通用する相手であれば、同じことが可能なのではないかと考えた。
シンは靄の中から迫る腕に対し、影の中から幻覚を見せている者、イルへのコンタクトを図ったのだ。




