儚き夢と堕落の誘い
同じように、アイドルに憧れアイドルになることを目指し、歩み始めた少女がいた。初めはみんな無理だ無理だと彼女を罵った。悔しかった彼女はムキになり、絶対にアイドルになって見返してやると、様々な方法を調べその為の努力をしてきた。
時は流れ、彼女が十代の半ばを過ぎようとしていた頃、同じ夢を追うライバルであり、唯一無二の友人と出会う事になる。
二人は共に切磋琢磨し、数多くのオーディションや教室に通いながら、時には辛い日々もあったが充実した人生を過ごしていた。一人ではきっと心が折れていただろう。
自分だけが夢という幻に囚われているのではないかと錯覚しそうにもなった。だが一人ではないということは、彼女に自信と勇気を与える。
そして二人に転機が訪れる。しかしそれは、二人の間を割く出来事だった。一人は新たな世界へ、もう一人は共に歩んできた仲間を失い、不安と孤独の中で道を目指すという選択を迫られる事となった。
新たな世界への扉が開いたのは、彼女の友人の方だった。
オーデションに訪れていたスカウトに声をかけられた二人は、その人物と連絡先を交換する。しかし、彼女の元に連絡はこなかった。
そして次に友人と会った時に、彼女は友人から驚くべきことを聞かされることとなる。先日声を掛けてくれた人物から後日連絡があり、友人は事務所に所属する運びとなったのだ。
それを聞いた瞬間、彼女は一瞬頭の中が真っ白になる。友人のことは好きだし、いい関係を築けていると思っている。
だがそれよりも、彼女の頭の中に浮かんだのは、“何故私じゃないのか“だった。
胸に強い衝撃を受けたかのように、急に呼吸が乱れ動揺する。それを友人に悟られぬよう、彼女は友人の新たな船出を喜んでみせた。
これまでの努力が身を結んだね。
一緒に頑張った甲斐があったね。
私も負けてられないね。
友人に彼女の動揺が伝わったのかは分からない。ただ友人は、ありがとうと何度か伝えた後、“ごめんね“と最後に口にした。
謝ることではない。それは彼女にも友人にもきっと分かっていた。それでも、自分だけ一歩先を歩み出したことに、申し訳なさを感じていたのだろう。
同じ道を歩むのだから、いずれどちらかが先に行くことは分かっていた。でも心の何処かで、それは私の方だと二人とも思っていたはず。
現に彼女もそうだった。それ故に、真っ先に思い浮かんだ言葉が“何故私じゃないのか“だった。
本当は辛かった。二人は喜びで涙を流したが、互いのその涙の意味は、全く別の意味を持っていた。
友人の涙はその後、泣いている暇もないくらいの忙しさですぐに引いていったが、彼女の涙は、ふと一人になった時や、アイドルや未来について考えた時に溢れ出るものとなったのだ。
彼女の足は、友人の成功と共に止まってしまった。明るく照らされていた道を、手を繋いで一緒に歩いていた彼女と友人。その支えが消えてしまった途端、歩いていた道が真っ暗な暗闇に覆われ、足がすくみ前に踏み出せな苦なってしまった。
努力に対する彼女の価値観が変わってしまったのだ。
それまで彼女の中にあった努力とは、“夢を実現させる為に積み重ねるもの“だった。
それが、“努力は必ずしも報われるものではない“という、現実を突きつけられてしまった事により、信じていたものに影が掛かり始めた。
このまま努力していれば、私もいつか報われるのだろうか・・・。
すぐに彼女が変わることはなかった。これまで通り、一人になっても歌やダンスの教室に通い、苦手な部分の自主トレーニングや復習は欠かさなかった。既にそういった生活が、彼女の習慣になり身体に染み付いていたからだった。
ただ、オーディションへ応募する時の気持ちは、これまでとは全く違ったものになる。考えないようにしていても、どうしても友人とオーディションを受けていた頃の光景が、脳裏に蘇ってしまうようになる。
その度に手が震え、胸が苦しくなる。これまで以上の緊張感が彼女を襲うようになり、今まで積み重ねてきたものの何割かの実力すら、発揮できなくなってしまった。
本番で頭が真っ白になり歌詞を忘れたり、踊っている途中で頭が真っ白になってしまい転んでしまう。
それを見ている審査員の視線や溜め息が、彼女がこれまで経験したことのない程の恐怖を与え、彼女から自信や心を奪っていく。
同じ会場にいたアイドル候補生の者達の視線も、彼女の心を貫くように突き刺さる。中には、わざと声に出してくる者もいた。
何でこんな子がいるの?
空気悪くしないでくれる?
向いてないのが分からないの?
彼女はオーディションを受けるのが怖くなってしまった。それどころか、人前に立つことさえ出来なくなり、会話すらまともに出来なくなってしまうほど、心を病んでしまった。
彼女は友人とは別の理由で学校を辞めてしまう。それから彼女は、部屋に引き篭もるようになってしまい、全ての物事に意欲を失っていってしまう。
それは“生きる“ことについても例外ではなかった。




